再会 4
本日、3話同時投稿。
この話は1話目です。
その日の夜
一度宿に帰り、荷造りや宿泊のキャンセル手続きを済ませて公爵家のお屋敷に戻ると、公爵夫妻は別のお客の対応中だったため、先に俺達が宿泊させていただく部屋に案内された。
客室は……一言で言えば、前世のテレビで見た、有名ホテルのスイートルームのようだ。
部屋に入ってその広さにも驚いたが、さらに室内にまた別の扉が左右合わせて二つ。なんと最初の部屋はリビングで、右の扉がシャワーとトイレ。左の扉は寝室と、横並びの3部屋がまるまる俺一人に与えられた部屋だった……しかも身の回りの世話を務めるメイドさんが常に一人は別室に待機していて、呼べばすぐに来てくれる。
それも俺と顔見知りのアローネさん、リリアンさん、ルルネーゼさんの誰かが担当になるよう気を使ってくれているようだ。正直俺としては恐縮しきりなのだが、彼女達が言うには公爵家のお客様なら当然の待遇だそうだ……はたしてこれは文化の差なのか、財力の差なのか……おや? 誰か来たようだ……
「どうぞ!」
「失礼いたします。タケバヤシ様、夫とその同僚の方が3名。面会を希望していますが、いかがいたしましょうか?」
ヒューズさんとその同僚で3人、ってことはもしかして!
「会います。お通ししてください」
「かしこまりました」
しなやかに尻尾を翻し、洗練された動きで出て行くルルネーゼさん。
出迎えるために入り口付近で待っていると、彼女は数分で戻ってきた。
想像通りの4人を引き連れて。
「お久しぶりです」
「久しぶり!」
「元気だったか」
「お互い無事で何よりでさぁ」
カミルさん。ジルさん。ゼフさん。
最初に出会った時のままの3人がそこに立っていた。
「おいおい、俺を忘れてるぜ?」
「ヒューズさんは昨日会ったでしょう。というかそれよりも、なんで昨日結婚すること言ってくれなかったんですか」
おかげで少し戸惑ったじゃないか。ルルネーゼさんの話も最初は分からなかったし。
「いや、最初は話すつもりでいたんだ……ただ宿に送ってたら結構時間食っちまったからさ。帰り際にあ、俺結婚するから! って言って立ち去るのもどうかと思うだろ?」
「確かにそれはそれで戸惑うと思いますが……」
「後はまあ、なんだ。こうして結婚できるのも、あの時助けてもらったからだしな。改めてちゃんと礼を言いたかった。報告はその時一緒にと思ったんだ」
……ヒューズさん、微妙に雰囲気変わった?
「一度死にかけた事で、ヒューズにも思うところがあったそうだ」
「告白したのもあれがきっかけなんだってさ」
「お、おいジル。カミル」
慌てて二人を止めるヒューズさん。
「今更隠しても意味はないと思いやすが……二人ともその辺で。ヒューズはともかく嫁さんが」
ゼフさんの言葉ではっとする二人。
「私の事はどうぞお構いなく」
開かれた扉の横で、何もなかったかのように背筋を伸ばしているルルネーゼさん。メイドとしての矜持なのか、きりりと表情を引き締めて控えているが……顔を真っ赤に染めている。この手の話は苦手なようだ。
「皆さん中へどうぞ。座って話しましょう」
「それもそうだな! 邪魔するぜ」
「では私も失礼して」
4人を迎え入れて、リビングのソファーへ……あ、テーブル使ってたの忘れてた!
「すみません、散らかしっぱなしで」
「急に押しかけたのはあっしらの方ですから」
「お構いなく~」
「つーか、何だこのタライ?」
「砂が詰まっているようだが……」
「部屋が豪華すぎて落ち着かなかったので、これを作ってたんです」
豪華な部屋に不釣り合いな容器から取り出したるは、フィギュア程度の人型の石。
まだ途中で不恰好だが、神像の試作品だ。
「あとこれと、これと、これと……」
「結構あるな!?」
「そんなに埋まってたんだ」
「納品する像を作る前にデザインを決めないとと思いまして」
「ほー……相変わらず細部まで作りこんであるな」
「全部笑顔ではありやすが」
「こうして並べると雰囲気の違いがわかりやすいですね」
「ここに来てからまだ数時間しか経っていないはずだが、もうこんなに作ったのか」
「今回はデザインを決めるための試作なので、最初に大まかに型を1つ作って、そこへ詰めた砂を魔法で固めて量産しています。あとは細部を整えて……あ」
気がつけば、ルルネーゼさんが人数分の飲み物を用意して近づいてきていた。
急いでテーブルにスペースを作る。
「お飲み物をお持ちしました」
「ありがとうございます。よろしければルルネーゼさんもこちらへ。この中で気に入った像があれば教えてください。本番用を作るときの参考にしますので」
「かしこまりました」
すまし顔でさりげなくヒューズさんの隣に座った彼女は、神像を凝視し始めた。
「これなんか明るく楽しそうで良いんじゃねぇか?」
ヒューズさんが選んだのは、満面の笑みを浮かべているルルティアの像。
「嫌いではありませんが、結婚式にはもう少し厳かな像が良いと思います。こちらのような」
