強引過ぎる決着
※今回はグレートスさん視点でお送りいたします。
私は2人の旧友に視線を投げます。
いつまでも変わらぬ姿、もう何十年とこの世界へと君臨してきました。
私立和良原学園の制服は今日も濃緑のスカートを翻して、風に揺れます。
私の後ろには手を伸ばしたまま此方を掴もうとする合ちゃんの姿。
乙女ゲー『世界の為に愛を壊す』から随分と遠回りしましたが、やっと手に入ろうとした愛の結晶。
モブキャラだとか理不尽にも殺されそうになった彼女を私は気に病む。
もう少しの辛抱です。私は必ず貴方を『生かして』みせます。
二人の冷たい視線は私を貫き、常人なら或いは委縮して体を縮めてしまうほどの効力がその視線にはありました。
しかし残念ながら私には効きません。
牽制にすらならず、私は悠々と合ちゃんの代わりに二人の間に割り込んだのでした。
「…よォ散々逃げ惑って、ようやくお越しのようだな。倉島さんよォ」
「…貴方まで出てきたのは計算外です。てっきりこの世界なんてどうでもいいと思っていました。」
返ってきたのは歓迎とも拒絶ともいえない反応で。
この世界がループしていることにも気づかずに、そこら辺を騒ぐ雑踏と何ら変わりありません。
私達は共にこの世界を創造し、世界に取り込まれてしまった被害者。
そう思っているのでしょう。そう思い込みたいのでしょう。
私が世界に時間という概念を取り除いたことに、気づきすらしないのです。
乙女ゲーを基にしたのは最初の世界だけで、その後の展開は私自身のループで歪んでしまったのです。
より歪に、いるはずのなかった魂さえ呼び寄せて。合ちゃんを救うために私は全てを捨てる覚悟で時間を遡った。
お蔭でこの通り物語通りとはいかなくなった世界が出来上がり、目の前にいる二人にも自我が芽生えました。
シナリオライターが三人いる。そのことは事実として存在します。
確かに私の他に二人のシナリオライターがいて、この世界を完成させました。
でもそれは最初の世界だけの話で、既に二人は帰らぬ人となり果てる。
今目の前にいる二人はただの抜け殻です。残留意志がキャラクターに乗り移って、あたかも本人であるがごとく動いているだけ。
決して二人は本物ではない。だからこそ私は――――
「…へっ?てってめぇ一体何を!?」
「さよならです女筒葵さん。貴方は私の目の前にいる資格はない。」
袖から取り出した拳銃で腹に一発食らわせます。
次の言葉すら聞きたくない私は続いて頭に一発打ち込みました。
乾いた音が世界を拒絶した空間には広がり、呻き声と共に女筒葵だった者は背中から倒れる。
地面には赤い染みが広がり、物言わぬ屍となった彼女にかける言葉はありません。
この世界線で全てを終わらせる。そう決めたのは間違いないのですから。
「―――貴方は、一体どこまで知っているのですか。夜角目グレートス」
目を見開いたのは一瞬の事、拳を握りしめながら主人公であると思い込んでいる乙留桜花に睨まれてしまいます。
彼女からしたらここで女筒葵が死ぬことは計算外だったに違いありません。
世界に平穏を望んだ彼女は、身を賭して奉仕する。だからこそ此方の行動に疑問を感じても仕方ない。
彼女はひどく優しすぎる。生前からの名残なのでしょうね。
しかしそれにしても滑稽な質問ではないですか。この世界を総べるのは彼女ではありません。
知り得た情報を発信することにどんな意味があるのでしょう。貴方もどうせ死ぬことになるのですから。
「私に答える義務が果たしてありますか乙留桜花。貴方が信じた世界の在り様は既に存在しないというのに。」
意志を伝承しただけの人形に興味はありません。
私は只暖かな温もりを持つ合ちゃんを守りたかっただけで、全てを投げ打った愚か者。
全てを歪めてもいい、全てを裏切ってしまってもいい。
ただただ求めたのは彼女生存の未来だけで。私は責任を感じていたのかもしれません。
シナリオでは全く救いのなかった彼女を、私は生きていて欲しかった。
だからこの世の終わりの先にある扉に手をかけてしまったのでしょう。
私を責める義務は誰にもあるはずがない。淡い恋と言ってもいいこの気持ちに、嘘はない。
合ちゃん以外の誰を手にかけたとしても、それは許されることですよね。
「貴方は会長『鋼康太』に恋したモブキャラです。話をする価値も本来ないんです、そこの屍と一緒に幻想を抱いて、静かに眠りにつくといいわ。」
引き金を引くことに躊躇いは在りませんでした。
拳銃から弾が出て、真っ直ぐに彼女の頭を貫きます。
言葉を交わすなど無意味極まりない。質問に答えることをしないままに私は二人の人を殺めた。
しかしそれも珍しいことではなく、私の手は酷く血で汚れている。
沢山の人を殺めてきました。時には家族すらも手にかけ、世界から彼女を守ろうとしたのです。
だから今回世界に傍織合が主人公であると認めさせたのは大きい。
それが誰かの策略であったとしても、これで世界は彼女を殺すことを諦めることでしょう。
何せ主人公となりうる者はもういません。後は私が自害でもすれば合ちゃんの未来は守れたも同然です。
私は拳銃を頭に突き付けて、引き金を引かんとしました。
これまでの長い長い人生が走馬灯のように駆け巡ります。きっと私は死んで地獄へと誘われる。
死後の世界で合ちゃんに会うことは叶わない。
それは私が負った数多くの悪行を思えば致し方ないことで。
自然とこみ上げる涙は、別れを惜しむ私の弱い心。合ちゃんともっと一緒に居たかった、もっと触れ合いたかった。
輝かしい未来を捨てた私には悔いが残ります。
でもより確実に合ちゃんが生きるためには、こうするしか道はない。
何度も時間を巻き戻した私にはわかります。世界は合ちゃんに優しくない。
幸いこの世界線では彼女の味方はいるようです。なので頼みましたよ安谷光、貴方に私の合ちゃんは託しました。
「ぐっグレートスさん!?いっ一体何をっ」
いつの間にか世界を区切った空間は崩壊を迎え、殻が壊れていくように彼方此方がひび割れます。
そこで意識を取り戻したのでしょう。
此方に向かおうとする目の前で私は頭に突き付けたままの拳銃の引き金を最後になる言葉を残して引きました。
「貴方をいつまでも愛しています。どうかいつまでもお達者で、合ちゃん。」
 




