森の探索 3
本日、9話同時更新。
この話は7話目です。
襲い来る根を切り払いつつエルダートレントに駆け寄っていく。
エルダートレントは表面が浅黒く、幹周りが10m以上。高さは20mくらいある様に見える大きさと風格を持つ大木だ。幹は盛り上がっている部位やひび割れが多数あり、雄大さよりも禍々しさを感じる。
さらにその幹に付いた顔は大人の身長の倍程もある大きさの楕円型で、木の根元付近に付いていた。その質感と大きさで不気味さがさらに際立つ。
「リョウマとレイピンは枝の間合いに入らずに援護! シリアは2人のサポートを!」
言葉に対して俺達はその場に留まり、了解の一言と行動で答える。
ペイブメントで地面を舗装しつつアイアンスライムの斧を投げ、のそのそと這いずるトレントを一掃。レイピンさんから魔法で援護を受け。シリアさんはレイピンさんと俺に向かう根を刈ってくれる。
……エルダートレント本体はアサギさん達によって攻撃が加えられているが、予想以上にしぶとい。体の大きさに加えて木魔法の『グロウ』が厄介そうだ。
あれは本来回復効果のある魔法では無いけれど、エルダートレントは植物系の魔獣なので、自身の体を成長させる事で回復と同様の効果を得ている感じだ。今の所はこちらが優勢だが油断できる状況ではない。
「オォオオオオ!」
うめき声か叫び声か、判別できない音。
チラリと横目で様子を窺ってみれば、ミゼリアさんがエルダートレントの顔に斧を叩き込でいた。既に何度かは叩き込まれていたようだが、今の一撃はこれまでより深く食い込んだようだ。すかさずウェルアンナさんとミーヤさんが追撃に向かう。
しかし、
「チッ!」
「うにゃ!?」
エルダートレントからの思わぬ反撃。口元に現れた黒い球体がウェルアンナさんへ射出される。彼女は虚を突かれつつも躱したが、枝の追撃が行われたため攻撃を止めざるを得なくなった。
今のは、闇魔法のダークボール!
ウェルアンナさんは止まったけど、まだミーヤさんが……と思いきや、今度は黒い霧状の物が吐き出された。それを見てミーヤさんも距離を取る。
「にゃんだ!?」
驚いたような彼女の声。目を向ければ斧がみるみるうちに錆び付いていく。
「何だい今のは!」
「先程のはダークボール! この個体は闇魔法も使えるのである! その反応もおそらく闇魔法の効果であろう!」
……おいおい、そんな情報聞いてないぞ。
「予想外の事態が多い! ここは一旦引き、対策を練るでござる!」
こうして俺達は無理をせず、一度撤退する事になった。
エルダートレントの攻撃範囲から離れたところで休憩を取りつつ話し合う。
「ミーヤ、腕は?」
「腕は何ともにゃいけど、これはもうダメだにゃ」
ミーヤさんが皆に見えるように出した斧は金属の部分全体が錆び付き、刃先はもう崩れている。
「あの黒い霧に触れたらこの通りにゃ」
「これは酷い」
「武器をこんなにされちゃまともに戦えないねぇ」
「レイピン、何か対策はないのかい?」
「吾輩も木魔法以外の魔法を使えるエルダートレントなど聞いた事が無いのである。それに武器を錆びさせる闇魔法にも聞き覚えが無い。闇魔法による攻撃への対策・治療として光魔法を打ち込むことで、闇属性の魔力を光属性の魔力で祓うという手があるが……戦闘中に常時行う事はできないのである」
あの闇魔法の効果は武器、いや、金属を錆びさせる事? ……まさか、メタルスライムが怯えていたのはそれが原因か? でも、だったら何故……そう言えば……まだ仮定でしか無いけど、話してみよう。
俺の仮説を皆さんに話した結果、俺達はもう一度エルダートレントと戦ってみる事に決まった。
