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プロローグ いつもの日常

良ければお読みください。

ーーーチュン、チュンチュン


とお決まりの鳴き声を鳴らす小鳥達が騒ぎ出し、真っ暗な夜から太陽が昇りかけ、薄暗くも辺りを見渡せる頃にいつもの朝が始まる。


再び閉じようとする目蓋を気合いで開き、気怠げな体を奮い立たせベッドから出る。


…二度寝がしたい…したいが…仕事があるのでそんな訳にもいかず、まだ重い体を引きずり部屋から出る。


家を出て、目と鼻の先にある井戸に行き水を汲み上げ冷たい井戸水で顔を洗う。


肌が引き締まり眠気も井戸水の冷たさが吹き飛ばしてくれる。


スッキリした所で家外に置いてある桶を持って来て、井戸水汲み上げ台所の水瓶に水を溜めていく。


井戸は家から十歩も離れていないが、何度もやらなければならないのでそれなりに重労働だ。


もっとも井戸から距離が離れた家のオバサン達が平気な顔してやっているので、弱音など恥ずかしくて言えないけど。


水瓶いっぱいに水を溜めたら各部屋の掃除だ。


こんな辺鄙な村に来る人間自体少なく、さらに宿屋に泊まる人間もさらに少ない為、一週間に一組でも泊まりに来れば良い方なのだが…義父の留守を任されている以上はしっかりこなさなければ!


いや…義父は一切掃除も何にもやらず、宿の運営自体、僕に丸投げなんだけどね?


各部屋のベッドからシーツなどを外して天日干しをしている間に、掃き掃除をしてから水拭き、カラ拭きをする。


お客さん自体滅多に来ないので、汚れ自体がほとんどないんだけど、どうしても埃などの汚れが付くのでこまめに掃除しなければならないのだ。


珍しく義父が「こんな宿屋でも、たまに旅の途中で立ち寄る人達がいる。そんな人達を少しでも癒やしてやるのが宿屋の仕事だ。だからいくら暇でも、もてなしの心を常に持たないとダメだ」と言っていたのだ。


正直「いや…あんたはどうなんだ?」と口から洩れそうになったが、珍しくまともな事を言ったので黙って聞いた。


多少の不満はあるけど…言っている事は正論なので、そのとおりにもてなしの心を持って仕事をしている。


各部屋の掃除が終わったら、次は食堂の掃除だ。


義父は料理をほとんど出来ない癖に「宿屋は飯が美味くないとな!」と言う事で、この宿屋にはもったいないくらいの調理場と食堂兼酒場を建てる時に組み込んだらしい。


僕が来るまで完全な物置と化していたけど、何とか片付けて使えるようにした。


色々な努力を重ね。今ではありがたくも、昼と夜の村人達の憩いの場になっているので掃除も気合いが自然とはいる。


掃除が終わり椅子などのセットをし終えると鍛練だ。


外に出て、家の裏手にある森に入り、刃抜きされた重い特製の剣を元騎士の義父に教えられた型通りに身体と剣を繰り返し、繰り返し、動かして身体に動きを染み込ませる。


それをある程度やったら、幼い頃に親父の方にたたき込まれた剣術…というより刀術の型を同じように身体が忘れないように繰り返し、終えたら次は簡単に体術の型繰り返し、軽く…ではなく、かなりの汗と心地よい疲労を感じながら、木にもたれ掛かり一息入れる。


日が昇り、柔らかい風を受けながら木漏れ日の中で休んで居ると、いつの間にか大きな影が覆っているのに気づいた。

その大きな影…この森の守り神であるキラキラと光り輝くような銀色の体毛を持ち、太陽を受けて七色に光る水晶の角を揺らしながら、大きな狼は目を細める。


(毎日、毎日、飽きもせず良くやるものだ)


その鼓膜ではなく、直接頭に響く狼の声には、呆れたとも感心しているとも取れる感情が混じっている。


それに今更驚く事もなく、僕は苦笑しながら口を開く。


「それを言うなら、ウルドもよく毎日来るよ。暇なの?」


その言葉にニッと大きな口角を釣り上げる。


(まぁ、暇だな。魔王の影響で魔物達が活発化してるらしいが、私が居る限りここら辺は何の影響もないからな)


