仕事と評判
本日、4話同時更新。
この話は2話目です。
「採れたか?」
「もちろん!」
「おっ」
続々と生徒も帰ってきているようで、野営場全体が騒がしくなってきた。
「んー……?」
窓のほうに目をやると、馬車の傍に人だかりができている。
「食料の確認か」
チェックを強化すると話していたけれど、帰ってくる生徒が多くて手間取っているようだ。
担当時間より少し早いけど、教官として仕事しとこうか。
「おつかれさまでーす! 手伝います!」
「助かる!」
「食料の確認手伝ってくれ!」
「了解! 次の方! こっちでも確認できますよー!」
ぞろぞろと並んでいた順番待ちの生徒が1人、俺の下へ歩いてくる。
「お願いします」
「はい、承りました。沢山採れてますね」
馬車の荷台を使い、受け取った袋の中身を確かめる。
……この人はそこそこ植物の知識があるようだ。木の芽や食べられる野草を中心に採取している。しかし……
「ほとんど大丈夫ですが、このキノコはダメですね」
「えっ!?」
「食用のアカカサタケに似ていますが、傘の裏をこっちの本物と見比べてください」
「あっ、違う」
「はい。傘の裏まで綺麗に赤いのが食べられる“アカカサタケ”。くすんで茶色に近いのは有毒の“ベニカサタケ”なんです。これを食べた場合、腹痛から始まり下痢や嘔吐、めまいも起こす毒キノコなので注意が必要です」
「そうなんだ……」
「とりあえずこれはこちらで回収させていただきます。でも他の食料はちゃんと食べられる物だけを選んで採取できているようですし、悪くない成果だと思いますよ」
「ありがとうございます」
「はい。それでは次の方!」
「うーっす」
んー。今度の人も食べられる物は見分けられるようだけど、採り方が悪い。この木の芽は食べられるが、摘むのは一番上の“頂芽”だけにすべき。その横から生える2番芽や3番芽まで採ってしまうと、手元の食料は増えるが次の年に採取ができなくなってしまう。
またこの芽をつける木そのものが弱いので、丁寧に採らなければ折れやすい。実際に袋には枝ごと2番芽、3番芽まで持ってこられているものもある。
こうして見つけた問題点について説明と注意を続けていると、植物以外を持ち込む生徒も現れた。
「すみません、解体の仕方を教えて欲しいんですが」
「解体の仕方ですね。それならあっちの、彼が担当していますよ」
馬車の陰から他の男性冒険者の存在を教え、そちらに行ってもらう。
俺は現在、植物とキノコ担当なのだ。
「獲物の処理は血抜きからだ。分かったな?」
「はい!」
「だが作業は周りに注意して、できる限り安全な場所でだ。血の匂いで寄ってくる魔獣もいるからな。今回はいいが、野営場所からは離れた所でやったほうがいい」
「どうしてもやらないといけない時は?」
「そういう時は穴を掘って抜いた血やいらない部位を埋める。やらないよりは断然マシになるからな。懐具合と荷物に余裕があれば、こいつを一本買っておくといいぞ。バンブーフォレストの“消臭液”だ」
あれ? うちの商品じゃん!?