今回のエルダートレントは色々と不測の事態が多いが、強さ自体はそれほど脅威ではなく、危険になれば撤退できる相手なので策があるなら試しても問題は無いとのこと。
「行くぞ!」
「『ペイブメント』」
再び地面を舗装して根の攻撃を防ぎ、突撃する。そしてエルダートレントに近づくと、エルダートレントは俺たちを警戒してか、また黒い霧を吐き始めた。
「来た!」
「試します!」
アイアンスライムの投擲斧を1本。思い切りエルダートレントの顔めがけて投げる。
投げられた斧は放物線を描き、黒い霧を突き抜けた。
「オオオオオ!」
アイアンスライムの斧は見事にエルダートレントの眉間に到達。
そして契約の効果でアイアンスライムに問題がない事が伝わって来た。
「大丈夫! やはりアイアンスライムにあの魔法は効かないようです!」
「よし、畳み掛けるでござる!」
アサギさんはその言葉と共にエルダートレントの顔へ。更にミーヤさん、ミゼリアさん、ウェルアンナさんが続き、最後に俺がファイヤーアローを放ちながら斬りかかる。
俺が皆さんに提案した策は、“アイアンスライムを変形させた武器と防具で戦う事”。
エルダートレントと戦う前にメタルスライムが怯えていたのを思い出してもらい、体が金属であるメタルスライムが本能的にエルダートレントに恐怖を抱いたという推測を述べると、レイピンさんが理解を示してくれた。
そこに同じ金属でも恐れを抱いていなかったアイアンスライムはあの霧に対抗できるのではないかという予想に加えて前世の知識を1つ、祖父から聞いたことにして教えた。
鉄という物質は純度が高くなる程、錆びにくくなる性質を持つ。そしてアイアンスライムは俺が錬金術で抽出した鉄のみを食べて進化した、超高純度の鉄の体を持っている。
また、エルダートレントの霧は全ての金属を同じ様に錆びさせるという訳では無い、と考えていた事も試す事を決めた理由の1つだ。
魔法は魔力とイメージで通常は不可能な事も実現させるが、魔力とイメージさえあれば何でもできるという訳ではない。ある程度自然の摂理に沿う形である必要がある。
魔力とイメージで自然の摂理を歪めて発動できる魔法だが、大きく歪めれば歪めるほど魔力の消費が多くなる傾向があり、限度もある。だから魔法の効果であっても、錆びにくい金属は錆びさせにくいと予測した。
ここまでならまだ錆びにくいだけで、長時間の戦闘になるとアイアンスライムが危険ではないかと思っていたが、その先は皆さんが解決してくれた。
まず1匹の投擲で様子を見て、失敗なら急いで回収して撤退。レイピンさんの話した方法で治療すればいい。スライムは核が最重要。表面なら錆びても大きな問題はない。錆の侵食が核に届く前に食い止めれば助かるだろう。
問題なければ戦闘続行。先程までの戦いで得た情報を元に対策を練り、短期決戦を狙う。戦闘が終わったら念の為に光魔法で治療する。仕留めきれないようならまた撤退すればいい。
回収や撤退に協力すると言ってくれたので、俺達はエルダートレントに再戦を挑んでいる。
「ほっ、と!」
今回は俺も前衛に加わったため、より激しい攻撃に襲われる。
一撃目は真上から枝の攻撃。二撃目はダークボール。三撃目は根で道を塞がれた。
ついでに俺にまで絡ませようとしてきたので切り裂いて通り抜ける。
正面にはエルダートレントの顔。このまま接近し一太刀浴びせよう。
「オオオオオオ!!」
と思っていたが、エルダートレントもそう易々とは斬らせてくれない。ダークボールの用意と同時に枝も振り下ろしてきた。
体を捻り、枝に合わせて右から左へ円を描く。その一太刀で枝は断たれ、切り口から先が地に落ちる。
