未来のために
本日、5話同時投稿。
この話は2話目です。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
ギムルに帰り着く頃には夜となり 、顔を出した店では従業員の皆さんが夕食をとっていた。
「お食事中でしたか」
「店長も食べます?」
「外は雨ですし、寒かったでしょう。スープだけでもどうぞ」
料理人のシェルマさんを初めとして、女性陣が食事の手を止めて俺の分を用意してくれる。
お言葉に甘えて、いただいたスープを一口飲むと、
「ふぅ……」
体の芯からあたたまる……
「ありがとうございます」
「いえいえ、店長もお仕事お疲れ様です」
「今回のお仕事は何だったんですか?」
「結構急な話でしたね」
昨日ギルドに入ったら、たまたま行方不明者の捜索依頼を出している人がいたこと。
それを引き受けたこと。色々あって行方不明者を発見救助したことを説明。
「というわけでその方をケレバンに送り届けてから、向こうの知人に挨拶をして帰ってきました」
「助かって良かったですね~」
「不幸中の幸いですよ、本当に。届けるはずの積荷は回収して届けておきましたし、相手先の武器屋さんにも被害者に対して理解はありましたから、今後の仕事については問題ないでしょう。……あ、そうだ。『アイテムボックス』カルムさん、これを」
「? ……これは魔法道具のリストですね。それもディノーム魔法道具工房といえば、以前の創立祭で提携したモーガン商会のオルゴールを作っている所じゃないですか。近頃は順調に勢力を拡大している注目株だとか」
さすがに詳しい。
「先ほど話した知人というのがそちらの方なんです。以前、個人的にご縁があって。それで魔法道具を融通していただける約束をしていたんですが……」
魔法道具職人のディノームさんを訪ねたところ、
“オルゴールの礼は何で返せばいい? バカ売れでかなりツケが溜まってるぞ”
とのこと。
そこでアラーム機能付きの時計の開発を頼むと、驚いたことに店の奥から既製品が出てきた。注文する前から完成していたり、しかもそれを俺のアイデアだろうと言ってきたので少し混乱したが、俺がそんな話をしていたと、セルジュさんから聞いたらしいのだ。
よく考えてみると、オルゴールを見せた時点でセルジュさんとそんな話をした記憶がある。
納得して受け取ったけれど、溜まったツケはその新型時計1つではとても支払いきれないとのことで、他に欲しいものはないのかと迫られたのだ。
「でも野営に使えるものなど、必要と思う物はすでに手元にありますし、それが壊れたわけでもないので他に必要なものが思い浮かばず……その魔法道具職人の方が手配できる魔法道具のリストを頂いてきたので、店で必要な物や、あったら良い物があれば教えてください。役立てられるものがあれば導入できるので」
「具体的な限度額は」
「その辺りは答えてくれなかったんですよね……遠慮せず欲しいものを欲しいだけ言えと。僕も約束した時にセルジュさんがいたので、信用して任せていました。
ただ話した感じでは本当に遠慮しなくても良さそうでしたし、いくらなんでも要求が多すぎればあちらからそれとなく相談されるでしょう。それに僕としては、必要なものであれば購入でも全く構いませんから。……そのくらい予算に余裕はありますよね?」
「はい。必要な設備投資と考えれば全く問題ありません」
「よかった。お手数をおかけしますが、皆さんから意見を聞いて必要なものを選んでください。レナフの支店にも同じように連絡を」
「かしこまりました」
「はいはい! 副店長、私にも見せてください!」
「どんなものがあるんですか~?」
「警備に使える魔法道具、もしあれば欲しいネ」
「リーリンの言うとおり。なければないでいいだけど、あたら興味あるヨ」
従業員の皆さんが興味を持ってくれたようだ。リストを回し読み、各々気になる魔法道具を上げていく。
「この“コンロ”と言う魔法道具は聞いたことありますね。使ったことはありませんけど、火の調整がとってもしやすいとか。もしよければ使ってみたいですね。他にも珍しい調理器具がいっぱい」
「やっぱりシェルマさんは調理器具ですか~。毎日お料理しますからね~。でも私も使ってみたいかも~」
「私は……そろそろ寒くなってきたし暖房器具とか?」
「魔法道具なら……薪拾いの手間が省けるな」
「ドルチェくん、店で使う分は拾わなくて結構です。買いますから。しかし物によっては魔法道具の方が安く上がるそうですからね……その辺りを調べてみませんと。良い品が見つかれば」
にぎやかで暖かく食事を進める。
そして夕食が一段落すると、カルムさんからいくつか報告があることを伝えられ、執務室へ。
……俺が変な時間に帰ってきたから残業させちゃったか……
「すみません……」
「これぐらいは残業のうちに入りませんよ。まず一つ目は、先日注文した店長の礼服について。仕立屋から連絡がありまして、礼服は三日後に完成。それ以降であればいつでも引き渡しが可能になります」
そんなに早くできるんだ。と思ったら、3日でできるのはスーツのみ。 装飾品として使うネクタイピンは仕上げまでに一週間かかるそうだ。それでも早いと思うけど……
「元々早めにとお願いしていましたが、これで公爵家のお屋敷を訪問する日には十分間に合いますね。先方の職人も預かった品に恥じぬよう腕を振るうとのことです」
「……なんだかずいぶんと気合が入ってる感じですね」
素直な感想を口にするとカルムさんは軽く笑った。
「上客と判断されたのでしょう。ところで店長が挨拶へ行く際の事ですが、護衛としてフェイさんを同行させてください」
フェイさんを護衛に……能力的には信用できるけど、必要かな?
