トラブル発生
本日、4話同時更新。
この話は3話目です。
「どうした!」
ロッシュさんの後に続いて馬車の裏へ向かうと、獲物の解体作業場が騒がしい。
「何があった? 怪我は?」
「血抜きを始めたら急に桶の血が暴れ始めたんだ。そいつらが驚いただけで、怪我とかはねぇよ。でも何なんだこれ? なんか動物でも落ちたのか?」
「ああ、それは僕のスライムが入ってたんですが……おかしいな。どうしたんだ?」
ブラッディースライムからは、何か慌てているような雰囲気を感じる。
外敵となりうる存在の気配はないけど……!
「ガゼル君! さっき血抜きを始めた獲物はどれ!?」
「獲物? だったらほら、その一番端のやつだ」
「『鑑定』!」
吊り下げられた肉を調べる。
“グラスラットの死体”
草食性のげっ歯類。草原など草木の多い場所に広く生息する。
肉は新鮮だが、毒に侵されている。
この毒は経口摂取の場合、口中に傷などがなければまず無害。
食用は不可能ではない。
「やっぱり。これ毒が入ってる」
「毒!?」
「俺達そんなの使ってないよ!」
ガゼル君の仲間がそう言うが、鑑定では間違いなく毒と出ている。ただ、彼らが毒を使ってないのも嘘ではないだろう。
となるとおそらくどこかに……あった!
「これだ」
血と体毛で見えづらいが、前足の内側に2つ。横に並んだ小さな穴が開いている。
「蛇の噛み跡だ。おそらく君達に捕まるより前に、毒蛇に襲われていたんだよ」
その場はかろうじて生き延びたのだろう。だけど、巣穴に篭っていた所を狩りに来た彼らに捕まったんだ。そして体を蝕んでいた毒が血中に残っていたまま。血抜きによってスライムがいる桶の中に入った。
暴れているのは毒の混ざった血を避けようとしているのかもしれない。でも、
「おっ? 静かになってきた」
「……ブラッディースライムが血ごと毒を吸収しちゃったみたい」
「それ大丈夫なのかよ!? 薬とか、どうなんだ?」
このあたりの毒蛇の毒。それも経口摂取で無害となると、ブッシュスネーク……薬は一応あるが、人間用の飲み薬だ。血中に直接投与する薬ではない。まず毒性成分をできるだけ希釈したいな。
他の桶からもブラッディー達を回収し、少しでも多くの血を集める。
「グラスラットがあと7匹あったよね? 申し訳ないけど、その7匹も確認して毒が無いようであれば、その血を譲ってもらえないかな? 教習内容とは関係ないから、報酬も支払う」
「原因は俺らのミスだし、金ならいらねぇよ。なぁ?」
「あ、ああ。血ならべつにいくらでも持ってっていいんじゃないか?」
「あっても捨てるだけだしな」
「だな」
「ありがとう!」
早速他の7匹も確認してその血を流し込んだ。
「これで少しは毒が薄まってくれるといいんだけど……そうでなくてもブラッディースライムは栄養摂取ができる」
現状は苦しんでいるが、危機的状況とまでは言えない。ブッシュスネークの毒は弱めだし、ブラッディーには毒耐性がある。ポイズンほどではないけれど、多少の毒には耐えられるはずだ。しばらくは毒の希釈と栄養摂取で様子を見よう。スライムに試した事のない薬は最終手段だ。
「このまましばらく安静にさせるよ。ガゼル君ありがとう」
「ありがとうって、俺らはほとんど何もしてねぇよ」
「血をくれただけでも助かったよ。スライムのことは僕の不注意もあったから、そこは気にしないで欲しい。そっちの3人も」
声をかけた3人は返事をしてくれたが、どうにも気まずそう。
そんな彼らの後ろへロッシュさんが回りこみ、背中を軽く叩く。
「気にするなってのは無理かもしれんが、そうしてても何も変わらないぞ。しょぼくれただけで終わりにするんじゃなく、今回の事を反省して次に活かすことを考えろ。リョウマ、それでいいんだよな?」
「はい。その通りです」
今回は経口摂取だとほぼ無害な毒だが、毒に気づかず肉を食べていたかもしれない。もしも毒が経口でも関係なく有害だったら危険。最悪の場合はその時点でアウトだ。
「いいか? 人は何かに慣れ始めた頃、気が緩んでミスをしやすくなる。そして冒険者はその気の緩みが致命的なミスにも繋がりやすい。これを機会に、得意な狩りでも気を引き締め直すんだな」
「「「「はい!」」」」
「なら作業の続きをやっていけ。リョウマ、スライムの治療は俺にはよく分からん。でも何かできる事があれば言ってくれ。できるだけ対応する」
「俺らも!」
ロッシュさんの言葉に続き、ガゼル君達も協力すると言ってくれた。
何かあれば頼らせてもらおう。
翌日の早朝。まだ日も昇る前……
「あ、交代の時間ですか?」
「おう」
「お疲れ様。代わるよ」
ブラッディースライムを入れた壷を携えて、様子を見ながら仕事をこなしていたら、交代の人が集まってきた。
「スライムが毒を飲んだって聞いたけど、どうなんだい?」
「おかげさまで、だいぶ落ち着いてきました」
見張りの時間中。事情を知った教官や生徒の皆さんが、俺がスライムの世話をしやすいように少し融通を利かせてくれたのだ。だから“見回り”と称して野営場から離れない範囲で獲物を狩り、その血をブラッディースライムに与えることができた。おかげでブラッディー達は無事に峠を越えたようで、まだ弱ってはいるものの、毒を飲んだ直後のように苦しんでいる様子はない。思ったよりも回復が早かった。
「よかったね」
「はい、皆さんのおかげです」
「にしても、リョウマ君は本当にスライムを連れてるんだな」