続けて飛来するダークボールを躱しつつ急接近。エルダートレントの顔の下。人間で言うなら首を左から右へ一閃。気を纏わせた刃は一切の抵抗を感じさせる事なく振り抜かれ、残された大きな傷から大量の魔力が吹き出す。
「ウォオオ!」
これはエルダートレントもまずいと思ったのか? 攻撃が減り木魔法で傷を癒し始めた。
だが、それを見逃す人はここにはいない。
「『フレイムランス』!」
レイピンさんの援護射撃が傷口に叩き込まれる。
火属性の中級魔法、『フレイムランス』。
流石に体内に強い火を捩じ込まれれば大きな効果があったようだ。エルダートレントの回復速度が格段に落ちていく。
隙を逃さずミーヤさん達の一斉攻撃が始まり、各自の得物で顔やその周辺へ徹底的に攻撃を加えていく。
一方で俺はそこには加わらず、追撃の用意。
ビッグアイアンスライムに形を変えて貰い、さらにアイアンスライムを15匹分離。
速やかにビッグアイアンスライムは両手で抱えられる大きさの鉄球に変化。その周りには鋭いトゲと中心に穴が空いた半円状の取っ手が付いた。そこへ分離したアイアンスライム達がそれぞれ輪を作り、鎖となって俺の右腕と鉄球の取っ手を繋ぐ。
所要時間、約5秒。武器が刀から鎖の付いた鉄球に変わった。
「いつでも行けます!」
この鉄球は一撃の威力に特化した、対大型魔獣用の武器。腕に繋がった鎖を引っ張ればジャラジャラと音が鳴る。相応の筋力か強化の魔法を使える事が必須条件となるだけあって、鉄球は重い。しかし気功で強化すれば振り回せた。そうして勢いをつけていくと、鎖と鉄球が音を立てながら風を切る。
俺も使い慣れてはいないが……動かない敵に当てるくらいなら!
「よし、散開!!」
アサギさんの合図で集中攻撃をしていた皆さんが即座に場所を開ける。
狙うはエルダートレントの顔の中心!
「ハァッ!」
「――!!?」
鼻っ面に鉄球。
メキメキと音を立ててエルダートレントの顔面に大きな亀裂が走り、魔力が吹き出す。
これまでの攻撃で元々顔のいたる所に傷が付き割れ易くなっていたのか……傷だらけの所に鉄球が叩き込まれたんだ、衝撃に耐えられなかったんだろう。
4,5回は叩き込む予定だったが、こうなるともう戦う事はできなくなったのか、周囲の根や枝の動きが止まる。が……まだ僅かに息はある。
「リョウマ、止めを刺すでござる」
「今回の1番の功労者はリョウマ君とスライムですから」
「最後、きっちり決めちゃって」
「了解」
もう一度鎖を振り回して勢いを付け、今度は額に渾身の一撃を叩き込む。
ドゴッ、という大きく鈍い音に続き、エルダートレントの顔が崩れる音が辺りに響いた。
吹き出す魔力の勢いは一度強くなった後、徐々に弱まっていく。やがて完全に魔力を感じなくなった。
「これで仕留められましたね?」
「大丈夫なのである」
各自問題ない事を確認してから、俺は光魔法でアイアンスライムの治療を行った。まぁ、全く問題なかった様なので念のためだけど。何事も無くてよかった。
そう思いながら集めたアイアンスライムにライトボールを撃っていると、
「一段落でござるな」
そう口にしたアサギさんの視線の先には、本日倒して放置されたトレントの残骸。
確かに俺たちだけではどれだけ回収に時間がかかるか……それ以前に俺とレイピンさんのディメンションホームには入りきらない。
「心配無用。スライムの治療が終わりしだい、一度街に戻りギルドへ報告。ついでに木材回収のために人手と運搬の用意をして貰おう。費用はギムルに帰還後、ギルドに必要経費として申請すればいい」
こうして俺達は街に戻り、ギルドに報告と依頼を出した。
木材の回収は明日以降になる。ひとまず今夜はゆっくり休もう……




