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出立の朝

 翌日


 ん?


 朝になり、目を開けると部屋の様子がいつもと違う事に気づく。部屋の光源は枕元の灯りの魔法1つ。それも光を抑えているため薄暗いが、何が違うかはすぐに分かった。“物が無い”。


 そういや昨日荷造りをしたんだっけ……と一度は納得しかけたが、よく見てみるとやはりおかしい。


 枕元の魔法石に魔力を流し込んで部屋を照らすと、部屋の中には物が1つも(・・・)無かった。昨日の荷造りでは手当たりしだいに物をアイテムボックスに入れたけれど、テーブルや椅子、棚などの家具はそのまま置いておいた。わざわざ壊した憶えも無い。なのに、何処にも見当たらない。というか寝ていたはずのベッドまで消えている。


 どういう事だ? まさか、盗まれたとか……そんな訳ないよな。外から泥棒が入ってきたなら気づくし、スライムも気づいて騒ぐはず。昨夜は公爵家の方々を家に泊めたけど、彼らが盗むとは思えない。


 大体あんな土魔法で作った石の家具ではろくな値段がつかないだろうし、そもそもこんな洞窟に価値がある物があると考える泥棒なんて居るのだろうか? 戦利品やら色々あったけど、それらはもうアイテムボックスの中。あとは強いて言えばスライムくらい……! スライムは!? 


「うおっ!?」


 普段一匹は部屋に居るクリーナースライムの姿が確認できず、寝床から飛び起きようとした途端、急に体が浮遊感に包まれ、次いで衝撃と鈍痛を感じる。


「っと、あれ?」


 体を起こすと、周囲がまた薄暗くなっている。灯りを点ければ、今度はいつも通りの部屋。荷造りをしたため閑散としているが、机や椅子などの家具が確かに置かれている。体の衝撃もベッドから落ちた事が原因のようで……


「なんだ、夢かよ……」


 落ち着いてみれば、ベッドの上から俺を覗き込むように身を乗り出すクリーナースライムが1匹。他のスライムも皆洞窟内に居ることも確認できた。


 まったく、脅かさないで欲しい……と言いたくなるが、この場合誰に言えば良いのか……そういや日が昇るまでどれくらいだろう? たしか昨日机の上に……


「……あった」


 机の上を見ると、昨日貰った魔法道具の時計がある。時計の文字盤は丸く薄い金属板に文字と2本の針が付き、それを丸い台座の上に立てられたYの字に近い二股の金属棒で支えられている。台座、支え、文字盤、そのどこにも控えめで品の良い装飾がされているが、時計を動かす機械的な構造が見あたらないため、包みから出された時は鏡だと思った。実際文字盤の裏は鏡として使えなくもないと思うくらい磨き上げられている。


 文字板は1~12の数を表す字が地球と同じように配置され、一回りで12時間。二回りの24時間で1日になる。そして1時間は60分。つまり地球と同じ読み方で使えるため読みやすい。


 ただ、じっと見ているとなんとなく地球の1分とこの世界の1分は微妙に長さが違う気がする。まぁ1日の長さはこの世界に来た当初から気にした事がなかったし、時間と無縁な生活を三年間も送っていたから体内時計が狂っているだけかも知れないが……


 とにかくそんな時計で確認すれば、現在の時刻は5時半になろうとしている。この時計で午前か午後かは読み取れないが、当然午前だろう。午後だったら大寝坊だ。


 軽く寝なおす事もできるが、そんな気分じゃない。と考えていたら、奥から抑えられた足音が聞こえてきた。


「セバス、さん?」

「おはようございます、リョウマ様」


 足音の聞こえた方向に目を向けると、公爵家の執事さんが奥から歩いてくる。


「どうしました?」

「先程の妙な物音が聞こえた後、廊下に光が漏れていたので」


 どうやら俺がベッドから落ちた音を聞きつけたようだ。


「起こし、ました?」

「いえ、我々使用人は普段からこの時間には起きていますので、アローネとリリアンも起きていますよ。他はまだ寝ている方もいらっしゃいますが」

「そうですか……」


 なら、もう日も昇るだろうし川に水を汲みに行くか。ただじっと時間を潰すのは無駄だし、かといってここで色々やっても迷惑だろう。


 セバスさんにそう伝えると、水なら魔法で出せますよ? と言われたので軽く訓練をしたり、出かける前に少し歩いてくる事。お風呂でも厨房でも、家の設備は何でも好きなように使っていい事を伝えて家を出た。


「ふぅ」


 外に出ると静謐(せいひつ)な森と朝の空気が肌を撫で、呼吸するごとに肺へ染み渡る。その冷たさが心地良く、遠くの空から日も昇り始めているようで、外は灯りを点けなくても問題が無い程度に明るいので実に歩きやすい。


 朝露で濡れた草を踏み、慣れ親しんだ道をのんびりと歩く。この川に続く道も何度行き来した事か……といつになく感傷に浸っていると、ふと気づいた。あの夢の部屋は俺がこの世界に来た頃の(・・・・・・・・・)家だと。