? どういう意味だろうか? 声色からして、なんでそんな弱い魔獣を連れているの? という意味ではなさそうだが……
「もしかして、自分がなんて呼ばれてるかを知らないのか?」
「“スライムを連れてる冒険者”って言えば、最近はギムルの人なら誰でも君の事だって分かるんじゃないかな?」
「……そうなんですか?」
「廃坑で大暴れしたとか、珍しいお店を開いてるとか、それなりに有名だと思うよ」
「顔と名前までは知ってる奴は少なくなるだろうけどな。俺もお前がそうだと、最初は分からなかったし。顔合わせの時点でスライムを見てたらすぐ分かったと思うぜ」
へぇ……知らないうちに、街ではそこまで有名になっていたのか。
何だか少し気恥ずかしくなったので、話はほどほどにして、休ませてもらう。
「明日もあるからね。もう今日だけど」
「ゆっくり休めよ」
「おやすみなさい」
こうして拠点に戻ったはいいが……ブラッディーの体調が気になり、眠気がまったく感じられない。状態は安定はしているので心配は無い。……はず、なんだが……考えてみたらポイズン以外のスライムが毒を飲むのも久しぶりだな……
進化実験のために、昔はスライムに毒草を与えていた事もあるけれど、自分から好んで食べる個体を選べばほぼ安全に進化させられる。それが分かって以来、スライムに毒を飲ませたのは初めてだ。記憶に間違いがなければ。
「……『魔獣鑑定』」
なんとなく毒を飲んだブラッディースライムの1匹に魔獣鑑定を使ってみた。
ブラッディースライム
スキル 吸血Lv5 消臭Lv3 病気耐性Lv3 毒耐性Lv2 擬死Lv10 消化Lv2 吸収Lv4 分裂Lv1
……前と比べて、吸血と毒耐性のレベルが1つずつ上がってるな。
吸血はこれまで食事をさせてきた結果として、毒耐性……これまで毒になるようなものは与えていなかったはず。病気耐性には変化なし。元のレベルが比較的高いから変化がないだけで、餌の血に何かが混入していた?
……いや、それはない。ブラッディーにはこれまで俺自身が狩って与えた新鮮な血か、ジークさんの肉屋で管理された血しか飲ませていないはず。それが原因でないとなれば、毒耐性のレベルが今回の事で1つ上がったということになる。
現在状態が安定していることと、毒耐性レベルの上昇。
「……この短時間で克服した?」
そもそも毒耐性スキルとは呼んで字の如く、毒への耐性。毒に対する抵抗力だ。剣術や槍術のような技術ではなく、体質的なものであり、病気耐性と同じく生来の体質や経験によって培われる。
免疫機能に関係がありそうだ。とすると、毒耐性は“抗体”?
それにしたって一晩でできるわけが……………………もしかしてスライムだからだろうか?
原初のスライムは環境に適応する性質と繁殖力を与えた魔獣だと、そう話していたのはこの世界とスライムを生み出した創造神に他ならない。間違った情報である可能性は限りなく低い。
その適応力がブラッディースライムにもあったから、一晩で毒を飲んでも生きられるように適応した……確証はない。確証はないけれど、
「ブラッディー、血、希釈した毒、抗体……これってもしかすると、“抗血清”が作れるんじゃ……」
ふとした思い付き。だけど、調べてみれば抗体の有無は分かるかもしれない。
「少し体をもらうぞ」
毒を飲んだブラッディースライムから、サンプルとして体の一部を採取する。
……酸や毒液、消臭液などと同じく、ブラッディースライムの血は採取できた。
普通のスライムは死ぬと跡形も無く消えてしまうが、上位種に進化するとその性質まで餌となる物質に近くなるのだろうか?
……これはすぐ考えなくて良い。今は血清だ。
血清は血液に含まれている物なので、錬金術で分離。
しばらく置いておくことでも分離はできるはずだが今は一刻も早く結果を知りたい。
「『鑑定』!」
容器に残ったオレンジ色の液体に鑑定をかけると……
“血清”
ブラッディースライムの体液から錬金術によって抽出された血清。
ブッシュスネークの毒に対する抗体が含まれている。
「っ!」
ブラッディースライムの血清に、抗体が含まれていることが証明された瞬間だった。
適応力についてはまだ、推測の域を出ていない。
けれど、こうして抗体を含む血清が確認された。
今回のブッシュスネークの毒には人間用の解毒剤がある。しかし全ての毒に解毒剤があるわけではない。“蛇の毒”と一言で表現しても、その成分は蛇の種類や成長具合でも変動する。よって毒物として認知されているが、解毒方法のない毒は数え切れない。
……この血清を人に投与して抗毒血清として利用できるか、そして安全性についてはまだ分からない。しかし過去の地球では馬に抗原を打ち、その血から作った血清を治療に用いていた事実がある。可能性はゼロじゃないはずだ。
なによりこうしてできた血清には、コストがかかっていない。
緊急時のために保存方法についても考えるべきだが、毒の種類によっては、抗体を用意してあればその場で作っても間に合う。
将来的にブラッディーの数が増えていけば、それだけ量産も可能だろう。
万が一の場合を考えると、ぜひ備えておきたい。
しかし、これまでいくつも地球の知識を利用してきたが、血清の発明は地球の医学に大きな影響を与えている。……今回ばかりは事が大きくて、慎重にならざるを得ない。
血清については、こっそりと研究することにしよう……
 




