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少しの真相

ようやく涙は乾いてきた。僕は開けていく視界を二人の高校生に向ける。

二人は僕の良く知る乙女ゲーの主人公と親友であった。

主人公の鋭い眼光が僕を巻き込み、空気を凍てつかせる。背中しか見えない親友キャラは、それを鼻で笑う。

罵倒が飛び交い、僕はそれについて行くことは出来ない。

内容はこの世界について、間違いだとか正しいだとか。まるで自分たちの力で、全てを作ったような言い草だった。


でも違いますよね。舞台を作ったのはもしかしたら二人なのかもしれませんが、既に匙は投げられた。

世界は元の流れを汲みながらも、変化の時を迎えている。

世界に蔓延る矛盾が蝕み、正統派乙女ゲーであるはずの計画シナリオは崩壊を始めた。


現に僕がここいるのは何故だ。他の攻略組と友好度を上げ、今やこの世界の主人公となろうとしている。

それもこれも全ては背中を見せる目の前の彼女が仕組んだ策略。

さかさおじさんから聞かされたのは、彼女こそこの世界を支配しようとする悪だということだ。

主人公をすり替え、傀儡にすることで好きに世界をクリエイトしようとしている。

書き換える世界の理は、どう影響を与えるだろう。この世界の人類は死に絶えるのか、はたまた記憶改竄によって無機質と化すのか。

ただでさえゲーム中のキャラは他人からの抑止力が効かない今。

これ以上の改変は悪夢しか生まぬ。ならば止めなくては、僕はそのためにここにいる。


まあ確信があるわけではないので、彼女が本当にそう考えているのかというのは分かりませんがね。



「…世界は私が作っていきますから、貴方は一人寂しく膝を抱えているのがお似合いじゃないですか女筒さん?」


「ほざけ、女言葉とか気持ち悪いし図々しい。猫被ってんじゃねぇぞ?」



繰り広げられる罵り合いに、僕は仲人を買って出る。

間に入って僕も会話に参入する。乙女ゲーの皮をかぶった世界は、今や僕の手にも捕まりそうになっていた。

この世界の主人公になるとはそういうことだ。単に今までは手島さんが変えるつもりがなかっただけで、目の前の景色は保たれていた。


描くのは何だろう、偶然シナリオに入っただけの一般人である僕は自らの運命を呪う。

死に絶えるだけの空想は、僕には少し重すぎる。時が進むにつれて蔓延る矛盾を、世界が修正するのも限界がある。

所詮プログラムだけで出来たこの世界。聞かされたときはどうしようかと思った。


よく見る異世界でもない人のエゴによって作られた世界に迷い込むなんて、僕は死んでもついてないようだ。


そんな世界で僕が在処を見つけたというのは、何かの皮肉だろうか。

今はもうこの世界を生きたいという気持ちしか存在せず、脳裏には3人の笑顔がチラつく。

手は緊張の為大量に掻いてしまった汗で濡れてしまい、動悸が激しくなる。

でも人と敵対することが怖いこんな僕でも、やれることはあるはずだとこの場に立つ。


僕は二人を牽制の意味を含めて、睨む。その視線に宿る怒気は弱弱しく感じたのか、眉一つ二人は動かさなかった。



「…僕を除け者に、話を進めないで下さい。呼んだのは僕なんですから。」



僕は深呼吸を一つして、何とか纏めた内容を口より吐き出す。



「二人のことは知ってます。この世界の元となった乙女ゲーのシナリオライターの二人ですよね。そしてこの世界を創造した。

でも上手くはいかなかったみたいですね、こうして僕というイレギュラーを生み、世界は二人の主人公を内包しようとしている。違いますか?」



二人は渋々といった表情で頷く。

こうして創造した世界に潜り込むというのは在りえない話です。

思い出せば僕の死ぬ前日、ネットニュースでシナリオライター三人の死亡が噂されていました。

根も葉もない噂だと高を括っていたのですが、どうやらそれは本当の事であったようで。

それからの活躍ぶりは詳しく聞いていませんが、到底理解しえないことであり。真っ白の世界に思い思いの欠片を詰め合わせていく。

それが結果的に乙女ゲーの世界にそっくりになってしまったのだと、おじさんは告げていました。


世界に一人だけ存在する『主人公』。


