セムロイド一座
本日10話同時投稿。
この話は7話目です。
二週間後
店は通常業務と並行した祭りの準備でそこそこ忙しくなっていた。
この二週間で皆さんはそれぞれ地元の料理を再現したり、その調理にかかる諸々を確かめたり、警備や接客の点でモーガン商会の担当者と打ち合わせをしたり……と各自奔走している。
しかし準備の忙しさで士気が落ちることはなく、俺は密かにホッとしていた。
前世の会社では社員の団結を強めるためにと用意された社内レクリエーション企画が毎年あったが、どれも上層部の一人よがりとしか思えない企画だった。盛り上がっているのは企画担当者を含めたごく一部のみで、他の社員はただ会社のイベントという事で強制参加。無駄に休日を消費させられるだけであった。
意図は分かる。団結もできた方が良いに決まっている。それが会社の慣習であれば仕方ないとも思うが……この店の従業員に、あの会社の社員のような顔をしてほしくない。
でも今のところ皆さんそれなりに楽しんでいるようで、出店が少しずつ形になっていくごとに、やる気を増しているように見える。
さらに今回の出店にはうちの従業員だけでなく、思わぬ協力者も現れた。
「店長―! 肉屋のジークさんがいらっしゃいました!」
「はーい! 今行きます!」
空き地整備の手を止めて応接室へ。
「お待たせしました」
「全然待っていないさ。それでこれが今日の分だ。品物はもう厨房に運び込んである」
「……ちょっと予定より安いですね」
「大量に買ってくれるから少しおまけだよ」
協力者の一人、ジークさん。
彼は料理の試作に使う肉の手配をしてくれているだけでなく、祭り当日は彼の店の従業員を引き連れて出店を手伝ってくれることになっている。先日試作の材料を多めに買った日、購入量を見て何に使うのかと聞かれて事情を話した結果、最終的にそういう話になった。
聞けば彼と肉屋の従業員一同は祭りで家族サービスがしたい。しかしあまり無駄遣いをすると嫁に怒られるとの事で、2日間の祭り期間中どちらか1日出店の手伝いをする代わりに、バイト代を支払うことで利害が一致している。
あちらはうちに合流することで比較的準備の負担が少なく、祭りで使えるお金は増える。こちらは当日従業員の負担が減り、交流の機会が増える。
そんなWin-Winの関係が結ばれた上に、その話を聞きつけたポリーヌさんや奥様友達のキアラさんとメリーさん。3人の奥様方も同じ条件で料理の試作と当日の手伝いに入ってくれるそうだ。彼女たちは今もうちの厨房でシェルマさんと色々やっている。
ちなみに奥様方が参加したことにより、奥様の情報網でセムロイド一座の公演の情報が拡散。ポリーヌさんの所に顔を出すと意思表明するお友達が沢山いたとか……また開店当初のような人だかりになるんじゃなかろうか? その可能性も考えて準備をしなければならない。
「それじゃリョウマ君、また夜に」
自分の店に帰るジークさんを見送って、空き地の整備に戻ることにする。
今晩、出店で出すメニューの最終審査を兼ねて開く懇親会の会場にもなる場所だ。最低限整えておかないと……
夜、営業時間終了後。
執務室で書類を確認しつつ来客を待っていると、カルムさんがやってくる。
「店長、セルジュ様とセムロイド一座の代表がいらっしゃいました」
「ありがとうございます」
急ぎ応接室へ。
「お待たせしました」
「お邪魔しておりますリョウマ様。こちら、セムロイド一座の座長である」
「プレナンス・セムロイドと申します。若輩ですが、旅芸人の一座を率いております。ぜひとも以後お見知りおきを、若き賢者殿」
室内のソファーにはセルジュさんと、その奥にもう一人。銀糸のごとく輝く髪が異様に目立つイケメンが座っていた。立って握手を求めてきたので応えたが……若干言動が芝居がかっている……
「こちらこそよろしくお願いします。私のことは名前で構いませんよ。賢者だなんて……」
「おや。賢……リョウマ殿は実に謙虚でいらっしゃる。
オルゴール、あの小さな箱に収められた魔法道具が紡ぐ繊細なる音……実にすばらしい。我々の演奏とはまた違う“味”を感じました。さらに私の書いた楽曲を取り込み、より多くの方々に届けることができるこの喜び……考案した貴方を賢者と呼ばずして、誰を賢者と呼びましょう?」
音楽関係者にとってはそれくらいなのか……それとも単なるお世辞か……
失礼だけど、第一印象は“絡みづらい”。
「ありがとうございます、でいいのでしょうか?」
「お礼を言うべきは私の方です。オルゴールのみならず我々の芸を披露する場まで与えていただけると」
「はい。と言っても時々しか使わない空き地ですが」
