お茶会での活動報告
本日、3話同時投稿。
この話は2話目です。
夕食後
俺。セルジュさん。ピオロさん。そして公爵夫妻。
美味しい料理と美味しいお酒を堪能しながら話は弾んだ。
しかし俺はこの一年で様々な事に手を出し、他の皆様もそれぞれ忙しい方々だ。とても夕食の間だけでは話題は尽きず、聞きたい事も聞ききれず。さらに食後のお茶を楽しみながらゆっくり話す事となった。
「防水布の件は知っていたけど、他にもリョウマ君が関わっていたのか」
「あのオルゴールも元はリョウマ君が教えたものだったのね」
「おかげさまでモーガン商会の名はまたさらに高まりつつあります。ピオロ、確かお前のところにも」
「“麦茶”の事やな? あれも新しい嗜好品としてじわじわと売上を伸ばしてるところや。本格的に広めるのは来年以降になるけれども、新しい試みとしては順調そのもの。原料と仕入先までまとめて話を持ってきてくれたリョウマには感謝しきりや」
「順調なようで何よりです。原料の産地についてはうちの店の従業員の出身地でしたから、運が良かったですね」
「その運を分けてもらえるから助かるわ。運気ばかりはどう頑張っても手に入らんからなぁ」
確かに。この世界に来てからは“運が悪い”と思う機会も少なくなった。あったとしてもごく小さい不運。神々から加護をいくつも貰ったり、そもそもその神々と頻繁に会って会話している時点で運は人並み外れて良いのだろう。仮に幸運スキルがあったらレベルはカンストするかもしれない。
「ヴァイツェン村は微妙な立地で苦労していたと聞いたが、今後は栄えていきそうだね」
「今後も村に不満がなければ、あの村の麦はサイオンジ商会が買い取らせていただきます。麦茶生産とその支援については来年までに人手や道具、必要な設備の充実を考えとります」
「村で麦を増やし、一部は麦茶に加工もして、サイオンジ商会が売る。良い流れを期待したいね。微力だが私も応援するよ」
「いやぁ~、公爵閣下にそう言っていただけたら担当の者も張り切りますわ」
軽い雑談をしているような雰囲気の中で、時折違和感を覚える。
彼らの言葉の裏には、どこまでの意味が込められているのか……俺にはとても計り知れない。
自分にも順番が回ってくるが、俺はごく普通に近況報告をする。
例えば任されている廃鉱山の管理状況だったり、最近のスライムのことだったり。
「最近はウィードスライムとストーンスライム、雑草と石ころそっくりに擬態するスライムを従魔にして繁殖させています。餌は容易に手に入りますし、繁殖も早く、何より本当にスライムと知らなければ見分けがつきません。どうも摂取した餌を参考にして、その土地のどこにでもある雑草や石として景色に溶け込むようで……最近はこの特徴を廃鉱山の警備に利用できないかと考えています。
具体的には二種類を繁殖させて廃鉱山全体に配備し、従魔術を介して侵入者などを感知できないかと。残念ながら繁殖が早いと言ってもまだ数が足りず、今はここ半年間で魔獣が住み着く割合が大きかった、東側の坑道数本で試験運用をしているところです。しかしリムールバードを使って行った実験では、“僕がスライムと連絡可能な範囲にいれば”、位置情報と侵入者の数の把握は可能でした。将来的には見張りとしての役目を十分に果たしてくれると感じています」
「相変わらず君はスライムの活用に余念がないね。侵入者にバレずに位置と人数が分かるなら、罠にかけることもできそうだね」
「スライムを警備に使うとそうなるのね……私も従魔にお庭の警備をお願いしているけど、あの子達は不審者を見つけたらすぐに襲いかかるから、違いが面白いわ」
にこやかに言っているが、奥様の従魔って確か狼系の魔獣。それも以前見せて貰った一匹はよく躾けられていておとなしかったけど、奥様が体を預けても有り余る巨体だったはず……公爵家に無断侵入するやつが悪いとは思うけど、そんなのが見つけ次第襲ってくるなんて、スプラッターな映像しか思い浮かばない。
する気はないけど絶対に庭に無断侵入はしないと決めた。
「お店の調子はどうだい?」
「そちらも順調そのものです。特に最近は雨や気温も低い日が多くなってきたせいか、水仕事が辛い、洗濯物が乾かない、そう口にする方が多くなっていますね。おかげさまで今年一番の売上を頻繁に更新しています」
「そうよねぇ……この時期になると使用人の子達も大変そうにしているわ」
いつものことながら、公爵夫妻は俺の話をよく聞いてくださる。
セルジュさんとピオロさんもだ。だから俺もできるだけ丁寧に話す。
夏にあったお祭りに、冒険者ギルドの研修、それから従魔の適正診断。
旅芸人の一座、新しい役所のトップ、冒険者の知人といった、様々な人々との出会い。
それらを楽しげに、また暖かい笑顔で聞いてくれる4人。
しかし、今後の目標である“シュルス大樹海”に関わる話題となると、
「「「「……………………」」」」
やはりというか、徐々に心配そうな表情が増えた。
さらに先日の行方不明者を救助した話の後は、揃って難しい顔になってしまう。
「リョウマ君。その表情を見るに、僕達の言いたいことは大体わかっているようだね」
「はい、ある程度は」
