思い出から始まる
この世界のどこにもない、不思議な宝石のついた指輪。ある日私の頭に落ちてきて、そのまま見知らぬ世界に連れ込んだ。私の、大切な思い出のはじまり。今でも思い出す、初めて世界を飛んだ直後の言葉。「よお、待たせたな……って、おまえ誰?」
様々な時間の中にゴマンとある平行世界。その中でもたった一つの世界に存在した、時空を越える石。だけど今はもうその世界自体が存在しない。世界間での抗争で消滅してしまった。それと共に指輪にはめこまれていた宝石も跡形もなく消えてしまった。各々がそれぞれの世界に帰り、二度と交わることはない。
あれから10年も経って、私は中学生から社会人になった。もうあの時の出来事は遠い過去の記憶となったけれど、辛いことも悲しいことも、嬉しいことも心踊ることも…何もかもが最高点で、お金とか学歴とか社会的地位とか、そういうのに囲まれている今がとても窮屈で色褪せていて。前は喪失感みたいなのに耐えられなかったけど、もうそれには慣れてしまって、でもやっぱり物足りなさを心の奥で感じていて、いつもは引き出しに仕舞ってある欠けた指輪を今日は持ってきてしまった。あの時を思い出したかったのもあるけど、何か起こってくれないかという期待もあった。
「そんなに都合のいい話、あるわけないよね」
公園のベンチで一人呟いて、鞄に指輪を入れた瞬間。ゴオッと突風が目の前を通りすぎ、雲もないのに雷が落ちた。飛ばされないようしっかりとベンチの背もたれをつかみ、目がくらんでぎゅっとつむったけれど、瞼を上げると同時に飛び込んできた懐かしい声に、私の視界は溢れ滲んだ。
「よお、待たせたな」
Fin.