お宅訪問(グレートスさん編)
「…ここがあの女のハウスね!」
「そうなんですよー!ほえーすっごく大きいですね!」
「ああ、やっぱ金持ちだったんだな。あの姉ちゃん」
僕のネタを二人は総スルーして、前方にある大きな屋敷に目が行きます。
それはまるで王宮のようでした、全体的に白を主とした豪華なつくり。
当たり前のように存在する大きな噴水と周りにひしめく桃色の花々が咲き誇り、春を連想させる柔らかな匂いが僕たちを包みこむのです。
ここは夜角目グレートスさん用に建てられたと言う別荘。
ここまで携帯を難なく駆使した安谷光の活躍によって、グレートスさんお抱えの方が丁寧にもお迎えに来てくれました。
車内では二人が仲良く話しているのを聞くだけの係りでしたが、降りたその後言葉を失った二人を正気に戻したのは僕の活躍であると言っていいと思います。
夜角目本邸はこれに比べるべくもない豪華で、この世の物とは思えない極楽浄土の地だと聞いています。
でもここも十分一般人にとっては夢のような家です。
二人共子供のように(実際子供なのですが)はしゃいでおります。こうして見ると可愛いものですね子供とは。…自分も、今は子供なんですけど、ね。
僕は、元高校生だから。純粋じゃなくても仕方ないんやよ。
「ふふっいらっしゃい。可愛い可愛い私の妖精さん達?」
「わわっおねえちゃん、とっても綺麗です。まるで女王様みたいですよ!」
停止を告げるべくもなく走り出す安谷光。
彼女の向かう先には背中がぱっくりと丸見えな髪と同じ色のドレスを纏うグレートスさんの姿。
確かに女王と呼べども違和感のない煌びやかなグレートスさんがそこには立っていました。
堂々としたその立ち姿に僕は思わず何か歌いだしそうで、怖いなと感じます。
ありの~ままの~とか素で歌いそうです。
というか24時間カラオケで実際歌ってましたかねそう言えば。
思いだせばあの時は本当に辛かったです、本当に一人で10何時間も歌う羽目になるとは思ってもいませんでした。
最後の方なんて記憶にないぐらい程で、よくあの場を凌ぎきったなと自分で自分を褒めたいと思います。よくやりました、僕。
「何してんだ?こんなとこで突っ立ってても仕方ねぇぞ。早くひかりのとこ行こうぜ」
見れば穂枯雫も妙に浮足立っているように見てとれます。
この花の匂いに当てられたのでしょうか。彼女らしくもありません。
顔にははっきりとした好奇心が映し出されています。
いつもの僕に対する顔ではありませんね。いつも僕を見るときは、何処か不機嫌そうな表情を浮かべていますから。
「…わかりました。すぐ、行きますよ。」
僕は前をひた走る穂枯雫を追うように後をつける。
先についたのだろう安谷光はグレートスさんに上手く抱きとめられ、ご満悦の様子だ。
薄金色の淡い髪質の彼女と薄桃色のグレートスさんは非常に絵になります。
何がおかしいのかニコニコと笑いあう二人に少し心を温かくしながら、僕は桃色の花々が風で舞う中一直線に彼女の元へと走り出しました。
◇
向かった先は僕の良く知るグレートスさんのお部屋。
ペルシア絨毯を敷き、真っ白な机と椅子。キングサイズのベッドは何人寝ることが出来るのか最早分かりません。
僕は勿論定置となるグレートスさんの隣に座ります。
柔らかく暖かな体に触れて、とっても頬ずりがしたい気分でしたが今は二人の知り合いがいますので自重しておきましょう。
いつものようにグレートスさんの暖かな手が僕の小さな頭へと落ちます。
そのまま優しく髪を撫でられ、気持ちよくなって、でも僕がこんなに甘えてしまったらいけませんよね。
僕の恰好はデニムローライズに水色のシャツ。何処か浜辺で遊ぶ子供のような感じの恰好です。
寄り掛かる僕は流れる薄桃の髪にそっと手を伸ばして、弄ります。
腰に抱き着き、匂いを嗅ぐ。いつもみたいに桃の香りが鼻をくすぐり、思考が麻痺していくのが分かりました。
このまま身を任せ、僕はグレートスさんが多くの女性にしてきたようにその未熟な身体を…
「もぅあーちゃんばかりずるいです!わたしも混ぜて頂きたいです!」