ウルドは前脚を屈めリラックスするように前脚を枕に頭も乗っける。


その頭や顎を撫でると気持ち良さそうに目を細める。


「半ば神様の聖獣だもんね〜。そりゃ魔物も寄りつかないよ」


(そうだな…。ま、仮に魔王が直接来たら、戦いになるだろうが…正直やり合いたくないな。面倒だ)


正直過ぎるこの聖獣の反応に僕はまた苦笑する。


「でも楽勝で勝てるんでしょう?」


聖獣の名前は伊達じゃない。魔王くらい問題ないにもならないだろう。


その言葉にウルドは器用に片目だけ開いて僕を見る。


(ま、七割くらいで私が勝つな。だが気配で察する限り…伊達で魔王と呼ばれる存在でもないらしい。実際にやれねばな…面倒からごめんだが)


顔に出ていたらしく心の声が聞こえて、しまってたらしい。


しかし…聖獣が負けるかもしれない存在か。


行商人さんが言ってた四勇者で勝てるのかな?


ま、僕は関係ないけど…。


一通り話終えると僕は砂を払って立ち上がり、ウルドに持って来ていたクッキーを差し出す。


するとウルドは器用にその大きな口でクッキーを摘み味わうようにゆっくり食べていく。


この聖獣様は甘いモノが好物なのだ。


話によると聖獣は食物を取らなくても、良いらしいが甘いものは好きだから食べるのだそうだ。


(うむ。やはり美味いな…。菓子は人が生み出した最大の発明にして至高の食物だ)


幸せそうに目を細める姿を見ていると癒される。可愛い…。


持って来ていたクッキーを全て食べると、ウルドは切なげな息を吐く。


「あはは…。明日も持って来るから、そんな落ち込まないでよ」


(…落ち込んでなどいない、が約束だ!)


と言いながら力強く僕を見つめる。


…どれだけお菓子が好きなんだろうか?


