罪と罰……の後
本日、5話同時投稿。
この話は1話目です。
「いけませんよ」
ウィリエリス様から待ったがかかる。
「少しくらいいいじゃないか。せっかくここまで来たんだし、ここなら怪我もしないだろ?」
「いけません。今の竜馬君は人の姿に見えますが、魂だけの状態なんですよ? 確かに体に傷を負う事はないでしょうが、魂が傷つく可能性はあります。むしろそちらの方がよほど深刻なことになりますよ。下手をすれば廃人になりかねません。どうしてもやりたければテクンに防具か何かを用意してもらうか、フェルノベリアに相談してからにすべきです」
先ほどまでの柔和な印象がなりを潜め、断固として譲る気配のない彼女の言葉を受けて、キリルエル様は露骨に嫌な顔をした。
俺も事故で廃人はちょっと……
「テクンはともかくフェルノベリアに相談するのはめんどくさいな……まず協力しないだろうし……」
「代わりに威嚇スキルの使い方を教えてあげたら? 竜馬君、わからないって言ってたわよね?」
「はい。盗賊相手に不発だったり、使いたい時に使えなかったので」
「ほら、これならいいわよね?」
口頭ならば、とウィリエリス様は首を縦に振る。
「実戦の方がわかりやすいと思うけどな……まぁどうせ今後もこっちには来るんだろうし、またいつか会った時でもいいけどさ。威嚇スキルは正直難しいと思うぞ」
「それはどういった意味で」
俺の実力が足りないのか?
「逆だよ逆。お前くらい実力があれば、普通は自然に使えるはずなんだよ。いいか? 威嚇ってのは相手の恐怖心や警戒心、本能に訴えかけるんだ。ある程度の実力者なら敵の行動を制することもできるし、フェイントに利用する。達人同士の戦いになると、そのあたりはまぁ当たり前の技術になる。
……んでもってお前はもうその領域にいるし、戦う時はちゃんと使えてる。それがその気が無い時は全くと言って良いほどできなくなってるんだよ。そこらへんの声がデカイだけのチンピラの方がよっぽどマシなくらいに」
威嚇スキルはそういう事を日常的にしていても身につく。しかしそれで身につくのはレベル1か2だそうだ。
「そうだな……こう考えてみろ。目の前に大男がいる。そいつは地面に蹲って震えてる。大泣きしながら盛大に漏らしてる。そして大声でぶっ殺すぞ! って叫んでる。お前はそんな奴が怖いか?」
「……怖くはないですね。多少不気味に思うかもしれませんが」
「だろうな。相手をビビらせるには言葉だけじゃダメなのさ。それ相応の態度と意思が伴ってなきゃ誰にも効かねぇよ」
なるほど……でも俺の場合は? この体が悪いわけではないはずだ。態度も毅然としていたはず。実際、威嚇に成功した事もあるし……それでも効く時と効かない時がある。
「竜馬の場合はな……きっと心の問題だと思う」
心の問題……
「竜馬は元々、地球の日本人なんだろ? あの、武器を捨てて話し合いましょう! そうすればきっと人は分かり合えます! って主義の」
「……キリルエル様、それだいぶ偏見入ってる気がします。確かに日本はよその国から安全だとよく言われる国でしたけど」
「そうなのか? 昔こっちに来た日本人に、そんな連中よくいたけど」
「よくいたのか……というかそんなに日本人がこっちに?」
「あー……ほら、さっきも言ったけど安全な人を選んで連れてくるから。こっちに来て貰う人は、日本人の割合が高めかもしれないわね」
「もちろん日本以外の方もいらっしゃいますけどね」
「大半はこっちのやり方に慣れていくか目を背けるかだけど、争わない姿勢を貫いて死んでいった奴もいた。理解はできなかったけど、あいつは立派だったぞ」
そんな人もいたのか……っと、話をそらしてしまった。本題に戻してもらおう。
「日本にもいろんな奴がいるんだろうけど、とりあえず安全な国って所まではいいよな?」
「はい」
「そんな安全な国で、お前は日常的に自分の意思で人を脅すような生活してたか?」
「……違いますね」
容姿で怖がられることはあっても、自分の意思で怖がらせようとしたことはない。
むしろ容姿だけで怖がられるからこそ、他人を怖がらせないように努力していたつもりだ。
それでもあの頃は足りないくらいだったけど……
「だからだろうな。癖がついてるんだよ。本当に必要な時は使える。あとはそのつもりになるか……だけど手加減とか中途半端だと無意識に抑えちまうんだろ。お前、歪な成長してきたみたいだしな」