「道中に軽く見せていただきましたが、十分な広さで一座の仲間も喜んでいますよ」
「その方々はもう?」
「はい、懇親会の会場へ」
予定通り。オルゴールの詳細や俺が考案者であることはあまり表で話すべきではない。そういった話を含めて確認をするために代表者だけがここに集まった。
「ではあまりお待たせしては申し訳ありませんね。早速ですが、確認に入りましょうか?」
了解を取って話を進めた。
「では基本的に舞台関係はセムロイド一座の方々にお任せするということで」
「お任せください。滅多に登れぬ大舞台、必ずや良き物として見せましょう」
大舞台……彼らは名が売れ始めてきた所で、普段は街の広場や飲み屋の中など狭いスペースで芸を披露することが多いらしく、今回のように大勢の客を入れる場所を用意されて芸を披露する機会はまだ少ないようだ。
「よろしくお願いします。何かあればお気軽にご相談ください。物資や人手が必要になればセルジュさんかうちのカルムが適任ですが、荷運びや舞台設営など力仕事でしたら私もお力になれると思います」
「何から何まで感謝いたします」
「それでは次……あ、これで最後でしたね」
「そうですな。後はまた何かあればその都度連絡を取り合いましょう」
「では、参りましょうか」
一通り確認が終わり、懇親会の会場へ場所を移す。
「賑やかですね」
会場は土魔法で建てた仮設店舗が6つ。どれも屋台程度の大きさだが調理に必要な最低限の用意が整っていて、その周囲にはうちの店とご近所さんの集団。加えて見知らぬ老若男女が集まっていた。
「あっ! リョウマー! 早くこいよー!」
リック。それにレニとトニーの姿もある。協力者の家族であり、子供目線から料理の評価を頼める貴重なモニターだ。
「もう腹減ったー、母ちゃんが今日の飯はここですむぁぐっ」
「余計なこと言うんじゃないよ。おとなしくしてなっ」
「あはは……」
「店長、お疲れさまです。早速ですがそろそろ……」
「はい。始めましょう」
「では一言挨拶をお願いします」
挨拶が俺でいいのかとやや疑問だが、ホストとして飲み物を片手に集まった人々の前へ立つ。
「本日はお忙しいところお集まりいただき誠にありがとうございます。洗濯屋“バンブーフォレスト”代表のリョウマ・タケバヤシと申します。僭越ながらご挨拶を」
「……」
リックのまだかという視線が突き刺さる。
「……待ちきれない方もいらっしゃるようですし、退屈な話は手短に済ませましょう。皆様ご存知の通り、我々は今度の創立祭でそれぞれの店を開きますが……私は同じ場所を共用する者同士、協力できる所は協力して取り組める事を願っています。その第一歩として、本日はこの場に席を用意させていただきました。この場で初めて知り合う方も多いと思いますが、是非ともこの機会に親睦を深めていただきたく思います。それでは……乾杯!」
『乾杯!!』
一斉に杯と声が上がった。40人弱の人がいるとそれだけでも中々の騒ぎになる。
そのうち調理担当者だけが人の集まりから抜け、仮設店舗で料理を始めた。と言ってもほとんどの仕込みは済ませてあり、仕上げのみの短時間で完成させられる状態になっているので、ほどなくして仮設店舗からは食欲を刺激する匂いが次々と立ち上ってきた。
俺はその様子を見ながら挨拶回りと商品決定のための投票用紙を配る。
用紙には10枚1組。数ある中からまず“食べてみたいと思った料理”に5枚。そして食後、“食べてみて美味しかった料理”に5枚を参加者それぞれの手で投票してもらう。この投票結果により出店で販売する商品が決定するのだ。
「盛況ですね」
料理が乗った皿を片手に、プレナンスさんが50代くらいの男性を連れてきた。
「おかげさまで。味はいかがですか?」
「期待以上の味で楽しませていただいていますよ。一座の皆も、ほらあそこに」
彼が指したのは会場の一角。この会は立食パーティーに近いが、落ち着けるように用意したテーブルや椅子のある場所。そこで周囲の人と談笑しながら食事をする旅装の集団が見えた。中でもテーブルに並んだ大量の料理を次々と平らげていく快活そうな女性が目を引く。
「彼女が気になりますか?」
「すごい食べっぷりだと、びっくりしました」
「ははは。そうでしょう? 彼女はマイヤ、一座で一番の大喰らいです」
「美味い物を食いたいがために旅芸人をするような食い意地の張った女だ」
呆れたように言い放ったのは後ろの男性。
「ソルディオだ。マイヤと共に剣舞師をやっている」
「よろしくお願いします」
……聞いたことの無い職業だけど、剣を使った芸を見せる方で良いのだろうか?
