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さかさおじさん

黒は暗闇よりも明るく、同じようで全く違う。

男の着るスーツは暗闇から浮き出るように見えました。

布マスクから見える瞳はこちらの全てを暴いてしまうかのようで。

顔に出来た幾つもの皺は人の歴史を思わせます。

一つ一つの皺は大河のように深く、思慮深い事を伺える様は正に圧巻だと言えましょう。

杖を突きながら、僕の元へと歩いてくる男。

『さかさおじさん』と呼ばれる正体不明の白髭は、今日もその調子を崩さない。



『迷子かい、可憐なお嬢さん?傷だらけで大層痛かろうに。これを使いなさい、少しは痛みが引くはずだ。』



おじさんが差し出すのは青い鳥の刺繍が施された白のハンカチ。

綺麗に折りたたまれたそのハンカチからは、ミントの爽やかな匂いが鼻をついた。

僕は恐る恐るおじさんから受け取ると、すかさずお礼を口にする。



『なになに、この程度は施しと言うのにも足りぬ些細なことだよ。取っておいてくれたまえ、それでまた君は私に会えよう。』



何故僕がまた会わねばならないのでしょう。

疑問に思いながらも、ここがどこであるか尋ねる僕。

それに目の前のオジサマは杖を華麗に回しながら答えた。



『ここがどこかだって、そんなの分かったところで意味はない。何も変えられやしないよ、君の悲惨な最期だってきっと変えられない。』



悲惨な最後、このさかさおじさんは今悲惨な最期と確かに言いました。

僕は誰にもこのことを打ち明けてはいません。

だって言っても信じませんもの、奇異の目で見られることがまる分かりですもの。

グレートスさんにさえ、僕が何故主人公を追っているのかの説明には至っておらず僕の詳しい事情を知る者は誰一人いないはずでした。

ましてやこの世界では初対面の相手、前世でもモニター越しでしか話したことはなく。

しかも会話の相手は主人公であり、その奥にある僕のことなど彼は知るよりもないはずなのです。


もしかしたらおじさんなら僕を救う手立てとなるかもしれない。


僕は先程まで穏やかであった顔を一変させ、鬼気迫る表情でおじさんの胸ぐらを掴みます。

唯の小学5年生だと侮ったのでしょうか。

それほど抵抗を見せませんが、そう言えばゲームでも割と冷静に諭すように言葉を重ねますね。

だからあまり慌ててはいないのかもしれません。モニター越しでは許せたその言動もいざ目の前でされれば馬鹿にされているように感じる。

とりあえずもう少し強く締めこんで、息できなくしてあげましょう。

理由はムカついたからっていうのが、今時でとてもタイムリーな顛末ですね。それでいきましょう。



『っまあまあ落ち着き給えお嬢さん。何も、絶対事項であるとは言っていないだろう!?早く離してくれたまえ』



おじさんの悲痛な声を聞いて我に返る。

締めていた首を解放し、鼓動が跳ね上がるのを必死に押さえつけます。

ひいひいふーひいひいふー、どこぞの妊婦さんの呼吸法でこの場を切り抜けんとしました。

一時すると動悸も収まり、首を絞められていたおじさんも何事もなかったように立つ。

僕は素直に聞きます、僕の死を乗り越える方法はないのかと。

既に答えは持っていたのでしょう。本来の気質からか懇切丁寧におじさんは呟きます。



『…いや詳しいことは話せないのだがね。兎に角今のままでは君が死んでしまうのは確実だ。

トラックに轢かれて死んでしまうことだろう。それは決められたことだ、これに抗うことは容易ではないぞ?

それこそ死ぬよりもつらい目にあうかもしれん。失敗して多くの人を同じく死者の道に導くかもしれん。

それでもやるというのなら、まずは君の固定概念から疑ってみることだな。さすれば開かれるだろう生きる者の道が』



おじさんの話に上手く要領は得ませんでしたが、兎に角根本的な考えを見直せと言うことでしょうか。

難しいですね、自分では中々考えの穴なんて見えるはずもありませんから。


僕は考え込むようにその場に佇みます。

どうしたものかと、どうすればよいかと今一度ゲームの内容を頭に浮かべるのです。


そのゲームは乙女ゲーとしてなかなかの大作でありました。

合計6人の男の子を攻略して、恋愛を成就させる。オーソドックスではありましたが、中々に奥の深いストーリー性。

人物像には男であった僕も強く共感し、彼らが幸せそうな笑みを浮かべるとこちらだって嬉しくなると言うものです。

そこにクラスメートで親友の女の子と、ルートが逸れてしまった時やバッドエンドを迎えた際に訪れる『さかさおじさん』。

彼らの助けもあって、このゲームは一つの形なりえたと思っております。

大団円で終わる本作、唯一邪魔ばかりしてくれたライバルキャラのお嬢様だけは退学とお家取り潰しにあい路頭に迷うことになりますが概ね主要メンバー皆が幸せとなる構図は圧巻の一言。

ただのご都合主義になりえない、素晴らしい作品なのですが果たして穴がありましたでしょうか。


僕が死ぬとされるのは、確か子供好きの生徒会長ルート。

ふわふわの綿菓子みたいな頭でくすんだ金髪を会長はしていたかのように思います。

主人公との何回目かのデート、僕扮するモブキャラと遊ぶ約束を交わした彼に、死亡フラグを見ました。

案の定そのモブとの再会を果たすことなく、彼の傍で蹲り大量の血を流す。

地面に流れ出た血液の池が妙に鮮やかで。叫ぶ主人公と言葉もなくモブを抱いたままの恰好である彼。

見ていてとっても胸が苦しくなります。

それまでの彼女の生い立ちや、友達の描写も嫌にリアルでしたから尚更です。

僕の出番はそこで終わり、その後の会長は一時悲しみに暮れるのですが仲間たちの支えにより、何とか息を吹き返す。

あとは気持ちいい大団円が待っているのですが、僕の死は結局乗り越えるべき障害であるばかりで。

報われません、齢10歳となる少女にとって重すぎる罰。


僕はこれを越えなければなりません。何とかルートを変更させることばかりを考えてきました。

しかしこの事故はそもそも僕がよそ見をしていたことから起こる事故。

ならば万全の状態であれば、あるいは回避できる未来なのかもしれません。

グレートスさんに頼んで道路整理をしてトラックをこの時間に通過させなければもしかしてあるいは。

僕は思い至った仮説を胸に、再びこちらを眺めるままのオジサマに顔を向けます。



「…やってみます。僕未来に抗い、絶対生きて見せます。」



強い決意がこもった一言を、オジサマも汲んで頂いたようです。

近づく大きな皺くちゃ掌は迷うことなく僕の頭を優しく撫でる。



『やってみなさい。自らの力で運命を捻じ曲げ成し遂げる。その時を待っているぞお嬢さん』



布マスクの間から笑うおじさんが見えて、僕も何だか微笑んでしまいます。



『…おおっと、もうこんな時間であるか。随分と早いもんだ、私はこれにて失礼させてもらうよお嬢さん。何心配いらないまた会えるさきっと、きっと。』



おじさんは胸の懐中時計を眺めると、急ぎ足で僕から離れていく。

僕はその後を必死で追うのだけど、全く追いつく気配すらない。

明かりは消えて周囲には再び暗闇が支配する。

でも僕はいつまでもおじさんを追い続けて、何時しか自分が起きているのか歩いているのかも分からなくなって。

意識すらこの闇に溶けていくようで、僕の心は暗闇に彩られてしまうのだった。

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