 少し曖昧で思い出せない部分があるが、あの夢には家具だけじゃなくて壁の地図や奥への通路も無かった気がする。来たばかりの頃は家を掘って、食料を確保して、水を汲んでの繰り返しだったなぁ……思い出してきた。掘り続けて生活スペースに余裕ができた頃が丁度あの夢に近い。それで、そうそう、ここだ。


 目の前にはいつも水を汲んでいた川が流れている。深さは足首から深い所で膝上まで。あまり深くは無いが、横幅が広めで穏やかな水音が絶えない。


「『ロック』」


 土魔法で水瓶を作る。

 水魔法に慣れてからは魔法で済ます日が増えたけど、昔は毎朝必ずここで水を汲んでいた。

 他にも体を洗ったり、洗濯をしたり、川べりで型の練習をしたり、と当時は家かここのどちらかで大半の時間を過ごした気がする。


 で、家に余裕ができた日の朝もこうして水汲みに来て……流れてきたスライムを拾った。


 川の流れに身をゆだねて浮かぶスライムは昔から割とよく見かけたけど、その日は手を伸ばせば届くほど近くまで来たからなんとなく水瓶で掬い上げ、なんとなく家に連れ帰って従魔術の練習に契約してみた。


 従魔術の基本、『従魔契約』は魔力を糸のように紡いだ物で自分と魔獣を繋げて使う魔法で、一度契約すれば契約を解除しない限りある程度の意思の疎通や命令、位置の把握ができる。


 しかし初めての契約の時漠然と感じたスライムの感情を言葉にすれば“恐怖”で、体を小刻みに震わせている姿を見た俺は、そのスライムに『田淵君』と名前を付けた。名前の元になった元部下と初対面の印象が物凄く似ていたからだ。


 スライムの田淵君は最初、流されて弱っていたのか動きがやたらと遅かった。俺が手を伸ばしても震えるだけで逃げようとしない。餌に生きたグリーンキャタピラーを与えたら、5回に2回は追いつけずに逃がしてしまう。水を飲みに川へ近づき、流れに飲まれて川を下る。……俺はその日、初めてスライムがどうして川を流れてくるのか、その理由が分かった気がした。


 それからは餌をあげたり、訓練をさせてみたり。進化してからは実験を繰り返して今に至る。

 懐かしいな……残念ながら田淵君はもう居ないが、核はまだ持っている。




 ……懐かしいと言えば、元部下の方の田淵君は今頃どうしているだろうか?


 新卒で俺の会社に入ってきたオタク系、ぽっちゃり体形の男。勤続年数だけは長かった俺が指導役として顔を合わせた途端、前世の俺の体格を見て震えていた。人の事は言えないが、あいつも人付き合いの下手な奴。


 でも遅刻はしないし、仕事の手順とやり方を説明してやって欲しいと言えばやってくれた。何かをやらかした時、相手に伝わるかどうかは別として申し訳ないという気持ちは持っていた。オタク趣味を持つ者同士、世代と方向性が違っても時々は話が合った。ホウ・レン・ソウにも難があったが、俺が死ぬ前には改善していた。


 俺が死ぬ前には一人前に仕事をしていたから腕前に問題はないと思うが……できればあの会社はとっとと辞めて、もっと良い職場を見つけているといいな。


 今になって考えるとかなり手を焼かされたけど、彼は俺が受け持った中では良い部下だったと思う。そうでなければ、思い出してもスライムの名前には使わなかっただろう。ろくでもない上司や部下の事なんて思い出しても楽しくない。


 (もっと)も今では数が増えすぎ、そもそも名前を付けなくなってしまったが……個体の判別も呼びかけも確実にできる。契約の効果が便利すぎる。


「っと、今何時だ?」


 大分長く思い出にふけっていたようだ。水面で反射した光が目に入り、周りを見ればもうだいぶ明るい。型の練習……いや、予定もあるし、もう戻っておく方がいいか。


 作ったまま放置していた水瓶一杯に水を汲み、肩に担いで家へと帰る。すると戻った家の前には護衛のジルさんとゼフさんが立っていた。自分の身長より大きな水瓶を担いでいる俺を見て驚く彼らに挨拶をして、家に入れば時計は7時を指している。やはり結構時間が経っていたな……おっと。


「リョウマ君、帰ってきたのか。おはよう」


 奥からラインハルトさんが出てきた。


「おはようございます」

「用意はできているかい?」

「問題、ないです」

「それなら良かった」


 その後俺は朝食に誘われたので、時間までスライムに餌をあげながら待つ。

 そして時間になったら公爵家の方々と共に食事をいただいた後、スライムを集めて家を出た。

 家の入口を土魔法でふさいで……戸締り完了。


 さて……初めての旅の始まりだ!


 三年間を懐かしむ気持ちに区切りを付け、後ろを振り向く。

 そこにはこれから共に旅をする11人が待っていた。


「もう良いのかのぅ?」

「はい、行きましょう」

「それでは、行くとしよう」

「おし、出発だ! お嬢、リョウマ。何かあったらすぐ言えよ!」


 先頭を歩くヒューズさんについて皆が歩き始め、俺も新たな一歩を踏み出した。

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