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お姉ちゃんとお呼びなさい!

通学路から少し逸れた隠れ家的な古洒落た喫茶店。

外観は雑草が生い茂り、見るからに廃墟といった具合。当然客足も少なく、いつ来ても空いている店内にはバーテンダーの灰色の髭を蓄えたお爺さんしか存在していない。

でもここは僕にとってのホームグラウンド。美味しい珈琲が飲める数少ないお店。

多くの店から「小学生だから」という理由で珈琲を断られ続けた僕の行き着く先です。それを今日は珍しくも二人で来店となります。

いつもひとりで来る僕ですから、当然少しばかり目を見開くお爺さん。

その態度は失礼極まりないのですが、特別に許してあげましょう。現在の僕はとっても気分がいいのです。

大抵の無礼は笑って許す余裕があります。だからお爺さん、僕にいつものやつと隣の大きなお姉さんにカプチーノをよろしくね。



「ふふっ今日も可愛いです合ちゃん。そのふっくらとした唇を今すぐ吸い尽く限りですね。」



注文する僕に熱っぽい視線を向けるグレートスさん。思わず引いてしまう程興奮なされています。

彼女は女好きでとても有名な方だったようなのです。そんな情報知りたくもありませんでしたし、ゲームと違いすぎる彼女に強い呆れを覚えます。

ゲーム中あんなに主人公につっかかったのはもしかして素直になれない乙女心みたいなところがあったのかもしれませんね。

好きな人には思わず強く当たってしまう。小学校の男子か何かですかグレートスさん。



「断じて否です、何故私があのような男どもに囲まれている子を好きになるものですか。いや正確には私好みの顔立ちではあるのですけど、しかし私には男を囲うあの神経が全く理解できないませんッ!」



どうやら勘違いだったみたいです。

グレートスさんは男嫌いの純粋レズ、はっきり分かんだね。



「レズとは心外です。ここは格調高く百合姉さまと呼んでください。」



何故か怒られました。そして結局女の子好きは否定しないんですねグレートスさん。



僕たちの前に注文した物がやってきました。

僕にはお爺さんが特別にブレンドしたこの店オリジナル珈琲、通称『太陽の燦々寺』。

そしてグレートスさんにはカプチーノ。カップの中は僕のリクエスト通り百合の花が一輪咲いている。

百合=女好きであると皮肉ったつもりのそれを難なく彼女は口に運んでいます。


しかし飲んでいる間彼女の眉間には小さな皺が寄ります。もしかしたらグレートスさんは珈琲が苦手なのかもしれません。


それなら言ってくれれば良いのにと僕は苦味が抜群に聞いたブラックコーヒーを味わうように喉に通します。


僕ブラックコーヒー好きなんです。苦さの奥にある何か、染み渡る先にある何か。

その感覚がたまらなく、止められない。ブルーマウンテンやキリマンジャロの違いが分からんにわかはウサギを頭に乗せた中学生に怒られてしまえばいいのだ。


なんて間違っても現在小学五年生の少女の感想ではないのですけどね。



「私は紅茶がよかったのですけど、偶には珈琲も悪くないですね。…とっても苦いですけれど。」



余裕を見せるためか先程から早口気味のグレートスさんは表情には出しませんが、僕の目は誤魔化せていません。

細くて整えられた眉が珈琲を口に運んだ瞬間だけ引くついているのが確かに見えていたのです。


グレートスさんは少々苦言を漏らしながらも、僕が頼んだカプチーノを飲み干しました。


彼女の口元にはクリームがまとわりつき、いつもの凛々しいお顔が台無しです。白いお髭を蓄えて、これでは灰色の髭のおじいちゃんといい勝負かもしれません。

僕は少しだけ笑みを浮かべましたが、今だにカプチーノの僅かな苦味に顔をしかめる彼女が少々痛ましくなりつい声をかけてしまいました。



「…苦手なら、シロップとか砂糖入れてもよかったんですよ?」


「ん?いや、それは出来ません。貴方が食すもの、同じものを共有出来ずとも分かち合う。貴方をもっと知りたいのです、なら私はどんなことだってしますよ。それこそすべての財を手放してもよいくらいに」



