リーダーは見た 3
本日、5話同時投稿。
この話は1話目です。
「オラァアッ!」
ハワード!?
草を踏み荒らして開始位置から飛び出すハワード。張り上げる声は己への鼓舞であり、敵への威嚇だ。外見に現れないほど薄くではあるが、獣人族の血を引くあいつには戦闘の前に叫ぶ悪癖がある。
若い頃は夜襲などの不意を狙う時でも思わず叫んでしまい、苦労したことでどうにか矯正したらしく、今では滅多に出ることのない叫び。それが出ているということは、ハワードが本気である証拠。同時に今がその数少ない時だという事も即座に理解できた。動きを見る限り、気功で肉体と得物の強化まで行っている。
まず間違いなくこの怖気に当てられてだろう。ハワードの荒々しさに観客席がざわめく……しかしその気迫を真正面からぶつけられているはずのリョウマはというと。
なんて顔してやがる……
ハワードとは対極に、リョウマは凪いだ水面の如く静かで無感動な表情。それでいて視線は刺すように鋭くて、相手をどこまでも攻撃の対象としてしか見ていない瞳。そこに威嚇の意思はない。“淡々と対象を狩る”……ただそれだけ。
普段の穏やかな様子とはまるで別人。無慈悲に武器を突きつけられるような感覚に、標的との間にいただけで肌が粟立っていた。
猛獣と冷徹な狩人さながらの2人。
試合としては異様な迫力に、止めるべきかを迷う間もなく、駆けるハワードへ矢が放たれる。
「当たらねぇよ!」
一矢は正確にハワードへ向けて風を切るが、ここは草原。遮蔽物もなく姿が丸見えの状態では、矢を射るタイミングが丸分かり。そもそも今回は試合とあって、自分が狙われることが初めから分かっていた。
大勢で大量の矢を射掛けるのであればまた話は変わるだろう。しかしたった1人で1本だけ放たれた矢は、ハワードが斜めに進路を変えただけで簡単に避けられる。
次の瞬間、
「チィッ!」
目前を槍でなぎ払い、ハワードが迫る矢を弾く。
「1本目が避けられる事を見越して、回避先への2本目……随分と間隔が短いな」
俺が呟く間にもリョウマは矢を放ち続けた。的の大きな胴体だけでなく、不規則にわざわざ狙いにくい足に槍、それを持つ手までも狙う。逆に先が丸くても当たれば危ない頭部や心臓付近を狙っていないのは、一応これが“試合”だと理解しているからか……槍の間合いまで踏み込まれないように機動力を削ぐ事、あわよくば武器破壊が狙いというところだろう。
まるで射手が2,3人がかりで放っているような矢の雨は当たってこそいないものの、実際にハワードの前進を著しく遅らせていた。
……あの連射速度と精度を、1人で維持できている時点で驚きだが、それだけに矢の消費も早いはず。
弓も魔法と同じで攻撃できる回数に制限がつく。それにハワードもそう簡単に負けるつもりはないはずだ。現状は苦戦を強いられているが、縦横無尽に草原を駆け回り、猛襲を凌ぎながらチャンスを狙っている顔が見えた。
それにしてもリョウマの腕前は一人前どころじゃないな。Lv4? 下手すりゃ5に届いてるんじゃないか? ハワードも経験と意地で凌いでいる状態。気を抜けば……これが森の中での奇襲だったとしたら、パーティ全滅もあり得る。
だがこの場においては決め手に欠ける。
その考えを肯定するように、均衡が崩れたのはまもなくの事だった。
「もらった!」
矢の残りを気にしてか、連射の勢いが落ちた所を狙い懐へ飛び込もうとするハワード。
「『アースフェンス』!」
それを等間隔に並んだ大量の棒が阻んだ。
地面から伸び上がるあれで接近を防ぎつつ、隙間を通して攻撃するつもりなんだろう。
でもハワードが本気なら、それでは止められ……
「ウラァ!!」
「『ブレイクロック』『ストーム』ッ!」
!!
魔法の連発で土煙が舞い上がる。
「うぉっ!?」
「ちょっ!?」
「こっちまで来てる……!」
この声、観客席まで届いたか。
それにも納得できる魔力を感じた。ただし使われたのはごく基本的な魔法。立ち並ぶ棒をぶち折って突破しようとするハワードに気づいたリョウマが、自分から棒と周囲を崩し風で巻き上げただけだ。
攻撃性はない。視界は悪……!
