研修への誘い
本日、9話同時更新。
この話は9話目です。
数日後
俺達がギムルに戻ったその足で冒険者ギルドへ報告に向かうと、すみやかに会議室が用意された。
「待たせて悪いな。おおまかな経緯はリョウマからの連絡が届いてる。無事で何よりだ。早速だが詳細な報告を頼むぜ」
ギルドマスターの一言で、アサギさんからの報告が始まる。彼の報告は要点がまとめられていて分かりやすく、所々に確認は入ったものの10分もかからなかった。
そして俺達に退室の許可が出た後、
「おっとすまん。リョウマだけ少し残ってくれ」
俺だけが呼び止められた。
なぜかは分からないが、ギルドマスターがそう言うなら仕方がない。
会議室は俺とウォーガンさんの2人きりになった。
「ちょっと待てよ……確かこのあたりに入れたはずなんだ……」
室内に書類の束をめくる音だけが響く。
「……あった! こいつだ。お前さんが予定よりだいぶ早く戻ってきたからな。今ならまだ申し込みが間に合うんだ。参加してみないか?」
手渡された書類は、新人冒険者向けの教習会について書かれていた。
……これによると教習会は5日後の朝から5日間。教習内容は冒険者として活動していくために必要となる“野営技術”。これを“毒虫の原”と呼ばれる場所に赴いて実践形式で学ぶ。
書類の下部がそのまま申込用紙になっていて、名前を記入して提出すれば参加できるようだ。
それ自体は何もおかしくはないけれど……ただ一点、申込用紙が教習を受ける生徒用ではなく、教官用と書かれている。
「野営の、それも新人向けの教習だぜ? 雪山とか特別過酷な環境に行くでもないんだ、森の中で何年も隠れ住んでた奴が今更受けてどうすんだよ」
ごもっとも。だから技術を教える側での参加か。
「それもある。だがこの依頼は長い目で見ればお前さんのためにもなるはずだ」
「と、言いますと?」
「お前さん、シュルス大樹海へ行くためにランク上げるつもりだろ? 冒険者のランクってのは腕っ節だけで決まるもんじゃなくてな。こういう依頼を積極的に受けておくと、ほんの少しランクが上がりやすくなる」
へぇ……そうなのか。
「もちろんそのランクでやっていけるであろう実力を備えている事が大前提だけどよ、組織としちゃあ常に下の奴らが育っていかないと困るんでな。その手助けを積極的にやる奴は少し優遇することになってんだ。お前さんの場合は実力には問題ないだろうが、歳の方がやっぱあれだ。若すぎる。
そもそもあの樹海に入れる“Cランク”ってのは、さらに上へ行くのを諦めて程々に稼ぎながら引退していく連中が一気に増える。普通の奴なら何年も活動してようやく到達できるランクだ。早く上げたいならこういう依頼も受けた方が良い」
「なるほど……」
「それにランクを上げていくと依頼の危険度も難易度も上がるんだ。1人じゃ受注できない仕事も増えて、初対面の相手と即席のパーティーを組んで動くこともあるだろう。
……登録した時から様子見てて思ったんだけどよ。お前さん、1人で自由にやるのが好きなだけで協調性がないわけじゃないだろ? 今回と汲み取り槽でアサギ達とは2回。ミーヤ達とは廃坑も入れて3回。そんだけ組んで誰からも悪い印象を受けたって話は聞いてねぇし、面倒には思うかもしれないが他人と足並みを揃えられないことはないはずだ。悪いことは言わねぇ。今のうちにもう少し他人と組んで慣れとけ。知り合いじゃない奴ともな」
そう考えると、この依頼はそれに都合の良い依頼か。
「俺はそう思うぜ。さっき話した即席パーティーも、リーダーを任されるのは大抵一番ランクが上か実力のある奴だ。お前さんは上に行けそうだから言うが、その時になってからできませんじゃ情けねぇぞ」
……ギルドマスター直々の推薦だしなぁ……利益もあるし、不得意なりにやってみるか。
「承知しました。この依頼、請けます。しかしこの資料には行き先と日程しか書かれていませんが、他の教官は?」
事前に指導方針などを相談しなくて良いのだろうか?
