再会 1
本日、3話同時更新。
この話は1話目です。
3日後
概ね穏やかな旅を続けた俺達は、とうとう公爵家のお屋敷があるガウナゴの町へと到着。
だが……到着するやいなや、門で新たな問題が発生した。
「もう一度聞かせてください。お名前はフェイ殿とリョウマ君。ギムルから来られた目的は?」
「私が店を経営していまして、今回、公爵家の方々へお目通りが叶う事になりました」
「私は護衛兼従者ネ」
「ケレバンからは街道を通らず、ガナの森の奥に立ち入り、遭遇した盗賊15人を始末。間違いありませんね?」
「間違いありません」
「普通は街道を通るものだと思います。どうしてわざわざ歩きにくい森の中に入ったのでしょうか?」
「あの森で一時期生活していた事があるんです。単純に懐かしかったので、そこを見に行きました。冒険者も兼業しているので森歩きには慣れていますし、迂回するより早いとも思いました」
「なるほど……フェイ殿は冒険者ではないようですが」
「私は母国で兵役経験あります。森の歩き方、護衛の腕はそこで身につけた」
「ジルマールの軍人、と」
「元、ネ」
「なるほどなるほど……」
……併設された詰所の一室に移されてから終始この調子だ。同じ事を何度も何度も。
物腰は柔らかいけど、完全なる職務質問。
前世で受けまくった俺には、怪しまれているのがすぐに分かった。
それにしても、さすがにもう開放されてもいいと思うんだが……
俺達が仕留めた盗賊の賞金、それを支払う前の事実確認にしては長すぎる。
森の中に3年住んでいた事や、他国の元軍人がそんなに怪しいか?
……軍人はともかく森に3年は怪しいか……いやでも水晶は青だったし。
しかし、本当にいつ終わるのか…………ん?
聞こえた足音が扉の前で止まる。
「よーっす、邪魔するぜ。ここに、おっ!」
「あっ!?」
なんと、入ってきたのはヒューズさん。
俺が森から出る原因となった、公爵家の護衛の一人。
「ようリョウマ! 久しぶりだな!」
「お久しぶりです!」
「忘れず呼んでくれて良かったよ。後は任せとけ」
別れ際に詰所で自分の事を話せば連絡がつく、と言っていたのは本当だったようだ。
取り調べの最中に入ってくれたのは予想外だったけど……
俺がそう思っているうちに、取り調べをしていた男性が口を開く。
「ヒューズ、何を」
「ようスワンソン! 相変わらずやってるな」
「仕事中だとわかっているなら出ていっ!? 返しなさい!」
ヒューズさんは素早く男性が色々と記入していた紙を奪い取り、目を通している。
「あー、スワンソン? お前が気になってんのこの辺りだろ。これな、嘘じゃねーよ。俺が保証する。春に俺、死にかけた事あったろ?」
「公爵閣下の護衛中にやられたという?」
「そん時に助けてくれたのがこいつなんだよ」
「だとしてもですな……森に3年とは」
「色々事情があるんだよ。別に盗賊の下働きとかしてたわけじゃねぇぞ? つかその辺は旦那も確認してっから。とりあえず通してやってくれよ。挨拶に来るってのも本当だ。実質客人として招かれてるようなもんだが」
「……わかりました。賞金もお忘れなく」
……なんだか強引に感じたが、とりあえず無事に開放してもらえるようだ。
「ありがとうございます、ヒューズさん」
「話は後だ。そいつの気が変わらないうちにさっさと行くぞ。ホレ、賞金持て」
「あ、はい。……こっちはフェイさんの袋でした」
「店主の空間魔法で預かておいて欲しい。荷物になるし、当分は手持ちのお金で大丈夫だから」
「わかりました、とりあえず入れておきますね」
ゆっくり挨拶をする暇もなく、俺達は彼を追って詰所を後にする。
表に出るとすでに日は暮れて、星が空に瞬いていた。
「それにしても災難だったなぁ」
ヒューズさんは我慢をやめたように笑いかけてきた。
「まったくです……だけどあの方もお仕事ですし」
「そう言ってくれると助かるぜ。あいつも悪い奴じゃないんだが、少しでも気になるところがあると、どうしてもしつこくなっちまうみたいでな……でもそのおかげで水晶じゃ判別できない犯罪者も捕まえるやり手なんだぜ?」
先ほどの男性をフォローするヒューズさんだけど、俺はそれより“水晶で判別できない犯罪者”という一言が気になった。あれって誤魔化せるのだろうか?