重い、愛が重い…

僕としては別に砂糖を入れないだけが正義とはいうわけではない。人それぞれ、愉しみ方は違うはずなのです。


香りを楽しみ、味を楽しみ、雰囲気を味わう。それに砂糖が入ろうとなかろうと変わりはしない。


根本にあるのは自らの嗜好を満たすことのはずです。苦行を敷いてまで、僕は嫌いなものを楽しめとは間違っても言えません。


それに彼女が手放しで褒めちぎられるほど僕は人間が出来ているわけではないのです。


言われればそこまで言わなくてもと嬉しんだか困るんだか分からない対応しか、僕は出来ないのでした。



「…兎に角僕に無理して付き合う必要はないんです。グレートスさん、みんな好きなように好きなことをすればいいんですよ。無理強いするものじゃない」



言いました、言ってやりました。

女の子皆に今回のような綺麗言を言ってきただろうグレートスさんに一言申してやりました。

全て合わせるだけが好意たりえないと、無理なんてしちゃダメだと言ってやりました。


これで少しは彼女の心に届いてくれることを僕は期待したいのですが



「お姉ちゃん」


「…えっ!?」


「グレートスさんじゃなくてお姉ちゃんと言ってくれないと、私言うこと聞きませんからね。」



めっめんどくせーと正直そう思いました。

僕にお姉ちゃん呼びを強制するなんて、なんて羞恥プレイ―――いやさては妹萌えと言うやつですか?


どちらにしても年下の女性にやっていいことじゃありませんよね。なので僕はその提案を全力で却下したいと思います。


そういうのはもっとその毛のある女性に頼むのが吉です。僕は女性に生まれて今まで劣情を抱かない純真無垢な、とまでは言えない少女ですので興味ないのですよ。

それにこの世界に僕の姉は既にいますので、もう『お姉ちゃん』枠はすでに埋まっていたのでした。残念でしたね。



「それで、私が諦めると思いますか。…今度お姉さんを是非に紹介してもらいたくはありますが」



不味い情報を暴露してしまったようだ。

僕の唯一の姉妹、16歳の姉の今後が危ぶまれる。大丈夫、きっと大丈夫だよ姉さん。

悪いようにはされないはずさ。

でも気に入られ過ぎて貞操奪われる危険もあるけど…節操なしって聞くからさ、グレートスさんって。



「さあさあどうなんですか。お姉ちゃんと言うのか言わないのかどっちかにして貰いたいです。」



等々身を乗り出しこちらへと詰め寄るグレートスさん。

簡素な茶机にその豊満な胸が乗る。近づいた分だけ彼女の香りも鼻につく。


いつもの匂い、甘くてみずみずしい桃の香りだ。


なんとか答を探すべく思考は堂々巡りを繰り返している。女子小学生をここまで困らせて、グレートスさんは恥ずかしくないんですかね。

僕は正解を探す旅へと出ます。



「そこまで言いたくないのですか。何が合ちゃんを縛るのですか、え?羞恥なんですか。それならこの後私の部屋でこっそりとやってもよろしいのですよ?」



ついに手首を取られた僕。

このままでは部屋へと連れられ、永遠と悪戯されかねない。

言葉攻めから始まり、ついにその手は未熟な果実へと伸びて行くのです。


いやいやそれはどこの薄い本展開なのですか、間違ってもそんなこと僕とグレートスさんの間には起こりえないですよ。

でも後でこっそり別のカップリングで見せてください、僕も少しは女の子同士?って気になりますからね。お願いします。



「私が持ってますのでお貸ししてもよろしいですけど…って小学生に見せるわけにはいけませんよね。お預けです」



なんてニコリと笑って連れ去られそうになったものだから、思わず僕は『お姉ちゃん』と小さな声でそう言ってしまったのです。

すると見る見るうちに赤くなるのは僕ではなくグレートスさんの方で。


そこまで良いものなのか知りませんし、知りたくもないのですがその場に倒れ込んでしまいました。


いきなりのことでお爺さん大慌て、グレートスさんのSPもその中に混じり現場は男の悲痛な叫び声がこだまする大混乱。


ただお姉ちゃんと呼んだだけなのに、大袈裟なとは口が裂けても言えませんでした。

増してや幸せそうに気絶したままのグレートスさんには特に憚れます。


こうして僕とグレートスさんはその喫茶店にはしばらく間を空けることにし、好きだった喫茶店にいけないことで一時自暴自棄となった僕がグレートスさんを愚痴愚痴と幾度となく言葉責めを行使したのですがそれはまた別のお話です。

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