歪という一言が気になったが、俺が聞く前に失礼と思ったのか、ウィリエリス様とルルティアの鋭い視線がキリルエル様を射抜く。
「っと、まぁ、そういうわけで心の問題だな」
ばつが悪そうに話が変えられ、追及するタイミングを逃した……気になるけどまた別の機会に聞いてみよう。
「心の問題はアタシの専門じゃないんだよ。お前のとこの言葉で何て言ったっけ……カウンセリング? そんなのやった事ないし。できたとしても効果が出るには相当時間がかかるだろうし、アタシは言葉よりも体で覚える方なんでね……だから教えるのも」
「駄目ですよ」
「わかってるよ……というわけで正直お手上げだね。まあ気長に実戦を重ねることだ。そうすればそのうちコツを掴むだろうさ」
「練習あるのみ、近道無し。ですか」
「そういうことだ。その体はまだ成長の余地があるし、お前が今以上に強くなりたいなら時間もたっぷりあるしな」
確かに。まだ10代のこの体なら、10年や20年で寿命を迎えるということはないだろう。
盗賊討伐は今後も続けていく方針だし……そうだ、
「話が変わりますが、盗賊は捕まってから更正できるのでしょうか?」
捕まえた連中が更正することを祈ろう、と思っていたのを思い出したので聞いてみる。
しかし彼女達の表情を見る限り、難しそうだ。
「残念だけど、一度罪を犯した人の再犯率は高いわね。特に盗賊行為で捕まった人はギルドから追放されて、出所後も再登録できないから必然的に職に就くのが難しくなるわ。もちろんギルドを介さず仕事を見つけることも不可能ではないけど、大半の職場はギルドを通して身綺麗でより安全な人材を雇用するからね……」
「こっちは日本と違って“自分の身は自分で守る”って考え方が根強いからね。前科者を雇うような奴は少ないよ」
「竜馬君はスラム街の人々を雇っていると聞きましたが、世間一般では彼らが何の罪を犯していなくとも、万が一を考えて煙たがる方が多いのです」
「分からなくもないですけどね……」
身につまされる話だ。
雇用する側の気持ちも分からないことはない。
今の店に変な人材を入れて、従業員の皆さんに何か被害があったらと考えると怖い。
しかし……
頭の中を苦い思い出が駆け抜ける。
「……ルルティア。馬鹿なことを聞くと思うけど、もし俺が出所後の雇用機会を増やしたら少しはマシになるか? 洗濯屋の支店を増やしていく計画があるんだ。今はまだ責任者を3人育成しているだけだけど、店が2年3年と順調に続けば、育成する責任者も増えて新しい店舗も増える。そうなれば新しい従業員を大勢雇う必要がある」
「……本人がどこまで罪を悔いているか。どれだけ更正する気があって、どれだけ偏見の目に耐えられるかによるとしか言えないわ。職場があるだけ更正しやすいとは思うけれど」
「竜馬がそこまでしてやる義理はないだろ」
キリルエル様の言う通りだ。それは間違いない。
「何かそう思う理由があるのですか?」
「過去に少し……ウィリエリスご存知なかったのですか?」
「私の知る限りでは心当たりがありませんね」
「アタシも。転移者の選定はルルティア達に任せてるからね。アタシらはルルティア達が連絡してきた事と、こっちの生活を自分の目で見た範囲の事しか知らないよ。人一人の人生を最初から最後までみっちり覚えるのとか時間かかるしさ」
神々は全員知っているものかと思ってたけど、言われてみたら納得だ。
「若い頃に一時期、色々ありまして」
それは俺が社会人1年目の頃。帰宅途中に深夜のコンビニで買い物をしていたら、運悪く3人組の強盗と遭遇した。
コンビニに押し入った男達はそれぞれ銃を持っていて、店内に入るなり天井へ向けて乱射。騒然となる店内を3人組はヘラヘラと笑いながら眺め、俺を含めた数名の客に財布を出すよう要求。カウンターにいた店員にもお金を全て持ってくるように指示をする。
強盗犯3人は全員男で、顔を隠す様子もなく終始ヘラヘラと笑う。まるでただ遊んでいるような言動は、酒に酔っているようで何かが違う。少なくともまともな精神状態ではないことが見て取れた。
そんな3人組に怯えた店員は怯えながら店の金を用意し始めるが……その手足は震え、転んだり小銭を取り落とすなど非常にもたついた。それを見た3人組は変わらずヘラヘラとした口調で、
“早くしろよ”
“抵抗してんの?”
“時間稼ぎか?”
と、店員に言葉をかけた後。勝手に不穏な会話を始め、突然思いついたように店にいた女性へ銃口を向けた。
“んじゃ、見せしめに殺しま~す!”