「ごまかすっつーか、あれはそもそも犯罪者を見つけるための物じゃないんだ。だから全部の犯罪をあれで暴く事はできないのさ」
聞けばあの水晶を製造しているのは教会で、本来は戒律に違反していないかを調べるための物だそうだ。
「殺人、誘拐、強姦、窃盗、傷害……その辺の行為は神々の教えにも反するから、あれでわかるんだ。ただ神々の教えに反していない事でも、法律違反になる事はあるだろ? 例えば密輸。取引禁止のやばい品を所持していたり、無断で持ち込んだりすれば当然罪になるが、危険物や持ち込み禁止なんてのは人間が後から作ったルールだ。だから水晶は反応しねぇ」
そういう欠点があったのか。
それでも一部の重罪が鑑別できるだけでも有用だし、抑止力にもなりそうだ。
ところで……なんとなくヒューズさんについて歩いているけれど、どこへ向かってるんだろう?
聞いてみると、彼はぴたりと足を止めた。
「すまんすまん、急いで出る事ばかり考えてたわ。で、何処行く?」
そういえばこういう、大雑把な人だった……もちろんいい人なんだけど。
とにかく目的地があるわけではなかったようだ。
「でしたら“馬が好き”という変わった名前の宿屋はご存知ないですか? そこでモーガン商会の方と合流して、後日公爵家を訪ねる予定なのですが」
「そこなら知ってるぜ! 競馬好きのオヤジがやってる宿でなぁ……店の名前にしちまうほど馬好きなんだ。馬に関する話題は絶対持ちかけるなよ? 長いし面倒になるぞ」
どうやら親しい相手だったようで、ヒューズさんは楽しげだ。
道にも慣れた様子で、細い裏道もスイスイと歩いていく。
またその道中、
「おっ、ヒューズじゃないか」
「何やってんだー? こんな時間にぃ~」
「おう! 仕事中だよ!」
「仕事? だったら何でこんなとこ歩いてるんだよ」
「サボりじゃねえのか? 一杯飲んでけよ!」
「ヒューズさ~ん、今日はうちで飲んで行かない?」
「サービスするわよ?」
「あー……誘いは嬉しいが、こいつらを送ってやるとこだからな。また後で来る」
「その子供……まさか隠し子か!?」
「なんだと!? 誰との子供だ!?」
「俺の子供じゃねーよ!」
「ハハハハ!! だろうな! 全然似てねぇし!」
「お前の子供にしちゃ賢そうだ!」
「品もなんとなく良さそうだしな!」
「絶対にヒューズの子供じゃない!」
「なんだとこの酔っ払い共!!」
「あら、ヒューズさんじゃないか。また今度うちの店に来ておくれよ。お茶くらいなら出してあげるからさ」
「っと、雑貨屋の婆ちゃんか。また今度行くから茶菓子もつけてくれ」
「待っとるよ。茶菓子は別料金だけどね」
道行く人々にしょっちゅう声をかけられていて、その誰とも親しそうだ。
「地元だから、というだけではなさそうですね」
「良い人ネ。他の人から信用されてる、よくわかるヨ」
騒がしいけれど、穏やかな街角を歩いていくと、やがて大きな馬小屋が併設された……というよりも、馬小屋に併設されたと言った方が良さそうな、馬小屋と比べると控えめな大きさの宿に到着。
「ここが宿屋“馬が好き”だ。親父さん、はこの時間だとたぶん居ないな……女将さんいるかー?」
軽い調子で中へ入っていく彼に続く。
入ってすぐのカウンターから同じように軽い返事が飛んでくる。
「はいよー、ヒューズさんじゃないか。どうしたんだい?」
「客を案内してきたぜ」
「こんばんは。モーガン商会の方を通して予約をしている、バンブーフォレストのリョウマ・タケバヤシと申します」
「同じく、護衛のフェイです」
「ああ、セルジュの旦那から話は聞いてるよ。部屋は個室で2部屋とってあるから、まずこの宿帳に記入しておくれ。それから夕飯はどうする? 食べるならもう時間だし、セルジュの旦那も食堂にいるけど。後は明日の――」
せっかちな人なのか、矢継ぎ早に飛んでくる質問に答えながら宿帳に記入。
夕飯もいただこう。セルジュさんに挨拶もしておかないと。
「リョウマ、俺は屋敷に戻るな」
「あ、っと、もうですか?」
「ああ、本当ならこのまま一緒に飯食って酒飲んで、じっくり話したかったんだが……ちっとばかし仕事が残っててな」
「そうですか……残念ですが仕方ありませんね。お忙しいところをありがとうございました」
「まぁ、近いうちに屋敷に来るんだろうし、話はそん時にできるさ。俺も色々話したい事があるから、またな!」
「はい、お気をつけてー! ……行っちゃった」
ヒューズさんは風のように去っていった……話したい事って何だろう?
