アクシデント
翌日
結局ケレバンの街では教会に行かなかった。目的の街、ギムルにも教会はあるらしいからそっちの教会に行こう。それまでは昨日作った持ち運べる石像に祈る。こうして俺達は今日ものんびり馬車の旅、と思っていたんだが……
「少し寒いですわね……」
「雨だからのぅ」
「この季節にこんな土砂降りになるのは珍しいのだけど」
「運が悪かったね、エリア」
街を出てから数時間、どうやら俺達は季節はずれの土砂降りにあったらしい。道が酷くぬかるんでいるせいで揺れが大きく、進みもかなり遅い。
ここまではっきり運が悪いのは久しぶりだ。この世界に来て以来、地球にいた頃とは違って運が悪いと思うような出来事はなかったのに。馬車の中だし、土砂降り程度ならまだ運がいいほうか? と思ったが、どうもそれだけじゃなかったようだ。
馬車が止まり、すぐに護衛の1人がやって来た。
「お館様、どうやらこの雨で崖崩れが起こっているようです。遠目からこの先の道が塞がれているのを確認しました」
「なんだと? 本当か?」
「はい、完全に道が塞がっています。かなり大きな岩や木も倒れていて、このままでは通れません」
「迂回は?」
「ここからですとかなりの遠回り、もしくは確認が取れていませんが、そこそこ大きな盗賊団が出るという情報のある道しかありません。天気予測スキルを持った者が言うにはあと数時間で雨が止むそうですので、崖崩れから離れた位置で野営の準備をしつつ雨が止むのを待ち、今晩と明日にかけて土砂の除去作業に当たるのが最も早くギムルに到着できるかと思われます。お館様の判断を仰ぎたく……」
その言葉にラインハルトさんは少し考えて答える。
「そうだな……長旅は旅に慣れていないエリアにはきついだろうし、危険がある道は避けたい。お前の判断を採用する」
「ありがとうございます。早速作業に取り掛かります」
また馬車が動き出す。もう少し先に少しだけ雨宿りができそうな木があるからと聞いたけど、土砂降りの時に木の傍はやばい気がするんだが……まぁ、雷は鳴ってないし、大丈夫か? とりあえず木から最低2mは離れておこう。そうすれば雷に対する安全性は高まる。
それから5分ほどでまた馬車が止まり、周囲が慌ただしくなるとアローネさんが入ってきた。
「現在、急ぎ野営の用意をしております。もうしばらくお待ちくださいませ」
そう言って笑顔を浮かべるアローネさんだったが、俺の目にはアローネさんの後ろで濡れ鼠になりながら作業をする護衛の人達が見えていてそちらが凄く気になる。
何か元地球のブラック企業にいた身としては、人が働いている時にボーッとしていると、それが彼らの仕事だと分かっていても、下手に素人が手を出すと邪魔なのが分かっていても申し訳なくて何か手伝いたくなる……そういや結界魔法に雨避けの結界があったな、長いこと使ってなくて忘れていた。あれなら作業の邪魔にはなるまい!
「結界魔法、使っていいですか?」
「突然どうしたんだい?」
いかん、唐突過ぎた。事情説明せずにいきなりそう言っても分からないよな。
「外、濡れてる人、居ます……雨避けの結界……使うと雨を防ぎます。作業楽です」
「なるほど、それはありがたいね。やってくれると彼らも助かるよ」
許可を取ったので、俺はアイテムボックスの中から1着の毛皮で作ったコートを取り出す。コートは毛皮が内側に、外側には布が貼ってあるので一見裏返しに見えるが、そのまま着る。外側の布には乾燥すると樹脂のように固まるスティッキースライムの粘着液が塗ってあるので、よく水を弾く愛用の雨具だ。これが出来てから雨の日の狩りが格段に楽になった。
素早く着込んで、人の集まっている場所にある程度近づくと、早速結界魔法を発動させる。
『彼らを包み、彼らに注ぐ雨を防ぐ盾となれ“雨避け”』
俺が呪文を唱えると、作業をしている人達を包み込んだドーム状の結界が雨を防ぐ。
結界や魔力は目に見えないので、突然雨が止んだ事に結界内の人は驚くが、作業中のカミルさんが気づいて手を振りながら礼を言ってきた。それに続き他の人たちも礼を言ってきたけれど、俺は手を振るだけにとどめ、次の対象を見定める。
1回で全部をカバーできるような結界は張れないので、まだ4箇所ほど人の集まっている所に結界を張らないといけない。近い所から順に結界を張って回り、ついでに馬と馬車の周りにも張ってから馬車へ戻る。
「お疲れ様です、リョウマさん」
「お疲れ様です……『ウェーブ』」
お譲様とセバスさんの言葉に返事をしながら雨具を脱いで、馬車が汚れないよう基礎的な水魔法で表面の水を外へ吹き飛ばし、席に戻ると用意されていた温かいお茶で一服。そうしていると話題が俺の雨具に移った。
「その雨具、他所では見ないけど、リョウマ君が作ったの?」
「はい」
「とてもよく水を弾いていたように見えましたが、ガナの森にあれほど水を弾く皮を持つ獣が居たでしょうか……?」
「スティッキースライムの粘着液を塗って……乾かしただけです。水は染み込まない。雨を弾きます」
「スティッキースライムの粘着液にそのような効果が?」
え、まさか知らなかった?
