一方その頃 2
本日、9話同時更新。
この話は4話目です。
放課後になると、3人は中庭の片隅でたわいもない話をしていた。
昼休みが終わって教室に帰るまでの間に、せっかくだから互いの事を知ろうという話になったのだ。
そしてある程度お互いを知ったところで、ミシェルがこう提案する。
「2人とも、もし良ければ僕達で実習の班を組まないかい?」
学園で行われる魔法や剣術等の授業には5、6人が1班になって行う実習がある。
しかし単純に性格的な相性や価値観の違い、協調性の欠如などの理由は勿論の事、平民と同列に扱われる事を嫌う貴族の生徒も皆無とは言えない。そのための班分けは生徒自身が話し合い、互いに誘い合って決めることになっている。
貴族は貴族のみ。平民は平民のみ。そうでなくとも互いを認め合った者同士で班を作れるようにした方が格段に面倒事と仲違いが少ないのだった。
ただし期限までに班に加われなかった生徒は平民・貴族問わずに纏められるか、何処か人数の足りない班に加えられる。そこに生徒の身分と意思は考慮されない。学園はあくまで“身分に関わりなく、平等な教育を与える場”であるというスタンスを取っている。
しかしそうなると、非常に居心地の悪い思いをする可能性がある事は想像に難くないだろう。あぶれ者同士、気が合う事を祈るばかりだ。
エリアとミシェルが冷遇される事はまず無いが、話してみて性格が悪くない、一緒にいて楽しいと思える相手がいるならば早々に班を作ってしまった方が良いに決まっている。だからこそミシェルは班を作る事を提案し、エリアとミヤビの2人は賛同した。
「でもそうなりますと、あと2人か3人集めなければなりませんね。班は5、6人で組む事が決められていますから」
「そうだね。そうしないと班を作れない生徒が入ってくるだろうからね」
「とりあえず貴族平民問わずに、性格がねじ曲がってへん、できれば身分を気にせん人っちゅう条件で誰か思い浮かばん?」
「とりあえず1人だけ思い浮かぶよ」
「誰ですの?」
「リエラ・クリフォード。クリフォード男爵家の長女だよ」
「クリフォード男爵家……確か元は騎士の身分から功績を積み重ねて爵位を得た、代々優秀な騎士を輩出した家系、やった?」
「その通りだよ。少しプライドが高くて規則にうるさいけれど、身分で人を見下すような発言はしないし、実力のある者は素直に認める。どんな生徒でも対等に扱うと思うよ」
「確かに適任ですわね。お知り合いですか?」
「昔、一時期よく会っていたのさ。私は勉強や趣味の研究、リエラは鍛錬で忙しくなって滅多に会わなくなっていたけどね」
こうして3人はリエラ・クリフォードを勧誘する事に決め、行動に移す。
向かったのは剣術の訓練場。
そこに着くと、すぐにミシェルが訓練場の隅を指す。
「あそこにいるよ、行こう」
ミシェルの先導で向かった場所には、髪を後ろに纏めて熱心に剣の素振りをする凛とした雰囲気の女子生徒がいた。
彼女は歳の割に背が高く、顔つきも美人なのでよく目立つ。
遠巻きに彼女を眺めている男子生徒も大勢いる中、ミシェルはリエラに声をかける。
「リエラ、ちょっと良いかい?」
「ミシェルか。どうした? それにそちらは……」
「なっ、なんだあの男」
「女子を2人も連れてきやがって……」
「しかもクリフォードさんに声をかけるだとっ」
「なよっちい体してるくせに」
「まるで女みたいじゃないか。よく見れば顔も……あれ? あいつ男か?」
「おと、いやおん……ん?」
「……とりあえず腰を落ち着けて話そうじゃないか」
不躾な視線と様々な誤解に苦笑しながら、ミシェルがリエラを連れて訓練場を出た。それをエリアとミヤビが追って、人気の少ない休憩用のスペースにたどり着く。
