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スラムの見方

本日、5話同時更新。

この話は2話目です。


 翌日


 コーキンさん達を雇う前に訪れて以来、ここに来るのは初めてだ。


 スラム街では大きめの家の扉を叩くと、魔力を感じたと同時に扉が開かれる。


「入ってくれ!」

「失礼します」


 声に従い中へ。そこにはやはり前と変わらない男性がいた。


「お久しぶりです。リブルさん」


 昨日の噂が気になったため、ドルチェさんに頼んで誰か事情に詳しい人にアポイントをとってもらった結果、紹介されたのは彼だった。スラム街の相談役や役所に対して団体で交渉する際の代表を務める立場なので、ドルチェさん曰く、彼以上の適任者はいないとのこと。


「お忙しい中、お時間を割いていただきありがとうございます」

「話くらいならかまわねぇさ。そこの椅子、使ってくれ」


 部屋の隅に置かれた椅子を借りて、彼の対面へ。


「軽くドルチェから聞いたが、また人を雇ってくれるらしいな」

「限られた時間だけですが、現在受け入れる用意を進めています」

「十分さ。知っての通り、最近ここらには不安を抱えてる奴が増えていてな……聞きたいのもその話だろ? 具体的に何が聞きたい?」

「差し支えなければ、最初から全部ですね」

「噂について調べてると聞いたが? もう知ってる事もあるだろう」


 噂についてはカルムさんが調べたのを聞いた。そして昨日は偶然顔を合わせた役所のトップからも話を聞いた。しかし、スラムの状況についてはほとんど何も知らない。せいぜい2人の話に出て、そこから推察した程度。また、その推察が正しいかも分からない。


 間違った噂や役所と住人の間に認識の齟齬があるかもしれない。


 それに、こちらにはこちらの言い分もあるだろう。それが知りたい。


 できることがあれば協力したいが、余計なお世話で逆に邪魔をしたくは無いのだ。


「そういう事なら…………まず噂が出回った原因と、俺達が役所を信じきれねぇってのは間違ってないな。役所の調査は前々から受け入れてたが、立ち退きを要請される奴が出てきてから徐々に不安を募らせている」

「信用できない理由は、やはり?」

「上に立つ奴が変わったのは皆知ってるさ。ただ、それで以前の扱いが無かったことになる訳じゃねぇ。ここの皆が、前の連中がやった事を忘れるにはまだ早すぎるんだよ」

「まだ一年も経ってませんからね……」

「ああ……俺としては、今の役所の頭は信じてみても良いと思うがな」


 おや? こう言っては失礼かもしれないけど、ちょっと意外だ。


「どうしてベルンハイドさんなら信じてみてもいい、と?」

「お前みたいに、ここに来たのさ。そんで向こうの状況とここの環境、それから要求の理由なんかもしっかり話して帰ったよ。道路の占拠、通行の邪魔、倒壊の危険……そこに関して、あいつの言い分は真っ当だったと思ってる。前は調査も指導もろくに来なかったからな……連中の怠慢につけこんでた部分もあるよ。そこは言われても仕方がない」


 だが……と、潔く言い切った後に言葉が続く。


「役所が汲み取り槽の掃除の給料を出し渋ったことで、家を失った奴らもそれなりにいる」

「……」


 言葉が出てこない。


 とにかく黙って説明を聞いてみると、どうやら汲み取り槽の掃除で生計を立てていた人々の一部は、減給により家賃が払えなくなり借家を追い出されていたとのこと。その結果として路上での生活か、廃墟での生活を選ばざるを得なかった人がそれなりにいるのだそうだ。


 つまりかつての役所の所業が、路上生活者を増加させていた事実がある。


 被害者にとっては自分の家を奪った相手が、路上に住まずちゃんとした家に住め! と言うようなものか……


「おおむねそんな感じだ。だから反感も強い。家の無い奴はできるだけ知人の家に間借りしているが、それは家を失った時から皆始めている事だ。いまさら役所に言われたからって、そう簡単には減らない。有志を募って、建築関係の技能を持ってる奴を中心に補修なんかもやってるが、どうにもな……」

「そうでしたか……」


 住民の間で打てる手はもう打っているようだ。


「何か新しい手を捜しているところさ……あとは役所の、あのアーノルドって若いのは俺達に仕事を用意してるらしいが、それも警戒してる奴が多い。上の人間が変わっても、どうせやる事は変わらねぇだろ、ってな」


 先ほど聞いた事情を加味すると、被害にあった方の心境としては仕方ないのかな……という気もしてくる。信用を回復しなければ…………ん?


「すみません。1つ質問です」

「何だ?」

「生活はできているのですか?」


 たしか俺が汲み取り槽の掃除をした後、次の日だったかな? 仕事の報酬を受け取った時……


 “ここは鉱山に近いから、力仕事や汚い仕事を厭わなければそれなりに仕事がある”

 “よそで稼げるなら汲み取り槽掃除の仕事にこだわる必要は無い”


 この理由でスラムの人が汲み取り槽の掃除を断ったと、ウォーガンさんが言っていた気がする。


「ああ……事件の直後で多少意地になっていた部分はあるが、メシなんかは助け合えばなんとかなるな。役所が何も言ってこなければ、騒ぎにもならなかっただろう」

「この際役所の信用云々は置いておいて、仮に住居の問題が解決できたとすればどうなるでしょうか?」

「役所に文句をつけられる筋合いはないし、噂も落ち着くだろうが……それがどうした?」

「……僕はちょっと見るべきところがズレていたかもしれません」


 最初に“スラムの人が仕事を求めている”と聞いていたからか、俺は収入や経済面を気にしすぎていたかもしれない。彼らがお金を求めているのは住居を手に入れて、生活も成り立たせるため?


