プライベートビーチに行こう おわり
「大丈夫ですか合ちゃん?すごくすごーく心配したんですよ。無事で、本当によかったです」
いつもの表情に此方を心配するように囁かれた声が心地いい。
眉を寄せ、労わるように僕の体を優しく開放します。
グレートスさんの瞳には小さく涙がたまり、今にも溢れてしまいそうです。
しかし僕は只遥か上空を眺める。
申し訳ないですがグレートスさんのことは頭の隅に追いやり、先程のさかさおじさんの情報を、今と照らし合わせていました。とてもにわかには信じられない話だったのです。
この世界が乙女ゲーの世界であることは承知していたが、まさかそこに3人のシナリオライターが絡んでくるとは思いもしなかった。
僕はその存在を知らなかったわけではない。
妹より借りたこのゲームを傑作だと、ネットを通じて情報を収集していました時の事。
その過程でこのゲームは複数の人物が別々に描いたものを組み合わせたものだと知り、興味を持ちました。
キャラクターもさることながら、この舞台背景イベントの細部に至るまで完成しつくされている。
それが一人の作った世界ではなく、複数の世界が組み合わさったのならより凄いと僕は感じる。
複数の人数で一つの物を作るとき、必ずと言っていいほど弊害は生じます。
それが整合性だったり、会話の穴だったりするのですが、この乙女げーには綻びを全く感じさせられなかった。
3人の経歴も調べて、尊敬したものだ。こんなに面白いものが作れるのかと、感心する。
そして今その架空の世界が現実となったこの世界に、僕は存在している。
何の因果か、死亡フラグの立つモブキャラに生まれ変わったのですが、今ではそれも必然であったように感じます。
僕は一体どうすればいいのか、漠然とだが理解していた。でも僕にそんな選択が出来るわけないのに―――
「…どうしたんですか?何かまだ痛む箇所があるんですか!?救護班!早くっ早く合ちゃんを診察して下さい!」
「ははっ落ち着いてくださいグレートスさん。僕は、もう平気ですよ。」
乾いた声で喉を鳴らし、僕は抱きつくグレートスさんを突き放す。
大丈夫である印にその場で少しだけ飛んで見せます。体はまだ濡れたままで、風に吹かれると少し寒い気もしますが、力強くその場に立つ。
要約周りが見えてきて、皆の視線が此方に向いているのが分かりました。
如何やら相当心配させてしまった様です。
これは不味い、せめてこの一瞬を他人には幸せな時間であってほしいと願います。
そして僕は明るく振る舞い、不安を払拭せんとしました。
「ほらっ皆も折角のビーチなんだから、遊ばないと。今日というこの日は二度と来ないんだから」
僕の言葉を聞いて、少しだけ心配そうな顔から安堵の表情を浮かべる者達。
お勤めに戻る方や、再び海に足を延ばす方まで様々です。僕は笑ったまま、青く果てが霞んで見えぬ境界線を見つめます。
空と海とが混じり合い、どちらが空で海であるのか。
全く分からなくなる狭間の空間を、僕はただ自分の言った言葉が嘘になりえないのだと深く思い至ることになったのです。
◇
僕はグレートスさんを呼び出すことにしました。
先程までの騒動もなんのその、再び砂浜ではしゃいでいる二人を横目にパラソルの下寝転ぶグレートスさんと、人気の少ない島の反対側まで移動する。
当たり前のことだが、SPの皆さんにはご遠慮いただいた。
二人っきりで話がしたいと、此方を怪しむ家令さん達にお願いする。
グレートスさんも笑顔で了承したことだし、ついて行くことは諦め遠目で観察しますと家令さんから宣言をされた。
僕としては此方の会話が他の誰にも聞かれなければそれでいい。
歩く歩幅はそれぞれに、目的の場所へと辿り着いたのでした。
そこは何もない崖。剥き出しの岩場はどう見ても泳げる場所ではなく、先ほどの美しい砂浜とは雲泥の差です。
勿論小波が起こり、岩に打ち付ける音で少々会話が邪魔されることもあるでしょう。
しかしそれはとても些細なことで、僕は聞かなくてはならない。
先程聞いた話が真実であるのか、僕は確かめなくてはこれから悶々とした日々を過ごすことになるだろう。
嘘だと思いたい、そんな気持ちがあるのもまた事実だ。
だからグレートスさんの言葉で、態度で全ては偽りであると言って欲しい。そう思った。
「…残念ながら、全て真実ですわ合ちゃん。今まで黙っていて御免なさい。」
しかし現実とは、悲しいもので嘘だと思い込みたいことがこんなにも真実に近づく。
思わず後退りしてしまう僕に、グレートスさんはいつものように僕を抱きしめます。
いつもより強く、いつもより優しく、いつもより柔らかく感じるその胸。
僕は視界が歪んでいくのが分かりました。目の前はグレートスさんに包まれて真っ暗ですが、とても安心できます。
いつまでそうしていたことでしょう。
視界は開け、目の前には大きなグレートスさんの顔が映し出されます。
海鳴りが二人の間を裂きました。それからの言葉を僕は知ることはありません。
ただとても寂しそうな顔をしていたことは、それから数か月経とうとも忘れることが出来ないでしょうね。
「でも私は貴方を救いたい。その為にこの世界を生きているんだから。」
夏は急ぎ足で過ぎていきます。
きっとこの夏休みという期間は忘れられぬ時となりましょう。
だってそれは、グレートスさんとの最後に過ごした楽しい時でしたから。当たり前、ですよね。
(僕は死にたくない、死にたくないけどそれで皆が死んでも僕は生きたいのかな。)
そんな当然であるはずの疑問も今まで、ついぞ考えたことはなく。
しかし時は待ってはくれない。運命の時刻は刻々と近づいている。それはそう―――秋も中ごろに差し掛かる頃に突如発生するのでした。
次から最終局面に入ります。
 




