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プロローグ『日常的な非日常』

 商業都市バン・フィの北地区に位置する夜の歓楽街。

 中央時計塔を真ん中にして北西を走るサブ・ストリート沿いに、二ブロックまで酒場や娼婦館が軒を連ねている。それぞれの店先には、呼び込みや娼婦らが目移りしている通行人の気を引こうと愛想を撒き散らしていた。

 人々の往来に賑わいを見せていたが、この日は少し違っていた。

 遊びに来ていた観光客の波は一箇所で左右に分かれて、その開けた場所へ心配な視線を向けていた。

 それらの交わる先には、一定の距離を保って対峙する人影があった。




「寄るなぁ!? それ以上、オレに寄るんじゃねぇ!!」

 北側を背にしたジーンズにボロボロのシャツを着た男が、叫びながら唯一の武器であるナイフで威嚇するように右手を振り回した。

 すると、それに合わせて野次馬からざわめきが沸き起こる。

 血走った目を激しく動かす男は、壁のように立ちはだかる周囲を気にしながら、どうしてこうなるんだと自問した。

 ――だが、

「いい加減、大人しく投降したらどうだ?」

 正面に立っていた相手が聞き飽きた文句を飽きもせず、彼の思考を妨げるよう告げる。

 変わった黒い髪の女だ。異国の衣服――中袖の羽織袴といった格好をしていた。そして、左腰には二振りの同じような長さの刀を差した。

 そうだ。こんなことになってしまったのはコイツの所為だ。

 奥歯を噛み締めながら男は十数分前を思い出す。




 場所は、裕福な奴が住んでいる西地区の住宅街だ。

 薄暗く灯る外灯の下、人気のない路地をブラブラと歩いていた。勿論、今夜の獲物を探していた。どの家に忍び込むか迷っている所へ、

「こんな所で何をしている?」

 いきなり女が声を掛けてきた。

 この程度で驚くことはないのだが、思わず立ち止まり肩をビクつかせてしまった。

 こうして夜道を歩いていれば、警邏中(けいらちゅう)の自警団に職務質問されたことは1度や2度だけじゃない。素人ではないのだから、これといった理由をつけてやり過ごせる自信はある。それどころか、ここは金持ちばかりが住んでいる地区だ。自前の警備員だっている。

 だが、それは普通の場合だ。

 背後から、それも足音もなく唐突に掛けられれば誰でも驚くだろう。

 何かと思って振り返るなり、捕まえようとしてきた。想定外だった相手の行動に、身の危険を感じてその手を逃れて走り出した。

 サブ・ストリートに沿って、北地区にある無法地区へ向かった。あそこへ逃げ込めば、大半の奴は尻込みして追っては来ない。それに相手はたかだか女一人だ。逃げ切れる自信があった。

 何せ彼は、今まで二桁以上の犯罪を犯して逃げてきたのだ。

 それでも今夜は何もかも違いすぎていた。先に体力が尽きたのは彼だった。




 ――そして、今の状況である。

「武器を捨てろ。悪いようにはしない」

 すると、何もしないと言いたげに彼女は手を差し伸べる。

 そうはいっても武器を携帯している相手を信用など出来るわけがない。

「うるせぇ!! コイツがどうなってもいいのか!?」

 拒絶を告げると、左腕で後ろから抱くように拘束していた少女の首元にナイフを突きつける。

 住宅街から歓楽街へと逃げ込み無理だと判断した男は偶然、視界に入ったアッシュブロンドの緩い三つ編みの後姿を人質に取った。

 見た目、十代前半の少女だ。

 今の時間帯を考えれば不自然に思えたが、この年代は反抗期でこういった場所に興味のある年頃だ。家を抜け出して、今日たまたま歩いていただけだろう。そう解釈した。そして、これはチャンスだろうと同時に考えた。

 子供が人質なら、大抵の奴は手出しは出来ない。

「お前、何なんだよ。どう見ても自警団の人間じゃないな! どうして、オレを捕まえようとする!?」

「ふむ……何、簡単な事だ。拙者は、その自警団とやらに雇われているのだからな」

「くっ、やっぱり“ギルドの人間”か」

 それを聞いた彼は忌々しげに吐き棄てた。

「確かに一応、所属扱いにはなるだろうな。だが、拙者は個人経営の下っ端だ」

「なっ!?」

 彼女の言葉に男は驚きを隠せなかった。

 今まで色々な追っ手から逃げてきた。今まで確実に逃げ切ってきたことが自慢だ。それがどうだろうか?

 下請けの下っ端に追い込まれたのだ。冗談じゃなかった。

「分ったのなら、そのナイフを渡して大人しく捕まれ」

 上から目線の女の態度に、尚更、捕まって堪るかと彼は逆上した。

「この野郎!」

「いや、拙者は野郎ではないぞ?」

「コケにしやがって、このガキを殺してやる!?」

 怒声と共に持っていたナイフを逆手に振り上げた。

 そんな彼の行動に、周囲は目を覆って悲鳴が大きくなる。狂気の切先を向けられた少女は、表情は見えないが恐怖からか悲鳴らしい声すら上げない。

 すると、さっきまでの態度が一変して女は慌てて止めに入った。

「ま、待て! ……とりあえず、話し合わないか?」

「へ、へへっ。流石にガキが殺されたとあっちゃ、お前等の評判はガタ落ちだもんなぁ?」

「いや、拙者が止めた理由は少し違うんだが……」

「何をゴチャゴチャ、ワケ分んねぇこと言ってやがんだよ!?」

 もう、我慢の限界だった。

 それを少女も感じているのか、小さく肩を震わせていた。

「どうなってもかまわねぇ! このガキも道連れにしてやるぜぇ!!」

 男がナイフを今まさに振り下ろそうとした時だった。

 腹の底に響く雷鳴のような破裂するような音が響く。その瞬間、ナイフの刃を何かが打ち砕かれる。

 一体、何が? と彼は戸惑った。

 柄だけになったナイフをただ眺めていると、その視界の端から静かに重り(ウェイト)を下部に装備した厳つい銃身(バレル)が伸びてきた。そして、天を仰ぐ銃口からは硝煙がユラユラと立ち込めている。

 さっきの音とナイフを砕いた正体はコレだと理解できた。

 だが、一体誰が?

