目覚めの朝
清々しい目覚めの朝とは、流石にいかなかった。
僕は極めて朝に弱いので、眠気眼で学校の支度して朝食は少なめによそう。
いつもの時間ぴったりに欠伸をしながら家から出ると、玄関口に少しだけ見える小さな黒い頭。
そのぼさぼさとした短髪の頭に見覚えは少しあるにはあったが、心当たりはそれ以上に断言してしまうほど存在する。
昨夜グレートスさんと共に訪れた夜の学校。デートと評したそれに邪魔者二人が現れたのは記憶に新しい(というか昨日のことだしね)。
それは僕のクラスメートである穂枯雫と安谷光。携帯で話していたのを物陰から聞かれていたみたいで、彼女たちは僕らの前に姿を見せた。
だが結局二人には何の説明もないまま、その場でお開きとなったのだ。
主な目的であった監視対象の主人公たちがいなくなったことに気づいたグレートスさんは半ば強引な解散宣告で、皆家へと送り返された。
グレートスさんのSPがエスコートして一人一人大きなベンツに一緒くたに乗せられた。
それに唯一反抗する穂枯雫であったが、あまりにも暴れるため抵抗虚しく早々と一人別の車に乗せられ走り去ってしまう。
僕と安谷光とグレートスさんは悠々と大きな車内で会話を楽しみ帰宅した。
車内は広々とし過ぎて落ち着かない。その様子を楽しむようにこちらに微笑みかけるグレートスさんが妬ましく感じる。
フルーツなんかも出てきて、下品にもマナーのなっていない僕は出てきたもの全てを食べ尽くしていた。昨日の自分を消し去ってしまいたい。
でもそんなことは当然できないわけで、僕は特に危なげもなく家にたどり着いた。
最後に車から出た時にグレートスさんのお膝に乗ったまま眠りこけていた安谷は、無事に家に帰れたであろうか。
お持ち帰りされてグレートスさんに弄ばれていたのではないかと心配だ。
今日会ったら聞いてみようかな。昨晩はおたのしみでしたねって。
「おい無視すんなゴラァ!」
どうやら相当考え込んでいたらしい僕にずっと話しかけていただろう彼女は突如怒りを爆発させる。
どこぞの電気びりびり中学生のような鋭いタックルを仕掛けてきた黒頭。
しかし僕がそんなバカでもわかる見え透いた攻撃にわざわざ当たる必要はない。
くるりと回転し僕はタックルを躱す。
黒頭は言わずもがな速度を落としきれずそのまま僕の後ろにある玄関に頭をぶつけようとしていた。
だが黒頭には幸運なことに丁度僕の姉が朝支度を終え、玄関口を開けたのだ。
どすんという音がして小さな黒頭は自分の頭二つは大きい我が姉を押し倒さんとした。
後ろによろめく姉だったが倒れるまではいかず、ぶつかってきた物を見て口元を緩める。
「…危ない。今度から気を付けるんだぞ君」
何事もなかったかのように颯爽と出ていく姉はさながら宝塚の男役のようで。
男装でもすれば一躍学校の女子からファンレターの嵐。短く整えられた髪が余計にカッコイイ女性像を形作っていた。
そんな自慢の姉に呆気にとられる黒頭。通称穂枯雫。
何をしに来たのやら、ずっと玄関口で固まったままとなっているので、流石にそのままにしておくことも出来ず無理矢理立たせて歩かせる。
しばらくそのまま押して歩いていたが、数分もするとようやく彼女の意識も戻り今の状況にも気が付く。
「わっわっ押すな!押すな!じっ自分で、自分で歩けるからッ」
「…それは押せっていう合図かな?そーい」
人から押されているこの状況が恥ずかしいのか顔を真っ赤にしている穂枯雫。
それに悪戯心の芽生えた僕はそのままの姿勢で学校への道を押し進む。
時間にして数分の短い距離、だが彼女にとってはそれは永遠にも感じるだろう羞恥の刻であったことは最早言うまでもなかった。
