車の中で
「あの女とキスしたのですから、私ともしなくてはおかしいですよね。」
「…いや、その理屈はおかしい。」
先程からキスを迫るグレートスさんを何とか抑えて、僕たちは主人公さんの部屋を後にしました。
主人公さんは今も気絶しており、彼女がいつも寝ているだろうベッドに横倒しにしています。
そのまま物音をたてることなく部屋を後にした僕たちを待つのは、いつも下校時間になると小学校に止まっている長ったらしい車。
真っ黒でその表面は日に当たり、光をこれでもかと言う程反射し続けていた。
つい今朝ほども乗せてもらいました高級車ですが、ここは表通りから少し外れた住宅街。
その車体はこの狭い路地に押し込められ窮屈そうに見えます。
周辺に住む人々も何事かと車の周りに集まり始めている。
だけどそんなこと関係なく堂々と車体に乗り込む二人の女性には、流石だと言わざる終えません。
多くの視線が彼女たちに集まりますが、二人は特に気にした様子も見せない。
それどころか僕を気遣ってか、そっと手を差し伸べてくれました。
これはなんなのでしょうか、こんなに人の目があると恥ずかしいですし対応が紳士すぎるんですよグレートスさん。
「どうか、しましたか?…まさか私が居ない間にあの未確認生物に、何かされたのでは?はっ早く医療班を、医療班をここに呼ぶのです!今すぐに!」
「大丈夫ですから!落ち着いてくださいグレートスさん!」
前言撤回、一見落ち着いているように見えるグレートスさんは全く落ち着いていなかった。
慌ただしくグレートスさんを席の隅にまで追いやり、僕も何とか座ることが叶う。
周りに集まる野次馬共の冷ややかな目が痛い。近所迷惑甚だしいですよね、今すぐ退散いたしますのでご容赦下さい。
「はやく、はやく車を出してくださいセバスチャン。」
「…了解いたしました。ですがわたくしはセバスチャンではなく加賀島茂と―――」
「ほら、何をしているのです。早くしなさいセバスチャン、合ちゃんの可愛い可愛いご命令ですわよ。」
「…承知しました。」
黒のベンツは路地を抜け出し、一般道へと頭を出します。
有に10メートルはあろう長い車体内に、沈むソファーが気持ちいい。
思わず眠くなってしまいますが、僕はこんなところで寝るわけにもいきませんよ。
グレートスさんが駆けつけてくれた、とっても嬉しかったですが謎が残ったままですよね。
そう、何故彼女は僕の元に辿り着けたのか。僕は主人公の元に行くとは一言も言っていません。
それどころか彼女に家の場所を聞いたことすらありませんので、僕があんな古いアパートに現れるなんて予想もつかないはずなのです。
情報を集めてくれとは言いました、彼女の交友関係を調べてくれと。
その過程で彼女の家が知れるのはまあ成り行き上当たり前のことなのですけどね。
ですがそこに僕が今日、このタイミングで行くことを考え付くなんてそんな馬鹿な。
僕自身決めたのは今朝の登校時間の最中。昨日1日一緒に居たところで察せられるはずもありません。
ならばどうして、僕があそこに行くと分かったのですかグレートスさん。
「そんなの決まっています。愛ですよ愛、全ては愛によって説明がつく話です。」
何故そこで愛ッ!?
愛と言えば何とかなる風潮、どうにかしてもらいたいものです。
…どうやらグレートスさんにとって聞かれたくない話題のようですね。
隣に座る家令さんがじっとこちらを睨んできて怖い。
これ以上追及するなと言うことでしょうか、何故?どうして、なんで?
疑問符は沢山湧いてきますが、僕は助けられた身の上です。
しかもいつもグレートスさんには迷惑かけっぱなしでありたす。
秘密を全て明かそうだなんて、僕はなんておこがましいのでしょう。
誰にでも言いたくないことの一つや2つはあるもの。これは恩義のある方に対する心持ちではなかったかもしれません。
僕は話題を変えることにします。いずれ話してくれるその日まで、今日のことは深く追及しておかないで上げましょう。
だからいつか絶対にグレートスさんの全てを聞かせてくださいね。
「ふふっ私のことを知りたいのですか。それならそうですね、まずは私の唇を強引に奪ってですね。口の中を蹂躙するのです、それから…」
「…小学生に何求めているの?グレートスさんの口にはチャックが必要みたいだね。」
SMプレイも素敵ですってその光景を想像しているだろうグレートスさんからは一筋の涎が垂れる。
この子はいくらプライベート空間であってもですね、言っていいことと悪いことがありましてね。
まず僕以外の子にこんな本性さらけ出したら逃げられますよ。
貴方の変態発言はこっちを萎えさせるばかりで、益が全くありませんから。止めてください、お願いします。
「そんなことしたら私が私ではなくなってしまいます!私から合ちゃんを愛でることを除いたら、何も残らないですわよ」
いやいや色々残りますでしょう。
夜角目財閥の地位とか、気品高く整った容姿だとか、全てのことをそつなくこなすその才能だとか。
むしろ僕を愛ですぎて、ダメになっている気がします。
いや別に嫌いではないですけどね。グレートスさんのことは好きでも嫌いでもないです。
「そんなつれないこと言って、私に夢中なのは分かっているんですよ。ほらほら、食べかすが口元についてますわ。」
僕が夢中にかじっていた野菜スティックでどうやら口元が汚れてしまっていたようです。
隣の家令から布巾を貰ったグレートスさんはその細い手で、僕の口周りを拭きます。
それになされるがままの僕、段々自分がだめになっていることが実感できますね。
だってグレートスさん甘やかすのだもの。ついつい僕も甘えちゃうのは仕方ないことですよ。
「…よし、とれました。ほら私にその天使にも女神にも負けぬ可愛らしい顔を見せてくださいな。」
「…大袈裟ですよグレートスさん。グレートスさんの方が可愛いです。」
「まあ、有難いお言葉です。私なんてまだまだですけど、気に入ってもらえて感激の至りですね。」
何でしょう、お互いがお互いを褒め合う変な会話ですね。
心なしか隣の家令さんが頬を赤らめて、うっとりとした視線をこちらに向けています。
僕の頬をやさしく触れるグレートスさん。
まるで割れ物を扱うように、撫で回す。その手が妙に気持ちよくて、僕は目を細めてしまいます。
グレートスさんと僕、触れ合う体が妙に暑く感じさせる。
息が少々乱れ気味となります。まだ頬を触れられただけですのに、僕はこれ以上の快楽を求めようと言うのでしょうか。
「…あらあら、もうついてしまいましたか。仕方ありませんそれでは私のお屋敷へようこそ小さな妖精さん?」
手を引かれて車から降りた先には昨日訪れたいつもの屋敷。
そこで何が行われ何を為したか、それは二人だけの秘密とさせてください。
 




