銀の男
「こんばんわ」
楽しげな声がした。
ルキアは全身が総毛立ち、全身の力を使って飛び離れる。
「どうして逃げるの?」
逃げた分がなかったかのように、べっとりと血のついた掌がルキアの白い頬にふれた。
(ひっ!)
喉から出そうになった悲鳴を必死に呑み込む。
情けない悲鳴を上げるのは一度で十分だった。
眼の端に倒れている、というより打ち捨てられた男が見えた。
生きてはいまい。
さらに目の端に駆け寄ってくるアールを見た。
そして、やっと、目の前に焦点が合う。
まっ白い、美しい顔。
緑色の目が闇夜にきらめく。
唇が薄く、ひどく形がよい。
笑う形に赤い色が鮮やかだった。
銀の髪が滝のように下り、そして海風になぶられ、生き物のように波打っていた。
「この髪、肌、瞳。ああ、私の同族、ようやく会えた」
吐息の囁きが、いとしげにルキアの耳元を滑る。
耳元に湿りを感じて、ルキアの肩がきゅうっと縮こまった。
またもや嘗められ、ルキアの気が一気に急降下し、次に一気に急上昇する。
「こっのくそ野郎!!」
剣を横なぎにする。
殺気が十分に乗った一撃だ。
避けられたが、体が動くことにほっとする。
怒りが恐怖を上回ったらしい。
「遅い!」
もう一撃と踏み出そうとした、ルキアの横を黒い疾風が走る。
それが何か知って、ルキアが低く叱責する。
長剣が轟音をたてて、銀の頭を薙ぐ。
長いマントをつけたままとは思えない、尋常でない速さで、ソーナッシュが銀の男に迫る。
怒りに満ちた一撃をさらにかわされ、ソーナッシュはルキアをかばうように立ち、剣を握りなおした。
「腕がなまったんじゃないか、ソーナ!仕留めそこなうなよ!」
「・・・・・・・殺す」
けして、ソーナッシュが遅いわけではない。
相手が人間離れして、速い。
黒い軍神と言われるソーナッシュの体から、気迫が立ち上る。
たいして、銀の髪の男は自然体で立っていた。
服装は白い、ゆったりとしたもので、顔にはうっすらと笑みがあった。
「おや、お前も同族か?」
小首をかしげるしぐさがかわいく見える。
だが、その白い指先は真っ赤に血染め。
そのアンバランスが見る者に寒気を覚えさせる。
「お前!何もんだ!」
ルキアが油断なく、剣を構えたまま、尋ねる。
ソーナッシュの右足が少しだけ、前にすり出る。
「私?私は、ササルユエ。私は、お前の同族。まだ、残っていたとは、嬉しい。」
本当にうれしそうに男が言い、白い手をルキアに差し伸べる。
その手が、半ばから消える。
いや、ソーナッシュの恐るべき一撃が男の腕の半ば斬りはらった。
血が舞った。
ルキアの頬に笑みが浮かび、そして、凍りつく。
男は腕を斬られて、なお、笑っていた。
「ひどいな。痛いじゃない」
笑って腕を、くっつけた。
腕は難なく、もとに戻る。
「・・・・・・!化けもんかよ!」
ソーナッシュを褒めかけたのに、と毒づく。
ソーナッシュもさすがに唖然としていた。
まあ、表情には出ていなかったが、戦いの最中に珍しく、ルキアをちらりとみる。
ルキアには分かる。
珍しく、この大きな子供は困っている。
悪いが、ルキアだって困っている。
手妻や魔法の類とは思えなかった。
「どうして、ひどいことするの?」
また、かわいらしく男がたずねる。
「お前が人を殺すからだろう!」
ルキアが怒鳴る。
「なんで、こんなことをしている!」
「私は、お前を助けたくて。」
「はあ!?」
悪びれもなく、本当になんでそんなことを聞かれているのか分からないと、男が言う。
嘘を言っている気はしない。
「く、口封じじゃないのか?」
ルキアが剣を構えたまま、尋ねる。
辺りには、血臭が海風と混ざり、月だけの光に一つの死体だけが浮かび上がっている。
「さあ、私は目が覚めたから、散歩していただけ」
「散歩していて、人を殺すか、普通!」
「え、だって、生き物は頭を潰せば、止まるでしょ?」
何だか会話がおかしい。
そうは思ってもルキアも恐慌状態である。
「ルキア」
低い声でソーナッシュが名を呼ぶ。
アールがそろりと先にルキアが倒した男たちの傍に寄り、首を縦に振った。
(そうだな。収穫はあった。これ以上の危険はごめんだ)
ルキアがそっと、心を決める。
強い視線を改めて銀の髪の男に向ける。
そして、叫んだ。
「追い払え!ソーナッシュ!」
同時に腰にやった手を前に突き出し振り下ろす。
爆煙。
バッシュ!という音とともに白い煙が辺りを覆う。
煙の中、ソーナッシュが猛然と走る。
ルキアの手から今度は小さなナイフが数本放たれる。
それでも、相手を倒せるとは思えないが、本気になったソーナッシュならば。
淡い期待が____
「ひどいよ。」
ルキアは一瞬にして、白い手に囚われていた。
男は無傷ではなかった。右肩から、ばっさり切られた姿。
その細い体で、さらに細いルキアの体を引き寄せ、抱き寄せる。
ソーナッシュの唸りがした。
剣を構えている。
剣先には血が滴っていた。
そして、ルキアの剣は、深々と男の胸を刺し貫いていた。
抱き寄せられた一瞬の早業だった。
「これならっ!ど、う、だっ!」
人を刺す独特の感触に歯を食いしばり、ルキアは相手を突き放す。
「ひっどい」
男の口から血の筋が引いた。
胸を押さえている。
さすがに、効いたようだった。
もうひと押し、とソーナッシュが、ルキアが動こうとした、その時、
「宰相閣下をお守りしろ!!!!」
甲高い声がした。
そして、無数の矢が、闇夜に降り注いだ。
銀の男とルキアたちの視界が一瞬遮られた。
「消え、た……」
その場から、男の姿は無くなっていた。
絶対、書き直します。そう思っていてください。