また僕は苦笑する。


手をふり別れて、家に帰る途中で起き出した村の人達とすれ違い、挨拶しながら帰宅する。


そろそろ昼の仕込みの時間だな。


厨房に立とうとした所で、ふっと汗臭い事に気がつき、水で流す事にする。


いくら気心の知れた仲しか来ないとはいえ、汗臭いのは礼儀に反するだろう。


家の裏手に出て、上だけ脱ぎ、身を屈めて、桶で頭に水をぶっかける。


犬ように頭をふり、水を飛ばしてからタオルで拭いて、そのタオルを濡らして体を拭いていく。



一通り拭き終えて、さっぱりするとついでに上着とタオルを桶でゴシゴシと洗ってしまう。


この世界に洗濯機があればな〜。とつくづく思うが無いものは仕方ない。


水を搾りバサッと広げて、タオルと上着を物干しにかけておく。


そうしてから家に戻り、二階の自室にとりあえず着替えを取りに行こうとすると…。


ドアノブが回る音と木で出来た扉が開く音と共に2人の女性が入って来た。


「ヤマトちゃん、おはよ…」


「きゃあああぁ〜〜〜っ!!!?」


一人の方が笑顔でおはようと言う途中で、もう一人が悲鳴を上げながら、持っているパンを投げつけてくる。


顔面直撃コースのパンを口で喰わえて、キャッチしてそのままモグモグと食べる。


「うん。…相変わらず美味いっ!」


焼きたてのパンは焼けた香ばしさで食欲が刺激され、食べると柔らかく、小麦の甘さと美味さが一気に口を駆け巡る。


「うん。…相変わらず美味いっ!…じゃねぇよっ!な、なんで裸…!?なんで!?どうい…いっ〜!?」


顔を真っ赤に染めて、喚いていた…幼なじみのリラは頭を抑えうずくまる。


「このバカ娘…。いくら気心の知れた仲でも、みっともなく喚くんじゃないの。返事は?」


ギロッ!、と半眼で娘を睨みつけるカルラさん。


「は、はいっ!ごめんなさい母さん」


カルラさんに謝りながら、リラは僕を睨む。


あ〜…。あの目はあとで何かされるな。


ま、とりあえずは…


「き、着替えて来ますね?」


2人の迫力で少しビビりながらも、そそくさと二階に上がり服を着替える事にした。




カルラ・ワーズボア


三十代前半にも関わらず、ボン・キュ・ボンのスタイルを崩さず、肌も若々しくそのため二十代中盤にしか見えない女性。


とても2人の子を産んだとは思えず、最初会った時は年の離れた姉妹かと思った程である。


性格は姉御肌で男前、そのため釣り目と美貌が相まって村では頭の上がらない男達が多く、未亡人で密かに思いを寄せているからと言うのもある(ちなみに俺も逆らえない)


亡き夫の残したパン屋を娘達と共にやっている。


リラ・ワーズボア


幼なじみ?だ。


正直初めて会ったのが、10歳なので幼なじみと言えるかはわからないけど…幼なじみだ。


母親から美貌を受け継いで(ただし胸は残念)いるため村一番…ヘタすると噂に聞く王女様と勝負出来るほどの美少女。


性格は一言で言うと苛烈で村の若者達のリーダー的存在だ。


ガキ大将とも言う。


四勇者に憧れていて極度の勇者マニア。


週に一度来る行商人さんが持って来るグッズ買いあさり、四勇者の話を聞くのを楽しみにしている。



さっさと着替え、立ち話もなんだと2人を椅子に座らせる。


「お茶でも淹れて来ますね」


カルラさんのお構いなく〜。と言う声を背中に厨房でお茶を淹れ持っていく。


最初にカルラさんの前にお茶を置き、リラの方に置くと、ボソッと僕にしか聞こえない小声で「あとで…覚えてろッ…」と言い放つ。


見た目は最高でも、中身が苛烈に過ぎるんじゃないでしょうか?


いや…もう短くない付き合いで分かりきってるけど…。


「いや〜。しかしヤマトちゃんもイイ身体付きになったね。

あと10歳も若ければ誘惑してたところなのにねぇ」


カルラさんがしなを作り、艶っぽい笑みを浮かべ突然そんな事を言う。


「ちょ…?母さん!?」


「あはは…ありがとうございます」


僕は苦笑を返すしか出来ない。


慌てたように母に抗議の声を上げていたリラがまたこちらをキッと睨みつけてくる。


カルラさんはそんな娘の反応に楽しそうにニヤニヤしている。

「大丈夫っ!あんたの大好きな旦那を盗ったりはしないわよ〜」


「だ、誰が旦那よ!?誰が!?こんなヤツ!」

(…確かに村の男共に比べればマシと言うかいいけど…)


うつむき、ぼそぼそと小声で何か言ったようだが、小さ過ぎて聞き取れなかった。


「私は別にヤマトちゃんがあんたの旦那とは言ってないんだけどねぇ〜?」


「なっ…!?…うっ…うぅ…私、先に帰ってるからっ!」


リラは勢い良く立ち上がると、顔を真っ赤にしながら逃げるように出て行く。


「カルラさん…?」


身を捩りながら笑いをこらえているカルラさんに、少し険を込めた視線を向ける。


「ひっ…っ…ふふっ…お腹痛いっ!…ふっー。ごめんねぇ?ヤマトちゃん…さすがにからかい過ぎたわ」


笑いを必死に抑え、カルラさんが笑いすぎて涙を浮かべながら、頭を下げる。


「…ま、あとで何か八つ当たりされる程度だからいいんですけど」


少しげんなりしながら言うとカルラさんがまた笑い出す。


「あっ…はははっ…ひっーお腹痛い…。これはあの子も可哀想だ。…ん〜?」


カルラさんは思案するように人差し指を口に当て、小首を傾げる。


…年齢詐称してるんじゃないでしか?と思わず、言いたくなるほどに似合う姿だ。


「…やまとちゃんはさ?リミの事どうなの?あっ!一応言っておくけど異性としてね?」


突然のカルラさんの質問。異性として…?