「そうだな。家を借りるなら家賃が今より負担になるし、一度家賃滞納で追い出されると次に家を借りるのが難しくなる。同じ街ならすぐに情報が同業者の間に流れるから、他所でも警戒されるんだ。何とか借りられても家賃が払えなきゃまた路上に戻っちまう」


 ……役所の信用問題など様々なことが絡んでいるけれど、住居の問題さえ解決できれば一時的に状況が落ち着くかもしれない。しかし焦点を絞っても、考えるべきことは多い。


「積極的に仕事を探してる奴らはまだ良い方だ。自分で路上生活から抜け出す気持ちがあるからな。その気持ちが無い奴には。仕事に金に家、全部そろえてやっても上手くいくとは限らない。最初は良くてもいつの間にか路上に戻ってることだってある。……事情は人それぞれってやつさ」

「本当に、難しいですね……」


 ……もしも、俺が彼らと同じ状況になったらどうするだろう?


 ……土地があれば自分で建てるか直す。無ければ街を出る。


 ……自分を基準に考えてもまったく参考にならない。


 その後もしばらく話を聞いてみたが、結局は気長に様子を見ながら、できることをやり続けていくしかないという結論に至る。


「俺達のことを考えてくれるのは嬉しいが、そんなに悩むなよ。こいつは俺達と役所の問題。安全な仕事を用意してくれるだけで、十分に協力してもらってるからよ」


 帰る前にそう声をかけられ、俺は一礼してリブルさんの家を後にした。







 役所といがみ合いを続けても得にはならない。それはほとんどの人が理解しているそうだけど……っと、考えているうちに我が家に着いてしまった。


「『ディメンションホーム』」


 従魔を解放。


『ピロロロロッ!』


 真っ先に飛び出したのはリムールバード。6羽揃って空高く舞い上がった後、無数の廃坑を品定めするように入り口へ近づいては離れる。またどこかに何か住み着いたか? 今度から入り口は埋めていくかな……ただ勝手に住み着いた生物はリムールバードの、余ればスライムの餌にもなるので悩みどころだ。


 とか考えていたら軽い破裂音が聞こえた。


 リムールバードが獲物を見つけたか。後で確認に行かないと……?


「……何か動いたような……」


 カモフラージュとして建てた家の隣。炭焼き用の窯の入り口に違和感。


 近づいてみると、灰で何かが這った跡が残っている。


「……あ!」


 注意して窯を覗いてみれば、必死に灰の中へ潜り込もうとしているスライムが1匹。


 即座に契約を行い確保した。


「ただ迷い込んだだけなのか?」


 分からない。いつからここにいたのかも分からない。しかし、このスライムはどうやら灰を食べていたようだ。窯に残っていたはずの灰の量が記憶よりも少ない。試しに灰を与えてみると、喜んで食べている。


 これはまた新しいスライムに進化する可能性が?


「この前のフラッフスライムも仲間に入ったし、一度何かにまとめておくか」



 廃坑内の部屋に場所を移して、スライムの種類を書き綴る。



 俺が現在飼っているスライムは……


 ・ポイズンスライム

 ・アシッドスライム

 ・スティッキースライム

 ・クリーナースライム

 ・デオドラントスライム

 ・スカベンジャースライム

 ・メタルスライム

 ・アイアンスライム

 ・ブラッディースライム

 ・メディスンスライム

 ・ヒールスライム

 ・アーススライム

 ・ウインドスライム

 ・ダークスライム

 ・ライトスライム


 そして昨日までの旅で新しく加わったのがフラッフスライムとドランクスライム。


 計17種類。


 先ほど捕まえた灰を食べるスライムは進化を待つとして……実はまだ見ぬ種類に進化する可能性を秘めたスライムはこの一匹だけじゃない。アシッド、クリーナー、スティッキーの三種類からも、明確に好む物を見つけた個体がでてきていた。


 この機会にまとめておくことにしよう。


 まずアシッドスライムが好んだのは、石鹸作りで使用した“苛性ソーダ”および作業後のアルカリ溶液。これらはそのまま捨ててしまうと危険なので、中和するためにアシッドスライムを利用した。その際、中和後に残った液を飲み始めた個体を発見。


 それ以来石鹸作りのついでに中和後の液を与え続けたところ、最近は苛性ソーダをそのまま体に取り込み吸収するようになった。現在、進化待ち。


 クリーナースライムも発見のきっかけは石鹸作り。こちらは苛性ソーダには興味を示さず、完成した石鹸だけを食べている。こちらも進化待ち。


 最後のスティッキースライムは、俺がタンポポコーヒーや種のために育てていたダンテの()を好んで食べる。創立祭の準備期間中に発見。種や根を食べてもいいのに、なぜそこなのか……前述した2種類はまだいくつか候補が思い浮かぶけれど、この個体だけは何に進化するかがまったく予想できない。要観察。進化待ち。


 灰を食べるスライムと合わせて、進化する日が楽しみだ。

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