手合わせ
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全員を二階の部屋に案内して、下にグレットさんと共に戻る。
「それじゃ僕は村を一週してからまた来るよ。ところで今日のメニュー何かな?」
「ウガドリ卵のオムハヤシとミノ牛のステーキサンドです」
「それじゃステーキサンドを包んでもらってていいかな?一週間に一度の楽しみなんだ」
「分かりました」
ありがとう!と力強く言いグレットさんは笑顔で立ち去って行った。
仕込みを簡単に済ませて、開店までの時間まで何をしよう?と考えていると、上からアベル、アーニャ、ニースが降りて来る。
「あれ…どうしました?」
この村は城塞都市エネルから南に徒歩で1日、馬車でも六時間ほかかる。
ちなみに東に同じ距離を行くと、唯一島国アリオンとの交流が盛んな大きな港街にたどり着く。
「ああ…実は長く馬車に乗っていたので体が凝ってしまったので、どこか体を動かして…出来れば剣を振るえる場所を教えて欲しいのだが…」
アベルがそう言いながら肩を回す。
ニースも同じように体が凝り固まっているらしく、首を抑えて困ったように頷いている。
サーシャはアベルさんの付き添い…?かな。
「いいですよ。この宿のちょうど裏手にある森に、開けた場所がありますからそこなら体を存分に動かせるでしょう」
「すまない。ありがとう。ところで料金は本当に後払いでいいのか?」
アベルさんが心配そうに言う。
そういえば最初に払って貰うのが普通なんだっけ…。
「うちは満足してもらってから、料金を貰う事をモットーにしてますからね。それより案内しますよ」
「そうか…わかった」
アベルさん達を促し、宿を出て裏手に広がる森に入っていく。
森林が生い茂る道を少し進むと、開けた場所へ出る。雑草などを除いて円形に平らな空間が広がる。
「ここならある程度なら、体を動かせますよ」
「わぁ…広い空間ですね。なんでこんな場所があるんですか?」
ニースが興味津々に聞いてくる。本当に子供のような仕草だ。
木材を得るために切っただけなら、切り株があるし、畑は村の正面に充分過ぎるほどにある。
本来、根っ子まで引き抜く作業は切り株に縄をくくりつけ、それを馬や牛を使い引っ張って抜く。
大変な労力が必要で、畑や家を建てるなどの目的がなければとてもやらない。
「ああ…ここは義父に剣術を教えてもらってた場所なんですよ。今は朝に体を動かすのに使ってますが」
「へぇ~。ヤマトさんも剣術を修めてるんですか…。良ければ手合わせしませんか?どんな剣術か興味ががあるんですけど…」子供ぽっさが顔から抜け、静かな闘志がニースの目に浮かぶ。
仮にも勇者様だ。くぐり抜けた修羅場や死線は数知れないだろう。
レイダーさんや義父の体が潰れそうな威圧感ほどじゃないが、スッーと足元から全身が冷たくなるような錯覚を覚える。
「あはは…僕なんかじゃ手合わせも何も相手になりませんよ」
正直な話、面倒くさいので笑ってごまかす。
「そうですか…残念です。あっ…じゃあアベルが相手してよ?しばらく手合わせしてないし…」
ニースは本当に残念そうにしてから、今度はアベルさんを誘う。
「ちょ…!?ニース様…!?」
なぜか、珍しく…は語弊があるけど…おとなしかったサーシャが突然驚いたように上擦った声を上げる。
「…サーシャ。手合わせなら協定を破る事にはならないだろう」
一瞬、困ったように表情を曇らせていたアベルさんがサーシャに答える。
というか、協定ってなんだろ?競艇なら水上レースなんだけど…。
「…むぅ。分かりました。でもお二人共あくまで手合わせ…真剣にならないでくださいよ」
そう言うとあからさまに舌打ちをして、あまつさえ端正な顔を不快そうに歪めてから僕の手を取り、二人から距離を取る。
来いすら言われなかったが、目に文句言ったら殺すと書いてあるようなので、引っ張られるままに着いていく。
だいぶ二人から離れた所で二人は対峙して剣を抜く。
アベルは背中に挿していた、白銀の刃渡り130センチ程のバスタードソードを右手で軽々と抜き、左手には中型の縦幅80センチ、横幅50センチ程の盾を構える。
ニースは魔術的な意匠が施されてる…であろう、刃渡り80センチ程のロングソードをと刃渡り60センチ程の僅かに緑黄に染まって見えるシュートソードを左右に持つ。
隣でサーシャが緊張したように強張った表情で二人を見ている。
確か…リラの話だと勇者は4人だっけ…?