「消臭液?」
「知らないか? 今年になってから安い値段で洗濯を請け負う、バンブーフォレストって店ができたんだ。そこで売ってる。強力なやつならゴブリンの返り血の匂いも一発で消してくれるから便利だぞ。獣人族だと一度使って手放せなくなった奴もいるみたいだ。今のところ店のあるギムルかレナフにしか出回ってないみたいだけどな」
野営にも使われていたのか……自分が売ってるのに知らなかった。
「次の人ー、あれ?」
今の人が最後だったのか。順番待ちの列がなくなっている。
「リョウマ君、そっちは終わった?」
「ミミルさん。そうみたいです」
「じゃあ食べられない物を集めてくれないかしら? 処分したいから」
「分かりました。……ところで集めた毒キノコって貰えたりします?」
「毒キノコを? 処分するだけだし、構わないけど……あ、スライムの餌にするの?」
「はい。人間には毒でも、ポイズンスライムの餌には丁度良いので」
「そういうことなら持って行っていいよ。でも間違えて食べないようにね」
「ありがとうございます!」
許可が出たので片づけを済ませ、他の担当者からも食べられない物を回収。ついでに解体を教えていた男性とも話を付けると、血抜きで出た血を貰える事になった。
一度自分の拠点へ戻り、毒キノコの類をディメンションホームへ。代わりに瓶に詰めたブラッディースライムを持って戻る。
「お待たせしました」
解体の作業場では、木で組まれた台に吊り下げられた獲物が血を滴らせている。
「俺らは特に何もしなくていいんだよな?」
「そうです。タライの中にスライムを入れるので、あとは普通に血抜きをしていただければ、大丈夫です」
説明しながら、血を受け止める3つの大きなタライにそれぞれ3匹ずつ、ブラッディースライムを注ぐ。
順調に数を増やしているけど、それでもまだ2桁に届かない。もっと早く増えないか……
それにしても相変わらず血だまりに混ざると見分けがつかないな……
「リョウマくーん!」
「はーい! ……何でしょうね? すみません、行ってきます」
呼ばれたようなので、急いで馬車の裏へ回る。
「あっ、いた!」
「お待たせしました」
すると、俺を待っていたのは女性の教官と男の子だった。
「どうされました?」
「買った薬が効かないんだよ」
「だから偽薬でも掴まされたんじゃないかって言うんだけど、私じゃそこまで分からないの。君、薬に詳しいって言ってたよね?」
「それなりの知識はありますが、とりあえず薬を見せていただけますか?」
偽薬? そんなの普通の店で買ったなら、まず掴まされることはない。
「これだよ。薬屋に少し高いけどよく効くって薦められて、奮発したんだ」
「どれどれ……」
服の上から痒そうに肌を擦る男の子から小瓶を受け取り、中身を確かめると概ね理解できた。
「これっていつから、何回くらい使いました?」
「使い始めたのは今朝から。効かないから5回は塗ったかな……」
「わかりました。これ偽薬じゃなくて劣化してるだけですね」
「劣化?」
「直射日光の当たる所に瓶を置いてませんでしたか? これ、確かに少しお高めの材料で作られる虫除けですが、日光に弱いんです。だから日の当たらないところで保管しないと効果が落ちるんです。
あと肌の弱い人だったり、あまり使いすぎたりすると皮膚を荒らすこともある薬なので、その痒みは虫刺されだけじゃ無いかもしれません。このあたり購入の際に説明は」
「無かったよそんなの!」
彼が聞き逃したか、本当に説明されなかったのか。それは分からないが、とにかく薬は本物だ。
「解説ありがと。そこまで分かれば後は私が話すよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「すみませーん」
「はい、今行きますよ!」
……俺に質問してくれる人、結構いるんだな……
初日の雰囲気からあまり頼りにされないかと思っていたが、意外にも忙しい。
とにかく質問してくれた方にはできるだけ丁寧に返答し、指導を試みること1時間。
冬が近いせいか、最近は日が暮れるのが早い。生徒も大半が帰ってきたようで、質問の波も落ち着いた頃。
「リョウマ、ちょっといいか?」
「何でしょう? ロッシュさん」
「まだ帰ってこない奴らがいるんだ。初日から騒ぎを起こした4人組なんだが、見てないか?」
「あの4人……だいぶ前に林で仕事用の獲物を探しているのを見ましたが、それ以降は。少なくともここには来てないと思います」
「そうか、んじゃちょっとそのあたりを見てくるか。林だな?」
「見かけたのは林です。けど……ちょっとお耳を」
「ん?」
「……あの4人、どうも罠依頼を受けたようです。ロックリザードが林で見つからないから、草原の方に行くかとか相談していました」
だから林にいる確証は無い。
「そうか。ならそっちにも誰か送ったほうがいいか…………いや、必要ないみたいだ」
「?」