◇
「っとにかく、説明。説明をしろよ!お願いだから!」
「…えーどうしようかな。僕人に押されて登校しちゃうような子には教えたくないなー」
「むぐっそっそれは、お前が勝手にやったことだから!俺が頼んだわけじゃねぇもん!」
涙目となる穂枯、通称褐色黒頭。
今は授業と授業の間に設けられた短い休憩時間。登校を果たした彼女が直ぐ僕に突っかからなかったのはまあ恥ずかしいという気持ちが大きかったからに違いない。
だからこうして思い出したように僕の席まで足を運んできた。
でもどれだけ気になるんだよって話だけどね。もうほっといてもいいじゃないかって普通なら考えそうなものだけどね。
小学生なんだししつこいのもまあ仕方ないのかなと僕は思うわけで。
「君に教えても理解できなさそうだから話すのやだー」
「こいつひでぇ!俺舐めてるとただじゃすまないぞ!」
「え?君舐めるとただじゃないって?え?お金貰えたりするのかな?」
「むきー!ムカつく!あわせこの野郎、超ムカつくぜおい!」
最早悪ふざけとしか言いようがない適当な返しで相手を怒らせる。
こんなに怒らせても彼女は暴力に訴えない。それが分かっているからこそのからかいではあったのだが。
「いけばいいじゃない。おねえちゃんのとこへ」
「「は!?」」
「だからおねえちゃんのとこへ行けば、分かると思う。昨日なんであそこにいたのかとか全部。」
新たな侵入者の元、相手を怒らせて有耶無耶にしてしまおう作戦は見事失敗に終わる。
侵入者は昨日グレートスさんの被害者になったのかとっても気になる安谷光。
一時限目が終わったばかりと言うことで彼女の瞳は未だ落ちてしまっているが、その発言は妙に的を射ていた。
僕がだめならグレートスさんに聞く。確かに合理的だ、彼女が僕の情報を簡単に話すとは考えにくいがとっかかりとしてはそれ以外に方法は無いように思える。
だがそこでひとつ問題が生じるはずだ。彼女たちはグレートスさんとの連絡手段がない。
だから話はそこで終わり、また僕の右に受け流し左へ受け流す作業へと移る。
――――そう思っていたと言うのに。
「んーでも俺アイツの家とか知らないし、あわせから聞いた方が早いんじゃ…」
「ふふんっこんなこともあろうかと、わたしおねえちゃんの電話番号手に入れていたのです。どうですか偉いですか!」
「いや、別に偉くはねぇんだけど。兎に角でかしたぞひかり!これで謎が一つ解明されんだな。」
「あーちゃんをしあわせにしたい隊長のわたしですから、こんなのちょちょいのちょいなのです!」
えへんっと口に出しそうなほど体をのけ反り、ドヤ顔を晒す安谷光に僕は戦慄する。
あの短時間でグレートスさんの連絡先を入手した、だと?
それはこの子がすごいのか、それともグレートスさんがちょろすぎるのか。
多分両者だと思うけど、大金持ちのお嬢様がそんな易々と連絡石教えても大丈夫なのでしょうか。
僕とっても心配になります。
それとそのあーちゃんを幸せにし隊についても詳しく聞いていいですか。
隊長が安谷光であるというだけで色々察しますけど、一応ね。
活動内容をしっかり把握しないと後からが怖い。
「…うん、そのお姉ちゃんって奴が今日おうちに来てもいいんだってさ。早速今日終わって探検しようぜ!」
「わわったのしみ、たのしみでーす♪」
「…少しは断りましょうよ、グレートスさん。」
何と一言二言で快く了承してしまったらしいお屋敷訪問は、僕の知らぬとこで密かに決まったていたのでした。
不安しかない放課後、僕は鳴り始める二限目のチャイムにそっとため息を乗せた。