宣言を聞いた瞬間に、俺の体は動いていた。
とても正気とは思えないが、その言葉が本気であることは分かった。
男たちの意識は全て女性に向いている。
彼らはまるで面白いショーを期待しているかのようで、他への注意が全くない。
動き出した俺にも気づかない。
結果として制圧は容易だった。ただしその過程で強盗3人の銃を持っていた腕に骨折。1人に内臓破裂、1人に頭蓋骨骨折、1人に鎖骨下動脈損傷を与えたため、過剰防衛を疑われ勾留されてしまう。
……到着した警官の驚愕、そして混乱と恐怖が混ざり合った視線が印象に残っている。
尤もその後、勾留期間の延長に次ぐ延長を経て、
1.相手が全員本物の拳銃を所持。対する俺は素手。
2.後の調べで男達は麻薬を使用していた事が判明。
3.入店後の乱射とあわせて、本当に女性を撃つ可能性が高いと判断された。
4.相手が三人であるため、武器を払い落とすだけでは反撃を受ける可能性が高く、手加減のできる状況とも考えられないと判断された。
5.俺は結果的に重傷を与えたが、攻撃は銃を持つ腕を払った事と、体や頭部へ一撃のみ。
6.攻撃後は速やかに警察、病院への連絡を指示。可能な限り応急処置も施した。
7.一部始終を監視カメラが捉えていて、必要最小限の攻撃に留めたと判断された。
8.その他一部始終を目撃していた店員や客の証言もあった。
以上8つの点が決め手となり、奇跡的に正当防衛が認められた。
そして正当防衛が認められた以上、俺は法的に無罪となったが……話はそれで終わらない。
俺が警察から解放されたのは、拳銃を持った3人組の強盗がたった1人の男に撃退された。さらには武装した強盗が重傷というニュースが世間に広まり、好き放題に騒がれて風化し始める頃だった。
“息子は悪いことをした。だけどこんなに酷い怪我を負わせなくてもいいじゃないか!”
“病院が近くなければ死んでいたかもしれない!”
俺は最初こそヒーロー扱いを受けていたらしいが、加害者家族へ押しかけた無遠慮な報道のインタビューで、年老いた家族が涙ながらにカメラに訴えた映像が流れてからは、連日のようにネットや週刊誌が面白おかしく騒ぎ立て……その間、俺には世間の状況を知ることもできなかったが、
「次に出社できた日には、俺の居場所はもう無くなっていました」
理由は人助けでも、人を3人殺しかけた奴としか見てもらえなかった。
以前は温かく声をかけてくれていた先輩や同僚が近づいてこなくなった。
償うべき罪を償わず、のうのうと生きているクズだと陰口を叩かれていた。
世間では風化し始めていた話題も、張本人が目の前にいるとそう簡単には消えなかった。
そして復職から一週間と経たないうちに、上司と一緒に重役に呼び出された。
“君は今後の働きでわが社に報いるつもりらしいが……悪い事は言わん。このままでは君も辛かろう。辞めて新たな道を探したまえ。……業務も滞っているそうだね? 私としては、それが君にできる一番の貢献だと思っている”
当時の上司はその言葉を聞いて、重役に土下座までしてくれた。
しかし取り合ってもらえず、返ってきた言葉は……最終的に決定するのは俺だと。
ただし、
“損失が出た場合の責任や同僚からの不満は、君を引き留めた人間へ向かうだろうけどね”
「つまりは隣にいた上司のこと……彼はすごく良い人だったんだ」
失敗した部下の尻拭いに頭を下げて。無茶な命令にはもっと上の人にも意見して。仕事には厳しかったけど、頼りになるし尊敬できる人だった。
俺が勾留されている間……早々に切り捨てられなかったのも、俺が外へ出るための保釈請求などの手続きにも、彼は色々と手を尽くしてくれた。
そして何かにつけて自分の宝物だと、3人の子供の写真を見せてくる子煩悩な父親だった。
「嫌な奴だな……辞めてほしいなら素直に首にすりゃいいだろ。その方が言われる方もスッキリするぜ」
「日本の法律では正当防衛が成立した以上、会社は事件を解雇の事由にできない。だから俺を会社から追い出すには、自分の意思で辞めさせるしかなかったんです」
所謂、"退職勧奨"。無視して会社に残ることもできたけれど、周囲の反対や不満は残る。それは嫌という程感じていたけど、あの人は受け入れてくれた。応援もしてくれた。だから、後の働きで取り戻そうと思えていた。
だけど……そんな恩人の立場まで危うくする。会社はそれを厭わない。
辞職を決意したのは、退室した直後だった。
“これまでありがとうございました”
最後にそう伝えた時の彼は、悔しそうで、申し訳なさそうで。でも、どこかほっとしていた。それまでに相当な負担をかけていたから当然だろう。
「その後は新しい職場を探したのですが、あまりに就職から退職までが短すぎて、面接では退職理由を説明しないわけにはいかず不採用続き。なんとか死ぬ直前まで勤めていた会社に入社したのですが……その頃の経験が前科者の状況に近いかなと。今更ながら思ってしまって」
鍛えた体も、技も、法律と世論の前にはまったくの無力。
俺はあの時の判断が間違っていたとは思わなかった。もちろん今でも思っていない。
しかし相手に重症を負わせた事は事実、よって周囲の変化は仕方ないとも思った。
それが俺のやった事の結果だ。受け入れなければならない。
だけど、それなりに後悔はしたんだ。
……盗賊行為も同じだ。裁かれて、罪を償う必要はある。
昨日の男達の言動は今でも気に入らないし、雇う気もない。
だけどいつか、罪を償った後ならばどうだろうか? 心を入れ替えていたらどうか?
