似合わない酒場
本日、5話同時投稿。
この話は4話目です。
「ここか」
目的の酒場は大通りから細い路地を進んだ先に建っていた。
表の通りには華々しい店が多くあるが、ここは飾り気のない店構え。建物が古そうなため寂れた印象を強く受けるが、店内からは男達の笑い声が絶え間なく漏れ聞こえているので、なかなか繁盛しているみたいだ。
西部劇を彷彿とさせるスイングドアを押し開ける……必要もなく、ただ歩くだけで下をくぐり抜けられた。
……子供の体だからなぁ……それともスイングドアの位置が高いのか? 微妙な高さだ。
そして店内は思ったよりも広く、奥行きが結構あるらしい。席の間隔はやや詰めすぎな気もするが、30はゆうに超えている。
「あ~? なん、ヒック……で子供がこんなところにいるんだぁ?」
「誰かのお迎えかぁ?」
「お~いぃ! 誰かの嫁さんがおヵんむりなんじゃねぇのぉ」
気にせず来てしまったが、この体でこんな酒場に来ると目立つか……
酔っ払った男達は俺を見て、ろれつの回らない口を動かしている。
純粋な疑問の視線、楽しそうな視線、そして嫌悪の視線。
様々な視線が不躾に向けられた。
酒はもちろんタバコのような臭いも酷いし、とっとと聞き込みをすませて帰ろう。
と思ったものの……こう人が多くては誰が目的の人物か分からない。
店の位置と雰囲気的に、地元民や常連ばかりの店のようだから、店の人に聞けばわかるだろうか?
「……うちは酒場だ。子供が飲める物なんかないぞ」
カウンターに歩み寄った矢先。唯一の店員から言外に“帰れ”と言っているのが明らかな対応を受ける。
飲みに来たわけではないので、それならそれで別に構わないが……一応ステータスボードを提示。
「……酒の神の加護持ちか」
「人を探していまして、こちらにアッシモという方は来ていませんか?」
男は顎で店の隅を示した。
「ありがとうございます」
中銅貨を1枚置いて示されたテーブルへ向かうと、そこには4人用の席を繋げた8人の男達がいる。おそらく全員運び屋なんだろう。種族も歳もバラバラだが、全員共通して筋肉が発達している。
「ご歓談中にすみません、こちらにアッシモさんがいると聞いたのですが」
「何だ、俺に用なのか~?」
声をかけると、一番近い席にいた人が振り返る。彼は20代前半の人族で、大分お酒が入っているのか機嫌が良さそうだ。これは好都合。早速自己紹介と事情説明を行う。
「ペドロのことが聞きたいかぁ~」
「はい、最後にあったのがいつ頃かだけでも教えていただけないでしょうか?」
「おお、いいぞ。いい。いいが……聞き方ってもんがあるんじゃねえのかなぁ~」
その視線がチラチラと、空のジョッキに注がれている。
「エールでよろしいでしょうか?」
「おお、ありがっ!?」
「馬鹿野郎」
「いっ……てぇ……」
隣に座っていた男性が彼をぶん殴り、喜びの声がたちまち苦悶の声へと変わる。
「ててて、親方ぁ……」
「こんな子供にたかるような真似すんな。飲み過ぎだぞ、ったく」
「すいません……おい坊主、ペドロなら2日前に見たぜ」
「この町で、ですか?」
「ああ、2日前の朝だ。朝飯を食いに行ったら、たまたま入った店で顔を合わせてな……話もしたし、本人に間違いない」
「その後のことはわかりませんか?」
「先に店にいたのがあいつで、先に店を出たのもあいつだ。その後のことは分からない。でも、いつも通りケレバンに向かうとは話していたぜ?」
「では彼は間違いなくこの道を使ったと。……何か、今日になってもケレバンに着かない理由に心当たりは?」
「そりゃあねーぜ、坊主」
別の人が声を上げた。こちらはもっと年配の男性で50を超えているかもしれない。
「俺もペドロのことは知ってるが、あいつはガキの頃からこの道を使ってる。あいつの親父の代からな。危ない場所も馬の扱いもよく知ってるはずさ。それにアッシモ、お前があいつを見たのは朝なんだよな?」
「うっす。朝の早いうち、でも日は昇ってました」
「なら暗い夜道で事故ったってこともないだろう。あと今日ケレバンから戻った奴、いるか?」
「俺、今日戻ってきた」
「立ち往生していたやつはいるか?」
「休憩してる人なら何回か見た。でもその中にペドロはいない。あいつは俺も知ってるし、顔を合わせれば覚えてる」
「俺も通ってきたけど見てないなぁ……」
街でも目撃証言がある。しかし、その先での目撃証言がない……何かが起こった可能性が高くなったな。
「何かあってギムルに戻った可能性は?」
「依頼主の方が一度家を訪ねてみたらしいのですが、不在だったそうです」
「じゃ街に戻ったわけじゃないのか」
「街に戻って宿を取ってるとか」
「バカ。そんなことしてなんの意味があるんだよ。金の無駄だろ」
「……だめだ、飲み過ぎて頭働かねぇわ」
「おいアッシモ、他に何かないのかよ? 一緒に飯食って、まさかそれだけってことないだろ」
「あの時はほとんど惚気話を聞かされただけだ。付き合ってる女に結婚を申し込みたいらしくて、帰ったら告白するんだとかなんとか、そんな話真面目に聞いてられねえよチクショー! あ、でもそのために服やら指輪やら、色々と必要になるから金貯めたいとも言ってたような……?」
「まさかそれで怪しい仕事に手を出して消された、とか?」
「それは考えすぎだろ。せいぜい荷物の積み過ぎで事故ったとか?」