「道中の安全確保だけでなく、形式的な意味もあります」
形式的な意味か……公爵家の方々にご挨拶をさせていただけるような人には、従者のような人がついているのが普通なのかもしれないな。そういうことなら受け入れる。だけど、
「カルムさんは」
「私まで店を離れるわけにはいきませんから。作法に関しては出発前にお伝えします」
「そうですか。ではフェイさんが抜けた店の警備は大丈夫ですか?」
「念のために警備要員を増員しておきたいですね」
「では、以前と同じように冒険者ギルドに依頼しましょうか」
「それも良いと思いますが、専属の警備員を新しく雇いませんか? レナフの支店では姉の指導の下、コーキンさん達が順調に経営責任者としての勉強を続けています。彼らに新しい支店を任せる時の備えとして、信用できる警備員を雇い入れておく良い機会だと思うのですが」
ふむ……確かにコーキンさん達の方は順調と聞いた。念には念を入れているけど、来年あたり新しい支店を任せないか? という話にもなっている。そうなると責任者以外の人材も手配しないといけないし、早めに雇い入れて信用できるか見極めるなり、教育するなりしようか。
「では、両方探してみましょう。とりあえずは店を守ることが第一で」
「かしこまりました。続いて……失礼しました、報告は以上。ここからはコーキンさん達からの私信でした。スライムの研究に関して新たな発見と提案があるようです」
「本当ですか!?」
「発見は全部で二つ。どちらもクリーナースライムの運用についてですね」
何があったんだろうか。ちょっとワクワクしてきた……
「まず一つ目はロベリアさんが主体となっている、“クリーナースライムの美容効果について”。
彼女は就寝前にクリーナースライムで身を清めることを日課としていて、肌の状態が以前よりも良くなっていることに気づいたそうです。そこから従業員に協力を求めて実験、並びに全身洗浄を頼むお客様の様子を観察し、肌の状態を改善する効果を確信したとのこと。特にニキビなどには非常に高い効果があるそうですが……店長?」
「大丈夫です……盲点でした」
美容に関してはあまり考えたことなかったなぁ……言われてみると確かに役立ちそうだ。
クリーナースライムは汚れを好んで食べるが、全身洗浄なら付着したままの老廃物や古くなった角質も取り除かれるだろう。それにニキビの原因は毛穴に詰まった余分な皮脂 。それら全てが取り除かれるとしたら、皮膚を健康に保つ一助になる。そして美容効果につながる……か?
「詳細はこちらの書類にまとめてあります」
「ありがとうございます。後で僕の考察を手紙にしたためます。もう一つは?」
「トニーさんが発見した、“クリーナースライムの活用法”です。
彼は仕事中に洗濯した後の衣類から汚れが落ちていること。さらに衣類に水分が残らないことから、思いつきで書き損じをしてしまった書類を洗わせてみたそうです。結果として書類……もとい“汚れた紙”は“綺麗な紙”になり、再利用に成功したとの事。
書類のミスは気をつけていても、特に仕事に慣れないうちは出てしまう物ですので、今後の経費削減に繋がる発見ですね。少々注意も必要ですが……」
う~ん……これまた盲点だった。言われてみれば簡単なことだけど、考えてすらいなかった。
「この発見に対して報奨金を出せませんか?」
「スライムの研究は業務ではありませんが、今回の成果は店としても価値があると私は考えます。ですから賛成しますよ。問題は金額ですが……」
ボーナスと考えると、前世の会社は1ヶ月分(査定により減額あり)だった。
「彼らの日給はいくらでしたっけ?」
「店長候補として研修中なので、現在1日150スートです」
だったら週6日勤務、1ヶ月で3600~4000スートくらいか。 でも店の役にも立ちそうだし、 今後を考えると 頑張ってほしい。研究資金も兼ねて約3ヶ月分。キリ良く1人1万スートではどうだろう?
「2ヶ月分程度と考えていましたが……売上には余裕がある。未来への投資と考えて、研究資金も含めるのであれば……許容範囲ですね。そのように通達しておきます」
「よろしくお願いします」
さて、これで報告は終わったらしい。
ちょうどいいので“元犯罪者の雇用"について、相談してみよう。
今朝神々と話して考えたこと、その経緯をカルムさんに説明する。
もちろん前世や神々については隠しているが……それがなくても彼の表情はだんだんと雲る。
やはり反対だろうか?