「なんでそんな事を…」


「いいから!で?」


カルラさんの真剣な目に気圧され、仕方なく答える。



「…リラは美少女ですから、意識しないと言えば嘘にですけど…なんというか…」

言葉に詰まりながら、己の答えを探すように少しずつ答えて行く。


リラは間違いなく美少女だ。その性格を現したような炎のように輝く髪に、ルビーのような深い色合いをその意志の硬さが、そのまま垣間見える大きな釣り目に宿し、それに合わせるように神が丁寧に慎重に精緻に他のパーツを配置したら、あん。な美少女になるのだろう。


「…正直、今は自分の事で手一杯で恋愛とかは考えられないですよ。…してみたいとは思いますけど」


「…なるほどね。分かったわ。でも私はあの時のヤマトちゃんの怒りようはリラの事好きなんだと思ってたけど?」


…あの領主のバカ息子か。


「…リラは大切な人ですから、そりゃ僕もキレますよ」


それを聞いたカルラさんは「ふーん」とニヤニヤいやらしい笑みを浮かべる。


「ま、いいわ。早くヤマトちゃんに息子になって欲しいけと、ここは我慢しますか」


「むすっ…!?」


慌ててカルラさんに聞き返そうとするがすでにカルラさんは席を立ち「それじゃお茶ごちそうさま〜」と言いながら嵐のように去っていった。


「何なんだ…一体」


時計を見ると、いつもより一時間ほど経っていた。テーブルのカップを急いで片付け、慌てて厨房に向かう。


今日のランチは蒸しウガドリのクリームソースパスタ、スタン豚のローストとチーズのサンドイッチに特製ミネストローネだ。


豚肉の塊に小さく切れ目をいくつも入れて、塩、コショウをふり、それと共にハーブを肉に擦り込む。


それと色々な野菜を鉄板に乗せ、オーブンに入れる。


肉を焼いてる間に昨日仕込んで置いた、黄金色のコンソメスープを大鍋から鍋に移す。元の世界ではコンソメ素なんて便利な物があったが、この世界には残念ながら存在しない。


そのため最初から手作りだ。この世界でも、昔ながらの洋食屋さんか高級レストランくらいでしか、やってないことやるのだから、自分の事ながらマゾかと思う。(これもおもてなしか…)


