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馬車に揺られて

 森を歩いて約2時間。木々の間隔が徐々に開いて、隙間から草原と土がむき出しの道が見えてきた。さらに近づくと護衛の4人と同じ鎧兜を着込んだ一団も見える。こちらに気づいて胸に手を当てる敬礼をする人、作業を中断して仲間に声をかける人……きっと公爵家の関係者なのだろう。


「あの人達は?」

「彼らはジャミール公爵家の私兵の方々ですわ。領地を定期的に巡回して街道周辺の安全を守ってくださいますの」

「今回は我々の護衛として来ておってな、昨日はこの森の調査を任せていたんじゃよ」


 お嬢様とラインバッハ様が教えてくれるが、調査って?


「リョウマ君はここ数年、魔獣の目撃例や被害報告が増えている事は知っておるか?」

「……? いいえ、今初めて」

「そうか。魔獣の多い少ないは波があるが、近年は増加傾向でな。巡回の頻度を増やし、安全性の向上に力を入れているんじゃ。この辺りの目撃報告は昔と変わらず少なかったが、先日君の事を聞いてな」


 俺のこと?


「リョウマ君がここに住んでいた事。あとは前に来た時に、君がこの森で一番強いはずのブラックベアの毛皮を持ってきただろ? だから知らずに増えた魔獣を君が間引いていた可能性もあるのでは? という話になってね。念のため昨日1日、街道付近の森を調査させていたんだよ」


 へぇ、そんな話が……ってもしかして昨日のお土産の量がかなり多かったのってそれでか?


 それについてラインハルトさんに聞こうとした時、一団の中から鎧の装飾が他より少し派手な男性……おそらく代表者が出てくると、ラインハルトさんはセバスさんを伴って俺達と別れた。報告を受けるらしい。


 残された俺達は彼らの仕事の邪魔にならないように、一団から少し離れて待っていると、遠目にセバスさんが空間魔法で馬車を取り出しているのが見える。


 馬車があるとは聞いていたけど、馬車まで空間魔法で保管していたのか。というか、できるのか……


 セバスさん自身が空間魔法で開けた穴に入っているところを見ると、おそらくあれは中級の空間魔法『ディメンションホーム』。アイテムボックスの上位互換の魔法で、収納量が格段に増え、さらに中で生活もできるらしい。神様から聞いていた魔法だけど、実際に見るのは初めてだ。


 そんな事を考えている間もセバスさんは馬車を次々と出していく。どんだけ容量あるんだ、あの魔法。


 そう俺が驚いていると、お嬢様がイタズラに成功したように笑いだす。


「あれは私達が乗るための馬車ですの。荷物は別に、まだまだセバスのディメンションホームの中にありますのよ?」


 まだあるんかい! と一人で脳内ツッコミを入れていたら奥様に手を引かれ、公爵家の4人と同じ馬車に乗せられた。中は6人乗りで、公爵家の4人+俺で5人。待っているとセバスさんも乗り込んでくる。


 ちなみにスライム達は馬車の屋根に付いている簡易荷台の上。本来は車内で飲み食いする酒やつまみなどの贅沢品を置く場所らしい。上のスライムに問題がない事を確認してしばらく待っていると、全体の用意が整ったとの連絡の後で馬車が動き始めた。


 そこでせっかく同じ馬車に乗っているのだから、と思い切ってセバスさんに先程の魔法について聞いてみたところ、セバスさんは空間魔法と水魔法を得意とし、特に空間魔法に関しては国内でも有数の魔法使いらしい。


 空間魔法の上級を使えると聞いたから、もしやと思ってもうひとつ聞いてみた。


「上級の空間魔法……『アナザーワールド』は……使えますか?」


 俺がそう聞くとセバスさんは感心したように俺を見た。


「おや、よくそんな魔法を知っていましたね?」

「従魔、街の人に怖がられやすいです……召喚術の代わり、空間魔法で出来るか……祖母に聞いたら……教えてもらいました」

「召喚と送還の代わりを空間魔法で出来るの? セバス」

「可能です。ディメンションホーム内部での魔獣の生存は可能ですし、アナザーワールドも同じく。その中に魔獣を入れておけば、市民に無用な不安と恐怖を与えずに済むでしょう」


