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ときどき囮



「暗くなったら、もう一度丘に言ってみようかと思う」

窓枠に片膝を立てて座り、片手で酒の杯を傾けながら、ルキアが言ったのは夕暮れだった。

ソーナッシュは、おらず、相変わらず、酒の相手をアールがしていた。

ちなみにソーナッシュは人にものを尋ねたりが苦手、というより出来ないので、ルキアに言われて町の周りをぐるぐる回っているはずである。

何かあれば知らせてくるし、彼の鼻は本当に遠くの血臭まで嗅ぎ分けた。

アールとルキアは町の中で一通り聞き込みをし、先ほど戻ったところだった。

しかし、丘で男たちから聞いた以上の情報は得られず、ルキアはそうそうに酒を飲み始めた。

酒に関してルキアはざるである。

今もほんのり頬を染めているが、その目は冷静に輝き、口調も乱れない。

「ソーナの旦那に止められてませんでしたっけ?」

「俺のことは俺が決める」

ルキアは鼻を鳴らした。

しかし、ルキアの傍をなかなか離れたがらないソーナッシュに「危険なところにはいかない」と約束したのは朝のことだ。

ルキアにして見れば、「危険なところってどこよ?」なわけで、「どこに」を限定してないと言いきってしまう。

まあ、口でソーナッシュがルキアに勝てるわけは無かった。

「引っかかるんだ」

「金髪ですか?」

「ああ……」

窓から遠くを見やるルキアの目は険しかった。

「金髪というか、外国人という点だな。最初の生贄の儀式ってんのは、本当に観光客目当てだったんだと思う。この辺は本当に遺跡が多いしな。最近、カルマティアも裕福になってきて富裕層もできてきている。

食料を求めて戦を仕掛ける機会もここ2年ほど無くなったし、ようは暇なんだと思う。平和はいいことだ。平和だから次の産業も興ってくる。観光業ってんのもあながち的外れじゃないし、奨励できる。だが、まだ始めたばかりじゃなかなか立ち行かないってんで、人寄せにしたんだろう。

これも分かる。実際、町では新たに宿を開いたところが6件もあった。土産物屋も料理店も増えている。カルマティアの不毛な大地が多い中でここは南で温かい上、風光明美。観光都市として発展してくれるなら、俺としても万々歳だ。同じような観光都市をカルマティアの山岳部にも夏の避暑地として作ってみようかと思ったもんな。減税してやれば予算もそんなにかからないだろうし。」

一国の宰相モードで淡々と語るのはこの国の未来。

白い横顔は知的で美しい。

女王の威をかるキツネと言われても、綺麗なお飾りと言われても、それは実態を知らぬものの戯言で、国を動かしているのは紛れもなくこの男だった。

「しかし、殺しはおかしい。もの好きな貴族連中が寄ってくるかも知れないが、戦いを常とするこの国じゃ死体を見ても面白くもないはずだ。」

「そうですね。あっしも別にって感じです。」

「だから、一人目は偶然だったんじゃないかと思う。思いたい。話を聞くと、その時は儀式らしい形跡はなかったというし。そして、二人目は死んじゃいない。狂言だ。俺が見たやつが死んだふりしてたと思う」

「でも、何のために?」

アールも酒の杯を置き、姿勢をただす。

ルキアの宰相モードをアールは嫌いではなかった。ソーナッシュの怒りにふれたときとは別の理由で鳥肌がたつ。

「分からない。分かるのは、外国人を狙っている点だな。カルマティアで外国人が立て続けに殺されると噂がたてば、諸外国も黙ってはいまい。軋轢が生じるかもな。上手くいき始めた貿易も海外からの商人が来たがらなくなるかもしれない。

3人目の女も外国から嫁いできたって理由で殺されたと俺は見ている。」

窓の外、陽が完全に落ちた。

青からオレンジ色になり、紫色に変化した空が濃紺の色に染まる。

「捕まえてみれば分かるはずだ。銀髪の男か、殺している奴かを」

窓枠からルキアが立ちあがる。

酒の杯を今まで自分が座っていたところに代わりに置く。

そして、己の頭に巻いていた白い布を取り去る。

金色の流れができた。

白い肌、紫の瞳。少女のような少年のような外見に金の髪はよく似合った。

しかし、カルマティアのものではない色。

混血が増えてきていると言っても、すべての色彩がカルマティアを裏切ることはめったにない。

ルキアはカルマティア人ではない。

宰相という重役についていて、その国の人間ではないという極めて珍しい。

じゃあ、どこの国の人間かというとそれはルキアも知らない。

生まれてすぐに捨てられたか、かどわかされたか、気づいたら盗賊ギルドにいた。

10歳のころには、盗みを覚え、立派に犯罪者だった。

ダンジョンや依頼を受けて動く、いわゆる盗賊のスキルを持った職業盗賊ではない。

両親も知らず、国も知らない。今34歳と自称しているが、正直年齢も分からない。

隣国アウツール人が一番色が近く、幸か不幸か子までなした相手もアウツールの女だった。

子供は見たことがないが、金髪碧眼だと聞いている。

「囮になるつもりですか?」

アールが賛成しないというが、

「時間がないんだ、俺には。……もうそろそろ迎えが来るだろう」

ルキアは不敵に笑っただけだった。

実際、ソーナッシュに町外れまで行かせて、ソーナッシュが渡りをつけやすい元いた軍の連中に連絡を取ったところ、ルキアを探して宮殿は大騒ぎらしい。

軍を動かして探しはじめればいくらなんでも居場所が知れる。

「まあ、そう簡単に引っかからないだろうが。ソーナが帰る前にでよう」

そう言うとアールが何か言う前にルキアは扉に向かった。



窓の明かりが通りを照らす。

さんざめく宵の口の大通り、酒場や料理屋もはやっているのか、人の出入りが多い。

その中をルキアが歩んでいく。

ゆったりと急ぐでもなく。

ルキアが歩いているだけで人の目が集まる。

少女なのか、少年なのか推し量る連中もいるが、今、金の髪が惜しげもなくさらされ、白い肌と相まって人の目を集めるのだ。

すらりとした姿もいつもの着ものを纏っておらず、白い清潔な服装だ。

派手な着物を着ている時よりも、髪をさらしている方がこの国では目立つのだ。

しかも、好事家じゃなくても食指を伸ばしたくなるような美しさ。

女も男も見ている。

それでも、誰も声をかけてこないのは、互いをけん制しているためか。それとも幻かと疑っているのか?

いやいや、アールがいかつい顔で護衛しているからだった。

町の中、人の噂になるよう歩き回り、丘に向かう際にアールは別れたふりをするようルキアは指示していた。

アールは渋ったが、ルキアが頑としてひかず、アールは仕方なく機嫌の悪さのまま、周りを威嚇していた。

おかげで誰も近寄ってこない。

(早くソーナの旦那が戻れば……)

アールの願いはそればかりだった。

ソーナッシュの出番がありませんね。本当はルキアとソーナッシュの話だったんですが、アールが使いやすくて。

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