フェイの実力
本日、5話同時投稿。
この話は4話目です。
~Side リョウマ~
時の流れは速いもので、行方不明者の救助からあっという間に2週間が経過。
そして俺は公爵家へ挨拶に行くセルジュさんと合流するため、フェイさんとガウナゴの街を目指す途中……ちょっと寄り道をすべく、薄暗い森の中を進んでいる。
「すみませんね、僕のわがままに付き合わせてしまって」
「問題ないヨ。今の私は一応店主の護衛。店主の昔の家、店主が行きたいなら行く良いネ。それにこういうところ歩くは得意だから、平気ヨ」
確かにフェイさんは先導する俺に、遅れずについてくる。その足取りは軽やかで、自然の中を歩き慣れているのが分かる。さすがは元暗殺者。
「そう言ってもらえると助かります。やっぱりそういう訓練を受けていたんですか?」
「訓練もしただけど、私の国はこの国ほどちゃんとした道多くない。道があると人は通りやすい、代わりに敵兵が侵攻するとき楽にしてしまうから。表向きは行商人だたから、小さな村とかも回ただけど、大きな街以外はどこもこんなものだたヨ」
そうなのか……考えてみたら、フェイさんの国の事って聞いたことないな。戦争中で危険な国とは聞いたことあるけど、逆にそれくらいしか知識がない。もう雇ってから半年以上も経っているのに、聞いたこともなかった。
店の人には“兵役経験者”ということにしているし、前職の都合上仕方のないことかもしれないけど……
「差し支えなければ、問題のない部分だけでもお話を聞かせていただけませんか?」
「なんでも答えるネ? 公にするは面倒だけど、もう元暗殺者と知てる店主になら、話す大丈夫ネ」
あまりにもあっさりしていて逆に不安になる。
「機密とか無いのですか?」
「それをどうこう言う国が無くなてしまただから、話すに何の問題も無いネ。重要な情報はもうとくに使い物にならなくなてるか、使えるものは敵軍に奪われてるはず。だたら外……敵国の敵国に情報流すの方が敵の迷惑になるかも知れないよ。じさい、そういう活動したくて国に残た仲間もいるヨ」
「へー……」
じゃあ、遠慮せず……と言っても知らないことばかりで何から聞けばいいか。
「店主はどれくらい私の国のこと知ってるか?」
「まず国名がジルマール帝国、僕達が今住んでいるリフォール王国からやや北東の方に位置している大国。あと先ほども言いましたが、内戦が続いていて危ない。これくらいですね」
「ならもう少し補足するよ」
フェイさん曰く、
ジルマール帝国は遠い昔に、一人の絶大な戦闘能力を持つ人族が興した国。
我々のいる大陸北部の村落や豪族を、武力によって統一して成り立った大国。
詳しい経緯や初代皇帝の出生や名前、建国時期などを示す歴史的資料がないため謎が多い。
そのため内乱で分裂した勢力それぞれがそれぞれの歴史を語り、自分の旗頭が初代皇帝の血筋だと主張しているとか……なんだか戦以外にも面倒が多そうな国だ。
「私が国にいた頃……帝国には、国の南側一帯を治める“ウィン家”、北西の領地を治める“トゥアン家”、北東の領地を治める“ビグァン家”、そして国の中心部を支配していた“シュウ家”の縄張りがあたネ。その中にもまた小さな争いがあただけど……大きな戦はこの四つの間で起こていたよ」
「ちなみにフェイさんとリーリンさんは」
「私達はウィン家に仕えていたヨ。ウィン家は私達のような暗殺者を大勢抱えていて、いくつかの組織に役割を分けて使ていた。敵地に長期滞在して情報を奪う組織、主要な街で他所の手の者を見つけて殺す組織……
あと私達は敵味方の領地を行き来して情報を運んだり調べたり、他の組織から情報を預かたり。ウィン家の領地では見つけた賊を始末するのが仕事だた。とにかく移動が多いだから怪しまれないように、私達の組織の人は全員行商人みたいな仕事を持ていたネ」
そうなのか、と歩きながら彼の話に耳を傾けていると、
「そうだ、店主。私、店主に言いそびれていた事、あたね」
突然思い出したように告げられた。何か重要なことがあっただろうか?