そう言ってルルネーゼさんは真剣な表情の像を手に取った。二人の意見が食い違ったかと思えば、小声での相談が始まる。その会話に刺々しい雰囲気はない、しかし間には入れない雰囲気。……気のせいかな? イチャついてるように見える。
「また始まったか」
「結婚を発表してから露骨になりやしたね」
「最近はいつもこうなんだよ」
近々夫婦になる予定の二人を見て呆れる同僚二人。
さらにこんなのはよくある事だとカミルさんが小声で教えてくれる。
「それはそれは……周囲に妬まれてません?」
「主にヒューズがな」
「ルルネーゼさんはここで働く独身男性に人気があったからね」
「嫁さんの方は普通に祝福してもらえてるそうですが、あっしらの職場は女っ気の少ない男ばかり集まってるもんで、ヒューズは……」
察した。
ルルネーゼさんから結婚の事を聞いた俺が思ったように、爆発しろと思った人がたくさんいるのだろう。
「まぁ、最近は大分落ち着いてきてるな。嫉妬がヒューズに集中しているのは変わらないが、軽く罵倒する程度で遠巻きに様子を見ている。元々嫌われ者だったわけでもなく、結婚を発表してから生活態度もだいぶ変わったからな」
「飲みに行く回数は減ったし、一週間ぐらい前からは昇進を目指してるんだよ」
「へぇ……」
ジルさんに詳しく聞いてみると……初対面のヒューズさん達は“護衛”として紹介されたが、それは仕事の一部であって、正式には公爵家の“警備兵”とのこと。普段は公爵家の邸宅を警備しているが、家人が外出する場合には供をする。
そして警備兵と一言で言ってもその内部には様々な階級と役職があり、ヒューズさんは冒険者からスカウトを受けて雇用されて以来、最前線で腕を振るい続けたが、昇進には消極的だったらしい。
「前々からもう少し上の役職に就かないかという話はあった。しかし全て“面倒”の一言で断っていた男が、結婚するとなったら自分から昇進したいと言い出したんだ。まったく、人生何が起こるか分からないものだ」
「そうなんですか……ところで」
彼は結局、昇進できるんだろうか? 散々断った後のように聞こえたけど……
「ああ、それは問題ない。今は昇進のため、主に事務仕事の訓練を受けていてな。それが充分と認められればある程度の地位までは行けるだろう。少なくとも妻と子供を養って生活するくらいの給料は出る。
……これまで何度勧めても断り続けてきた影響もあるにはある。しかし指導官の嫉妬も含めて、指導が多少厳しくなる程度だ。少しずつ勉強しておけば楽だったものを、これまで遠ざけてきたツケが回ってきたと考えれば許容範囲内だろう」
「ヒューズさん、報告書とか書くの本当は大嫌いなんだよ」
ジルさんは悪い笑顔を浮かべている。
だけど冷遇されてはいないようだ。
俺の前世の会社のような職場でなくて良かったな、ヒューズさん。
「……お前ら、俺達が像の話をしてる間に何話してた? リョウマ、そのスゲェ生暖かい目は何だよ……?」
「いえいえ、別になんでもありませんよ」
純粋に祝福しているだけである。
「ところで像の他に必要な物はありませんか?」
あとご祝儀とか、贈り物とか。
結婚式に参加するのは初めてだから、色々と教えて欲しい。
「あ、ああ……参加者へ配る引き出物はもう手配してあるから、そっちは心配いらねぇが……なんか他にあったっけ? 大体の物は揃ってるよな?」
「ありがたいことに使用人の皆様が協力してくださっていますので、私も特に思い浮かびませんね……もしよろしければ打ち合わせに参加されますか? 使用人の仕事が終わってから始まるので、だいぶ遅い時間になりますが」
使用人や警備兵など、各部署の代表者が毎晩集まって結婚式準備の相談をしているらしい。そこでなら結婚式の事を色々と聞けるだろう。
即、今夜から参加できるようお願いする。
しかし仕事仲間とはいえそこまでしてくれるなんて、この2人は仕事仲間に愛されているようだ。
……俺、死んだ後はどうなったのかな? 病死でも事故物件になるんだろうか? 事故物件になったとしたら大家さんに迷惑かけちゃったな……悲しんでくれそうな人は田淵君と……まぁそれなりにいるけど、課長あたりは、あ、そう? くらいで終わるだろうな……いや、仕事どうすんだって怒鳴りつけるのが先か。引き継いだ人ちょっとゴメン。
他の連中は特に反応しなさそう。形だけの指導担当だった頃に真面目に指導して嫌われてたし、笑うか喜ぶか……そう考えるとこの2人は凄い。
「本当に良い仲間に恵まれて、大切にしないとダメですよ?」
「お前は俺らの親父か何かか! マジでどうした!?」
「何でしょう、このリョウマ様の見守っているような視線……」
「……からかう気持ちは微塵も感じられないが……」
「逆にここまで真面目に祝福されると戸惑うかもしれやせんね……」
「急にどうしたんだろう? リョウマ君」
別のメイドが夕食の時を告げに訪れるまで、室内には不思議と生暖かい空気が流れた。