「知らなかったですか?」
「スティッキースライムの粘着液は、接着剤としての用法しか存じませんね」
そうなの? 何か、ラインバッハ様と奥様の目が輝きだした。これも新発見かよ! どんだけ研究されてないんだよスライムって……
「その雨具、少し試させて貰っても良いかね?」
「試すなら」
アイテムボックスから数枚の布を取り出す。
「加工済みの布。薄いので水を通さないのがよくわかります……ボロボロです。けど、クリーナースライムの後に加工したから汚くないです」
元は盗賊の服の切れ端やゴブリンの腰布だから、ボロボロなのは見逃して下さい。
布を差し出すと、ラインバッハ様と奥様だけではなくラインハルト様とセバスさんまで布を手にとって自分の手をくるみ、馬車の小窓から外に手を伸ばして結界に沿って流れる雨水にさらし始めた。
「おお! 本当に水を弾いておるぞ!」
「全然水が染み入ってこないわね」
「多少雨水の冷たさはありますが、リョウマ様の雨具のように、内側に毛皮を貼れば快適に過ごせそうですな」
「リョウマ君、僕らと協力して雨具の商品開発を……」
「失礼します、何かございましたか?」
4人が布の撥水性を試していると、アローネさんが来て馬車の扉を開けた。どうやら馬車の外、後部に座っていて、何か用がある場合手を出して合図する手筈だったらしい。
「いや、何でもないよ。リョウマ君が開発していた雨具を見せてもらっていただけだ」
「そうでしたか、それでは失礼いたします」
俺はそう言って扉を閉めようとしていたアローネさんの服が濡れているのに気づいた。アローネさんも結界の外に出てなんらかの作業をしていたのかもしれない。
俺は慌ててアローネさんを呼び止めつつ、アイテムボックスから盗賊の盗品らしきカーテン(防水加工済み)を取り出す。
「ちょっと待って……アローネさん」
「はい、どうなさいましたか?」
「これ、雨、水通しません」
「これをお借りして宜しいのですか?」
「濡れると寒いです、羽織るだけでも」
「ありがとうございます。お借りします」
アローネさんは笑顔で俺に礼を言って去っていき、残された俺達は防水加工を施した布の話に花を咲かせた。
話を聞いて分かった事はこの国で雨具と言えば革製品が主流で、テントなどの大きなものだとそれなりに重く場所を取るという事。対して防水布はスティッキースライムの粘着液を塗って乾かすだけなので軽く、革よりもコンパクトに折りたためる。
また、雨具は雨具である以上使うと雨や泥で汚れが付きやすく、材質が革だとすぐにシミなどで汚くなってしまう。また、カビなどが生えたりもする。もちろんそれを防ぐために手入れをするのだが、汚れを落とし、油を塗り、乾かして……と手間がかかる。
その点防水布は水や汚れを弾くので汚れが付きにくく、水洗いが可能。こびりつく泥汚れなどは水で流し、最後に乾かしたらそれでいい。実際俺はいつも水魔法の『ウェーブ』で水分を弾き落とすか、どこかに引っ掛けて乾かすだけ。それでも困った事は無い。
大体の説明が終わると具体的にどんな物に使えるかの話になり、現代の知識からレインコートや傘などを提案したり、この世界の雨具について聞いたり……ようやくテンプレ異世界って実感がしてきた! というか、気づいたら俺はいつの間にか内政チートの方向に行っているな。貰った力は魔法のはずなんだが? 現代知識および商品=この世界ではチートって事か?