そう聞きたくなる気持ちを抑えて、考え込む彼の返答を待つ。
「現時点では反対ですね。しかし我々は経営を初めて一年目。業績も好調で、今募集をかければ普通の就職希望者がいくらでも集まるでしょう。あえてリスクのある人材を取る必要はないと考えます。せめてもう少し支店を構え、地盤を安定させてから行うべきかと」
「やはりそうですか」
当然の答えだ。
俺もすぐに受け入れられるとは考えていない。
地盤を固める方が優先という意見も妥当である。
「ですので提案があります」
ん?
「提案?」
「はい。刑期を終えた元犯罪者にチャンスを与えたい店長のお気持ちは理解しました。正直なところ、そういった事は各地を治める領主や教会の仕事だとも思うのですが……私はここに来て半年以上、店長が店で働く姿を見てきました。そして店長の経営理念には少々驚かされる事もありますが、納得もしています。
今回の件……実行に移すにはやはり時期尚早ですが、頭から反対という意味ではありません。相応の時間をかけて、段階を踏み、雇用する元犯罪者を厳選し、準備を行った上で実行。つまり最終的な目標とするのであれば問題はないと考えます」
……粘り強く相談するつもりが、わりとあっさり受け入れられてしまった……
「随分とあっさり認めてくれましたね」
「言葉が悪くなりますが……特別秀でた技術を持っているわけでもない出稼ぎの娘や、スラム街の住人を偏見なく、厚遇している店長を見ていれば今更感もあります……しかしそのおかげで我々従業員一同は穏やかに働けています。注意が必要な案件とは思いますが、こうして事前に相談していただけますし、頭から否定するほどの忌避感はありませんね。やはりこれまでの仕事ぶりを見ているからでしょう。
また、先ほども申しました通り、この件を実行するのであれば今よりも強固な地盤を持つべきです。それを得るために店長がより積極的に行動してくだされば、結果的に店の得にもつながるかと」
「なるほど」
カルムさんは俺の願望とも言えるやり方を理解してくれていると同時に、俺の扱い方もわかっているようだ。抜け目がない。
「ありがとうございます。では具体的に何から始めましょう?」
「奴隷を買ってみるのはいかがでしょう」
奴隷……そういえば合法なんだった。
「奴隷ですか……一応最低限の知識はあるつもりですが、あまり詳しくはないんですよね……もう少し具体的にお願いできますか?」
彼は察しの悪い俺に快く説明してくれた。
曰く、この国の奴隷は“貧困奴隷”、“借金奴隷”、“犯罪奴隷”の3種類に分類されている。
貧困奴隷は生活の保護を求めて、あるいは家族などのために自分や家族を売った人々。
借金奴隷は期日までに借金を払えず奴隷としての労働を担保としていた人々。
そして犯罪奴隷は罪を犯し、刑罰として奴隷に堕とされた犯罪者である。
「貧困奴隷や借金奴隷になる方は不幸な事故など様々な理由、それなりの事情をお持ちの場合が多いそうなので、人員の補充と店長のお考えを将来実現するための心構え、対策を練るお役に立つかと考えます。
また、犯罪奴隷は特殊な魔法で逃走や他者へ危害を加える行動が制限されているそうなので、元犯罪者よりもリスクは下がるでしょう」
さらに彼は、奴隷は不幸な事故やどうしようもない不運に見舞われた人もいれば、自堕落な生活を続けた結果奴隷になっていた人もいると語る。
「貧困奴隷や借金奴隷……彼らはやむなく“自由”を対価に、“生活の保護”を求めた人々。当然ながら、中には早期開放を望む人もいます。我々の仕事は給料も割が良いので、そういった方々にチャンスを与えることにもなると思います」
「なるほど。……奴隷の購入に際して注意すべき点は?」
「最低限の衣食住の保証、不当な暴行の禁止などですが、店長の現在の経営方針では全て満たされています。こちらとしては、ほとんどギルドで人材を雇用するのと変わりませんね」
「そうですか……」
奴隷ねぇ……
考えているとカルムさんが問いかけてきた。
「奴隷はお嫌いですか?」
「嫌い、というよりも馴染みがなかったもので」
本当にそういう制度があるとは知っていたけれど、自分で買おうとは思わなかった。
しかしカルムさんの話には納得できる部分も多い。
この世界には一般的に存在している職業でもあるし、もう少し勉強する必要がありそうだ。
そこで考えてみる、と伝えると、
「では、ガウナゴに店を構える“モールトン奴隷商会”を一度訪ねてみるとよろしいかと。私と姉がこちらでお世話になる前に、セルジュ様が安全だと話していた奴隷商です。もしも奴隷が必要になれば、そこを利用するのが無難だと」
ガウナゴといえば、公爵家のお屋敷がある町だ。挨拶に行くついでにちょうどいい。
……まさかそこまで考えての提案だったりして?
誘導された気がしてなんとなく向けた視線。
カルムさんは穏やかな微笑みを崩さない。
……頼りになるなぁ。
今度セルジュさんに改めて礼を言う。
俺はそう心に決めた。