遊園地へようこそ (家令さん脱ぐの巻)
「うーん、気持ちよかったぜ!あのジェットコースター最高だったな!」
「はい、特にあの何度もうねるところがスリルがあって良いと思いました!」
「…もう、帰り、たい。」
僕は先程の恐怖と呼ぶのもおこがましい、阿鼻叫喚地獄のような体験を涼しげに語る二人を睨む。
あれは文字通りの地獄でした。
記憶には残っていませんが、きっと恐怖のあまり脳が意識をシャットアウトしてくれたのでしょう。
それを楽しかったと語る二人が信じられない。
同じ生き物なのでしょうか、理解できません。
今にも中身を全て吐き出さんとする僕は顔を真っ青にして、その場に倒れそうです。そんな僕を心配して二人は駆け寄ります。
「おいおい、大丈夫かあわせ?お前本当に苦手だったんだな。顔が真っ青で死人みたいだぜ」
「こらっしずちゃん、縁起でもないですよ。大丈夫です、今おねえちゃんが着ますからもう少しの辛抱ですよ。」
目の前が急に回りだす。
上も下も分かった物ではない、あのバカ機械のせいですきっと。
何だったのでしょうあれは、あんなの人間を乗せるべきじゃないです。乗り物ってのはもっと安全で、揺れの少ない物ではなかったのか。
視界には何人にも分身した安谷光と穂枯雫の顔がある。
あぁもうだめ、意識が遠のく―――
「…おまたせ致しました。合ちゃんの様子はどうですか、しっかり息してます?何なら私が人工呼吸を」
「お嬢様、まずは気道の確認が先でございます。それにただうなされているだけのように見えますよお嬢様。」
僕の頭が急に柔らかい物で包まれる。
とても安心するこの感触はもしかして、グレートスさんだろうか。
だったら嬉しいですね。これで少しは心が落ち着くことが出来そうです。
「あら、すっかり顔色が落ち着いてきましたね。ふふっ一体どんな夢を見ているのでしょう、私の、夢だったら良いのですが」
「お嬢様が膝枕しているのです。きっと良い夢を見ているに違いありませんよ。」
意識を取り戻しました。
何やら声がしますね。
この声はグレートスさんと家令さんの声でしょうか。
如何やら本当に僕はグレートスさんに介抱されているようです。
もう少し、もう少しだけ甘えさせてもらいますよグレートスさん。
「あらあら、これは完全に目が覚めていますね。ほらお寝坊さん、朝はもう明けますわよ。とっとと起きなさい」
「…グレートスさんの、いじわる。」
強制的に起されてしまいました。
何故か膝枕をされていたのですね、僕が嫌々目を開けると大きくグレートスさんの顔が覗きます。
柔らかい笑顔を浮かべておはようございますと挨拶される。
思わず僕もおはようございますと返してしまったのですが、よく考えるとちょっと可笑しい話ですよね。
すっかり気分は良くなりました、これもグレートスさんのおかげです。
僕はお礼を言って、膝枕から自ら起き上がります。
時間はそう経っていないようですね。
最後に見た時間から30分ほどしか針は動いていませんでした。
しかし見渡せど見渡せど小さい二人が見えませんね、他の絶叫マシンへと足を運んだのでしょうか。
大丈夫なのですか、まだ小学五年生ですしこの遊園地は割と広いので迷子になる可能性があります。
小学五年生にしては大人びている彼女らですが、まだ子供でありますからね。
油断はできません、今から探しに行きましょうグレートスさん。
「大丈夫です、あの二人には我が家が誇る立派なSPにボディーガードを頼んでいますから安全面では心配いりませんよ?大船に乗ったつもりで私との遊園地デートを楽しみましょう。」
「…きっとその船沈みますよ、某豪華客船みたいに。」
この人は良くデートしたがるよなと少しだけ呆れながら、彼女に仕えるSPを思い浮かべる。
夜角目家のSP、基準筋肉ダルマ。筋肉の鎧を着込んでいる者しかなれない。
そんな印象です。現に僕がチラッとお屋敷内で見た多くの黒スーツの男の人は皆筋肉でした。
もう、ムキムキです。何処に出ても恥ずかしくない、ボディービル経験者かと疑うほどの筋肉ばかり。
非常に暑苦しいですけど、前世ではもやしだった僕です。少々憧れがありますね。いや今の自分がああなりたいとは思いませんけどね。
折角の女子ですし、可愛くあろうとは常々思います。
…思っているだけで終わりそうではありますが、スカートとか未だに苦手ですし。
あの風が太ももを撫でる感覚が非常に痒くて、着ていられないのです。それでも3日に一回は着るようにはしています。
何事も慣れだと、努力はしているんですよ?
今はまだ平気で履くことは出来ていませんが、いつかきっと恥ずかしがらずに堂々とした姿をお披露目しましょう。
他人から見たら何の自慢にもなりはしませんでしょうけどね。いいんです自己満足なんです自己満足。
「それでは行きましょう?あっちのメリーゴーランドにでも乗りましょうか。」
「…はい。もう、好きにしたらいいです。」
僕たちは手をつないで歩き出す。
その姿は周りから姉妹のように見えることだろう。
微笑ましい物を目の当たりにしているかのように僕らに気づいた道行く者は口元に笑みを浮かべる。
その後ろを付き従うように黒スーツの家令さんが尾行するが、近くの人がそれを不審に思って警備員が来てしまう前に止めたほうがいいと思います。
普通の恰好してくればいいのに。僕は思わず後ろの家令さんを眺めます。
「ふふっ合ちゃん、何か気になります?視線のことなら大丈夫ですよ、私これだけじゃ興奮などしませんから。」
「…その発言が大丈夫じゃないと思いますグレートスさん。」
僕は後ろの家令さんが何故こんなところで黒スーツのままなのか尋ねた。
するとグレートスさんは当たり前のように職務中だからではないでしょうかと即答する。
成る程、でもそれなら私服の方が目立たない気がするんですよ。
こんな娯楽施設に黒スーツでいる方なんて滅多にいませんから。それに少々私服姿の家令さんも気になるのです。
どんな服を着るのでしょうか、御歳としては20代前半ぐらいですしきっと凄い服を着て下さるに違いない。
「そういうわけですので、今すぐ着替えてきなさい。私服姿がダサいようでしたらクビですからね。」
「はっはいっ!必ずやお嬢様のお眼鏡にかかる素晴らしい服を着て「早くいきなさい、私を待たせるのはご法度ですわよ。」」
慌てて近くの化粧室に走る家令さん。
少し可哀想に思えます、そこまで言わなくてもハードル高いですよグレートスさん。
僕はただラフな普段着が見たかっただけですのに。
気合入れた姿など本来の姿にあらずですよ。…まあ僕たちの前に出るという時点で普段着であるはずもないのですが。
「さて、私たちはさっさとメリーゴーランドに乗りましょうか。あとあそこのクレープ屋さんもいいですね。後で行きましょう」
鬼かアンタ。ドSにも程がありましょう?
僕はグレートスさんに強引に引っ張られてメリーゴーランドの列へと並びます。
その後に私服に着替えた家令さんの姿を見つけるのですが、それははしたなくも馬の上となりまして景色が流れてよく見えなかったのでした。