そんな話をしているうちに、テントの用意が整ったようだ。……正直、待ってる事を忘れていた。
「お待たせいたしやした、テントの用意が出来やしたぜ。あと、坊ちゃんには他の連中が礼を言ってましたぜ」
「どういたしまして」
「雨はあとどのぐらいで止むんだ?」
「あと2,3時間だとスキル持ちは言ってますんで、雨が止みしだい土砂の除去を始めます」
「わかった、それまでは交代で休みを取れ、土魔法使いは大仕事になるから長めに休ませてやるように」
「了解」
そう言って命令を伝えに向かうゼフさんを見送った俺達はテントの中へ。驚いた事にテントは中央が広く、その周りに小さな個室が4部屋もある、大きくて豪華なテントだった。
「今日は普段より揺れたから疲れたじゃろう、ゆっくり休みなさい」
「はい、しっかり休んで、後で頑張ります」
タダで馬車に乗せて貰っているし、宿代も世話になっているし、このくらいはしなきゃな。俺の訓練にもなる。だからそう答えたのだけれど、ラインバッハ様は首をかしげている。
「頑張る? 何をじゃ?」
「土魔法で、土砂崩れ……取り除きます」
「護衛にやらせるから、君は休んでいて良いのじゃよ?」
「沢山、お世話になっています。自分の為にもなります。やらせて下さい」
「ふむ……そう言うなら手伝ってもらおうかのぅ。ただし、疲れたら休むのじゃぞ? もう結界魔法を連発しておるし、魔力切れは苦しいからのぅ」
ああ、それを心配してくれていたのか。その気持ちはとてもありがたい。
「ありがとうございます、気をつけます」
そんなやりとりから数時間。予想の通りに雨が止むと、土砂崩れの除去作業が始まった。周りでは土魔法を使える護衛の方々が幾つかの班に分かれ、着々と土砂を除去していた。特に土魔法使いを中心に据えて作業を行っている班は大岩を『ブレイクロック』で崩し、土砂を『ロック』で適度な大きさに固める事で他の班より効率的に除去作業に取り組んでいる。
そこに混ざる俺はと言うと、森の洞窟を掘った時になんとなくやってみたら出来てしまった『ブレイクロック』と『ロック』の合成魔法、『クリエイト・ブロック』により多量の土と岩を同時にレンガ大の石材に変えてスライムに運ばせている。
始めてから判ったが他の人達は土は土、岩は岩で別々に魔法をかけているのに対して、俺は2つを同時に除去しているので作業速度が段違いに早かった。更に出来上がったブロックを運ぶのはバケツリレーのように並ばせたスライムによる流れ作業なので、俺はどんどん魔法をかけるだけ。非常に楽かつ凄まじい速さで作業が進んでいく。
そんな俺を見て、1人の護衛の男性が声をかけてきた。
「ちょっといいかな?」
「何でしょうか?」
「リョウマ君、だったね? その魔法、一体どうやってるんだ? 俺は土魔法を使えても本業は剣士だから、それ程魔法に詳しい訳でもないんだが……土と岩を同時に処理できるその魔法は見たこと無いんだ。よければ教えてくれないか?」
「これは『クリエイト・ブロック』という魔法です……『ブレイクロック』と『ロック』が使える人なら多分使えますよ……ブレイクロックは岩を土に、ロックは土を岩に変えるでしょう?」
「そうだな」
「だから、岩から土に、そして土から岩になるまでを1つの工程とイメージして魔法をかけてください。
そうすれば魔法がかかった範囲にある岩は土に……土は土のまま次の岩になるところで全部一気に岩になります。……この時1つの岩の大きさを事前に決めておくと、その大きさに出来ます……僕の場合はスライムに運ばせるからこのサイズです」
なるほどと頷いた男性が近くの岩で試してみると、出来上がった岩の大きさにばらつきがあるが、見事に岩と土を同時に持ち運べる大きさに変えていた。
「おおっ! 本当に出来た! ……一度にできる量と作る岩の大きさを揃えるには慣れが必要そうだが、消費魔力は別々に行うより少ないようだ。ありがとう、リョウマ君」
「いえ、お役にたてたなら……良かったです」
