リーダーは見た 2
本日、3話同時投稿。
この話は3話目です。
「そこまで! 勝者、ルーカス!」
俺の宣言とどちらが早いか。観客席から歓声が上がる。
教官同士の試合はつつがなく進み、第三試合ではうちのルーカスの勝利。勝っても負けても特に何もないが、仲間が勝ってりゃ嬉しいもんだ。
審判としては平等に接するけどな。
「それじゃ勉強の時間だ。二人とも、説明頼むぜ。まずはルーカスから頼む」
「分かった。俺の武器は最初にも紹介されたが、このハンマーだ。重くて取り回しが悪いなんて言われることもあるが、見てもらった通り、そんなのは腕力をつけて訓練を重ねれば十分に補える。そして何より、綺麗に入れば威力はでかい」
「僕も盾ごと弾き飛ばされたしね」
軽く笑いながら付け加える相手の剣士。右の片手木剣と左の盾を器用に使って戦っていたが、一度ルーカスのハンマーを真正面から受けたことで一気に分が悪くなった。
盾と一口に言ってもその種類は様々。しかしこいつが持っているような片手持ちの楯は、相手の攻撃を受け止める物じゃない。敵の攻撃を逸らす。受け流すためのものだ。
それに失敗し真正面からハンマーを受け止めた盾は軽くへこんでいるし、それを持つ左手はうまく力が入らないようだ。
試合を振り返りながら武器の特性を教える二人の話が終わり、次の参加者と入れ替わるタイミングで声をかける。
「カーマイン、手は大丈夫か? 怪我は?」
「かなり痺れてる。けど、痛みもないから大丈夫でしょ」
ハンマーは重さと威力が特徴。だからルーカスとこいつは他の参加者と違い、普段から使っているハンマーと盾で試合をしてもらった。
「ならいいが、無理すんなよ。一応リョウマの所に行っておくといい。回復魔法をかけてくれるぞ。スライムが」
第1試合が始まる直前に言われたが、ヒールスライムを連れてきていたらしい。
試合に備えて魔力を温存する代わりに怪我の治療を任せると言って、今も頭の上に乗せている。
「ちなみに教習期間中はタダだとよ」
「そりゃ嬉しい。この際全身診てもらうかー……でも余計なことして変な病気が見つかると怖いな……」
「いや、病気なら早く見つかった方がいいだろ」
つーか回復魔法で治せるのは怪我だけだ。それに変な病気って何か心当たりでもあんのか?
「ロッシュー! 用意できてるよ!」
「っと、今行く!」
次の試合の用意が整ったか。
「じゃあな。ちゃんと診てもらえよ」
カーマインと別れ、審判の仕事に戻る。
「では……魔法使いのルーシー対、双剣使いのボスコ! 第4試合、開始!」
再び上がる歓声。だが……
「うぉ、おぉっ!? おぁああああ!?!」
歓声に混ざる野太い叫びが、生徒を黙らせる。
その元であるボスコは体を地面に沈み込ませ、剣を手放してもがいていた。
自分の意思でやっているわけがない。
対戦相手のルーシーを見れば、やっぱりというかなんと言うか……すまし顔で俺を見ていた。
「あー……そこまで。この試合、ルーシーの勝ち!」
宣言したが、今度は歓声が返ってこない。
代わりに何が起こったのかわからない生徒のどよめきが伝わってくる。
まずはボスコを……何人か引っこ抜きに行ったからいいか。とりあえず怪我はしていないようだし、汚れは後でリョウマに頼めばどうにかなる。
治療もそうだが、裏方で地味に活躍する奴だよな……あいつ。仕事が早いし、ああいうのが一人いると楽で助かる。
「ルーシー、説明」
「はいはい。注目! えーっと、とりあえずこの状況は私がやった事なのは分かるわね?」
俺が勝利宣言したからな。生徒もみんな頷いている。
「そして私は“魔法使い”。当然ながらこの結果も魔法を使って引き起こしたわ。何の魔法を使ったか、分かる子はいるかしら?」
「土魔法!」
「水魔法だろ!」
「でも大人が首まで埋まってるし、土魔法でしょ?」
