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閑話 天の川に願いを

7月7日は織姫と彦星が一年に一度会う特別な日、つまりは七夕である。

街には笹が何本も立ち、様々な色の短冊が夢を語る。

勿論それは一大イベントに相違ない。僕にだって語るべき夢の一つや二つ持っているのだ。

手元には赤い短冊が、まるで夢語りをしたそうに見つめているような気がした。

でもでもなんか恥ずかしいですよ。短冊に夢を綴って、人の前にさらけ出すなんてさ。

僕にはとても出来そうにありません。



「…どうしたのですかあーちゃん、お腹痛いの?」


「ハンッどうせそこら辺の道草でも食って腹壊したんじゃねぇの?いい気味だぜ」


「もうっしずちゃん、そんな意地悪言ったら駄目だよ!きっとあーちゃんのお腹の中で妖精さんが踊っているんだから、変な物食べて痛いわけじゃないもん!」


「…どれも違うんですが。決めつけはよくないと思います。」



僕の手が止まってしまっていることに安谷光が気づいたのでしょう。

僕を寄ってたかって弄り倒します。

腹が痛いなんて一言も言ってないのに、なんでそうなったのか僕には理解不能ですね。

いつもながら心配性と言うか天然すぎると言うか。

二人の会話にはツッコミが足りていないと思うのですがいかがでしょう。



場所は近くの商店街、珍しくも三人一緒の帰宅時間となり会話しつつも帰宅の途につく夕日の照りだす頃。

アーケード街に差し掛かった僕たちの前に大きな笹が目に入る。

そこには色とりどりの短冊が咲いた夢なる笹の葉が風に揺られ、カサカサと音を奏でる。

二人は興奮を示し、折角だから願い事を書いてみようと白濁としたアーケードの下、懸命に考えた願い事を吊るしているのだ。

だが先ほども言った通り僕は人様に堂々と夢を語るほど強い願いなどない。

小さな夢ならそれはある、でも短冊に書くほどかと言われれば唸るしか道はない。

どうしたものかと二人が覗き込んでくるのを鬱陶しく払いつつ、考えを巡らせた。

すると珍しい顔が僕の前に現れる。



「…あら、今帰りですかお嬢様方。」



夜角目家の直属家令さんだ。

いつも通りバッチリスーツを着こなしている姿は、正しくカッコイイ女性のそれですがもう夏に入ろうと言うのに少々その恰好では暑いのではないだろうかと思う。

巷では薄い素材でできたスーツがあると聞いているが、彼女のスーツもそれに違いありません。

7月とはいえ暑いものは暑いですから、無理せず精進してもらいたいものです。


まあそれは置いといて、彼女にはまだ別の問題が残されている。

それは彼女の右手には大きな買い物かごが握られているということだ。


こんな小さな商店街に彼女はわざわざ夜角目家の買い出しをしにきているのだろか。

少し意外だ、ここから数えて10軒と少しの店舗には閑散とした空気が流れている。

とてもここが彼女の誇る豪華な夕食に関わっているとは思えません。

とれたて新鮮なものをグレートスさんは、お金持ちは望むはずなのです。

ならば全て搬送されている物とばかり思っていました。お金にゆとりがあるのですから、それぐらいしていても不思議ではない。

僕が不思議に思っていると家令さんも色々と察してくれたようです。

口元を苦々しく曲げ、困ったように笑いました。



「あぁ、これは違いますよ?これはわたくしめの夕飯のおかずでこざいます。それを買出しに来ているのです」



ぎこちなく笑う家令さんの後ろで、一束縛った髪が少しだけ揺れる。

僕は思い違いをしていたようだ、彼女たちお手伝いさんがグレートスさんと同じ食事をとれるはずもない。

給料から食費を捻出してこうして買い出しへと赴く。

配慮が足りなかったかなと僕は反省します。



「いやいや、そんなに落ち込まないでください。これも自業自得なんですよ、ついつい欲しい物がありまして今月割とピンチですからね」



なんか何時の時もそういう人っているものです。

僕もついつい買いすぎちゃうところがあるので共感いたしますが、家令さんは普段の生活もしっかりした方だと思っていたので少し意外ではありますね。

もしかするとプライベートはだらしない方だったりするかもしれません。

オンとオフの使い分けが凄まじい人がいると風の噂で聞きますし。

それに該当する方かもしれないです、これは良い情報を貰ったかも知れないですね。

心に深くとどめておきましょう、家令さんはだらしない女の人、と。






「それは兎も角、お嬢様たちはこんなところで一体何を?言うのは悪いですがここにお嬢様たちが遊べるようなところは何一つも―――」


「これだよ!これ!短冊!これに願い事書いてたの。私たち」


「ああ、一杯書いちまったぜ。俺の夢は一杯あるかんな、一つに決められるわけがないぜ」