「私達、雇てくれた時の面接。私、あそこでリーリンの事を母親似の娘と言た。覚えてるか?」
「覚えてますが……」
「あれ嘘。実は私とリーリン、同じ部隊に配属されて父と娘という事になただけで、血はつながてないヨ」
思ったよりどうでもよかった!
いや、本人達には重要なことかもしれんけど……
「10年以上父と娘を演じているから、本当の娘同然だけどネ。色々と説明が難しけど、事情を知てる店主には伝えておこうと思たよ」
さらに説明を受けると、彼が所属していたウィン家は戦で親を失ったり口減らしのために捨てられた子供を施設に集め、教育を施して利用していたらしく、リーリンさんはそんな子供の1人だったらしい。
「子供を暗殺者に育てて使う……酷いと思うかもだけど、私の国では当たり前の事だた。それに拾われなかた子供の生活はもと酷いヨ。生きてられない」
彼女は暗殺者としての才能を見出されてフェイさんの下に配属されたが、その施設は暗殺者だけでなく兵士や文官等々、将来の進路は限定されていたが救済措置としても機能していたようだ。
そんな話をしているうちに、俺達は無言になった。
暗い話で気まずくなった……というわけではなく、
「フェイさん」
「誰か居るネ、この先」
地面に残る複数の足跡がそれを示唆していた。
「靴を履いてますし人間……今朝方降った雨で消えてないということは、ここを通って半日も経ってなさそうですね」
「数は10……15、狩人にしては多すぎネ。きと盗賊ヨ。どうする」
「……この方向、もうすこし進むと川があります。そこを目指してるかもしれません。僕の昔の家とも方向が同じです」
「それは困たね」
と、口で言いつつ態度には全く困った様子がない。
しかも判断は俺に任せると言わんばかりに、それっきり黙る。
「ここで方向転換して街道へ向かうというのも1つの手とは思いますが……」
今晩は洞窟の家で寝泊りをする予定だった。
避ける、ということは予定を変更せざるを得ない。
また、その場合街道に出る前に日は暮れる。
それにこの森に住んでいた身としては、
「盗賊なら討伐しておきたいですね。協力して頂けますか?」
「承知。なら店主、ここで待つネ。私、偵察してくるヨ。きと、そんなに遠いではないから」
……フェイさんなら大丈夫だろう。追跡や隠密行動ならたぶん俺より上だと思うし。
少なくとも俺は“そんなに遠くまで行ってない”という予測まではできなかった。
どこから判断したのだろう? 後で聞かせていただきたい。
「無理せずお願いします」
「任されました」
言うが早いか、彼は驚くほど静かに動き出す。
木の葉が風に揺れた程度の音だけを伴って先へ進み、木々の間へ姿を消した……
フェイさんが帰ってきたのは、1時間ほど後の事だった。
「お疲れ様です」
そう声をかけると、背後で大きく草の音がする。
「……やぱり分かたか」
「武器に変形しているメタルスライムに、武器……つまり金属が、近づいてきたら教えるように命令しておいたんですよ。盗賊が近くにいるかもしれませんし」
「それだけなら“私”とは分からないはずだけどネ……」
と言うか何で後ろからこっそり近づいてくるんだか。
スライムの報告がなかったら、気づくのはもっと遅れたよ。
やっぱり元とはいえ、さすがプロだと体感した。
店の用心棒として雇えたのはかなり幸運だったと今更ながらに思う。
「で、どうでした?」
「数はやぱり15人、この先にある崖の前で野営の準備をしていたヨ。たぶん店主の言てた場所と思う。焚き火を囲んで、明日からの打ち合わせを聞いただから、間違いなく盗賊。それもなかなか経験豊富ネ」
