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急用

本日10話同時投稿。

この話は4話目です。

 毎日同じような生活が続いて早1ヶ月。


 毎朝の基礎鍛錬に加え、薬の勉強も事前知識のお陰で好調そのもの。最近は薬草採取に食糧確保と鍛錬も兼ねて、害獣駆除依頼を積極的に受けている。メタルとアイアンも少しずつ武器への変形を身に着けて、それなりに武器として使えるようになってきた。


 そんなある日の朝。店に顔を出すと、レナフの支店から緊急連絡が入っていた。


 内容はスライムが増え過ぎてしまい、コーキンさん達3人で契約できる限界を超えたとの事。


 こうなっては俺が引き取りに行く他にない。


 予定に問題がないことを確認し、そのままギムルを出立。


 そして日が暮れかけた今……俺はレナフの支店に到着している。


 以前この町に来た時は翌日の昼ごろまでかかった道のりを、今回は同日の日暮れ前に走破した。いくらファンタジーな世界でも街から街の距離が勝手に変わりはしない。必然的に俺の移動速度が上がっているという事になる。


 家からギムルまで。ギムルから街の外へ。通勤や依頼のために使い続けた空間魔法が、知らないうちに上達していたのだろう。走る速さはそれほど変わった気がしないので、おそらく一回の転移で稼げる距離が伸びているのだと思われる。


 これはまたいつか確かめるとして、日々の訓練の成果を実感できたことは喜ばしい。


 ちょっとした達成感を味わいながら、店の扉をくぐる。


 店内はまだ営業中で、お客様もそれなりに入っていた。


 列に並ぼうとすると、ちょうど接客の終わったカウンターから声がかかる。


「店長!」

「お疲れ様です」

「良かった来てくれたんですね?」

「もちろんですよ。トニーさん、それで件のスライムは?」

「こちらです。ロベリアさん、カルラ支店長」

「大丈夫よ。ここは任せて」

「お2人はスライムをお願いします」


 接客を2人に任せたトニーさんに連れられて、俺は従業員の居住スペースへ案内された。どうやら居住スペースの一室を一時的にスライム保管所として使っていたようだ。管理は厳重なようで、部屋の前には用心棒として雇い入れた冒険者の男性が立っている。


「お久しぶりです。いつも警備ありがとうございます」

「店長さんか。こっちこそ雇ってくれてありがとうな」

「どんな感じですか?」

「特に何も。部屋の床がスライムで埋まってるだけさ。侵入者もいないし、逃がしてもいない。それ以外は中にコーキンの旦那が居るからそっちに聞いたほうがいいな」


 ということで室内へ。


「コーキンさん、お久しぶりです」

「おお! 店長、思ったより早く着いたのだな」

「連絡を聞いてすぐに飛び出してきたので。それで契約待ちのスライムはここにいる全部ですか?」


 室内には二段ベッドと机に椅子。コーキンさんは机で何か書き物をしていたようだが、その足元はもうクリーナースライムで埋め尽くされている。


「その通り。全部で75匹だ」


 ならば早速始めよう。








「『魔獣契約』……これで最後ですね」

「きっちり75匹、確認した」

「魔力は大丈夫ですか? 辛ければポーションもありますけど……」

「大丈夫ですよ。僕は魔力が多い方なので」


 数もスカベンジャーの契約ラッシュほど多くは無かった。


 それより急に増えた原因はなんだろう?


「それならこの書類にまとめてある」


 コーキンさんが机に置いてあった書類を渡してきた。


 ……なるほど。


 原因1.急激な顧客の増加。


 この街には飛行可能な魔獣を使って運送業を営む人々の拠点、“ドラグーンギルド”があるため所属している人は勿論、荷物を預ける依頼人や移動に使う乗客など人の出入りが多い。そこでうちの固定客から広まった話を聞きつけた外部の人間が、近頃よく顔を出すようになっているようだ。


 当然ながら仕事を依頼されればスライムの食事量も増加する。


 原因2.消臭液の生産量調整。


 多量の栄養を摂取した事により、クリーナーが生産する消臭液の量が需要をはるかに上回り、売れ残りが続出。店に損失こそないものの、生産量を少し落とそうとした。


「それで栄養を溜め込んだクリーナーが分裂、と」

「その通りです」

「今後消臭液の生産に制限はかけず、余剰分は廃棄して再発を防ぐ方針だ」

「ほんの数日でしたけど、皆さんに余計な気を張らせてしまいましたから」

「これ以上の契約ができない状態ですし。それが良いでしょう」


 あまり増えすぎるとビッグスライムの秘密がばれかねない。……まぁコーキンさん達にはばれても構わないと思うけど、今彼らはまだ店のことを学んでいる最中だ。あまり気を散らせるようなことはしたくない。


 新種の情報共有くらいならともかく、ビッグスライムの情報は彼らにとって爆弾のようなものだろう。幸いスライムの総数が100を超えていても、別の従魔術師と契約していると合体はしないらしい。