本当に心を入れ替えたのであれば、もう一度チャンスが与えられても良いのではないか?
俺はそう思う。
「だから雇うのね」
「いや、まだ雇うとは決まってないけど……まずポイントは罪の無いスラムの人とは違う事。元とはいえ犯罪者を独断で強引に雇い入れるのは流石にまずい。危機管理の面だけでなく、今いる従業員を蔑ろにする行為だ。だから実行するとしたらまず面接を受けさせてもらえるよう、従業員の方々に説明をして、頭を下げて、理解を得る必要がある。
新しい店舗を用意してそこに集めることも考えられるけど……まず何の罪を犯したか、どうして罪を犯したかの確認と更生する意思は必須。犯罪と一言で言っても色々あるし……」
例えば今回の盗賊は度胸が無かったとはいえ殺人を忌避する感覚がある。内1人とはそれなりに話したが、まだ更生の余地があるかもしれない。しかし犯罪者には罪を犯してなんとも思わない奴もいるわけで……極端な例だけど、人殺しを楽しむ快楽殺人者のような連中は絶対にお断りだ。あくまでも反省して更生の余地があると感じられる人間に限る。基本は軽犯罪か。
「面接官は俺以外の人に任せるべきかな……少なくとも今の時点では前科者側に気持ちがより過ぎていると思う」
「……言いたい事は分かるけどさ。お前、面倒臭い奴だな。スッパリ割り切って盗賊を突き出したかと思えば、今度はそいつらが出所した後の事を考え始めて」
そうかもしれない。
突き放した後に手を差し伸べるような事を考えて。
行動が矛盾していると言われれば反論できない。
だが、それが人間だ。
どこまでも身勝手で、都合の良い事を願う。
俺もそんな人間の一人だ。
「それはそれ、これはこれです」
「いいじゃありませんか。貴方にも立場があるのです。その上で、どんな理由であれ自分の行為を顧みて、他人の事を考えてあげられるのは悪い事ではありませんよ。でも、抱え込み過ぎは禁物ですよ」
「ありがとうございます、ウィリエリス様。……とりあえず、この件はうちの副店長に相談してみようかと」
やるにしても、やらないにしても、まずはそこからだ。
考えてみれば……この世界に来て3年を森で過ごし、町に出てあっという間に半年以上が経った。今はシュルス大樹海へ行き、祖父母の遺産を回収するという目的がある。だけどそのために必要なCランクは目前。準備が一歩一歩でも確実に進んでいる。早ければ来年にでも行けるだろう。
そうしたら次は何をする? 何のために生きていく? 金と力を何に使う?
そのまま目標なく、生活のために働き続けるのも嫌だ。
環境や仕事は違えど、それじゃあ前世と変わらない。
異世界生活5年目を目前にして、いまだ長期的な目標はない。
だけど漠然と、どうせなら良い方向に、人の役に立つ事に力を使いたいとは思う。
「……日本には“捨てる神あれば拾う神あり”って言葉があってさ、世の中には見捨てる人がいれば助けてくれる人もいる、って意味なんだけど……」
俺はルルティア達に候補者の中から拾い上げてもらったから、今ここにいる。
昔じゃ考えられないくらい、楽しい毎日を送っている。
「だから今でも感謝してるよ」
「竜馬君……」
「この先の人生がどうなるかわからないけど。俺も拾ってやれる側に回りたいな……」
なんとなく感じたままを言葉にすると、いつもの柔らかい光が輝き始めた。
「時間切れか。それじゃ俺はこれで」
「ええ、頑張ってね」
「貴方に幸運が訪れますように。次は夫を紹介するわ」
「アタシもたまに見守っといてやるよ。いつか試合もやろうぜ」
「ありがとうございま」
「だーっ!」
2柱の女神に礼を言おうとすると、叫ぶキリルエル様。
「硬いっつの!」
「竜馬君、慣れるための時間は十分なのでは?」
……分かった。
「ありがとう。ウィリエリス。キリルエル」
「よし!」
「ふふふ、次に会う時まで、お気をつけて」
「ちょっとー! 私の名前が出てないわ――」
意識が肉体へ戻っていく……