「ああ、そこらへんはあまり気にしなくていい。当日の朝に簡単な顔合わせをするから、そこで十分だ」
詳しく聞くと、どうも俺が想像していた教習会とは若干やり方が違うようだ。
まず、生徒である新人冒険者は個人か自分のパーティーで参加。彼らは彼らで野営の準備をして集合し、教官役の冒険者たちと共に街を出る。ただしこの時生徒に担当者をつけたりはしない。
「指揮はこっちで選んだ経験豊富な奴に任せる。お前さんはその補助ってところだ。必要な用意を整えて指定の時間に集まってくれ。野営の指導に関しては、お前さんは自分のやり方で野営をすれば良い。他の教官役も同じように自分のやり方で野営をするよう指示してある。
一口に野営と言っても事前に用意した道具を持ち込む、その場にある物でなんとかする、方法はいろいろあるからな。それを間近で見て覚えられればいつか役に立つ」
だから各自のやり方に任せるのか……
「指導も余計な手や口は出さなくていい。お前さんらのやり方を見て学ぶ気のある奴は学ぶし、もし何か聞かれたらその時は丁寧に答えてやればいいんだ。教官役の仕事は安全確保が中心だな。よっぽど危ないやり方をしているのを見たら止めてくれ。だが回復魔法で治るなら多少の怪我も許容範囲内だ」
なんともざっくりとした指導方針だ。もしや生徒が失敗して痛い目を見ることを前提としているのかもしれない。そして取り返しのつかない事にならないよう見ておくのが教官の役目。
……その方が生徒はよく身につくか。しかし、教官役にとっては普通に教えるより負担が大きいかもしれない……
「お疲れ様です、メイリーンさん」
会議室からの退室後。
指定された場所にディメンションホームのトレント材を預けて受付を訪れた。
「あらリョウマ君。報酬の受け取りね」
「それから来週の教習会の参加申し込み。あとまた情報を買わせていただきたいのですが」
ギルドカードと申込用紙を提出。
「情報なら……はいっ。これでどうかしら?」
受付の下から取り出された冊子は、“毒虫の原”に関する情報をまとめてある様だ。
「“毒虫の原”での教習前に情報を買いたいって言うならそれかと思ったんだけど、違ったかしら?」
「いえ、これであってます。ただこの冊子にはどれくらいの情報が載っていますか?」
「この時期の毒虫の原に生息する魔獣とか、採取できる薬草とか、あと簡単な地図と地形情報。今回の教習用に作られたものだから、そこでの野営に必要な情報は十分に載ってるわよ」
メイリーンさんがそう言うなら信じよう。
「ではこれを買わせていただきます。情報料はトレントの報酬から引いてください」
「ご利用ありがとうございます。一緒に依頼はどうかしら?」
今度は依頼内容が書かれたリストが出てきた。
「これは?」
「ただ行くだけじゃなくて、そこで何か仕事をしてくるのも教習の内。だから受講者は何か1つ依頼を受けるのが教習中の義務なのよ。教官役の人はやらなくても良いんだけど、やれば小銭にはなるわね」
へぇ…………あれ?
リストに目を通してみると、内容は薬草や毒虫の採取が多い。どれも薬の材料に使われるものばかりなので、そこはおかしくないのだが……
「すみません。このギヤマナ草の根の採取なんですが、これってどこか別の街のギルドに持ち込めば良いんでしょうか?」
ギヤマナ草を見つけて採取するのは簡単だが、あれは足の早い薬草だ。土から掘り出して半日以内、遅くとも1日以内でなければ薬には使えない。毒虫の原がどこかは知らないけれど、教習の日程から考えると、向こうを発つ直前に採取してもここまで持ってくるうちに悪くなる可能性が高い。粗悪品として買い取ってもらえるかも微妙。
他にも採取してから特定の処理をしなければならなかったり、そもそも採取が困難な薬草類もリストの中には含まれている。
特にこの“トルマックの樹皮”なんて季節はずれじゃないか?
薬の材料としてトルマックの樹皮と言えば、冬を越して春先に自然に剥けた皮のみを指す。今の季節に木の表面を削っても、そこに求められる薬効成分はほとんど含まれていない。
「言い忘れてたわ。ちょっと耳を貸して」
カウンターを乗り越えて、美人の顔が近づく。
「あまり大きい声じゃ言えないけど、このリストには教習用の“罠”が混ぜてあるの。どれも事前に情報収集をちゃんとしておけば達成できるか、やめておくことができる。けどそれを怠ったらまず失敗確定な依頼がね。記録には残らないけど」
「ああ……やっぱりそういう事なんですね」
こういうやり方がこちらでは一般的なんだろうか?
「返答が難しいわね。教習はどこのギルドでもやってるけど、場所によって環境も変わるし、やり方はその土地のギルドに任されているから……ここと同じやり方の所もあるだろうし、一ヶ月くらいみっちり座学をやる所もあるそうよ。結局は担当部署の責任者の意向かしらね。
ちなみにここの教習内容はギルドマスターが考えているわ」
そういや登録の試験でも不意打ちされたなぁ……納得した。
「教官をする人には教えて良いことになってるけど、受講者には秘密だから。お願いね」
「承知しました。あと今回は依頼を受けないことにします。その分、目を光らせておくことにします」
「よろしく。それじゃこれが今回の報酬。仲間の皆さんと等分した額から情報料分を引いてあるから。ギルドカードも返却します」
「ありがとうございました」
袋に入った報酬を受け取り、俺はギルドを後にした。
おかげさまで「神達に拾われた男(改訂版)」の書籍化が決定いたしました!
正式なタイトルは「神達に拾われた男 1」
株式会社ホビージャパン様のHJノベルスから、2017年9月22日(金)に発売予定!
詳しくは2017年8月2日に投稿された私の活動報告、「書籍化のご報告」をご覧ください。
読者の皆様。これまでの応援、本当にありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願い申し上げます。