何度も繰り返し熱心に聞かされた記憶があるが、残念ながら話半分で聞いていたのであまり覚えていない。
うろ覚えだけど…慈愛と光と暁と漆黒の勇者だっけ…?
如何にも中二病臭い名前だ。
覚えているのか、分からない記憶を掘り返していると…対峙していた二人が動き出した。
お互いに己の射程圏に入ると容赦なく剣を振るう。
最初にアベルが剣を横から、薙払うように振るうとそれにあわせてニースが左右の剣を交差させて振り下ろす。
ガギンッ!!!
ビリビリと空気が振るえるような衝撃が生まれ、鋼と鋼がぶつかり合う、どこか澄んだ音色が響く中、衝撃で生まれた突風に、離れた距離にいる木々と僕らは叩きつけられる。
ザワザワと木々が揺れ、葉が擦れる音の鳴るなか二人は構わず互いに第二撃を繰り出す。
弾かれた剣をその勢いをさえ、殺さず利用した二人は何度も剣戟を打ち合う。
キンッ!ガンッ!ガキンッ!
アベルは常人では決して扱えないだろう、白銀の剣を巧みに使い一撃一撃に必殺の威力を乗せて、何度もニースに叩きつける。
ニースは左右の剣で早く、速く、素早く、剣を振るう事に剣速を上げ、アベルが一撃を振るう間に3回以上の剣戟を浴びせる。
だがいくら早くても、アベルは左で構えた盾で、防ぎ、弾き、防御する。
難攻不落の要塞だ。
かといってアベルの剣はニースによって、剣で逸らし、弾き、避わされる。
実力は明らかに拮抗していた。
アベルは盾で己を守り、仲間を守る騎士の剣。
ニースは舞うように斬り、避ける、華麗な剣。
剛と柔。力と速さ。
…一年前に村に来た傭兵達なら、隊長の男を除き、アベルの剣でも振るわれた事すら気づかずに絶命するだろう。
埒があかないと、思ったのか互いに牽制の一撃を繰り出し後ろに下がる。
「…腕をあげたな。ニース。正直何度かひやりとしたぞ」
アベルは成長を喜ぶように不敵に笑う。
「アベルこそ…また堅くなったじゃない」
ニースも楽しそうに好戦的に笑う。
お互いに口では讃え合っているが、目は相手を打ち破るという意思に満ちている。
そろそろ決着がつくだろう。
アベルが剣を斜めに構える。
ニースも応じるように左右の剣を翼のように限界まで、後ろに構える。
ドンッ!
「お止めくださいっ!!!」
地面が響くほどの踏み込みで、二人が駆けると共にサーシャが制止する。
二人の踏み込みと剣風で土埃が舞い上がり、姿が見えなくなる。
「アベル様っ!」
いてもたっても、いられなくなったサーシャが二人の方に駆け出していく。
僕もあとを追う。
アベル達に近づくと、徐々に見えなかった二人の姿が見えるようになった。
お互いに剣を首に当て、制止している。
相討ち…。いや…サーシャの言葉でお互い止めたのか。
「少し本気になりかけたな…。すまないな。サーシャ」
「ぼくも、つい熱くなってしまいました。ありがとう。サーシャ」
二人は剣を納める。
「い、いえ…私などが声を荒げてしまって申し訳ありません」
サーシャは謝罪と共に頭を下げる。
僕に対する態度を思い返すと、別人のように見える。
二人はサーシャを見て居心地が悪いのか困ったように笑う。
「お二人共も動いてお腹が減ったんじゃありませんか?熱いお湯を用意しますから、身体を拭ってさっぱりしてください。それが終わった頃に昼食ですよ」
笑顔で空気を全く無視した発言をする。
アベルとニースはハトが豆鉄砲食らったような顔をしてから、面白いものを見たように笑い。サーシャは変なモノを見る目で見てから、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ではそうさせてもらおう…!」
アベルの言葉に二人が頷くのを確認して、宿屋に帰る事にする。
森の奥からウルドの視線を感じてたが、もう興味をなくしたようだった。
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…えっ?戦闘シーンじゃないのか?
いやいや…手合わせですから