備え付けられていたベンチへ座り、ここに来るまでの経緯の説明が行われる。
「なるほど、それで私を勧誘に来たと……分かった。ありがたく、私も3人の班に加えて頂きたい」
「本当ですの?」
「良かった!」
エリアとミシェルは喜ぶが、ミヤビは釈然としない様子でリエラに尋ねる。
「ホンマにええんですか? 聞いた話だとリエラはんは剣術の成績トップで、幾つもの班から勧誘が来とったと聞いていますが」
「確かに勧誘はあったが、何処も気に入らん連中ばかりだったんだ。私を単に班の成績を上げるための道具として使おうとしている事が透けて見える連中、いやらしい視線を隠しもしない連中が多くてな……それに、平民を軽視する言動が多い連中も頂けない。貴族の誇りと傲慢を履き違えている様な連中の仲間にはなりたくない」
若さと熱意を胸に、そう言い切ったリエラはまだ学生の身ながら、心意気は立派な騎士の様であった。
こうしてリエラの仲間入りが決まり、次に心当たりが無いかと尋ねるが……
「……私には思い浮かばない。交友関係はあまり広くないので」
「リエラは昔から剣術一筋だったからね」
「そういうミシェルこそ勉強一筋ではないか。興味がある事だけだが……人の事は言えないだろう」
「確かに、そうなるとミヤビが頼りだね。商人見習いなんだから、顔は広いだろう?」
「そう言われても、うちもそれほどや無いで? 入学してまだ1ヶ月やし、その中で性格良くてまだどこの班にも入ってへん生徒となると大分減るわ。それにうちら全員女やし、新しく入れる子も女子の方がええやろ?」
「可能ならば、女子がいい。不愉快な視線を送って来ないのならば男でも全く問題ないが」
「リエラさん、スタイルがよろしいですからね……」
「本当にねぇ、昔は同じくらいだったのにいつの間にこんなに差が出たのかな? しかも引き締まるべき所はちゃんと引き締まってるんだよね」
「どこを見ている!」
「んー……全体的にかな?」
「凝視するな! 女同士でも恥ずかしい!」
「まぁまぁ、リエラはん落ち着いて。そうなるともう殆ど候補がおらへんな……」
「いる事はいますのね?」
「せやけど、班のバランスがかなり偏るで? 今4人候補が頭に浮かんどるけど、その中の3人が魔法使い志望やねん。少なくとも今うちら4人、戦闘の実習やったらリエラはん以外接近戦できへんやん。その3人のうち2人入れたら剣士1人に魔法使い5人になってまうで」
「確かにそれはバランスが悪いですわね」
「別に成績には拘っていないけれど、実習には危険もあるからね……」
「私1人で5人を守るのは厳しいな。囲まれたらおしまいだ。実習では先生方の監視やサポートもあるが、それに頼るのは良くない。できればもう1人、接近戦ができる仲間が欲しい」
「残念な事に最後の1人も全く戦えへん訳やないけど、隠密行動やら罠やらが得意な斥候向きの子や……って、話しとったらその子が来よったで」
「ううぅ……今日も、断られたっす……」
ミヤビの見る方へエリア達が目を向けると、少し離れたベンチに短く切りそろえた髪型から犬耳が飛び出した、活発な印象を受ける女子生徒が座って項垂れていた。
「彼女かい?」
「名前はカナン。平民出身。手先が器用で小物作りや細工が得意……将来の進路も基礎終わってからの学園の授業も職人方面で行くみたいや」
「なるほど……どうする?」
「性格さえ良ければ私に文句はない。戦えなくとも守れるように努力をしよう」
「私も問題ありませんわ」
「ほんなら声かけてくるわ。ちょっと待っとって。……カナンはん、今ちょっとええかな?」
「えっ!?」
ミヤビが項垂れる女子に声をかけに行くと項垂れていた頭が跳ね上がる。
「あ。確か、ミヤビさん……あたしに何か用っすか?」