土煙の中を走る小さな影が、逆にハワードの間合いの中へ。
近すぎる間合いでリョウマは弓を使わず、手に持った矢を突き出した。
「だぁっ! マジか!?」
狙いはハワードの目や喉。
本物の鏃は小さくても、鋭く尖った刃には変わりない。人の眼球程度なら簡単に傷つけられるだろう。それに矢は距離次第で鎧を貫くこともある。だったら刺突にも使える……か?
矢で接近戦なんて初めて見たが、少なくとも自棄になったとは思えない。
素早く器用に順手、逆手へ矢を持ち変える手元から、様々な軌道の突きが放たれた。
「とんでもねぇなぁッ!?」
敵に接近された場合の急場しのぎには十分か。
間合いを取るべく後退したハワードと、同じタイミングでリョウマも下がる。
直後にハワードの頬を矢が掠めた。
「おおお!?」
接近戦に使われていた矢が、距離を開けた途端に弓に番えられて飛んでくる。
さらに吹きぬける風に運ばれて徐々に視界が良くなるにつれ、また連射が始まった。
自分の間合いを取り戻したリョウマの肩には矢の豊富な矢筒。そして足元にも空の矢筒。
「アイテムボックスに隠してたな」
事前に空間魔法で溜め込んでおけば、弓の弱点を軽減できる。用意した矢は最初に見せられただけじゃなかったわけだ。どれだけあるかは知らないが、反則でもない。
チャンスと思って飛び込んだハワードは押し返され、戦況が五分に戻った。
……ここからどっちが、どう動く?
「『テレポート』」
そう来たか!
「どこにッ! っ危ねぇ!」
「『テレポート』」
空間魔法で脈絡なく、一瞬で死角へ移動して攻撃し、すぐさま離脱。一瞬でも見失えばそれだけハワードの反応も鈍る。それだけ魔力を使う手だが、リョウマの魔力量が多いことは周知の事実。
「完全にペースを掴まれたな」
ここまで見ていれば分かる。ギルドマスターがリョウマを気にかける理由が。
リョウマは強い。どこの流派か分からないが、ちゃんと指導を受けて技を身に着けている。そういう動きだ。
魔法も武器ほどじゃないが上手い。さっきの魔法連発も早かったし、魔力はふざけた量だ。
生活能力も高い。土魔法の家だけでなく、薬の知識も豊富。食料調達も難なくこなす。街に戻れば自分の店もある。これ以上なく安定した生活だろう。
どれもこれもが平均よりはるかに高い水準。あの歳であれだけの技量を持っているのには、驚きとしか言いようがない。真面目にやっていけば5年もかからずB以上の冒険者になれる。断言してもいい。今の時点で、リョウマは大抵の事では困らない。
……ただ、それは言い換えれば“人の助けが必要ない”という事にも繋がる。
大抵の事が自分で出来てしまうから他人を頼る必要がない。
他人が助けようにも、下手な手助けは邪魔にしかならない。
優秀で何でもできてしまうばかりに、リョウマは孤独になる。
そうは思っていたが、実際に審判として試合を見ていると、その考えを大幅に修正する必要があると痛感した。
冒険者の仕事は常に危険と隣り合わせ。ランクが上がるほど危険度も上がり、安全な依頼も少なくなってくる。普通は低いランクで躓いて、一人の力の限界と仲間の必要性を痛感するが、リョウマにはおそらく当てはまらない。油断をして失敗すればまだマシだ。
“有能な新人ほど早く死ぬ”
慢心せず、真面目に仕事をすればするほど、低ランクの仕事で失敗する可能性は低くなる。腕が立つならなおさら早く。トントン拍子に上へ上がれる奴ほど、限界を知る頃には後戻りできない所まで踏み込んでしまう。
口にしなくたって、ある程度経験の長い冒険者なら誰でも知っている事だ。
“なんでこいつが”“あんなに強かったのに”“無理をしなければ将来は……”
ギルドでそんな声を聞く事も珍しくない。
才能の欠片もない愚図と呼ばれていた奴が、誰よりも長く現役を続けられたりもする。
だからギルドマスターも気にかけているんだろう。
俺にも分かる。リョウマ・タケバヤシには才能がある。そして早死にしやすい側だ。
それも当初の予想より数段上の実力で、もっとヤバイ所まで踏み込める。
止められる仲間もいないとなれば、
「何とかしたいんだろうな……何とかできるうちに」
矢の雨がハワードを打ちつけたのは、それから1分ほど経った時だった。




