魔獣適性と過去の偉業
「はい、通っていいよ。試験頑張ってね」
「ありがとうございます」
少し勘違いをした門番の男性から応援を受けて、東門を出る。
すると目の前に、 北や南とはまた違った風景が広がった。
「こっちはこうなってるんだ……」
道の両脇には木製の柵が立ち並び、作られた囲いの中には牛や馬。さらに見たこともない大型の魔獣がのびのびと過ごしていた。まるで牧場のような雰囲気がある。
少し歩いた所に見える、大きな建物がテイマーギルドの支部だろう。横にサイロのような塔が立ち並んでいるせいか、本当に牧場にしか見えないが。
「失礼します」
中も街中のギルドとは雰囲気が違う。全体的に作業着の方が多く、事前の知識がなければ休憩所と間違えるかもしれない。よく見ると、入ってすぐ正面の受付に立っている方々も動きやすそうでラフな格好をしている。
「こっちへどうぞー」
困っていると思われたのか、受付にいた女性から声をかけられた。
「初めまして。こちらで従魔の適性診断を受けさせていただけると聞いてきました。書類とギルドカードです」
「お預かりします。リョウマ・タケバヤシ君……はい、初回ね。それじゃあ会場は奥だから、あの通路をまっすぐ進んで、突き当たりの部屋に入って。そこで手のあいてる職員にこれを渡してね」
「ありがとうございます」
教わった通りに受付を左へ回り込み、奥につながる廊下を直進。
突き当たりの部屋に入ると、部屋の右側に長椅子が並び、左側はカウンターが5つ。
銀行の待合室のような部屋になっている。
しかし適性診断を受ける人は少ないらしい。
開いているカウンターは現在応対中の奥2つのみ、長椅子で待っている人は1人もいない。
「あっ、空いてるカウンター席に掛けてお待ちください」
応対中の女性がハンドベルを鳴らす。おそらく職員を呼ぶ道具だろう。
一番手前のカウンターに座ると、ほぼ同時にカウンター側のどこかで扉が開く音も聞こえた。
「おまたせし、おや? リョウマ君か」
「支部長!」
やってきた職員は、なぜかテイラー支部長。
「なぜここに?」
「ここもテイマーギルドの一部だからな。たまに視察を兼ねてこちらで仕事をしているんだ。こうでもしないと若手と話す機会もないし、現場の空気を忘れてしまうのだよ。
リョウマ君は適正診断か。そういえば登録初日は勧めていなかったな」
「あの時はすぐ冒険者ギルドへ向かってしまいましたからね。それに従魔を替えるつもりもなかったですし……あ、今でも替えるつもりはありませんが」
「構わんよ。しかし自分がどんな魔獣と相性が良いか、知っておいて損はない」
支部長はカウンターの向こうで何かを手元の書類に記入し、それを片手に俺の入ってきた扉とは対面にある扉を指し示した。
「早速始めよう。あの向こうに診断用の魔獣が集められているんだ」
カウンター越しに隣り合う2つの扉。片方を通ると、いきなり据えた臭いが鼻を突く。
臭いも動物園みたい……いや、ここはペットショップか?
部屋には小型の檻が多数設置され、中には多種多様な魔獣の姿が見られた。スライムはもちろん、この街に来てから見慣れたスモールラットやケイブバット、以前一度契約したことのあるクルーバードもいる。
「ここは小型の魔獣を集めている部屋だ。もっと奥へ行くともう少し大きい中型の魔獣、さらに奥には大型魔獣の入るスペースがある」
もう片方の扉から出てきた支部長が解説をしてくれる。
「ここには見ての通り様々な魔獣を用意してあるので、リョウマ君にはここで実際に魔獣と契約してもらうが……スライムとリムールバードは省いてよかろう。他に契約したことがある魔獣はいるかね?」
「クルーバードが一度あります」
「その時に何か問題はあったかな? 指示はちゃんとできたかと、感情が分かったかどうか」
どちらも問題なく、視界の共有もできたことを伝える。
「初回の練習でそれなら、相性は良さそうだね……」
支部長が聞いた結果を記入している紙を覗き見ると、多数の魔獣の名称が書き連ねられた表に印をつけていた。
「気になるかね?」
「はい、少し」
素直にそう答えると、支部長は軽く微笑んだ。
「この表は各種魔獣との契約の成否、そして成功した場合の感触を聞き取り、4段階で評価する。診断はその結果を見ながら共通点を探して、得意な魔獣の傾向を見つける。そのために、ここでは部屋いっぱいに魔獣を集めているわけだね」
片っ端からこの部屋の魔獣と契約するとなると、結構時間や魔力を使いそうだ。
と思ったが、ほとんどの人はすぐに傾向が分かるらしい。
「従魔術師の大半は大雑把に爬虫類系、哺乳類系、鳥類系、そうした大きな分類から得意な系統を見つけるだけで済む。時間がかかるのはそれらの系統のさらに一部、特定の魔獣に特化している場合。もしくは何か特別な基準がある場合だ。君も知っている、公爵家の面々のようにね」
「確か……ラインハルトさんが“4足歩行の魔獣”。奥様が“狼系の魔獣”。ラインバッハ様が“鱗を持つ魔獣”でしたね?」
「その通り。エリーゼ嬢が哺乳類系からさらに細分化された狼系の特化型で、その系譜にある魔獣であればまず契約可能。さらに契約数の上限も他より頭一つ二つ飛びぬけている。
ラインハルトの坊やは4足歩行の魔獣なら種類、系統に関係なく契約ができた。鳥類型だけを除いてな」
その一言で、以前リムールバードを契約した時のことを思い出した。
あの時は、お嬢様のリムールバードに近づくことすら拒絶されてたな……
「ラインバッハ様は?」
「あやつは……別格だな。ラインハルトの坊やとエリーゼ嬢の良い部分だけを足し合わせたような奴だ。鱗がある魔獣ならリザードマンでもドラゴンでも契約できる上に、契約できる数も多い。そして息子のように契約できない系統はない。まぁ多少の苦手はあったが、そんな事は欠点にもならない」
ラインバッハ様はドラゴンを使役できると聞いていたけど、やっぱりすごい人だったのか。
「知らなかったのか? あやつの話は本になり、国中に広まっていると思ったが」
「そうなんですか!?」
「どうやら本当に知らんようだな……」
「過去に武勲を立てたことがあるとか、奥様が自分とは別格だとか、そのくらいは聞いたことがありますがそれくらいですね」
「一番有名な話となるとそれになるだろうな。別格というのも事実だろう、あれを基準にしてはならん」
どういうことだろう?