クリエイト・ブロックを他の者にも教えて良いかと聞かれたので、1人も2人も変わらないから許可すると、男性は他の土魔法使いに駆け寄ってクリエイト・ブロックを教えていく。
そんな護衛の方々を横目に黙々と作業をしていると、いつの間にか日も落ち始め、今日の作業は終了だと指示が出たのでテントに戻る。すると
「リョウマ君、お帰りなさい」
奥様が出迎えてくれた、のだが……
「ふがっ!」
「頑張ったわね! リョウマ君!」
「は、放して……く、くびぃ……」
挨拶をしようとした隙に奥様が抱き締めてきた。締まってる! 口と鼻が胸に埋まってる! 頼むから放し……
「奥様! 少々危険な位置を締めています! お放し下さい!」
「え? あっ!」
「ゲホッ! はぁ……」
「ごめんなさい!大丈夫だった!?」
「はぁ……はい、大丈夫です。えっと……リリアン、さん?」
「は、はい!」
「ありがとうございました。助かりました……」
「いえ、ご無事で何よりです。お食事の用意が出来ておりますが、いかがなさいますか?」
「いただきます」
そう言うと、ではこちらへと奥の部屋のテーブルへ案内される。
「やぁリョウマ君、頑張ったみたいだね。お疲れ様」
「食事は出来るのか? 無理はするでないぞ?」
「体調は大丈夫です」
「ほう、かなり魔法を使っていたように思ったが?」
「凄かったわよ、あの魔法。クリエイト・ブロック、だったかしら?」
「そうです」
「リョウマ君のあの魔法とスライム達のおかげで効率が上がって、更に護衛の土魔法使いにもあの魔法を教えてくれたおかげで予定よりだいぶ早く土砂の除去が終わりそうよ」
「それは良かったです」
聞けば今日の作業が終わるまでにクリエイト・ブロックを完璧に物にした人が1人、それなりに使えるようになった人が3人になり、そのお陰で大幅に全体の作業速度が上がったとの事。ちなみに完璧に物にした1人はゴルチェさんといい、俺に話しかけてきた男性だ。
そこで料理が運ばれてきたので、皆で食べ始める。すると、エリアリアにこう聞かれた。
「リョウマさん、リョウマさんの魔力はいくつありますの?」
「?」
そういや、俺、今は魔力どれだけあるんだろうか? 魔法を使い続けているから増えてるはずなんだけど……
「どうかしました?」
「分からない……です」
「え!? 普通は10歳までに一度は教会で……そうでした、リョウマさんは森に住んでいたのでしたね……それでは今までどうやって限界を知っていましたの?」
「体調と感覚で」
「それで大丈夫なのですか?」
「慣れれば問題無いです。普通は、10歳で計るのですか?」
「普通の家庭では10歳の誕生日に教会に行き、ステータスを計測して貰う。その際、魔力の数値を見て将来魔法使いを目指すかどうかを決めるんじゃよ。我々貴族は5歳の誕生日にやってしまい、早めに訓練をさせるが。
まぁ、あれだけ魔法を連発して魔力切れを起こしていないのならば、なかなか高い魔力を持っているじゃろう」
それからは今後の予定や目的の街の事など様々な話をしながら食事を取り、食後はテント内の一室が与えられた。今日すべき事はもう何も無く、明日も朝から土砂の除去と旅になる。早めに休もうとベッドに入るが……気になる事が一つ。
食事中、俺の魔力量の話になった時。あの話をしている間、お嬢様が俺の事をチラチラと窺う様に見ていた。アレは何を考えての視線だったんだろう? 視線には気づいても、何故あんな視線を送ってきたのかが分からない。
魔力の話は少ししかしてないけど……だんだん、長引かないように話を変えられたようにも思えてきた。何かまずい事でも言ったのかな? 気になる。けど、もう聞くタイミングも失ってしまった。
いつか機会を見て聞いてみよう。さりげなく、聞ければ良いが、無理ならもう少し親しくなってから……
そういえば、考えてどのくらい経った? 随分とまぶたが重い。
俺はもう眠気に逆らわず、そのまま眠る事にした。
次回、ようやくギムルへ到着。




