攻略開始の一日
主人公の交代、漫画や小説の世界でもたまに起こりえる手法の一つである。
僕はよくホラーなどで見たことがあった。
主人公が死に、今までの二番手に甘んじていたキャラ或いは全く違う者が物語を脚光を浴びるその瞬間を。
だが二番目に襲名する主人公に余程の魅力がない限り、物語はコケることだろう。
感情移入がしにくいとかなんとか、そういう作品も幾つも見かけたことがあった。
僕が二番目の主人公になる、皆の視線を受ける役になり替わる。
そんなこと許されるのか、脇役であったはずの僕がいきなり主人公など肩の荷が重い。
だがそれをしなければハッキリ言って助かる望みは薄いのだ。
この方法が絶対だというつもりはないし、もしかしたら他の攻略対象者を落としたところで主人公交代など出来ないかもしれん。
それは分からない、やってみなくては結果だけを見ることなど僕にも誰にも出来ない。
行動しなければ未来は変わらぬ。そんなこと分かっていた、足踏みしている暇は残されていなかったはずなのに。
いつから道を選ぶようになってしまったんだろう。
悠長に悩む必要はない。念のためグレートスさんにはあのイベント時には交通制限を任せたいが、それだけで十分だと慢心するわけにはいかない。
ならば試してみよう、元々僕は男なんだから。男は度胸、何でもやってみるもんさ。
「…まあこれは私の個人的な意見、やってみるかどうかってのは貴方次第なんだけど。もしやるなら私に言ってね?情報ぐらいは流してあげるから」
連絡先を交換し、その日は分かれることとなった。
焦らずとも放課後は大体ここにいることになる彼女にとって、僕は格好の暇つぶし相手というわけか。
フリーイベントでは自由に動けるが、ある程度ここに居なくてはならない強制力が彼女には働いているのかもしれない。
僕は喫茶店を出て、足重く帰宅の途につく。夕暮れに沈みつつある町並みは、大型連休に見た、あの寂寥感を思い出させる。
やがて空は紫に変色し、夜空へと変貌していく。星が綺麗に見える、太陽に受けた光を浴びる地球の衛星が今日も光り輝いて見えた。
「おや?こんなところに小学生のお子様が、ダメだよ。早くお家に帰らなきゃ、私みたいにならない内にね。」
家の縁を渡る奇妙な男が僕に話しかけてきた。
暗がりで顔は見えず、シルエットは骸骨であるかのように細すぎる。
声は妙に甲高く、気味が悪い。彼の長い影が僕に重なるようにして、覆いかぶさった。
彼に見覚えがある。
彼は確か攻略対象キャラ随一の変人において、誰も攻略したがらないと有名な猿治先輩その人であった。
「んん?聞こえなかったかな?立ち止まったりせずお家に帰るんだよ可愛い御嬢さん。」
主人公さんがふわふわして弱そうと言ったのはこの身体能力の高さも由来していることだろう。
先程僕の数メートル先に存在していたはずの彼は、一回の跳躍で僕の目の前まで降りてきた。
優しく笑いかけているつもりなのだろう彼の顔は月明かりに照らされて、骸骨のようにしか見えない。
痩せ過ぎにより肋骨の全てが浮き出て、病的なまでに彼は白かった。
そしてその魚のように大きな瞳を向けられたなら、普通の女の子はまず泣き出し逃げてしまう。
難儀なものだ、彼は相手に好意を向けるが為嫌われてしまう悲しい運命にいる。
実際そういうシーンが多く描かれていた気がした。基本的にいい人では、あるんだけれどね。
「…ごめんなさい。少し用事があって、帰りが遅れちゃったの。お兄さんも余り帰りが遅くなったらダメだよ。お母さん心配してるから」
「おお!なんていい子だ。私を見て怖がらずに、そして気遣ってもくれるとは。ありがとう、私もすぐに帰ろうそれではまた。」
何処か芝居がかったようにオーバーアクションをしながら、彼は飛び去る。
家の屋根を足場にして飛び去る彼の姿は直ぐに見えなくなった。
僕の足は再び帰り道へと向けられた。
少しは好印象を持たれるように話をしたはず、これである程度仲良くなれば彼とのイベントは発生するのだろか。
そんなこと余り考え付かないな。変人である彼と仲良くなるのは骨が折れそうである。
そう考えながら、明かりの灯る路地を一人歩いた。
(とりあえず攻略するなら人当たりのいい幼馴染君からだろうか。時点でアクトくん、後輩くん。後二人は別にどうでもいい気がするね)
僕は兎に角行動することに決めた。
モブキャラの僕がどこまでやれるかはわからないが、ゲーム内のイベントは全て記憶している。
それを元に僕が小学5年生であることを加味して、友人となることがとりあえずの目標か。
その為には彼らのフリーイベントの合間を抜けなければな。これから少し忙しくなりそうだ。
すっかり遅くなった帰り道、姉のいる家へと帰る小学5年生の僕は、乙女ゲーらしくなってきたことを不謹慎ながら喜ぶ。
なんだかんだ言ってこのゲームに登場するキャラクター皆好きなので、彼らと話したりするのは純粋に嬉しいのだ。
それはいつもべったりくっつくグレートスさんだって例外じゃない。
月は真上に来ている。
周りの星々を圧倒し、そこに強烈な存在感をある人物に例えながら、帰りが遅くなった言い訳を僕は考えるに至ったのである。
 




