穂枯雫と安谷光
俺は何も悪くない。
心配して何が悪い、蹲ってる奴の手を取って何が悪い。
浮かない顔をしているアイツを見てると無性に腹が立つ。
一人で何かを抱え込む奴なんぞ、気色悪いッたらありゃしねぇ。
何で俺に頼らねぇんだって、俺は皆に頼りにされてる天下の雫様だぞ。
俺に解決できねぇ謎なんてねぇ。だからお前はこの手を取るべきだった。
理解できない、相容れない。
俺が心配してやってんだ、この俺に任せておけよ。
「…でも違うんだな。荒らされたら嫌な奴も時にはいんだ。」
俺だってクラスの皆が傷つく姿なんか見たくない。
そんなことする奴はぜってー許さねぇし、口なんて二度と利くものか。
そう考えるとあわせも実は同じだったのかもしれねぇな。
アイツにとって俺に隠している秘密は俺を守るためで、けして荒らされたくねぇシマだ。
それを俺は無理矢理こじ開けようとしたんだ。あのいけ好かない野郎に説教食らっても、仕方ねぇよな。
「でもそれはそれ、これはこれだ。復讐してやんぜあの野郎!」
俺は小奇麗にされた廊下をひた走る。
その間に何人ものメイド服のねぇちゃんを見かけたが、俺を止められるものはいなかった。
俺は今や風と一体だ。俺を捕らえられるものなら捕らえてみな。
いつの間にかさっきの悔し涙は俺の目から乾いてしまう。
打ち負かされて悔しいと、そんな気持ちだけで俺は足を動かしていた。
向かう先はこの屋敷の反対にあった裏山。
そこで隠れて、時を待つ。俺を泣かせやがった性悪女を罠にかけてやるぜ。
そこまでしてやっとチャラってもんだろ。
正しいことがいつも正しいとは限らねぇってことを今思い知らせてやる。
「ああどうしてくれようか。宙吊りにしてやろうか、落とし穴作ってハメてやろうか。どっちにしてもアイツが悔しがる罠を仕掛けてぇなおい」
俺の顔には自然と笑みが零れる。
いつもつるむ野郎ども曰く『悪魔の笑み』らしいが(言われたら毎回ボコるのも忘れねぇぜ)そんなこと今はいい。
罠をはれ、涙は乾いた。
なら今すべきは復讐。
それが俺、穂枯雫ってぇ女の生き様よォ
俺は走り様に手に入れたスコップを片手に山へと入る。
後ろには誰も居ない。追手は当に振り切った。
一人『悪魔の笑み』を浮かべる俺を見たものがいたとしたらもしかしたら気絶でもするんじゃねぇかと思う程、必死に穴を掘る俺の姿は奇妙であったじゃねぇかって今ならそう思う。
◇
「…さて、これからどうしますか。ミス安谷」
「うん?勿論しずちゃん見つけて家に帰るよ♪当たり前でしょ、そんなこと」
何をこの人は言っているのでしょうか。
どうしますの答えは決まっているはずじゃないですか。
私がこのまま帰ってしまうとでもこの人は思っているんですかね。
「いや、それにしてもやけに楽しそうなので。心配ではないのですか?あそこまでお嬢様から暴言を言われたのです。少しは堪えていても不思議でないのですが」
綺麗なスーツを着こなすカッコイイ女の人です。
それが今私の前にいます、なので少し私もはしゃぎすぎたかもしれません。
ここはしずちゃんを想い心配した顔を浮かべる場面でした。失敗、失敗です。
「…勿論心配は心配だよ?しずちゃん負けず嫌いだからどんな復讐を考えているのか見当もつかないし、とっても不安。」
「はっはあそう、なんですか?」
カッコイイ女の人は困り顔で私の後をついてきます。
なんですか、私の言うことが信じられないですか?
私は幼稚園の頃からしずちゃんと仲良しです。しずちゃんの考えていることは、もう大体わかっちゃうんですからね。
とっても心配そうにしてくれたあーちゃんや無言でいたおねえちゃんには悪いですけど、心配を私はしたわけではないのです。
これから起こる復讐劇に頭を痛めたのです。
とってもしつこいですから、しずちゃん。おねえちゃんの安否がとっても不安なんですよ。
怪我とかさせないようにしなきゃですねぇ、そこは私がちゃんとふぉろーするつもりですが。
「では行きましょう。怪我する前にしずちゃんを止めるです。」
「はっはあ了解しました?」
納得はいかない顔ですが、私についてきてくれたカッコイイ人。
流石はスーツです、スーツ着てる人はとっても大人で親切だってママの言うことはいつも正しいですね。
私は急ぎます、きっとしずちゃんは裏山の方にいると思います。
落とし穴とかいっぱい作っているに違いありません。
オレンジ色の太陽が見えてしまっています。そろそろお家に帰る時間ですよしずちゃん。
早く一緒に帰りましょう、そして私とのトランプ対決の決着を今こそつけるです。
「ところで私は今何処にいるのでしょう?」
「どっちに行きたいかにもよりますが、そっちに行くと逆走となりますね。私が先導いたしましょう」
ここの地理を完全に把握してません私の前を、私の指示で動くカッコイイ人。
とってもよいです。将来私もお金持ちとなりたいと思わせるには十分な格好よさ。
そしたらこんな女の人も私の物になるのでしょうか。それはとっても素敵なことですね。
「…何かよからぬことを考えていませんかミス安谷?」
怪訝な顔をします将来の使用人を私は笑って流します。
白の屋敷は夕焼けに染まって、とっても綺麗です。私は未来を想い、しずちゃんのことなどすっかり忘れて夢うつつに裏山へと向かうのでした。
 