 よかった……出来なかったら将来的に困るかもしれなかった。


 この世界には俺がスライムとの契約に使う“従魔術”と似た“召喚術”という魔法がある。それは従魔術と同じく魔獣と契約して従える魔法だが、従魔術と違って召喚術は契約した魔獣を必要な時だけ呼び出して使えるため、従魔術より利便性が高いとされている。そのため最近では従魔術よりも召喚術が主流に取って代わり始めているとか……まぁその辺のことはどうでもいい。


 ただ、俺は召喚術の利点は空間魔法で代用できそうだと思ったから、転生前の能力選択で従魔術を選んだ。……容量の問題で従魔術ならもう一種類他の魔法を選べると言われたから、という理由もあるけど。


「所によって対応は変わるが、従魔術師は肩身の狭い思いをすることが多いからな……」

「しかし問題点もございます。まず、召喚・送還の代用として使うならば中級以上の空間魔法を使えなければなりません。そしてディメンションホームの中に入れた魔獣を外に出せるのは入れた空間魔法使いのみ。

 従魔術師本人が空間魔法を使うにしても、人を雇うにも、万一その空間魔法使いが何らかの理由で空間魔法を使えない状況になった場合……特に使用者が死亡した場合は二度と、従魔の生死を問わず呼び出せなくなります。

 これは初級中級を問わず、物を収納できる空間魔法に共通して言える事ですが、使用者の考え方次第ですな。有用と考える方も居れば、万一のリスクを考えて使いたがらない方もいらっしゃいますので」


 ……そう言えば神様も相談した時、最初は3人で話し合ってたな……


「それからリョウマ様のご質問ですが、私はアナザーワールドも使えます。ですが、好んで使う魔法ではありませんな。あれは空間魔法の最高難度の魔法であり、使える空間魔法使いは空間魔法使いの最高峰として尊敬を集めますが……それだけなのです」

「と、言いますと?」

「とても使い勝手の悪い魔法なのです。順を追って説明しますと……アナザーワールドを使うには三段階の手順が必要になり、その第一段階は空間魔法による広大な空間の作成。この段階でアナザーワールドの広さが決まりますが、その広さは術者の魔力量に依存します」

「……魔力を多く持つ人は広く……少ないと狭く……なるんですか?」

「いかにも。加えて第一段階を行った術者は全ての魔力を出し尽くし疲労困憊、酷い方は気絶の上数日寝込みます。更に第一段階が失敗していた場合、空間は作成されず初めからやり直しになるのです」


 水の泡って訳か……


「成功した後の第二段階は作成した空間と自らのいる場所を繋ぐ出入口の作成です。こちらも大量の魔力を消費する上、失敗したらやり直しとなります。

 この第二段階までが準備のようなものでして、第三段階からは門を開けて出入りするだけ。つまりは通常の使用になりますが、この門を1回開閉するには5,000~10,000の魔力を消費します。

 この10,000という数値は魔力を数値化したもので、王宮に仕える宮廷魔術師になるためには最低でも10,000前後の魔力が必要になる事を考えていただくと分かると思いますが……国の中でも優れた魔力量を持った魔法使いが、1回使っただけで倒れる程の魔力を消費する魔法です。とても乱用出来る魔法ではありません。

 おまけに、そんな苦労をして空間の容量を用意して何を入れるのかという点も使い勝手の悪いとされる理由ですね」


 そこにお嬢様が疑問の声をあげる。


「どういう事? 広ければもっと沢山物を入れられるのではないの?」

「入れられますが、普通の家具や旅行のための荷物を収納するだけならば中級のディメンションホームで十分なのです。

 アナザーワールドでなければ入れられない物となれば、それこそ王宮や要塞程の大きさになります。そうなると今度はどうやって入れるのかという問題も出てきますので、結局は魔力の無駄が増えるだけで役に立たないのですよ」