コンソメを弱火にかけながら、太陽をいっぱい浴びた赤い完熟トマトを湯剥きして、包丁で叩いていく。


叩き終えたトマトをコンソメに入れ、弱火でコトコト煮込んでいく。


コンソメの隣で、片手鍋にバターを入れて、焦げないように気をつけながら溶かしていく。


そこに小麦粉を入れ、ダマにならないように丁寧に混ぜる。


モッタリとした感じになったら、トマトを混ぜていないコンソメと牛乳を加える。


ホワイトソースがパスタに絡みやすいトロミになったら、塩とコショウで味を整えればホワイトソースの完成。


オーブンから豚肉の乗った鉄板を取り出すと、豚の焼けた香ばしい香りとハーブと野菜の甘い匂いが鼻孔を通り抜ける。


思わず、腹の虫が大きな音を立てるがそれを意識の外に追いやる。

豚肉に串を刺し、焼けているか確かめると野菜を取り外し、鍋で豚肉を覆って暖かい場所に置いておく。


こうすると余熱で中まで火が入り、ピンク色の肉と透明な

脂がなんとも食欲を誘う絶妙な色合いになるのだ。


トマトの旨味が溶けたコンソメに、豚肉と一緒に火を入れたジャガイモ、玉ねぎ、人参を食べやすい大きさに切って入れれば完成だ。


そして最後にウガドリを蒸してランチの準備は終了。

「おぅ!ヤマト!飯食いに来たぞ!」


扉の開く音と共に腹に響くような低重音の声をあげながら、一人の大柄な男が入ってくる。


数百年の時を過ごした巨大な樹をそのまま一人の人間に凝縮したような男だ。


年の頃は60近いはずだが、全く衰えを感じさせず、むしろ初めて会った時より元気になっているような気がする。


丸太ような太い腕、大きな胸板にそれを支えきる強靭な下半身。


ニメートル近い身長と体格がかなりの威圧感を与えるが、不思議と確かな知性とどこか少年のような目がそれを和らげている人だ。


昔はどこかの国で、かなり地位を得ていたと言う話をたまたま、この村に来た旅人さんに聞いたが話の途中で本人に遮られた所為で、詳しく聞けなかった。


どうやら昔の話はあまりしたくないらしい…。


レイダーさんはカウンターの席に座ると、立派な顎髭を撫でながら口を開いた。


「で?オススメはどっちだ?」


「うーん…。どちらもオススメだけど、ボリュームならサンドイッチで、単純な量ならパスタかな?」


「よし!両方頼む!」


「かしこまりました」と言いグツグツと煮える熱湯にパスタを入れ、片手鍋クリームソースを入れ火に掛ける間に手早くサンドイッチを作り、半分はそのまま、また半分を軽くオーブンでトーストする。

「ところで…毎回両方頼むのにオススメ聞く意味あるの?」


ミネストローネをレイダーさんに出しながら、少し気になっていた事を聞いてみる。


「…ん〜!旨そうだ!…意味?そんなの何となくだ、何となく!」


「何となくて…レイダーらしいけど」


焼き上げたトーストを出し、茹で上げたパスタをソースと絡め一気に仕上げる。


「ま、気にするな!片方だけ食いたくなれば、片方だけ喰うまでだ」


レイダーは鼻歌混じりにトーストサンドにかぶりつく。


ボリュームがある厚切りパンのサンドイッチが見る見るうちにレイダーの胃袋に収まっていく。


いつもながら、外見通りの豪快な喰いっぷりだけど、なぜかレイダーさんの食べ方は粗野な感じはせず、上品な感じすらする。


「焼いてない方はたっぷりの野菜とローストポーク、トーストした方は二種のチーズとローストポークか…旨いな」


「ありがとうございます。はい。パスタの大盛」


「おぅ!」


普通の三倍の量なので大盛と言うより、特盛りが正しいパスタもどんどん無くなっていく。


「そういえば…ヤマト!

さっき…リラのやつがいつも以上にツンツンしてやがったがなんかあったのか?」


………


「…やっぱり?理由は分からないんだけど、朝カルロさんと来て話してたら、急に顔を真っ赤にして出てったんだよね」


あ〜。とレイダーさんが呆れたような困ったような顔をする。


「…ま、なんだ。ツンツンさせるのは良いが本気で怒らせるなよ?」


「そんな事しない!…一度怒らせた時どんな目にあったと…」

思い出すだけで、その時の恐怖と痛みで体が自然と震える。


「だろうなぁ…。美人だし、家事も出来るし、気立てもいいんだけどな…あの苛烈な性格は…親から継いだもんだから仕方ない」


えっ…?