 命令系統が違うからだろうか……その辺の調査も協力者がいれば捗りそうなので、いつかは教えるつもり。だけど今ではない。


 とりあえず今回はしっかり対応してくれて良かった。従業員全員、スライムの管理と警備に気を揉んでいたようだけど、クリーナーの問題はひとまずこれで解決。


「他に何か問題はありますか?」

「ギムルに送っている定期報告以上の事はないな」

「本店みたいな襲撃もありませんでしたし……閉店間際に酔っ払ったお客さんが来て帰ろうとしなかったとか、そういう些細なことならありますが」

「売り上げもなかなか悪くない。街の規模が違う分、ギムルと比べると固定客は少ないが、それでも日に1万スートは純利益が出ている」

「経営に問題なし……」


 となるといずれコーキンさん達に任せる支店を用意しなければならないが……その資金はそう遠くない未来に用意できるだろう。順調なようで何より。


 ならデオドラントスライムの情報を共有しておこう。


 ……と思ったが、その前に。


 せっかくレナフに来たのだから、サイオンジ商会にも挨拶しておこう。後回しにすると話し合いで忘れかねない。


「すみません」

「いらっしゃい! おや? 坊ちゃん、バンブーフォレストの」

「お久しぶりです。覚えていてくださったんですね」


 香辛料屋に入ってみると、前回もお世話になった従業員の方が店番をしていた。


「そりゃあうちの会頭がべた褒めして、あんな大物まで持ち込んでくれたお人ですから。おまけにそんな人の店が斜め向かいにあるんじゃ忘れられませんよ」

「それもそうか……」

「本日は何かご用で?」

「急にこちらへ来る用事ができましたので、ピオロさんにご挨拶をと思いまして」

「そうでしたか……申し訳ありません。会頭は商いのため、3日前に王都へ向かわれました。お嬢様もご入学が近く、そちらについていかれまして……」

「そうでしたか……それは残念です」

「ああ、でも奥様は店におります。商談中ですが、少々お待ちいただければ面会はできますよ」


 そういうことなら待たせてもらおう。一応手土産も用意してきたので、会えるなら会って渡しておきたい。


「でしたら品物を少し見せていただいても? 香りの良い物があれば少し欲しくて」

「どうぞどうぞ。香りの良い物ですと、新しく入ったシナモンが……ッ!?」

「!?」


 カウンターから出ようとした店員の後ろ……店の奥から女性の悲鳴らしき声が聞こえた……


「……何でしょう?」

「さぁ……しかしあの声……もしや奥様? すみません、少々お待ちください。確認してまいります」


 店員さんは断りを入れて奥へと駆けて行く。


 そして中々戻ってこないと思い始めた頃。


「ご迷惑をおかけしました」


 隣の店舗からやけに腰の低い男性が落ち込んだ様子で出てきた。男性は何度も頭を下げて、そよ風の吹く通りを歩き去っていく。



 ……クサッ……



 香辛料屋の前を彼が通り過ぎたタイミングで、そよ風に乗ってほのかな悪臭が漂ってきた。歩き去っていく本人も顔を歪めているし、周囲の通行人にも避けられている……


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


 おっ、呼ばれた。






「リョウマはん。よう来てくれはりましたな」

「こんにちは。クラナさん」


 案内されたのは応接室ではなく、食卓だった。

 しかしそれより気になるのが……鼻。鼻炎か何かか?

 相変わらずの美人で上品に隠そうとしているが、控えめに鼻をすするようなしぐさが見える。


「クラナさん、どこか体調でも?」

「ご心配なく、これは違います。ただちょっとさっき、凄いもの食べてしもうて……」

「凄いもの?」

「“シャッパヤ”言うてな? 魚を塩と色々なハーブを混ぜた液に漬けて、発酵させた食べ物らしいんやけど……」

「……あ、もしかしてとんでもなく臭いやつですか?」

「知っとったん?」

「同じものか分かりませんが、似た加工食品を知っています」


 おそらく“くさや”系の食べ物だろう。


 それを売り込んできた人がいて、クラナさんは試食をした。

 しかし臭いに敏感な獣人族の彼女には厳しかったようだ。


「でしたらこれを。口直しになればいいのですが……うちの店の女性陣に人気のケーキです」

「まぁまぁ、ありがとうございますぅ」


 クラナさんにケーキを渡し、しばらく会話を楽しんだ。
















 翌日




 うちの研究チームと語りすぎて夜が明けてしまった。

 朝食をいただいてギムルへ帰ろうとしていると、なにやら門へ続く道が騒がしい。


「何かあったんですか?」


 道端にできた人だかり。そこに集まる人に聞いてみる。


「喧嘩があったんだよ、冒険者同士のね。殴り合ってた奴らはもう捕まったんだが、途中で変な樽の投げ合いになってな、うっ……!」


 風向きが変わったとたんに、何かが腐ったような臭いが漂ってきた……臭いの元に近づくと刺激も感じる。


「この臭い……」

「臭ぇ……うっぷ……」


 風向きが変わり、野次馬が立ち去っていく。

 お陰で見通しが良くなって、昨日見かけた男性が老若男女に詰め寄られているのが見えた。



「おい! どうにかしろよこの臭い! 俺の装備が酷い臭いだぞ」

「そう言われましても……」

「店の前がこんなになってちゃ客が寄り付かないよ! 大体なんでゴミなんか積んで」

「ゴミじゃありません! これはシャッパヤという保存食です!」

「皆さん落ち着いてください。彼もあなた方と同じ被害者ですから」

「それは分かるけどなぁ……うちの店と品物は、この臭い汁をかぶっちまったんだよ。店先や装備は洗えば済むだろうけど、品物はもう売れないんだぜ?」

「そこは喧嘩をした張本人に請求を行いますので、まずは事情と被害状況を」


 現場には臭いの原因と思われる濁った汁と魚の身が広範囲に飛散している。液は片手で持てるくらいの小さな樽に入っていたようだ。あれを投げ合った結果がこれか……


 警備隊の方々が場を収めようと頑張っているが、被害を訴える人が多すぎて収め切れていない。一部の怒りの矛先が樽の持ち主である気弱そうな男性へと向いてしまっているようだ。


 しかし彼自身も被害者。責められるのは流石にかわいそうだ。


 ……うちの店の宣伝にもなるし、少し協力するか。


 人目のない路地に入って、消臭担当のデオドラントスライムを用意する。

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