教会のお約束
「ほう、今日は魔獣適性の診断帰りじゃったか」
「そうなんだよ。それで店に寄ったら、ストーンスライムを売りに来た人がいたらしくて。おまけに教会ではペットのスライムの様子がおかしいって聞いて、見に来たらウィードスライムに進化してた。俺としてはラッキーだったよ」
「どっちも擬態する見つけにくい種類だね。よかったじゃない」
「だが竜馬よぉ、そのウィードスライムは子供たちのペットだったんだろう? 子供に泣かれたりしなかったか?」
「それについては何とかなった。確かに残念がる子はいたけど、どうもウィードスライムって自分の体だけでなく、周囲にも雑草を生やす力を持ってるみたいで、教会の庭中に雑草が生え放題になってたんだ。
それに鑑定したら分裂スキルがLv8と、とんでもなく繁殖が早いタイプだった事もわかって。シスターの二人と相談の上、説得してもらったよ。もちろん俺も大切にすると約束したし」
「そうかい。後味が悪くならなくて何よりだ。ならもう一杯だ。器が乾いちまうぞ」
豪快に笑い、どこからともなく取り出された酒瓶がひっくり返された。
こぼさぬように慌てて受け止め、そのまま一息に煽ると芳醇なぶどうの香りが体内に染み渡る。
「それにしても、なんだかんだで神界に呼ばれるのにも慣れてきたなぁ」
「教会で君が祈るたび、誰かが呼んでるもんね」
「竜馬君も知り合いの神が増えたじゃろうしなぁ」
「増えたと言ってもガイン、クフォ、ルルティアの他はテクンとフェルノベリア様だけだよ」
「なんでぇ、まだ半分も会ってねぇのかよ」
「マノアイロア様とか、名前だけは貰った基礎知識のおかげで知ってるけどな。実際に会った事は……どんな方なんだ?」
「マノアイロアは……難しい質問だね」
「あ、答えにくければ無理しなくていいぞ、クフォ」
「いや、別にそういうわけじゃないけど……実は僕も数年単位で会ってないんだよね」
「俺も」
「わしもじゃよ」
「え!? 神様同士でも会わないの?」
「あいつには放浪癖があってのぅ……神界にいるのは間違いないんじゃが、常にあちこちをふらふらと動き回っておるのじゃ。今は何をしているのかのぅ」
「あと芸術の神でもあるから、いろんな格好してるんだよね。普通の格好の時もあればとんでもなく奇抜な格好してる時もある。しかも飽きっぽいし、変な神だよ」
「そういや昔、これが自然の美だ! とか言って全裸でうろついてたこともあるな」
「あー! あったあった! 腰巻きすらなくて、ルルティアとキリルエルに怒られてたよね」
神様もいろんな性格の方がいるんだな……
「ところで今日、そのルルティアは?」
「なんか女神に声かけて女子会? ってのやってるよ」
「地球で仕入れた知識らしいぜ。宴会と何が違うのかさっぱり分からんが」
「集まりが悪いと嘆いておったのう……今は面倒見のいい女神が付き合っているはずじゃ」
本当に色々だな。……あ、色々と言えば、
「ちょっと話変えてもいい? ガインとクフォに聞きたいんだけど」
「もちろんじゃとも」
「何かあった?」
「ここに来る前に、魔獣適性の診断を受けたって話したじゃない? その結果、俺と相性が良いのは“群れを形成する習性がある魔獣”らしいんだけど、俺の従魔術の知識や力は転移の時にガイン達から貰った物だろ? スライムと契約できる数も異様に多いらしいし、何か意味があったの?」
ふと思ったことを聞いてみると、ガインとクフォは何か考える様な素振りを見せる。
「意図して与えたわけではないが、我々が無関係とも言えんか」
「あの時、従魔術を使えるようにするとは決めたけど、具体的にどの魔獣と契約したいかまでは決めてなかったじゃない? だから魔獣適性にはあまり触れず、君自身に任せるようにしたはず」
「俺の魔獣適性は俺が元々持っている素質、ということか」
「素質というより願望かな?」
「君が願った力を我々が与えた、という点は事実じゃからな。竜馬君の願いは反映されているはずじゃ。それが影響を与えておるかもしれん。やたらとスライムとの相性がいいのもそのせいじゃとわしは思う」
ということは、もし俺がドラゴン系と契約したいと願っていたら、ドラゴンと相性が良くなっていたのか?
「心の底から求めていればな。ちょっと契約してみよう、ぐらいじゃだめじゃろう」
「その結果、俺はスライムを求めたと」
なんとなく納得できる気がした。しかし、
「いや? 力はガナの森に到着した時点で与えられていたのだから、魔獣適正もその時点で決まっておったはずじゃよ。後に研究して興味を持ったからといって、適性が変わることはなかろう。我々もそこまで手を加えておらんよ」
「それにもし変わるなら“群れを作る習性がある魔獣”じゃなくて、“スライム特化”になりそうだしね、竜馬君の場合。多分前世の環境が原因じゃない?」
「と、言うと?」
「言いにくいけど、ほら、竜馬君って地球では“ぼっち”に近い生活だったじゃない? 一応会社に属しているし、同僚や部下もいたけど親しい人が少ない感じの」
「まぁ、確かに……」
「群れとか集団とか、そういうグループに属せなくて、一人でいるのは平気だけど興味がないわけではない。そんな感じの願望が無意識にでもあって、魔獣適性に影響したんじゃないかと」
「そういうことか……って悲しいわ!!」
なにその悲しい理由! 自分で言うならともかく、他人に言われると微妙に傷つく。しかも神の言葉だけに信憑性が高すぎる!