それが乙留桜花さんであり、3人の中でも特に温和な性格だと個人的に思っている手島さんに託された。

当初は良かったのでしょう。いささかいは少なく、世界は穏やかに時を刻む。

しかし人とは時の経過により、気持ちは大きく変わりゆくもので。記憶を封印していたという女筒葵の姿を取る足原は、世界を自分の物にしたいと思ってしまったらしい。

『ゲーム』であるこの世界を相手取り、試行錯誤の後僕という存在を見つけた。

転生者という『都合のいい』相手を、主人公の座につけることを思いつく。


そして僕はここにいる。策略通り全てのキャラと友好を築き、最早一人のターゲットに絞った主人公はすっかり影を潜めていた。

手島さんはそれに危機感を持っているのか、変わらぬ付き合いを続けていたがそれも今日までの話だ。


今日全ての決着を付けようと思う。それは説得するには骨が折れるだろうと考えている。

しかしこのままでいいはずもなく、世界は徐々に崩壊していくことだろう。閉じこもったままその終わりを迎える気は更々ない。

ならばこうして提案や言い争いをするしか道はないのだ。僕は覚悟を決めて話しかけた。



「ならば話は簡単です。この世界は貴方たちの手元を離れました、もう手を加える必要もない。全てのイベントを削除して、元の世界を取り戻してはくれませんか。」



僕は頭を潔く下げる。それもそうだろう。


だって僕が言ったのは懸命に書いたシナリオを全て無に帰すということなんだから。

僕に創作の苦しさも、喜びも分かち合えない。でも世界を正常に稼働させていくためにはそれしか方法は見つからず、僕はシナリオの消し方を知らなかった。

だから僕は告げるのだ、大きな声で記憶に強く刻んでもらえるように。



世界は既に灰色に染まって、何時しか上空の空に雨雲がかかり始めていた。

風が鳴る秋中頃の気候は、僕の体が容易く冷たくなる。着こんできたはずの下着は、隙間からの風によって通す。

顔を上げた先には先程と同じく冷たい視線が向けられている。

よもやこれまでかと弱気になってしまったところで、聞き慣れた声が耳を擽った。


「…相変わらずね貴方達。こんなか弱い女の子に少しは優しくしたらどうでしょう。」

「ぐっぐれーとすさん?」


そこにいたのは夜角目グレートスさんでした。

薄桃色のドレスを翻し、僕の前に颯爽と現れます。その横顔は頼もしく、思わず胸が苦しくなってしまう。

しかし僕が望むのは3人が無事に済む未来で、平穏です。

グレートスさんがここにいるのは不味い。この二人に最も関係する方ですから、きっと傷ついてしまうことは明白で。

だからこそ遠ざけていたのです。グレートスさんには何も伝えずに、この場を設けたはずでしたのに。


ですがこうなるのは分かりきったことだったのかもしれません。

以前主人公のアパートへと足を踏む入れた際、助けに来てくれたことは今でも覚えています。

あの時もなにも知らせてはいませんでした。きっと今回もあの時にやった方法で、この場に立つことが叶っているのでしょう。

でも僕は許すわけにはいかないのです。僕だけが犠牲になれば、他の人を巻き込まずに済むはず。

だからグレートスさんのお役目は屋敷で僕の帰りを待つ役ですよ。勘違いしてはいけません。


「ふふっそう言ってくれるのは嬉しいのだけど、どうやらこれは私たちの問題みたいだから。合ちゃんは下がってて、直ぐに終わらせるから。」


僕に微笑みかけるグレートスさんの横顔を、反論に試みようとして僕は投げ出されます。

後方数メートルに渡り僕の体は宙に浮き、そのまま時間が止まっていきました。

それに伴い意識も薄れて行き、手を伸ばそうにも届くはずもなく。

凍てついていくように体は言うこと聞かず。時間が切り取られるように三人の周りには白濁とした殻が出現します。

世界と世界を遮断するような分厚そうな壁は全てを拒絶し、僕の前に立ちはだかる。

意識が途切れる最後に、グレートスさんの囁くような独り言が耳に入っていきました。


「これで世界を巻き戻すことも最後になろう。なんだか少し寂しい気もするな。」


それはこの世界の根幹を為す重要なキーワードであったように、思えた。

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