「この世には、神獣と呼ばれる神々から加護を授かった特別な魔獣が存在する。彼らはそれぞれ、神々から与えられた土地を守ると言う使命を加護と共に与えられ、自らの縄張りをはるか昔から守り続けている。その力は我々人間はもちろんのこと、人間がSランクと認定した魔獣とも一線を画す」
「……その話をこのタイミングでするということは、まさか」
「ラインバッハは神獣と契約しておる」
やっぱりそうなんだ……
「あやつがまだ軍に所属していた若い頃の話さ。……この国の国境の一つに炎龍山脈と呼ばれた山々がある」
テイラー支部長は遠い目をして語り始める。
「炎龍山脈は今もなお活動を続ける火山がいくつも連なる、人間には過酷な環境だ。中心部には神獣の縄張りや、強力な魔獣も多数生息する。ただしその代わり、魔石や宝石に様々な鉱物など、人間にとって貴重な資源の宝庫でもある。その資源を狙い、かつて隣国から兵が差し向けられたことがあったのだ」
結果、隣国の兵は神獣の怒りを買い、あっという間に蹴散らされてしまったらしい。
しかしそれだけなら話は隣国の自業自得で終わったのだが、
「国境など所詮は人間が勝手に決めたもの。神獣は隣国と同じく、国境が山脈に接している我が国も敵とみなし、眷属のドラゴンが国境付近を暴れまわるという事態に発展したのだ。そして国を守るために軍が派遣される。その内の1部隊を率いたのが当時のラインバッハだった」
「そこでラインバッハ様は契約を」
「その通り。それしか手がなかった。1匹を討伐するにも大勢の犠牲者を覚悟しなければならないドラゴンを、少なくとも10は一度に相手にしなければならない戦場だ。戦いを仕掛ければ壊滅は必至と言われていたよ。
だが、それがかえって良かったのかもしれん。苦肉の策として、戦うよりも先に従魔術を用いて交渉を試みることになったのだからね。そして相性的に契約できる可能性が高く、家柄も良かったラインバッハが交渉役に任命されたというわけだ。まさか成功するとは誰も思わなかったがね」
「神獣と交渉できたんですね」
「ああ、幸いにも交渉ができる高い知能を持っていた。そういう御伽噺はあったが、実際に確かめた者はあやつが初めてだろう。ラインバッハが後に語った事だが、神獣からは“人間の手で、まだ攻めてくる人間を何とかしろ”という命令に近い条件が出されたらしい」
それが責任者の耳に入った瞬間から、敵は隣国に変わった。
誰もが勝ち目のないドラゴンの群れよりも隣国の兵と敵対することを選んだ。
こちらの兵の士気は高く、先に交渉を選んだことで被害は軽微。
対する隣国は先に事を構えたがために大きく戦力を減じ、士気は最低まで落ちていた。
結果は火を見るより明らか。戦線は三日も持たず、敵国の兵は炎龍山脈から撤退。
「それから両国間では政治的に色々とあったが、神獣と眷属のドラゴンとの争いは無事に回避された。さらにその流れでラインバッハは神獣から契約の継続を許され、眷属のドラゴンとも契約した上、神獣の縄張りを荒らさないことを条件に、それ以外の場所で資源を採掘する許可を取ってきたりもしてなぁ……」
「それは……大騒ぎでしょうね」
「大騒ぎなんてものでは済まんよ」
支部長が呆れたように笑う。
「神獣が許可する範囲に限るとはいえ、炎龍山脈の資源を安全に確保できるようにしただけでも大手柄。加えて多数のドラゴンを従えたことで強大な戦力も手に入れた」
そして、ラインバッハ様の存在はあらゆる方面に影響を与えるようになった。政治的にも、軍事的にも。家柄と功績を兼ね備えた彼の存在は大きくなりすぎてしまい、組織内での扱いが難しくなっていく。
そして最終的に、彼は軍を去る。
「あやつが本気でどこかの派閥に肩入れすれば、それだけで派閥間の力関係を大きく崩し、余計な混乱を生む恐れがあった。それに丁度その頃、兄君に不幸があってな。兄君の代わりに領主としてジャミール公爵領を治めることに注力するという理由で、国政や軍から距離をおくことにしたのだよ」
「大変な人生ですね……僕にはとても想像がつきません」
本当に。心の底からそう思う。
でもラインバッハ様が俺以上のチートキャラということだけは理解した。