「なら率直に言おう。元とはいえ、犯罪者を雇用するのは薦められない。……確かに罪を犯す理由として“職がない”、だから“食べていけない”それはある。仕事があれば罪を犯す必要はなかった……そういう人も確かにいるだろう。それは否定しない。
しかし――それを“君個人が”やる必要はない。そして君が君の考えを実行したところで、大した意味はないだろう。犯罪者に対する世間の目は厳しい。たとえそれが元であってもね」
「リョウマ君は善意から言っているのでしょうけど、とてもリスクが高いの。再犯を抑止する助けになりたいという気持ちを、理解しない相手もいる。何かあれば、せっかく順調に進んでいるお店の経営を危うくしてしまうわ」
「私からも。お二人もおっしゃいましたがリスクが高く、それに見合う見返りもあるとは思えませんな。周囲の目には良くて“奇行”。悪ければ犯罪者を集めて何か企んでいるのかと邪推されないとも限りません。たとえリョウマ様が善意だとしてもです」
「残念やけど、それが社会ってもんやからなぁ……」
やはり俺の予想、そしてカルムさんから受けた指摘とも大きな違いはない。
「カルムには既に話していたのですか」
「商人としての知識経験は豊富ですし、何より私の話をよく聞いて親身に考えてくださるので、いつも頼りにさせていただいています」
「信用しとる部下に反対されても変わらんほど、その意思は固いんか? 何でそこまで?」
納得していない様子のピオロさんは、少々強めの声色で問いかけてくる。
そうだな……
「きっかけは先ほど話した通りですが、自分でもまだよくわかりません。強いて言えば……」
「強いて言えば?」
「“やってみたくなった”です」
「……は?」
身を乗り出して聞いていた彼は、理解できないとばかりに声を漏らした。
他の3人もそれぞれ目を丸くしたり、肩透かしを食らったような表情をしている。
「待ってくれリョウマ君。“やってみたくなった”? ただそれだけなのかい? 繰り返しになるけどリスクは高く見返りもない、個人でやるには荷が重すぎる話だよ?」
「自分の気持ちを素直に出すとそうなります」
カルムさんも。目の前の4人も。主張は当たり前のことであり、真っ当なものだ。
元犯罪者の雇用支援に再犯防止……そんなこと個人でやっても大きな効果はない。
前世にはそういう考え方で雇用支援が実施されたこともあったが、それは国の政策だ。
それも、ここより国も人も物も豊かで余裕のある日本での話。
俺一人がこの世界で、そんな考えを実行に移しても大した変化はない。
焼け石に水、ただリスクを抱えるだけという指摘は正しく、そして一般的な考え方だ。
でも、だからこそ。
そういう気持ちもあると思ってる。
自分の気持ちというのは、自分のことながら完全に把握するのは案外難しい。
しかしこの世界に来てからの生活を振り返ると、俺の行動方針は基本、それだ。
「なんと言いましょうか……公爵家の皆さんと街に出るまで、僕がガナの森に住んでいたのはご存じですよね?」
無言でうなずく四人を確認して続ける。
「ガナの森までの生活は長くて面倒で楽しくもないので省きますが、まぁ、だいぶ窮屈な生活でした」
4人、特に公爵夫妻の表情が苦い物を口にしたように歪んだ。
「森に住み着いたのは人と関わるのも面倒になったから、生活はできたので“森で自由に生きよう”とした結果です」
人里に出たくなかったから、のんびりと自給自足生活をはじめた。
そのうちスライムに興味を持ったから、研究した。
さらに時間が経って、外に興味を持った。
そこにラインハルトさん達が来たから、森を出た。
「森を出てからも冒険者に興味があったから登録。鍛え直そうと思ったから皆さんと別れて一人で生活をはじめ。万が一の生活を確保するためにお店を開いて……それでいてお店の規模を大きくすることには消極的……」
“自由に生きなさい”
そう言ってくれたガイン達の言葉通り。俺は気楽に。自由に。思ったように生きたい。
これがこの世界に来てからの基本方針だ。これだけは自信を持って言える。
だから、
「“やってみたい”……そう思ったからできることを考えた。ということになりますね。あと、どんな犠牲を払っても! とか、そんな風に強硬手段をとって急速に押しすすめようと思っているわけではなく、僕が歳を取って死ぬまでに今より少しでも良い方向に進んでいたらいいなぁ……という感じですね。……子供っぽくないですか?」
「どこがやねん!」
「やりたい事をやりたいと言えるのは、そうかもしれないわね。だけどリョウマ君、自分で言っちゃったらそう感じないわ」
「それ以前に、サラッと老後を視野に入れてなかったかい?」
「話していると忘れそうになりますが、リョウマ様はまだ11歳でしたね……子供なのか大人びているのか……」
せっかくの楽しいお茶会。険が取れたようで何よりだ。
「何か始めるにしても、いきなり店の経営方針を変えるわけにはいきません。それに事前に皆さんには相談しようと思っていますから」
せっかくこうして親身に話を聞いて、手を貸してくれそうな人がいるのだから。
「「「「…………」」」」
「え? ……皆さん、その目は?」
なぜか皆さんが今日一番の驚きを見せている。
……俺、何か変な事を言っただろうか?