どれも想像の域を出ないけれど……やっぱりケレバン側の峠道が怪しい気がする。今日通ってきた人が何もなかったという証言もあるし、やっぱり探すなら道を外れた森の奥か。
「さっきからごちゃごちゃと、うるせぇぞ!」
「?」
後ろがうるさい。
振り向けば声を落とした周囲の目が、カウンター席からこちらを見ている赤ら顔の男性客に集中していた。
「お前だよ! そこのガキ!」
椅子が倒れ、男は狭い客席と客席の間を荒々しい足取りでこちらへ近づいてくる。
「いつからここは子供の遊び場になったんだ? ああ?」
「すみません、行方不明の人を探していまして――」
「知ったこっちゃねーんだよ!」
まぁ、そうなるか。
「さっきから目の前をチョロチョロと、不愉快なんだよ! 痛い目を見たくなかったらとっとと出て行け!」
「お話を聞いたらすぐに出て行きますので」
控えめに頭を下げるが、彼の望んだ答えではなかったんだろう。舌打ちに続いて握り込まれる拳。世界が違っても、酔っ払いに理屈が通じないのは共通しているようだ。
「ちょっ」
「アンタそりゃ――」
手の早い男に慌てる周囲をよそに一歩前進。振り下ろされた拳を正面から、片手で受け止める。
「あ?」
まさか自分の拳が受け止められるとは思っていなかったのか、素っ頓狂な声を上げる男。彼は鷲掴みにされた拳を見て、ハッとしたように腕を引き戻そうとする。
でも離すとまた殴りかかってきそうなので離さない。
この場に不釣り合いなのは俺の方だ。それは認める。だから頭は下げるし、用事が終わればすぐに出て行く。しかし殴られたくはない。
「んっ!? ぬあっ!? ふんぬっ!!?」
足を踏ん張り、是が非でも腕を引き抜こうとする男の力に対抗。足を掛けられる柱も近いし、横方向の引き合いなら負けはしない。もし上に引かれたらぶら下がることになるけど……相手はムキになっている。
前世ではこういう場合、1に辛抱、2に我慢、3、4がなくて5に忍耐。無抵抗で殴らせるのが後々一番面倒がなかった。しかしこの世界ではわざわざ殴られてやる必要もない。なんて気楽な事だろうか。
……ただ、考えてみると無抵抗以外の対処法の心得もなかった。
ここから先はどうしよう? さっきまで助けてくれようとしていた人達は助けが不要と思ったか、席に戻って傍観し始めたし……この人はこの人で諦めないし。
「ぬぉおおおおおお!!! 何だこのガキ!? 離しやがれ! ぶっ殺すぞ!」
「あ」
殺すといえば……この間の試合。あれ、使えるかな?
「お兄さん、酔っ払いすぎじゃないですか?」
「っ!?」
男が体を震わせた。掴んだ拳から急速に力が抜けていくのを感じる。
「まず落ち着きましょう。ね?」
こちらも手を離して争わない姿勢を見せ、
「ひ、ひぃいいいいいい!!!!!」
「えっ!? あ、ちょっと!?」
……た、つもりが、
「いってぇ!」
「オイコラ気をつけろ!!」
「酒が溢れたじゃないか!!」
男性は逃げ出してしまった……他の客を気にせず、席の間を強引に、出口までの最短距離を駆け抜けて。
「……やりすぎた?」
怖い怖いと言われた先日の試合。あの時の気持ちになれば、抑止力になるかと思ったんだが……あっ。
男性の後ろにいたお客さん達が一斉に目を逸らした。 あらぬ方向を見たり、酔いつぶれて眠るように顔を伏せたり、とにかく俺の視線を避けている。やっぱりやりすぎ? ってか、あの男、お金払ってないんじゃないか?
「あー……」
元から目立ってはいたが、さらに目立ってしまった。……とりあえずカウンターへ。
「すみません。さっきのお客さんのお代、これで足りますか?」
銀貨を3枚ほど無愛想な店員さんの前に並べる。
「……多すぎる」
「余剰分はお客さんにお酒を出してあげてください。特にあちらのお酒をこぼしてしまった人と、話を聞かせてくれた方々に」
「おっ!? なんだ坊主! おごってくれるのか!?」
店員より先に、こちらに注目していた客が叫んだ。
「はい。楽しい時間を邪魔して申し訳ありませんでした」
「いよっしゃあ!」
「タダ酒だぁ!!」
「飲むぞぉー!!」
次の瞬間、酒場はさっきまでの賑わいを取り戻していた。
切り替え早いな! ……まぁ、その方が俺としても気は楽だけど。
「お騒がせしました」
「おお、戻ってきたか」
運び屋の人達の席へ戻り、話のお礼とそろそろお暇すると伝える。
「お騒がせしてすみませんでした」
「なぁに、酒場じゃ喧嘩なんていつものことだ」
「そうだそうだ。お前なかなかやるなぁ」
「これでも冒険者ですので」
「だがまぁ、早めに帰った方が無難だろうな」
「酒、ありがとな!」
「こちらこそ、お時間をありがとうございました」
そして酒場を後にする。
色々あったけど、ペドロさんがこの町にいたという事実が分かったのは収穫だ。それだけでも一歩前進。ここに来た価値はある。
それと絡んできたのは向こうだけれど、酔っ払いの人にはちょっと悪いことをした。反省。
しかしあれがあんなに効果があるなんて……ベック達は“ちょっと怖い”程度で済んだはずだし、体格の割りに小心者だったのか?
そんなことを考えつつ、なんとなくステータスボードに目を通すと、
「……」
“威嚇Lv3”
見慣れないスキルが増えていた。
「……何故いきなり“3”?」