「地面をよく見ろよ。水魔法で地面をぬかるみにしたんだよ」
だいたい土か水の魔法って意見か。間違ってはいないが、それじゃ足りないな。
「土と水、両方を使った複合魔法ですか?」
おっ! って、なんだリョウマじゃないか。自然に生徒に混ざってやがる。
「リョウマ君、正解よ! ちょっと上級者向けの技術になるけど、魔法は1つの属性だけでなく、複数を混ぜることもできるの。それが“複合魔法”。使うのは難しいけど、魔法でできる事の幅が広がるわね。
たとえば私が使ったのは土と水の複合魔法で、“泥魔法”とも呼ばれるわ。“泥”という属性はないから俗称だけど、見ての通り地面をぬかるみや底なしに近い沼に変えることができるの」
「こいつはそれを使う準備を試合開始前に整えて、開始の合図と同時にボスコを作った沼に落としたわけだ」
ボスコは長所であるスピードを活かして堅実に戦う。別に弱いわけではないが、今回は泥で完全に長所を潰された。
「魔法を使うには集中力が重要だから、どうしても撃つ直前は無防備になりやすいの。だから魔法使いを目指す子はまず十分な間合いをとること。敵に接近されないように対策するのが基本ね。近接戦闘の技術を学んでおくのもいいわ」
指導内容は間違ってない。ただ欲を言えば、もう少しやり方を考えてやれよと思う。
今回の教官の中ではリョウマに次ぐ若手を、大人気ない潰し方しやがって。後ろで落ち込んでるぞ?
まぁボスコの勉強にもなるが……後でフォローはしておこう。
さて、そうなると次は早くも最後の試合だ。
2人と入れ替わりに、リョウマとハワードが前に出てきた。
「準備はいいか?」
「俺はいいぜ。リョウマは?」
「大丈夫です」
ハワードは枝を削って拵えた棒の先を布でくるんだ模造槍。リョウマは片手に弓を持ち、大きめの矢筒を肩に担いでいるが……
「その中身は」
「神頭矢に代えてありますよ」
ジントウヤ?
矢を見せてもらうと、先端が錘のような物に代えられていた。
「こういうのをリョウマの地元ではジントウヤって言うのか」
「そうですね。こちらではあまり一般的じゃないかもしれません。本来は木で作るんですが、今回は急だったので土魔法で」
「刺さらないだけで十分さ。よろしく頼むぜ、リョウマ」
「こちらこそよろしくお願いします、ハワードさん」
試合前だが、二人の間には和やかな空気が流れている。
いつも気楽なハワードはともかく、リョウマも緊張はしていないのか?
「年末の祝いの席の余興として、数年前までは人前で技を披露してましたから。恥ずかしながら、他にそういう席でできる芸がなくて。あと今年の創立祭では剣舞師の方と知り合って、舞台に上がらせていただいたこともあります」
「なるほどな」
「あっ、でも試合はあまり経験ありませんね……人に見せる時はいつも物が相手でしたし」
「人前でやるのは同じさ。気にせず思いっきり射ってきな!」
「はい!」
いい返事をしたリョウマが開始位置に駆けていく。
弓の利点がわかりやすいように強調するため、距離を大きく20mは空けてもらうことにしている。
「んじゃ俺も行くぜ」
「よろしくな。……ハワード」
「ん? どうかしたか?」
「油断するなよ? リョウマは中々腕が立つらしいぞ」
「ああ、あの話か。分かってるよ」
ほんの僅かにハワードは表情を引き締めた。いつも軽くてヘラヘラしているように見えるが、あれでやる時はやる男だ。心の内は表情以上に引き締まっているだろう。
「準備はいいか!?」
開始位置で向かい合う2人へ最終確認。
「いつでもいいぜ!」
「大丈夫でーす!」
なら始めよう。
「第5試合!」
審判として、気合を入れて声を張り上げた直後。
「開始――ッ!?」
唐突に。そして確実に。
押し潰されそうなほど重苦しいものに変化していく場の空気を、俺は頭よりも体と肌で感じた。




