僅かな成長?
本日、3話同時投稿。
この話は3話目です。
「ちょっと待った。リョウマ君……君、実行に移すと決めたら、我々に協力を求めるつもりだったのかい?」
「? そのつもりでしたが……もちろん断られることも考えていますし、それはそれで仕方のない事です。ただ、いつも良くして下さるので、話くらいは聞いていただけると……」
もしかして甘え過ぎだっただろうか? そうであれば申し訳、
「違う違う! 逆だよ! 話を聞くくらいはたいした事じゃない」
「私達はリョウマ君が全部“1人”で、やろうとしてるんじゃないかと思ってたのよ」
1人でって、そんなバカな。いくらなんでも俺1人では無理がある。“僕が”やるとは口にしたかもしれないが、“僕だけで”やるとは一言も言ってないはずだ。
その“僕が”にしても、こういうことをやりたい。だけどリスクがあるから俺はやらない。後やっといて! では不誠実だろう。元々こちらでは理解の得難い考え方なのだから、最低限のたたき台が必要なはず。
セルジュさんとピオロさんはどちらも大きな商会の会頭で、様々な知識や交渉力に加えて資金力もコネクションも持っている。公爵であるラインハルトさんは為政者であり、このジャミール公爵領の最高権力者。奥様も公爵夫人として発言力は相応に持っているようだし、協力していただけるならこれほど心強い人達は他にいない。
そうでなくても彼らはいつも俺を気にかけてくれるし、俺に足りない常識的な視点を補ってくれるありがたい方々だ。事前に相談する前提で考えていた。
「そうだったのか。部下も我々と同じことを言ったと話していたから、私はてっきり」
「全部僕1人でやろうとしていると思ったと」
「リョウマ君はなんでも1人で片付けてしまう傾向があると思っていたからね。考え方の是非はともかく、とりあえず突っ走っていないかが心配だったんだ」
ラインハルトさんの言葉に、他の3人も同調する。
俺はそんなイメージだったのか……若干否定しづらいなぁ。
「必要な時はちゃんと人を頼れるようになったのかな? とにかくその対象として選んでもらえて嬉しいよ。それに先ほどの君の話。面白い考え方だとは思うんだ、少なくとも他から出てこない新しい意見だったことは確かだ。
……リョウマ君と僕達は、物事を見る視点が少し違っているんだと思う。そこから生まれる考え方と対策は、時に妙案として受け入れられたり、奇抜な発想として否定されるかもしれない」
だけど、と彼は言葉を続けた。
「そういった視点を持つ人の意見は重要だ。同じ意見しか出てこない状況が長く続くと考え方が凝り固まるからね。色々言ったけど、我々には、これからも今日のように気軽に意見を聞かせてほしい」
そう言い切ったラインハルトさん、そして他の3人からは否定的な感情を感じなかった。
もちろんそれぞれの利害や柵などで協力できないことはあるだろう。
しかし、ろくに話を聞かないまま一笑に付すような事はない。
そう、言外に告げられた気がした……
「ただ、必ず色良い返事が出来るとは限らないけどね」
「それは当然ですね」
こうして話を聞いてもらえるだけ、ラインハルトさん達は柔軟な人だ。
しかしその周囲を納得させるためには、相応の利益が必要だろう。
そこは俺も少しは考えていたので、この機会にまとめて聞いてもらうことにする。
「おや、何か策があるようですな。これは気を引き締めた方がよさそうだ」
セルジュさんの口調は軽いが、少し目の色が変わった。
以前オルゴールの商談をした時のような雰囲気を感じる。
あえて、だろうか?
