夜の学校楽しみです ちゅーかん
純白のワンピース、艶やかな黒髪には向日葵の髪留めが差されている。
その佇まいはどこかのご令嬢に見紛うほどで、絵画の世界から抜け出してきたかのように現実離れしていた。
思わずため息が出てしまう程に美しく愛嬌のある顔立ち、美少女とはこういうことだと言われても思わず納得してしまう程だ。
道行く者たち皆が振り返り目の保養であるとばかりに微笑む。
さながら人を笑顔にする為に生まれた天使のようで。
光の粒子を幻視してしまう程の美少女、それがもし自分でなかったとしたならきっと僕も素直に見惚れ、羨ましがるのにと思わずにはいられなかった。
「さっ流石ね合ちゃん。ナチュラルに私を殺そうとするなんて只者じゃないわ。」
「…さっさと鼻血吹いてください。折角のお洋服に血がついてしまいますよグレートスさん」
慌てて持ってきたポケットティッシュを渡してあげる僕にグレートスさんは鼻を押さえて感謝の意を伝えてきた。
時は午後8時前、すっかり暗くなった街にはぽつぽつと街灯がつく。
情報によれば今宵主人公のイベントがこの小学校で密かに行われるらしい。
そこに僕とグレートスさんは潜入捜査。どのような妖しい密会が行われるのかと野次馬のごとく見学するのだ。
記憶を辿ってみると確かこのイベントは星宮琉翔と呼ばれる幼馴染ポジションの好青年くんとの昔を懐かしむ物であったと記憶している。
彼女たちは思い思いに簡素な遊具でキャッキャウフフの恋人空間を演出する。
そして遊具の上で寝転がる二人は星を見て夢を語り、主人公は内容をはぐらかすんだけど琉翔は真っ直ぐ主人公の瞳を見つめて―――――
はあ考えるだけで身の毛のよだつ話です。画面からそれを見るならまだしも、生で直接見るとなるとダメージもデカいことでしょう。
これからあの幸せ一杯の空間を逐次見ておかなくてはならないことに僕はため息を禁じ得ない。
「あら?どうかしまして合ちゃん?私とのデートがそんなにお気に召さないかしら。」
不思議そうに僕の顔を覗いてくるグレートスさんに僕は努めて明るく振舞い
「そんなことないですよ、早く入りましょうグレートスお姉ちゃん。」
「ぶふっ!はっはぃ早く入りましょうか。月が綺麗でとても美しい夜ですからね。」
お姉ちゃんと呼んでみると効果は著しく、閉ざされた正門を堂々と開け僕たちは運動場の方へと足を進めた。
勿論鍵はグレートスさんが持つこの町全ての公共施設の鍵を開けられる『スペアキー』にていとも簡単に開けることが叶う。
校舎を過ぎて運動場に出てみると数百メートル先に見える二つの影。
どうやら主人公と幼馴染君のようです。僕らはそれを物陰に隠れつつ観察する。
二人とも楽しそうに戯れています。こっちの気も知らずに呑気によくもまあぬけぬけと。
高校生か何か知らないが、さっさと帰って勉強するべきなのです。学生とは勉強が本分だと記憶していますが、違うのですかね。
「それを言うなら私たちも似たようなものではないでしょうか?」
「いいんですいいんです、僕たちは特別だ。」
僕たちには彼らと違い、命の危機が迫っています(主に僕がですが)
グレートスさんも今のままでは確実にバッドエンドの道へと進み、悪役令嬢らしく学園追放とお家取り潰しが現実味を帯びてくるでしょう。
勉強など、今やることではない。僕たちがやらないといけないことはまず死亡フラグを折ること。
それに限ります、だからグレートスさん。ついでとばかりに僕にくっついてくるのは止めにしてもらえませんか。
非常に暖かく心地よいので離れてしまうのはとっても残念なのですが、今はそんなことしている場合ではないのです。
今日この日の為にとおめかしをしてきたのでしょう、その純白のサマードレスはとても魅力的なのですが、ですが今は止めていただきたい。
桃の香りのするグレートスさんが後ろから抱き着くだけでとても幸せな気持ちとなります。
なりますがもう、離れてグレートスさん。
「いやです。何故私が妖精さんを手放さなければならないのでしょう。この妖精さんは気づけばどこかに飛んでいきそうなほど自由なのです。だからちゃんと捕まえておかないと」
「誰が妖精さんですか…それに妖精さんなら自由にしておいてください。囚われの身はもう、こりごりなのでしょうよ。」
強引に彼女を引き離すとこの暗がりの中、ちゃんと表情が見えるわけではないのですがきっと悲しい顔をしていることでしょうね。
ですが遊びではありません。ここに来たのは僕らの未来の為ではないですか。
デートだとグレートスさんは言いますが、その前に僕たちにはやるべきことがある。
それを最優先に行動するべきだと僕は思うのです。
「…偶には息抜きも必要ですよ?それに、今の彼女たちに何かできると合ちゃんは本当に思いますか?」
目は二人の影を追う。
今の二人は本当にこの一瞬の生を精一杯楽しんでいるかのように見えた。
遠くて暗くて詳細には見えないが、声だけはこちらまで嫌という程響く。
どのような障害も全て笑い話に代えてしまいそうな、そんな雰囲気がありとても邪魔など出来ようはずもない。
上を見上げれば数々の星が瞬き、この一瞬の為に流れ落ちる。
自分がちっぽけな存在であると自覚させられると同時に、些細なことで悩み過ぎているなと勘づく。
今はイベント序盤の4月下旬。何をそんなに慌てているんだと僕は自分を見つめ直す。
未だ冷たい風が頬を撫でた。夜だと言うことで吹きさらしの運動場は薄手の僕には少々辛い。
僕は暖かい居場所を早々に見つけるとダンゴムシのようにくるまってしまう。暖かい居場所はそれに怒るでもなく僕の小さな頭を優しく撫で回した。
「…あったかいですグレートスさん。貴方は本当にあったかい。」
「ふふっありがとう。私の小さな小さな妖精さん?」
僕とグレートスさんの間に静寂が生まれる。
でもそれはとても心地の良い安心できる空間で、つい小学生の僕はお休みの時間が近くなったことで瞼が下りようとしたのだけど
「見つけた!よーやく見つけたぞ!あわせ!」
「みっ見つけましたぁこんなところにいたんですね。あーちゃん」
そうやって大きな声を出すボーイッシュな褐色少女とか細い声のおっとりした淡金の少女。
非常に迷惑極まりないのですが、他人のふりを決めたいのですが、残念ながらこの二人は知りあいです。
彼女たちは僕のクラスメートにして『ゲーム内で』友人である二人、一度だけだがイベントに絡む僕の友人キャラその人でありました。
ですが今の僕に彼女たちを構う必要はこれっぽっちもないので、簡潔に言わせてもらいます。
「こっちくるな、あっち行け。お前たちのことは知らんぞ!この命に代えてもね!」
「命かけられるほど俺らのこと嫌いやがってんぜこいつ!!」
「ふぇえ酷いよあーちゃん!そんなこと言わないでよぉ!」
こうしてツッコミと甲高い泣き声がその場に鳴り響いたのでした。