 バレルの先を追うように視線を動かす。そこに居たのは、緩くなった拘束の中で振り返る人質の少女だけだ。その右手にはしっかりと、6発式の重厚な溝のないノンフルートシリンダーの不釣合いな廻転式弾倉拳銃(リボルバー)が握られている。

 どうして、こんなガキが?

 回転の鈍い頭で考えていると、記憶の片隅にあるモノを彼は思い出した。

 その間、少女が親指でハンマーを起す。動きに連動して、ゆっくりとシリンダーが回転する。小さな金属音と共に、次の弾丸が装填されている弾倉兼薬室が定位置に固定された。そして、絞るように白く細い指がトリガーを引く。

 先程と同じ音が響くと同時に、側頭部から脳を揺さぶるような衝撃が抜けていった。

 全身から力が抜けて支えられなくなり、カクンと地面に膝から崩れる。そして、真っ暗になっていく視界が最後に捉えた、こちらを見下ろす少女のエメラルドのような瞳を見て思い出した。

 コイツは……と、そこで薄れゆく意識と一緒に落ちていった。





   ―●―●―●―●―●―●―


 一部始終を見ていた全員が、何が起こったのか分らず固まったままだった。そんな中、ため息が1つ漏れる。

 誰でもない男の正面で対峙していた和装の女だった。

 腰の二振りの刀の鞘を打ち鳴らしながら彼女――(かなで)は、頬を人差し指で掻きながら失神した男の元へと近づいた。

「……一応、拙者は止めたのだがな」

 ナイフを振り下ろそうとした時止めたのは、人質に危害を加えるなと言う意味ではなかった。

 あの禁止言語を言った時点で、こうなるだろうと事は予想していた。彼が気付いていなかったが正面に立っていた彼女から、少女がリボルバーに手を掛けていたのが見えていたのだ。だから、あの時は慌てて止めに入った。

 とはいえ、結果的に事件は解決したのだからいいとしよう。

 それ以前に、こちらとしてはもっと重要なことがあった。

「それで、拙者への判定は如何なモノかな?」

 恐怖に顔が歪んだままの男から顔を上げて、そのまま視線を隣に居る少女へ向けた。

 すると、彼女は一通り睨みつけた所で、トリガーガードに人差し指を引っ掛けたまま前後にリボルバーをスピンさせる。バレルとシリンダーを冷却して、ワンピースの腰にある大きなリボンに一時隠していたホルスターへ戻した。

 なんとも鮮やかな銃捌き(じゅうさばき)を披露した少女は、

「勿論、駄目に決まっているでしょう、奏! 三十点、三十点よ。赤点ギリギリね」

 見下ろす奏に顔を向けて辛口な点数を告げる。

 太めの眉と目を吊り上げて、大変ご立腹の様子だった。

「それ以上に、私が犯人倒してどうするの? これは、奏の実戦研修なのよ」

「いや、それはレーラ殿が手を出したのがいけないのでは?」

 最後に拙者の責任ではないと断言した。

 それに対して、少女――レーラは言葉を詰まらせる。

 だが、それは一瞬でしかない。

「仕方ないじゃない! だってコイツ、私が気にしている事を言ったのよ? ガキって、こう見えても私は17歳よ? 一体、何処を見て判断したのよ? それを考えたら、奏の点数が低いのはコイツの所為ね。 ……何だか、言っててムカついてきたわ!」

 支離滅裂に早口で並べると、湧き上ってきた怒りに気絶して倒れている男の頭を蹴り上げる。

 すると、意識が戻ったのかビクッと身体を動かしたが、蹴られた衝撃で再び眠りについてしまう。

 今のを見ていた奏は少しばかり同情してしまう。

 最初はガキ発言は、知らずに言って怒りを買った男の自業自得だから仕方がない。一応、こちらは止めに入って聞かなかったのだから当たり前の結果だ。しかし、さすがに今のは理不尽な八つ当たりだと奏は黙って思った。

 が、自分がやられたワケではないので、同情を一秒で終わらせる。

 とりあえず、今やらなければいけないのは、

「まぁまぁ、レーラ殿。これで賞金が入るのだから、さっさと行こう」

 目の前で肩を上下に怒らせているレーラを止めることだった。何せ、このままではこちらにも被害が及ぶと考えたからだ。

 据わった目を向けられる奏は、それに……と苦笑交じりで言葉を続けた。

「早く移動せぬか? だんだん周りの視線が痛い」

 そのひと言に最初はキョトンとしていたが、ハッと我に返ったレーラは動きを止める。

 なぜなら、今までの挙動不審な行動を一から十まで、周囲の野次馬に見らるのだ。

 今までの行動だけ見られていれば、痛々しい我侭な子供にしか考えられないだろう。これは流石にバツが悪い。

「……それもそうね」

 一息吐いて居住まいを正したレーラは、何事もなかったような足取り歩を進める。アッシュブロンドの緩く大きな三つ編みを揺らして、人混みを割っていく。そして、男の足を掴みレンガ敷きの道に引きずりながら、その後を追うように奏が続いた。

 その後姿を、何だったんだと言いたげな表情で人々が見送っていた。


 ――これがJack Of All Trudes(荒事専門の何でも屋)である彼女達の仕事風景だった。


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