「あの性格が遺伝…?」


「…世の中知らなくて良いことがあるんだよ。…本当に」


レイダーさんは横を向き遠い目している。

ビールでも出して、詳しく聞こうとすると…凄まじい勢いでドアを開け、リラがどしどしと床を踏み鳴らし、どすっ!と椅子に座る。


噂をすれば影とはよく言ったものだ…。


半ば現実逃避気味にそんな事が頭に浮かぶが、キッ!と視線だけで殺されるんじゃないかと思えるほどの殺意を込めた目に吹き飛ばされる。


「…サ…ド…チ…」


「えっ…?」


「サンドイッチッ!早く!」


は、はい…!勢いよく返事をすると、殺意が増した視線に押され全速力で料理に取りかかる。


レイダーさんはカウンターに代金置くと、悪いな…。と一度ジェスチャーするとそのままそそくさと帰って行った。


体に鉛が纏わりつくような威圧感を浴びながら、素早くサンドイッチ作り、リラに出す。


「ど、どうぞ」と目の前に置くと黙って食べ始める。


…空気が重い…。何人か扉を開けて入ろうとしながらも、空気を読んですぐに立ち去って行く。


…皆。薄情者だ。


黙々と食べ終えたリラにハーブティとお茶請けにクッキーを差し出す。


「…ありがと…」


体に纏わりつく重さが軽くなるのを感じて内心安堵のため息吐く。


リラはお茶を飲みながらじーっとこちらを見つめる。


目を逸らすのも悪い気がして、こっちもじーっと見つめ返す。


無言の見つめ合いが少し続いた後リラが口を開いた。


「で…?人様の母親に欲情してくさやがりやがったヤマトさんはどう責任を取るのかな?」


にっ〜こ〜と楽しそうに捕食者が獲物をなぶるように残虐な笑みを浮かべる。


「いやいや…僕はカルロさんに欲情なんてしてなっ…」


「なんか言った?」


「…いやなんでもないです。はい」


笑顔一つで反論を完全に潰された。

僕ってヤツは…。


「まぁ?いつも私の事を見て、リラ様はお美しいとか、リラ様可愛すぎるとか、リラ様は世界で一番可憐でお優しいだとか…手を繋ぎたいなぁ…あまつさえあんな事やこんな事をグッフフッ!とか思うのは当然と言うか仕方ないわ」


どんだけ自意識過剰なんだ!?と言いたいがそんな事が微塵も浮かばないほどにリラは美少女だ。


こんな事を言っても事実を言ってるだけだと思えるのが凄い。


…ま、お優しいと僕の真似…?ぽい後半のキモい口調を置いてだけど。


「でも他の女の子とかにデレッとした態度取るのは禁止よ。

あんたみたいなヤツがデレデレしたらキモくて女の子が怯えてしまうわ」


リラはツンッ!と顎を上げ機嫌良さげに言う。


相変わらずボロクソに言われるな…。


「つまりはエロい事を考える時はリラを思い浮かべればいいのね」


疲れ気味にそんな事を言うと…


「ばっばっ…ばーかじゃない!?なんでそんな事になるわけ!?い、意味が分かんないわ!ばーか!」


ダン!とテーブルを叩き、顔を赤くしながら怒鳴って、出て行ってしまう。


なんだろうなぁ…。ちょっと前まではこれで「そう!それでいいのよ。皆の為に私が仕方なく…本当に仕方なくヤマトのエロい目に耐えてやるわ」って感じで機嫌が直ったのだが…。


腕を組みながら首をひねって考えても答えは出ない。


嵐が去ったと見て取った人達がちらほらと扉をくぐりお店に入って来る。


ま、考えても仕方ないなぁ…。そう思い仕事をしながら、お客さん達と世間話をした。




アルド村でヤマトがいつも通りの日常を過ごすなか…。


魔王討伐の為に四つの国から一人ずつ、合わせて四人勇者達の元にそれぞれが加護を受けている神々から神託がなされる。


慈愛の勇者には大地の女神から


光の勇者には光の神から


暁の勇者には黄昏と黎明の神から


漆黒の勇者には冥界の神から


それぞれ違う場所で同時に


その神託とは慈愛の勇者の国、東に位置するカルドニア公国の辺境に位置するアルド村に行き試練の洞窟に行く事。


その神託により、四人勇者達に出会う事になった異放人の少年はその運命を変える事になる…。


勇者になるためでも、何かの失敗でも、世界を救う為でも、一人の少女を助ける為でもなく。


ただ誰も予期せず、意図もしない。全くの残酷なまでの偶然で地球から異世界に来た少年が…この異世界で日常過ごすだけだった少年がどう変わり、どう成長して、何を成すのかはこの時誰も…誰よりもヤマト自身が思っていなかった。


ま、6人?ほど除き…ではあるのだが


閲覧ありがとうございます。


ここから物語が動き出す…予定ですよ?

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