「ハハハ! 生きてりゃそういうこともあるってこったな、ほれ、もっと飲め」
適当なテクンに酒を追加され、また一杯飲み干す。
「結果的に多くの種類と契約できて、数も揃えられるんだから良いじゃねぇか」
「それは確かに。不満は感じたことないよ」
釈然としないが、魔獣適性に不満を感じたことはない。
気分を変えるついでに、神獣について聞いてみた。
「公爵家のラインバッハ様が神獣と契約してるって聞いたんだけど、結局のところ神獣って何? 神々の加護を受けた魔獣で、縄張りを守る使命があるとか聞いたけど」
「その通りだよ。やっぱり契約している人間がいるだけあって、リフォール王国には正しい情報が伝わってるみたいだね」
「神々にとって重要な土地なのか?」
「我々にも大切じゃが、世界や君達にとっても重要じゃぞ。神獣の縄張り、聖地とも呼ばれる地域はな、この世界が魔力を生み出すための要なのじゃ」
「また気になる言葉が出てきた……詳しく聞いても大丈夫?」
「かまわんよ。君がこっちに来た理由とも無関係ではないからの」
「むしろ知っておくべきだろ。竜馬は今後も聖地に関わるんだから」
「今後も関わる?」
「あー、まず聖地の説明から片付けようか。といってもそんなたいしたことじゃないんだけど」
クフォは頭の中で内容を整理しているように、ゆっくりと語り始めた。
「まずこの世界には魔力がある。それを人々や魔獣が利用しているのは竜馬君も知っての通りだよね」
「その消費量に対して生産量が不足しているから、地球から魔力を移してるんだったな。俺がこっちの世界に来た理由でもある」
「その通り。残念ながら需要と供給のバランスが崩れてるけど、この世界は頑張って魔力を生み出し続けている。で、具体的に何が魔力を生み出すかと言うと“自然環境”なんだよね」
草木や石、川や谷、そういった自然環境が魔力の生産に大きく関わるのだそうだ。
「普通の森とかでもそうだし、人の街でも多少は魔力が生まれてるんだよ。自然が多い方が効率がいいから、街では微々たるものだけど」
「魔力はこの世界のどこでも生まれる、“聖地”はその中でも特に産出量が多く、効率の良い地域なのじゃ。条件としては“人の手が入らない未開の地であること”、“一定以上の広さがあること”、“自然が豊富であること”……この辺かの」
「そんでそういう地域を他所からきた人間や迷い込んだ魔獣に荒らされると困るんでな。それを防ぐために、昔から加護を与えた特別な魔獣を用意して守ってもらってるってわけさ」
納得した。それに俺が関わるという言葉の意味にも見当がつく。
俺は人の手が入りにくい、自然が豊富な場所に行こうとしているではないか。
「シュルス大樹海も“聖地”なんだ」
「うん。あの樹海の中心にあるよ。そこを基点に生み出される魔力の影響で、あの樹海には貴重な薬草や鉱石類がたくさんあるんだ。神獣はいないけどね」
必ずしも聖地に神獣がいるわけじゃないのか。
「それで大丈夫?」
「人間が活動してるあたりはまだ遠いから平気だよ。それに神獣がいないだけで守りは固めてるからね。フェルノべリアが」
自信満々に言ってるが、 自分が管理してるんじゃないんだ。
「シュルス大樹海はフェルノベリアの担当だからね。てか僕だって神獣を置いとけば? って言ったんだよ。そしたらさ、“強大な力を与えた魔獣に管理を任せれば楽ではある。だが安直だ”とか言い出してさぁ、程々の魔獣と環境整備だけで守りを整えてるんだよね。どう思う?」
「重大な話だと思うけど……言い方が軽すぎてゲームでの縛りプレイ程度にしか思えない……」
「ゲームは分かるけど、縛りプレイ?」
「使える道具をわざと使わなかったり、自分で制限をかけてゲームの目的を達成することかな」
「あー、それそれ! そんな感じ!」
「認めるのかよ!?」
「遊んでるわけじゃないけどさ、フェルノベリアはわざわざ手間がかかるやり方をしてるんだよ。自分が細かい作業が得意だからって、僕の担当した聖地を見て雑だとか言うし」
……どうやらクフォはこの件でフェルノベリア様ともめた事があるらしく、帰る時間が来るまで延々と愚痴を聞かされることになった。
しかし、シュルス大樹海の生態系について知ることもできたので、収穫は大きかった。