「ん?そう言えば今日でしたか七夕は。すっかり忘れていましたね。」



言い寄る二人を軽くいなす姿はやはりプロだとそう感じますね。


しかしどれだけ書くのですかあの二人は。手に一杯に持つ短冊の一つ一つに願い事が書いているとしたらなんて欲張りなんだと呆れてしまいますよ。

既に何本かは掛けることに成功したようです。チラリとそちらの方を見ましたら、『プリンをお腹いっぱい食べられますように』だとか『宇宙人に会わせろ』だとか。

子供らしい願いがゴロゴロ書いてありますね。思わず僕も笑みを浮かべてしまいます。


さて言い寄られた家令さんは二人を遠ざけ少しだけ考えるような仕草をすると、直ぐ近くにある短冊へと手を伸ばし書き上げる。

彼女たちの願い事より高い位置に結び付け、満足そうに見つめていた。

僕たちは何が書いてあるのか気になり顔を覗かせると、そこに書いてあった願いは―――



「…『グレートス様が今年一年健康で、健やかに過ごせますように』ですか。案外欲がありませんね家令さん。」


「いえいえ、最大の願いでございますよ。私たち屋敷に仕える一同の総意です。」



確かに雇い主が不幸に合えば嬉しいはずもありませんね。

それがグレートスさんなら尚更、でありましょう。彼女はなんだかんだ言って優秀なお人ですから。

となるとグレートスさんの願い事とやらも気になってきますね。

彼女なら一体何と書くのでしょう。少し興味がわきました。



「おねえちゃんならなんて書くんだろう?ちょっと気になる!」


「確かにぃあの女ならなんて書くんだろうな?もしかして世界征服とかか?」


「いえいえいつも短冊に書くグレートス様の願いは一つですよ『この日この時に皆幸せな一時を味わうことが出来ますように』です」



それはとっても胡散臭いです家令さん。

グレートスさんがそんなことを願うわけありませんよ。寧ろ僕の靴下を舐めたいとか変態的な願いを一杯書きそうなイメージです。

…本当にそうだったらどうしましょう。とりあえず一定の距離をとって対処したいと思います。



「…おや?合様はまだ願い事がかけていないのですか。」


「…まああの、願い事は何かといわれても、急には出てこないのです。」


「そんなに気負いすることはないですよ。ありのままの自分をさらけ出せばいいのです。」



家令さんに励まされるように言われますが、中々願い事など浮かぶものではありません。

もし浮かんだとしてもそれをこんな人前で見せられるはずもなく、だから僕はこんなに悩んでいるのです。

無邪気に他愛のない事を書けるお二人や、使用人の鏡である家令さんが本当に羨ましい。

僕には何もない、ただただ日々を過ごす案山子のような存在。

ならば『特になし』と書いて出してやりましょうか。おめぇに願う、願い事なんてねぇから!みたいな。



「…ふむ、こう考えてはどうでしょう。今自分が望む原始的な行動原理、それを形にすれば自ずと願いは見えてくるのではないでしょうか」



難しいことを言いますね家令さん。

もし僕が本当に小学5年生ならまず理解出来ない概念の話ですよ。

いやまあ僕は元高校生なので少しは分かりますけどね。どうでしょう、僕の行動原理ですか。

それなら一つ確かにありましたね、余りにも大きくて見えていなかった僕の願いが。



「…よし、できた。」



拙い文字で書かれた短冊がここに完成する。

僕の行動原理の全て、この世界にいる僕のいる意味はここに収束されるのではないだろうか。

僕は隣に沢山つけられた安谷光と穂枯雫の短冊に紛れ込ませるように括り付ける。

笹に隠れ、一見すると見えない場所。でも確かに存在を主張する真っ赤な短冊。

僕は満足げにそれを見つめ、日がかなり落ちてきたアーケード街を出る。

3人の知り合いが僕を待っている、その足は軽く地面を蹴りだした。






僕の書いた短冊はヒラリと風に揺れて、ある一人の目に止まったみたいだ。

その人は少しだけ笑みを浮かべて「変わってないな合は」なんて告げたみたい。

でもこれを僕がこれを知るのはもっとずっと後の秋を超えた頃。


僕は短冊に願いました、『今年一年を生き続ける』それは奇しくもグレートスさんの健康を願った家令さん達に似てしまって不満を覚えます。

ですがまあ、概ね良い願い事だと僕は思ったのです。



織姫と彦星は今宵会うことが叶ったのでしょうか。

会えたのなら二人はどんな会話を紡ぐのでしょうね。最近の近況でしょうか、それとも時間切れまでただ愛を囁くのでしょうか。それは誰にもわかりません。

でも二人にとってかけがえのない一日であることには、変わりないのでしょうね。

暗闇が町を支配しようとする中、僕は真上の星瞬く空を見上げてそう考えるに至ったのでした。

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