グレートスさんの手が伸びかけたところで安谷光が乱入してきました。
危ない、危ない。このまま意識が飛んでいたら、理性の無くなったグレートスさんに何をされていたか分かった物ではありませんね。
上を見上げればとても悔しそうなグレートスさんの顔が拝めます。
その首筋、鎖骨の至るところまでこちらを誘っているかのように感じるのです。
何でしょう、この気持ちは。まるでいつもの僕ではないような、そんな感じがするのですが。
「…グレートスさん?よく見ればいつもは焚いていないアロマがありますが、あれは一体?」
「ふふふっ何でも、何でもありませんことよ。」
僕の視線の先には椅子の下で見えないように上手く隠したつもりのアロマが存在する。
多分興奮作用とか云々があるのでしょうね。
そんなに僕に手を出してほしいんですかグレートスさん。
「…そんなことしなくても普通にしてもらえば十分綺麗ですから、そのような計略を練る必要なんてないんですけどね。」
「嬉しいこと言ってくれますね合ちゃん。私も貴方のこと、好きです。早く大人になりたいですね。」
染み染みと言葉を噛みしめるように呟くグレートスさんに、なってどうするのかはあえて聞かないことにしましょう。
養子縁組とか使って無理矢理僕を家族に引き入れそうです。
「もぅあーちゃんばかり構ってないで、わたしにも構ってほしいのです!おねえちゃん!」
「ふふっそうですね。来て光ちゃん?なでなでしてあげますわ。」
反対側に陣取る安谷光は、甘えた声でグレートスさんに抱き着きます。
彼女は生来の甘えん坊であるようです。撫でられている彼女の顔は大きく弛緩して、今にも溶けてしまいそうでした。
僕はようやくアロマの魔の手から逃れ、平常心を保てるようになっています。
僕の正面には引きつった顔を見せる穂枯雫がいる。
彼女は彼女で思うことがあるのか、じっと二人の様子を眺めているのでした。
一面に貼られたピンク色の壁紙が僕の神経を蝕んで行くかのようです。机に置かれた僕の分である緑茶を飲み干しました。
僕がここに来た意味は何でしょう。
二人に手を引かれてここまで来てしまいましたが、今この場で僕にやれることはありません。
いつもは主人公の動向を聞く為ここを深く観察することもありませんでしたし、じっくりとこの部屋を見ると言うこともいいかもしれませんね。
僕は180度全ての角度から部屋を眺める。
小さなぬいぐるみが一か所に集まっていたり、勉強机だと思われるものには参考書や教科書の山が出来ていた。
分厚い本が並べられた本棚が勉強机の隣に存在している。そのどれもが百科事典のような厚さを物語っていた。
ペルシア絨毯には様々模様が映し出され、その一つ一つを眺めていると退屈することなく暇をつぶせそうだ。
天井には透明なシャンデリアが当たり前の如く、吊るされている。
大きなガラスの造形に関心を深めていると、僕に話しかけてくる穂枯雫。
「それで?ここに連れてきて何企んでやがるあわせ!
逃げ場を塞いで知ったら殺そうとするつもりなんだろ!
そうは問屋がおろさねえだぞ五十年早いぞはたおりあわせ!」
少々心理状態が穏やかではない穂枯雫。
そしてどうしようかと僕も考えを巡らせます。
彼女に全てを話す、いやいやそんなことできるはずがありません。
もし僕が失敗すればと考えれば、巻き込むわけにはいかないのです。
せめて顔見知り程度に済ませておきたかったのですが、ここまでしつこいと顔見知りでは済まされませんよね。
僕はどうしようかと巡らせていた思考を停止させました。
だって無意味です、無価値です、無用です。
彼女たちが何をしようと僕の助けになるとは考えられないのです。
大いなる権力を持つグレートスさんなら分かりますが、対して力もなければまだまだ幼い小学5年生の女の子二人で一体何をしろと言うのでしょう。
ここは適当なことを言ってお帰り頂いた方が無難でしょうか。
そう思って口を開けようとする僕より一足早くグレートスさんが穂枯雫に声をかけます。
「貴方なんて必要ないらしいわよ。えーとほがらしさん?」
それは未だにこちらに掴みかかりそうな穂枯雫の動きを止める、最悪の一言でした。