いきなりそれまでの発言を翻したロッシュさん。どうしてかと聞く前に、彼の太い指が俺の背後を指し示す。
「……なるほど」
そちらを見れば、無事に歩いてくる例の4人組の姿。動きがやや鈍いように見えるが、怪我をしている様子はない。疲れか抱えている獲物の重みだろう。
「遅かったなー」
「すんません!」
「獲物を獲るのに時間かかっちまった」
「そのぶんしっかり獲ってきました!」
「見てくださいよ、これ!」
4人はロッシュさんにそれぞれ返事をして、自分の獲物を見せ付けるように掲げた。
「グラスラットか。それも8匹も」
「うっす」
「俺ら狩りが得意なんで」
「巣を見つければこれくらい軽いぜ!」
「おいバカ! すんません」
ん? なにこの対応。俺が声をかけたら、借りてきた猫のように大人しくなった。
「あの~……僕、何かしました?」
「あんた、バンブーフォレストの店長なんだろ?」
4人の中で一番気軽に声をかけてきた子が店の名前を口にした。
「そうですが、店と関係が?」
「あんたんとこの店、俺らスラムの人間にも親切にしてくれてるんだろ? だからあんたの店と関係者には迷惑かけんなって言われてんだよ」
「言われてる?」
「スラムの大人にな。ほら、俺らって貧乏人だろ? 悪い事してなくても、俺らみたいなのが近づくのを嫌がる店とか、追っ払おうとする店もあるんだよ。露骨にじゃなくて態度が悪いとかだけどさ。そういうのってすぐ広がるんだよ。別にわざわざ迷惑かけに行ったりはしないけど、何かあったら危ねーから子供は近づくなとか、そういう風に言われるんだ。
逆にあんたのとこみたいな親切にしてくれる所には、さっきも言ったけど迷惑かけんなって話になる」
良い評判も悪い評判も、仲間内で共有しているのか。
「店長が子供って話と、不良冒険者やゴロツキをボッコボコにして警備隊に突き出してたって話はだいぶ前から聞いてた。けど俺ら、あんたの顔までは知らなかったんだよ。そんで昨日のアレの後で噂の店長だって分かってさ、こいつらちょっとビビってんだよ。大人に怒られるか、直接ボコられるかって」
「ビビってねーし!」
「丁寧に話そうとしただけだって」
「そうだよ」
仲間からのブーイングを受けながら、事情を説明してくれた男の子は笑っている。
しかし、
「理由は分かりました。でも昨日の事は別に気にしてませんし、多少気に入らないくらいでボコりはしませんよ? 殺しに来たならともかく」
「な? 言ったろ、そうじゃなきゃ大人にも近づくなって言われるって。あ、俺ガゼル。よろしくな!」
「あぁ、こちらこそよろしく」
なんだか素直そうな子だ。この子らがベック達とよくいがみ合うと話に聞いていたけど、陰湿な感じはしない。どちらかというとさっぱりした方? 子供ならこれくらい元気なほうが良いのかも……と、個人的に思うくらいだ。
「そうだ、獲物を解体したいんだけど決まった場所ってあるか?」
「それならあの馬車の裏にあるよ」
「サンキュー。んじゃ捌いてくるよ。行こうぜ!」
ガゼル少年は仲間を連れて、馬車の裏に消える。
「元気な子でしたね」
「だな。ああいうのが1人いるとパーティーの雰囲気が明るくなる。まぁ、元気が有り余って問題を起こすこともあるんだが……昨日はリョウマも現場に居合わせたんだったな。話してみたら悪い奴じゃなかったぜ。ただ、素直になれないって感じだったな。お前も若い頃……」
言いかけて、口をつぐんだロッシュさん。
「どうされました?」
「いや。若いも何もまだ10かそこらだったよな……と。お前の姿を見ずに話してると、なんか子供と話してる気がしないな。もっと年上の奴みたいな気がしたぞ」
「よく言われます」
おっさんが混ざってるからな。心の中は同年代だろう。
「ところでロッシュさん。さっき彼らが、僕の話を聞いたとか言ってましたが」
「教官の中で一番若い。生徒から見ても自分より年下。それが野営の度にあんな家建てていれば目立つだろうよ。大方それで誰かが聞かれたか、話したんだろ。
生徒はまだ登録したばかりの奴らが多いが、教官は例のゴブリン討伐に参加してた奴らも多い。不良冒険者グループやゴブリン相手に大暴れして、店持って、強盗相手を返り討ち……こんだけやってりゃ新人だって、どれか1つくらいは話を聞いてたっておかしくない」
確かに、結構暴れていたけども。
「それで今回、噂の本人だと知れ渡ったと」
「だな。舐められないだけいいじゃないか」
「そうかもしれませんね」
良し悪しはいまいち判断つかないけれど、それなりに実力は認めてもらえたか。
なにはともあれ、これで生徒全員の無事が確認された。
輝く星空の下、野営場には生徒達の焚き火がゆらめいている。
夕食をつくるため。夜風で冷えた体を温めるため。
焚き火をかこむ生徒達の笑顔を眺めていると、気分がだんだんと穏やかになってくる。
「うわっ!?」
「なんだぁ!?」
「!?」
しかし、そんな時に限って問題は起こるようだ。
静かな野営場に、突如として誰かの叫び声が響く。