「今実習の班の仲間を探しとんねん、ほんでカナンはんどうかと思うて誘いに……」
「ホントっすか!?」
即座に食いつき、ミヤビの手を取るカナンとその突然の行動に驚くミヤビ。
「とにかく、他の仲間もおるからちょっと話そか」
「お願いします!」
そのままミヤビに連れられエリア達の下に案内されると、カナンは目を輝かせ、大きな声で挨拶をする。
「カナン・シューザーです! よろしくお願いします!」
その家名で何かに気づいたミシェルがまず返事をした。
「こちらこそよろしく。ちょっと気になった事があるんだけど、シューザーという家名はもしや……」
ミシェルが家名の事を口に出した瞬間、カナンの顔が曇ったのでミシェルは全てを言い切らずに言葉を止めた。しかし聞きたい内容は分かったため、カナンはその質問に答えた。
「はい。自分で言うのもなんですが魔法具職人の名門、シューザー家の娘です。でも私は魔法具職人としては落ちこぼれなんで、そっちで期待されるのは困ります」
「落ちこぼれ?」
「実は私、付与魔法特化の付与魔法使いなんです」
「なるほど、それで……」
「すまないが、説明を頼めないか?」
カナン、ミシェル、ミヤビの3人は事情を理解しているようだが、リエラとエリアには分からなかった。
そのためカナンは付与魔法についての説明から始めた。
「付与魔法は遥か昔、特異体質を持って生まれた人間が生み出した魔法だと言われていて、その血筋に連なる者だけが使える魔法だと言われてる、ます。
子孫が増えた現代では世界中に付与魔法使いが生まれるようになっているけれど、稀に最初の1人と同じ体質を持つ付与魔法特化の付与魔法使いが生まれるんです」
それは“付与魔法以外の魔法が全く使えなくなる”体質。
「付与魔法で物に魔法を込めるには必ず付与魔法と込めたい魔法を同時に使う必要があるんですが、私は付与魔法以外の魔法が1つも使えないので、魔法道具を1人では作れないんです」
「そうなのか……悪い事を聞いた、済まない」
「いえ! 班に入れて貰えるかどうかを決めるなら、どの道話さなきゃならない事っす!」
そうハッキリと言ったカナンには迷いが無かった。確かに戦闘など危険が無いとは言い切れない実習の班に入れて貰う為には自分のできる事、できない事を伝える事は重要だ。しかし必要とは言え、自分が不利になる情報を躊躇い無く伝えられるかどうかはまた別の話。言いにくい事ならば言葉を濁したり、質の悪い者なら平気で隠すか嘘を吐く事もあり得るだろう。
それをカナンはできない事はできないとハッキリ伝えた、その点は4人から見れば好印象。
「私は彼女なら問題無いと思うが、どうだろうか?」
「僕も賛成だね」
「私も是非彼女に入って頂きたいですわ」
「ほんなら、決定やな」
その言葉を聞いたカナンはポカンと口を開けている。そして出した声がこの一言だった。
「え……あたし、入れて貰えるんすか? あたし、魔法は使えませんし、剣もほぼ素人っすよ?」
「そんな事気にしなくて構いませんわ」
「能力は二の次さ」
「戦えなければ私が守ろう」
「てな訳で、カナンはんはうちらの班に仲間入りや。もちろん嫌やったら断ってくれてもええんやけど……」
「そんな事無いっす!! ありがとうございます!! 今まで幾つもの班に断られてどうしようかと思ってたっす!! これからよろしくお願いします!!」
この日、カナンは班分けで悲惨な学園生活を送る事になる可能性の回避に成功した。しかし、この後ミヤビ以外の3人が貴族、しかもそのうち2人は公爵令嬢と伯爵令嬢だった事に死ぬほど驚く事になるが、それは置いておく。
重要なのは、彼女達が気安く話せる友人を得た事。時には諍いも起こるかもしれないが、これで彼女達の学園生活は今までより良くなるだろう。