「そうでしたの……」


 結構デメリットあるな……まぁ多少のことは承知の上だし、とりあえずの目標は中級のディメンションホームで良いだろう。俺の従魔はスライムだし。


 そんな事を考えていたら、セバスさんがフォローを始めた。


「しかし大型の魔獣であれば城ほどの体躯を持つ種類が居ますので、そういった魔獣と契約した場合には有用でしょうね」

「そうですか……ありがとうございました」

「いえいえ。この程度の事でよろしければ何時でもお聞き下さい」

「そういえば、リョウマさんの使える魔法属性は何ですか? 土と空間は聞きましたけど、お風呂を魔法で沸かしていたようですし、火と水も?」


 魔法の属性は言っても大丈夫な事だったな。お嬢様の質問に素直に答える。


「祖母は全属性だと、言っていました」

「全属性か、珍しいね。何か特別に伸ばしている属性は?」

「土と空間を主に……他は火や水……生活に使える物を中心に……満遍なく」

「ふむ……それに加えて、従魔術、結界魔術も使うんだよね? 全属性持ちは器用貧乏になりやすいから注意するんだよ?」

「分かりました」


 そう言えば神様にも言われたっけ、その注意。


「……なにかおかしな事を言ったかな?」

「え?」

「リョウマ君、少し笑ってたわよ?」


 ん、どうやら顔にでていたようだ。


「昔、祖母に同じ事を言われました……回復魔法や錬金術にも……手を出しましたから」

「そうだったか、何か変なことを言ったのかと思ったよ」

「しかし、錬金術とはまた珍しい物に興味を持ったのぅ……」


 そう言えば何故か錬金術に関する情報は少なかったな、聞いてみるか。


「珍しいですか?」

「錬金術師など、今ではそう見かけんわぃ。昔、金を生み出すと言って詐欺を働く連中が跋扈したせいで大分数を減らしたからのぅ。大昔に錬金王と呼ばれた男が大きな利益を出したと言われておるが、それ以外は成功例を聞かんからな」

「一説には、錬金王によって生み出されたのが錬金術の原型であるとされ、その後、利益を求めて錬金王の後に続こうとした者達によって生み出されたのが現代に伝わる錬金術とされています。

 しかしその技術は錬金王のそれとは違い大きく劣る物であったそうで、今では単なる詐欺の口実にまで落ちぶれ、錬金術は風前の灯だそうですな」

「錬金術師は秘密主義で不気味なイメージがありますわ。他の魔法関連のギルドも多少秘密主義な所はありますが、錬金術師は度が過ぎるのです」


 ラインバッハ様とセバスさん、それにお嬢様の話を聞く限り良いイメージが無いみたいだな……まぁ地球に昔居たとされる錬金術師に似た経緯みたいだけど。


「錬金術を学んだ事……言わないほうが良い……でしょうか?」

「そうじゃの、その方が無難じゃろう」

「分かりました」


 返事をすると、お嬢様が聞いてきた。


「リョウマさん、実際錬金術師は何をしてますの?」


 何をっていわれてもな……


「他の錬金術師を知りません……だから分かりません。僕に出来たのは……岩塩を精製する事くらい」

「岩塩? あの付近で採れる岩塩は毒があって食べられない商品価値の無い物だが。それで何か出来るのかい?」

「あの岩塩には、土の中の鉱物が多く含まれています……それが人体には毒、だから鉱物を岩塩から取り除けば食べられます……僕がやっていたのは……あの岩塩から鉱物の毒を取り除いて……食べられる様にする作業」

「そんな事が出来るのかい!?」

「出来ます。僕の家に泊まった時の料理……アレに使われている塩は全て……あの崖で採れた岩塩」


 それを聞いたラインハルトさんは興奮し始め、すぐに落ち着いた。


「凄いじゃないか! それが可能ならあの塩を商品として……いや、だめだ。あの付近の岩塩がダメなのは数年前に周囲に知れ渡っている。売り出しても買う者が居ないだろう」

「そうなんですか?」

「ああ。昔、森の奥まで入って崖の岩塩を見つけた冒険者が、誰にも報告せずに採取して産地を偽って売り捌いたんだ。

 狩猟、採取は特定の地域以外は自由に認められているけれど、欲の深い貴族は自分の領地に岩塩が見つかったりしたら独占しようとするからね。それを嫌ったんだろう。だから黙って自分だけが利益を得ようとして、産地を偽った。そして売りさばかれた岩塩は大勢の病人を出して、その冒険者は捕まって処刑されたよ。

 大きな騒ぎになったから、この国中のどこでもジャミール領のガナの森の岩塩は危ないって知れ渡っている。元々ジャミール領は岩塩を商品として扱っていなかったから、領には影響がなかったのが幸いだよ」


 異世界でも産地偽装ってあるんだな……


「あの崖は元々、小量しか岩塩が採れません……多くの需要に応えられません……市場に流せば……豊富に安全な岩塩が取れる産地……競争で負けると思います……ジャミール家と近くの村だけで使う分なら……採れると思いますけど……」

「そうか、残念だ」


 たわいも無い話から、どんどん新しい情報やより正確な情報が出てくる。俺は馬車の心地よい揺れを感じながら、流れに任せた雑談の中、ゆっくりと話に耳を傾けるのだった。

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