とにかく俺も気を引き締めて、話してみる。
「策というほど複雑なことではありません。ただ僕が趣味で行っている“スライムの研究”で、利益を生みそうな成果がいくつもありまして。それを皆さんと共有できないかと」
「ここでスライムの話に戻るのがリョウマ君らしいわね」
奥様が笑顔になり、話しやすい空気ができていく。
まずは……セルジュさんから話そう。
新しさはないけれど、春から取引を続けている“防水布”の生産について。
「評判が気になって調べてみたのですが、まだ売れ行きは伸びているとか」
「ええ、以前は行商人や運び屋が顧客の中心でしたが、最近は個人用の雨具を購入される方が増えています」
俺もギムルの街中で、防水布製の雨具を着ている人を見た覚えが何度もある。そして何より定期的にモーガン商会から引き受けている布の加工。その一回に注文される量がどんどん増えている。ほとんどスティッキースライムに任せた作業なので、まだなんとかなるが……正直、手間になってきた。
「どうでしょう? 今後のさらなる増産を考えて、工場を作りませんか?」
つまりは“事業移管”の提案。
布に液を塗りつける工程はスティッキースライムに任せた方が良い。
しかしそれ以外にも加工の準備、乾燥、出荷の準備と人の手が必要になる部分はある。
将来的に雇用支援を行うにも、まず雇用の機会が必要だ。
「僕からは加工に必要なスティッキースライムを派遣します」
「そして集めた人員で防水布の生産量を上げる、ということですな? ……確かに防水布を加工した製品の需要はじわじわと増えています。増産できる体制を今から整えておけば安心ですな」
セルジュさんはやや拍子抜けした様子だが、先の話題ほどの問題もなさそうだ。
俺としては生産量の調整も必要だろうし、工場の運営はセルジュさんとモーガン商会が主体で構わない。俺はスティッキースライムの派遣元として、スライムの管理と使い方には口を出すアドバイザーの地位と売り上げの一部を金銭で貰いたい。お金は今後洗濯屋を拡充するために、あって困るものではないから。
「被雇用者の決定権は……?」
「そこもセルジュさんの裁量で良いと考えています。また無理に元犯罪者を雇用することはありません。急激かつ強引な変化は混乱と摩擦を産むでしょうから、まずは焦らず今の店をより安定させ拡充するための“資金の確保”、そして“雇用の機会を増やす”という二点を無理なく達成することを目指します。
スラムに住んでいる、やる気があるが職がない。……そういう人達を雇用していただけると、なお良いと思いますが」
「ふむ。金銭的に貧しいというだけなら、被雇用者の候補に含めても問題ありませんな」
建設業や工場の作業員だと比較的そのあたりは緩いらしいし、許容範囲内だろうと思った。
「その条件なら前向きに検討いたしましょう。規模やスライムの対価、その扱いなどの細部はまた別の機会に」
「ありがとうございます」
セルジュさんから色良い言葉をいただけた。これは幸先が良い。
次はラインハルトさんへの提案。
これも真新しくはないが、町のゴミ処理にスカベンジャースライムを使ってはどうだろうか?
「ゴミ処理に関しては公共事業の一環だ。スラムの人々の重要な収入源ともなっている。それを奪うことにならないかい?」
「そこは考えました。しかし改めてギムルの町を調べたところ、1日に出されるゴミの量にスラムの人々の回収量は追いついていない事が分かりました」
ベック達のようなスラムの人々は、積極的に町のゴミを集めてお金に変えている。それは事実だけど、街の人々が出すゴミの量を彼らだけでは完全に運びきれておらず、スラム以外からも職員を雇用したり、一部のゴミは街の人々の手によって処理されている。
俺が冒険者になって初めて仕事をしたミーヤさんのお宅、その隣で問題となっていたゴミ捨て場もその1つで、同じような場所がまだまだ街中にはあるようだ。
「また、集めたゴミの処理方法は埋める。動物の死骸など、物によっては焼いてから埋めているそうですが、これには相応の人手と火を使うための燃料が必要になります。現場監督の従魔術師は必要になりますが、スカベンジャースライムを使えば燃料費は不要。処理にかかる人手を減らせるのなら、その分をゴミ収集に回せるのではと考えます」
そして何より、養分還元スキルを持つスカベンジャーがゴミを処理することで肥料が手に入る。長いこと食料確保のために使っているが体に影響はなく、木魔法の負担を軽減することが出来る良質の肥料。
植物を魔化(魔力による変質)させてしまう副作用も見つかっているが、それは魔法薬系の肥料でも起こり得る事。普通の肥料でも与えすぎるとむしろ作物の成長を妨げることはままある。何事も適量ということだ。
その適量と注意点さえ確立できれば、農業に使うにも、そのまま商品化できる可能性もあると考えている。