「相変わらずだね、あの人は」
「ははは……あ、書けました」
「私も」
「はい、どうもね。これが鍵で、部屋は上に上がって右の突き当たりだよ。食事は向こうの食堂へ行っておくれ」
女将さんがそれぞれ階段と食堂へ向かう廊下を指差して教えてくれた。
しかしその周りに飾られている蹄鉄や馬の首の剥製が異様に存在を主張していて、気になる。
「やっぱり気になるよねぇ」
「立派だと思いますよ」
「お世辞なんか言わなくていいよ! うちの宿六が次から次へと買ってくるだけだからね! 2階には置物やら絵やら、まったく何がいいんだかね」
どうやらここの旦那さんの馬好きは筋金入りらしい。
「店主、知人に挨拶するなら一度服装を整えるがいいと思うよ」
「そうですね。女将さん、一度部屋で着替えてきますね。その後すぐに夕食をとります」
「わかった、用意させておくよ」
着替えを済ませて食堂へ行くと、
「混んでますね」
「身なりからして皆商人」
「馬小屋が充実してるからでしょうかね……いらっしゃいました」
様々な地方から集まったと思われる商人達で賑わう食堂の、壁際の席に目的の人がいた。
彼は誰かと一緒に食事をしているようだが、おそらく男性。
黒髪で、なんだか見覚えのある後ろ姿……あれ? もしかしてピオロさん?
「セルジュさん、ピオロさん」
「おや!」
「リョウマやないか! 久しぶりやな!」
やっぱりピオロさんで間違いなかった。
「お久しぶりです。手紙のやり取りはそこそこありましたけど、直接会うのは半年ぶりぐらいですか」
「ずっと入れ違いになっとったからなぁ。……それはそうとヴァイツェン村の件、おおきにな。おかげでうちは新商品と麦の仕入先を新しく手に入れられたわ」
「村の人とサイオンジ商会の協力があってこそ、ですよ」
ついつい声を潜めて、悪代官のような会話になってしまった。……だけどそれも仕方ないだろう。大商会のトップ2人に、どこの馬の骨ともわからぬ子供が話しかけたのだ。しかも2人は親しげに返事を返してくれた。この時点で周囲のお客の雰囲気が変わる。
「あの子供、一体何者だ?」
「知らん。どこかの貴族か?」
「貴族の子供がこんなところに来るわけがない」
「ならどこかの大店の跡取り息子か?」
適当な会話に紛れてそんな声が漏れ聞こえてくる。
また、適当な会話をしている人々からも視線を感じる。
気分はまさに、冒険者ギルドに初めて行った時に絡まれるお約束。
冒険者でなく商人だし、ギルドでなくて宿屋だけど。
「ささ、お2人ともどうぞ座ってください」
セルジュさんに誘っていただいて席に着く。
それからは夕食を頼み、フェイさんと2人は初対面だったので紹介して、周囲に聞かれても問題のない会話に花を咲かせた。
そして話題は俺達がここまでくる道中の話に……
「門で足止めとは災難でしたな」
「あちらもお仕事ですし、仕方のない事とは思いますけどね。それに門の警備も他の街と比べて厳重でしたし、やはり領主様の屋敷がある街は違いますね」
「ここにはジャミール公爵家以外の貴族のお屋敷もたくさんありますからな。警備に関しては一際厳しい街です。門で水晶を使われたでしょう?」
「そうですね。他の街ではギルドカードを見せるだけで通れたんですが」
ガウナゴの街は出入りの際に必ず光る水晶でのチェックを受けなければならないらしく、言われるがまま触れたところ、盗賊を討伐した事実が判明して別室に移されたのだ。
「あの水晶は貴重な魔法道具ですから、ほとんどの街では身分証を持たない方が訪れるか、盗賊を討伐したと申告がない限り使いません。道具ですから、使い続ければ壊れてしまいますし、補充も大変だそうで」
高いのかな? 多くの街で使っている事実を考えればそれなりに数があると思うんだが……
「値段もそうですが、教会の許可を取るのが手間だそうです。あの魔法道具は元来、神々の啓示を受けた職人が、神々の指示の下で作り上げた特別なものとされています。故に製造はできるのですが、みだりに作り売るものではないとの事で」
街の警備などの正当な理由。貴族の許可。魔法道具の代金だけでなく、教会への寄付金など、色々なものが必要になるらしい。
「そうでなければ私も1つ欲しいのですがね」
魔法道具オタクのセルジュさんは心から残念そうだ。
でも手に入るなら俺も1つ欲しい。
「ところでリョウマ。盗賊倒した言うてたけど、よく2人で倒せたなぁ。数、それなりにいたんちゃう?」
「フェイさんがいましたからね。1人で8人も倒してくれました」
ほど近い席で聞き耳を立てていたお客が静まる。
「店主も7人倒した、私が1人多いのは先に攻撃しただけですよ」
背後からざわめく声が聞こえた。
この話題を振ってきたのは周囲への牽制かな?
……会話は楽しいけれど、あまり食事を楽しめる雰囲気でないのは残念だった。