夜の学校楽しみです おわり
夜の学校というのは不気味だ。
昼間とは違う世界に紛れ込んでしまったように、見る物すべてが恐怖の対象である。
音楽室、美術室、理科室などはどこの学校にもある七不思議の舞台だ。
校内は昼間とは違い静まり返り、風が校舎を駆け抜ける音以外全ての音が消えてしまったかのよう。
運動場は真っ暗闇で人影を見つけるのさえやっとだ。
街灯は勿論、保護者バレーも校内に残る先生の姿もない。幽霊でも出そうな雰囲気が十二分にあり、少なからず怯えた様子を前方で震える少女が見せる。
少女は携帯のバイブレーション機能のように震えることが仕事であるようです。随分長く震えっぱなしとなっていました。
「ううっやっぱり夜の学校ってすごく怖いよ。おばけで出てきそうなんだもん。」
「…そんなあなたに朗報です。出口はあちらになります。」
「あっご丁寧にどうもですあーちゃん。ささっ帰りましょうかしずちゃん、こんな怖い所に長いはむよーなんですよ!」
「おいッこんなとこまで来てそうやすやすと帰れるかってんだ。俺はあわせからじじょー聞くまでここを動かねぇからな!」
ちっ無理だったかと僕は心の中で悪態をつきます。
安谷光という気弱でおっとりとした少女の声なら素直に従うだろうと思ったのに、逆に決意をより固めてしまっただけのようです。
これだから男勝りの負けず嫌いは、たちが悪いと思わずにはいられません。
穂枯雫はその場に居座らんと胡坐をかいてしまう。
目はこちらを見据え、僕の言葉を今か今かと待つ。隣でおろおろと狼狽える同級生をお構いなしに、だ。
だからこの子は苦手なんだと僕はため息をつく。
いつもいつも男に混じり行動し姉御肌の頼れる性格でクラスの皆にも人気の彼女だが、誰彼かまわず仲良くなろうとするその性根がひとまず気に食わない。
しつこく話しかけられたら嫌な奴だって世の中にはいるのだ。そして僕はその中の一人であると言っていい。
彼女と僕は結局平行線上にいる相手なのだ、分かり合うことなんて出来ないし。『ゲームのように』友になることなど考えたくもなかった。
そもそも僕はこの二人とはずいぶん距離を置いたはずでした。
理由としてはそうですね、僕が死んだときに彼女たちには悲しんでほしくないのです。
『ゲーム内で』チラリとだけ出てくる彼女たちなのですが、少しの出番に見える細かな心情描写は彼女たちの全てを映し出し、そしてそのどれもが美しく感情移入出来るものとなっていました。
だからもし僕が死亡フラグを折れず亡くなってしまったらきっと彼女たちの将来に暗い影を落とすことになってしまうでしょう。
そんなこと僕が望む結果なんかではない。ならば彼女たちに関わらずいたら、それは悲しみを軽減される処置となりえる。
ですから僕は彼女たちから距離を置く。昼休みに遊ぶ相手がいないと言うのも実はそのためだったりするのですが、如何せん彼女たちはしつこい。
ゲーム内の関係は絶体厳守であるとでもいうかのように、こちらが拒否の意思を伝えどもその勢いが衰える様子がありません。
逆に何とか仲良くなるきっかけを作ろうと躍起になっている様子さえ見えます。もう、僕のことはほっといて欲しいというのに。
お互いがお互いを見つめ合うこと約数分が経過しました。
依然僕は口を割ろうとはしません。
当然です、ここに来たのはこの世界を変えうるそんな危険な橋を渡ろうとしていたのです。
彼女に説明したところで納得してくれるとも思えませんので、ここは黙っておくこととしました。
緊迫した雰囲気の中天の声ならぬグレートスさんの声が場を制すのです。
「はいはい、険悪なムードはもうこりごりですよ。一体何があったのですか?そろそろ状況を説明してくださりませんと私には分かりません。」
相変わらず僕を覆うようにして抱きしめたままのグレートスさんは今の状況を説明してもらいたいみたいだ。
確かにグレートスさんからすればいきなり小学生二人が現れたってだけだからね。
意味が分かんないのも無理ないと思います。僕は渋々という感じで口を開いた。
「…この二人は僕のクラスメートです。多分携帯で話しているのを聞かれてここに来たんじゃないかと。僕の不注意です、ごめんなさい。」
「いえいえ、いいんですよ、皆で遊んだ方が楽しいですものね。ほらこっちにおいでなさい二人とも。」
僕が素直に謝ったところ案外直ぐに許してくれたグレートスさん。
でも次の発言でこの二人を近くに呼んでいます。成る程小学生の児童を囲んで、気分はすっかりハーレム王ですか。
見境ないですね、犯罪です。お巡りさんこっち、こっちに幼児趣味の変態さんがいます。
早く捕まえて牢屋にでもぶち込んでください。それぐらいしなきゃグレートスさん更生出来ないと思いますから。
「えっええどうしようしずちゃん!?知らない人について行ったらだめって言われているのに、どうしようどうしようしずちゃん!?」
「…っんなこと言ってる間にちゃっかり抱き着いてるじゃねぇかよ。」
呆れた声を出す穂枯雫に、思いっきりグレートスさんへとダイブする安谷光。
穂枯雫の方は依然胡坐をかくままで、じっとこちらを見つめている。この暗闇の中しっかりと顔は見えていない。
冷たい風は尚も吹き荒れていた。
一方の安谷光は僕が羨ましかったのか、何とか僕の隣へと座りこもうとしている。
狭い懐事情ゆえ子供二人と入らない空間。勿論僕に譲る意思はなく、ひたすら背中に感じるグレートスさんの温かさに酔いしれていた。
「むーあいちゃんこうたい、交代です。おねえちゃんを独り占めにはさせませんよ」
「…初対面の人にいきなり馴れ馴れしく頬ずりしたり、いきなりお姉ちゃん呼びしたりどうなんです、安谷さん?」
「私にはご褒美でしかありませんね。」
「…うん、グレートスさんには聞いていないので黙っててもらって結構です。」
中々カオスなこととなりました。
当初の目的である二人は既に居ません。別々に帰宅の途についたのを横目で先程確認しました。
きっと失敗したのでしょう。選択ミスしたか、もしくは彼は彼女のお眼鏡にかなわなかったか。
どちらにせよここにいる意味はもうありません。
妨害することは叶いませんでした。
まあしなくても構いませんでしたが、あんな鳩が空飛んでいるような空間を目撃したならちょっかいを出したくもなります。
なので少し残念です。せめて冷やかしとか、したかったかもしれません。
次こそは何かアクションをしないと、です。
「だ・か・ら!なんでここに来たのかさっさと説明しやがれあわせー!」
「どうでもいいじゃないですかしずちゃん?それよりもこっちにくるといいです。おねえちゃんとっても気持ちよくてふかふかなんですよ!」
「ふふっ可愛らしい妖精さんが二人も増えてしまいましたわ。今日はとっても良い日ですねぇ」
「…親しくなるのが早いのも若い者の特権、ですか。僕にはわからない感覚です。」
ギャーギャー騒いだり、ふふふっと怖い笑みを浮かべる淑女さんがいたり、甘えん坊な子供がいたり、冷静になる僕がいたりしててんやわんやしています。
でもまあこんな日があってもいいんじゃないでしょうか。
現在4月の下旬、未だ本命を見つけていない模様の主人公を尻目に僕の騒がしい日常は夜の星と共に輝きをより強めようとしていた。