「2人で倒せますか?」
「戦力は杖を持ていた魔法使いが4人、弓を持ていたのが3人。その他は剣とか槍とか近接武器。装備もわりと綺麗だたし、バランスも良い。だけどそれだけみたいね。特別強い人、いないヨ。
もう少し待て完全な暗闇に紛れれば、私1人でも殲滅できそう。昔なら若手の育成に使たくらい。私と店主なら十分ね。2人でやればすぐ終わる」
討伐することに決定。
この際だから後学のため、作戦もプロに任せよう。
「店主、これ使うネ」
それは先日、ディノーム魔法道具工房から取り寄せた“懐中時計”。
高価だが“あると便利”ということで、店の全員分注文して配ったばかりの一品。
表には服とスライムのレリーフが刻まれていて、当然俺も持っている。
「まず私が近づいても問題ない位置まで案内する。それから店主は待機、これで15分経たら敵に姿見せる。もし見つかた場合も同じ。すぐ襲われたら戦て、話できたら……店主なら薬草採取に来て、道に迷た新人冒険者とでも言えばいいネ。
15分の間に私は店主とは反対側まで行くだから、店主が敵の気を引いているうちに、私が後ろから。魔法使いを先に仕留める。私の得意は暗殺だから。正直に戦うは得意と違うヨ。戦い始またらすばやく殲滅、いいね」
「了解」
お互いの長所を最大限に生かすなら、俺が囮になるのが一番良いのだろう。
そうと決まれば行動開始だ。
そして作戦開始時刻。
「すみませーん! 誰かそこにいますか!?」
『!』
「誰だ!」
作戦通りに暗がりから姿を見せる。
声をかけた俺の方だけでなく、瞬時に他の方向も警戒するあたり、やはりそれなりの場数を踏んでいるのだろう。
「子供?」
「なんだガキかよ……」
「怪しいものではありません! 道に迷ってしまったんです!」
「……冒険者か?」
「はい、今日初めて依頼を。薬草採取の依頼を受けて、張り切っていたらいつのまにか……」
「そいつは災難だったなぁ……」
「へへっ、こっち来て休んでいけよ」
素知らぬふりをして近づいていくと、子供の姿に警戒を緩めたようだ。
だけどどうやら道を教えて返す気もなさそう。
さりげなく伸ばされた彼らの手が武器を掴む……直前、最も遠い位置にいた4人が突然崩れ落ちる。
その様子は某国民的アニメの名探偵が推理を始める時のよう。
『!』
仲間へ注意を向けた、その一瞬が命取り。
鞘から抜き放った刃の勢いを殺さず、余所見をした男の首筋へ。
「敵だがぁっ!?」
「グフッ!?」
「――ぁ」
続けざまに喉への突き。横薙ぎ。近い敵から順に、狙うは致命の一撃。
「このガキッ!」
突き出されたナイフを紙一重でかわし、逆に心臓を貫く。これで4人……!
魔力を感じたその先で、
『“ィエン”』
フェイさんと盗賊数人が立ち上る煙に飲まれた。
風に靡かず俺の邪魔にはならない煙。初めて見るフェイさんの魔法?
聞き慣れない詠唱だけれど、おそらく毒属性魔法の『スモーク』と同じ“煙幕”。
術者本人が内側に入っている時点で毒性はまずない。
しかし、
「ダアアアッ!?」
「クソッ!!」
「ヒ、ヒイッ!?」
煙の柱から響く悲鳴。そして煙から這い出す男達を切り捨てていると……戦闘開始から30秒も経たずに全ての音が消えた。煙が晴れて現れた後には地に横たわる男達と、血を滴らせた直刀を持つフェイさんの姿。
煙の中で何が起きたか、どちらが勝者かは明白だった。
「終わたネ、店主」
「お見事です」
しかし実際に腕前を見ると……
今の給料、この人の腕に見合ってないんじゃなかろうか?
……帰ったらカルムさんに給料値上げの相談をしよう。