「一人で舞う、物を切って見せる、複数で組んで派手に動く。演目は色々あるが間違ってはいない」
「彼はマイヤの叔父にあたり、一座の副座長と護衛を兼任しています。芸だけでなく一人の剣士としても腕利きです。祭りには喧嘩騒ぎもつきものですので、何かあればお声をかけてくださいね」
「ありがとうございます。店を守ってくださる方が増えると安心できます」
「手が空いていればいつでも呼んでくれ。マイヤも使ってくれて構わない」
「私が何? 叔父さん」
ソルディオさんの影で見えなかった。空いた皿を両手に持った本人が立っている。
「警備に協力するという話だ」
「そっか。あ、君さっきの代表。若いとは聞いてたけど本当に若いんだね」
「失礼ですよマイヤ」
「別に気にしませんよ、若いのは事実ですから」
子供と馬鹿にしているような感じもしないし。
「それより楽しんでいただけていますか?」
「もちろん! 珍しい料理もあるし、良くある物かと思ったら食べてみて驚いた。たとえばあのホットドッグ。パンはフワフワでソーセージはジューシーで。色々回ってきたけど、あんな味が出る店はなかなか無いよ」
ホットドッグはこの国でも祭りの定番だが、うちは以前シェルマさんに教えた天然酵母を使って作られたパン。肉の専門家であるジークさん達が天然酵母のパンに合わせて味付けを考えた特注のソーセージ。それを肉屋の妻であるポリーヌさんがじっくりと焼き上げて挟み込んだ贅沢な一品になっている。
プロの力で素材の味を存分に活かされた結果、驚くほどジューシーで美味い。定番料理に一段上の味。数ある候補の中でも本命と予想されている一品だ。
「あとあのジルマール料理。スープが絡んでホッとする味だし、体も温まるね」
フェイさんとリーリンさんは“パーミィエン”。水団よりもワンタンスープによく似た料理を出してきた。素材はシンプルながら、じっくり煮込んだ肉と野菜が良い味を出している。味が優しいので、俺はセミサ油を使った肉野菜炒めと一緒に食べるのが好み。
「珍しいものもありますよね」
そう言うプレナンスさんの皿には、殻を剥いて塩と炒ったダンテの種が盛られている。タンポポコーヒーを求めて買ったダンテの種だが、一部の地域では珍味として食べられているそうだ。
おかげでさらにタンポポとヒマワリのどちらに近いのか分からなくなったが……根はコーヒー、種は食用に絞ると油も採れたので、スカベンジャーの肥料と木魔法で増産しまくった。
「お気に召したようでよかった。材料は多めに用意してありますからどんどん食べてください。あ、でも少しお腹は空けておいたほうがいいですよ。もうしばらくしたら甘いデザートメニューも作りますから」
「本当に!?」
本当に。
甘味は俺が手を出した部分が多く、胡麻豆腐や胡麻団子を用意した。
胡麻豆腐は丹念に舌触りが良くなるまで時間をかけてすり潰したセミサに芋から採った澱粉を加え、火にかけて滑らかになるまで練った後、型で冷やし固めたもの。これに黒糖で作った蜜をかけて食べる。
胡麻団子は最初にセミサと黒糖で胡麻餡を用意。白玉粉に水とダンテの種から採った油を混ぜた生地で餡を包み、生のセミサを衣のようにまぶしてダンテの油で表面を揚げて作る。
このとき必ずセミサではなくダンテの油を使う。量と加熱時間のためセミサ油を揚げ物に使ってしまうとセミサの香りが強すぎて、何を揚げてもセミサ一色。素材の味と香りがわからなくなってしまう。
その点ダンテの油は癖が少なくて適度な香ばしさがあるだけ。鑑定したところ含まれている不飽和脂肪酸はオレイン酸の割合が高く、サラリとした澄んで栄養価も高い良質な油だった。
ただダンテ油は種から採れる量が少なく、1ミリリットル精製するために15グラムの種が必要となる。一回の揚げ油に800ミリリットルほど使うとすれば、必要な種は12,000グラムで12キロ。
ダンテの種はよほど食べ過ぎなければ健康的な食品とも思えるが、油を用意するのは少々手間がかかった。俺が魔力を鍛える良い訓練になると感じるくらいに。
その甲斐あって2つとも味は心から満足できる物になったが……それだけ材料の用意から手間がかかる事と、黒糖と白玉粉の材料費がボトルネック。手間はまだしも値段は1個20スートが限界で、出店の菓子としてはいささか高い。
代わりに安価な小麦粉のペストリー生地でコストを削減した“胡麻ペストリー”も用意したことで、胡麻団子はお蔵入りになる可能性が高かったりする。
そう伝えると……
「それなら今日食べとかないとね」
マイヤさんは分かったと言いつつ……新しい料理を取りに行く。
もう2、3人分は食べていたように見えたけど、食べること自体はやめないようだ。