「その売上でゴミ処理に携わる人々の報酬を補填したり、調整できないかと。ただこれは売れると決まったわけでもありませんし、正直この提案に関してはまだ不確定要素が多すぎます」
「確かに……よければその肥料をいくらか譲ってもらえないかな? 当家の庭師に見せてみたい。植物や肥料、薬品類にも詳しい人だから良い意見が聞けるかもしれない」
こうしてラインハルトさんにはスカベンジャーの肥料を預けることに決まる。この件はひとまずここまでで保留。後はその庭師さんがどう肥料を評価するかを聞いてから、相応の時間をかけて考えてもらえば良いだろう。
次に、スカベンジャースライムの肥料を用いてランニングマッシュの大量生産に成功したこと。そして現在、食用キノコを魔化させずに栽培する研究中であることを続けてピオロさんに説明。
キノコの安定した栽培は一攫千金への一歩と聞いていたので興味を示してもらえると思ったら……
「リョウマ、それホンマか?」
「本当ですよ。現状ではすべてランニングマッシュになってしまうので、普通のキノコは栽培できていませんが、栽培の方向性は正しいはずです。ちなみにこの話は籠一杯のランニングマッシュという証拠付きで、グリシエーラさんにも話しました。本人に確認していただいても結構ですし、空間魔法が使えればここに実物を出すこともできますが……」
「……そこまで言うんやったら本当なんやろなぁ……そんな軽々しく、とんでもないネタ出してくんなや」
興味は引けたが、頭を抱えられてしまった。
……次に行こう。
「最近、雇っていた元スライム研究者の女性がクリーナースライムにちょっとした美容効果があることを発見しまして」
「美容? それは興味深いわね」
「はい。これはまさに女性向けの提案です」
クリーナースライムに表皮の余計な角質や皮脂を取り除いて貰うことで、肌を綺麗にする。
体質や年齢によっては若干の乾燥を感じることもあるらしいが、そこはちゃんとケアをすれば補えるのではないだろうか。
俺が持っているこちらの医薬品の知識には、美容関係の魔法薬もいくらかある。
さらに先日聞いたところによると、フェイさんの故郷であるジルマール帝国では“薬が高額で民間人には手が出ない”という背景から、針や指圧、按摩などで体の調子を整える治療法が発達しているそうだ。そして彼らもその技術を習得しているらしい。
正直美容は専門外だが、かつて同じ部署の女子社員が熱心に研究していたのを聞きかじったりもした。正直俺にはその熱意が理解できなかったが……美しさを追い求める女性の熱意は侮れない。それだけは理解しているつもりだ。
その上で、
「スライム、薬品知識、異国の技術、その他諸々……それらを美の追求の一点につぎ込んだらどうなるか」
「とても興味を惹かれるわね」
これに関してはまだ漠然とした考えだけれど、奥様の反応は悪くない。
貴族の女性は美容に湯水のごとくお金を使うらしいし、はまれば莫大な利益を生む。
そして何より貴族の奥様方と上手く繋がりができれば……
「リョウマ君、その年でなんて恐ろしいことを……」
「奥様方の心をつかむ、目の付けどころは素晴らしい」
「嫁に頭が上がらん旦那は貴族にも多いからなぁ……」
「なかなかの策士ね」
「……いえ、これ自分で言ったことですが一番気が進みません」
考えるだけなら楽しいけど、実行するのはすごいハイリスクハイリターンだと思ってる。
女性は強い、けど時と場合によって非常に恐ろしい存在となり得るのだ。
それを俺は前世で学んだ……
「まぁこれはあくまでこういうこともできるんじゃないか? という想像ですし」
「あら、ちょっと楽しみになってきたところなのに……そうね、その気になったら気軽に相談してね」
……追求はしてこないけれど、興味があるという態度は隠していない。
「あー……とにかくリョウマ君は色々と考えているようだね」
ラインハルトさんから助け船がきた
「色々と興味が出てきまして」
スライムのことならまだまだ話せる。使えそうな話だってまだ色々残っている。
「ところでそれ、そんなに簡単に話していいのかい?」
「僕一人で実行するには体も知識も足りませんから」
ぶっちゃけ俺は、“このスライムはこういうことができる!”と理解した時点で8割ぐらい満足してしまう。だから正直、信用できて知識を役立てられる人が近くにいれば、そういう人に提供して役立ててもらった方がいい気がしている。
「普通はもっと出し惜しみをするものだと思うけどね」
「皆さんになら、特に惜しいとは思いませんよ」
「執着がなさすぎるわ……リョウマ君、変な人に騙されないように気をつけなさいね? 話なら私達がちゃんと聞いてあげるから」
「どんなことでも、話だけならタダですからな」
「儲け話ならなおさら歓迎や」
夜もだいぶ更けてきて、今日の話はここまでとなったが……4人から、先ほどまでとは違う意味で心配されている感じがする。
あっ、ブラッディースライムの血清についても話しておきたかったな……あれが一番の目玉だったのに……