生贄
すいません。継ぎ足しがあります。継ぎ足し日は11月8日です。
無為に時間が過ぎるのをこの上もなくルキアは嫌う。
自分でもあれから散々町の外を歩き回ったが、この3日何の手がかりもなかった。
いや、とりあえず、落ちていた手の持ち主は分かった。
漁師の妻。カルマティアには珍しい金髪の女性で、美人で評判だったらしい。
夫の漁師は、夜の漁に出ていて、明け方戻り妻がいないことを知り、半狂乱で探し回ったらしい。
近隣の国からわざわざ迎えた妻となれば、当然かもしれない。
女性の他の体は、ルキアが手を拾った場所から、100歩も離れていないところで見つかった。
手どころか、首も、胴もばらばらで、変わり果てた妻を見て、漁師は復讐を誓い、漁を辞め、剣を片手に付近をうろついている。
明るくなり現場をルキアは見に行ったが、何らかの儀式らしく円形が白い粉で描かれ、その中で殺されたのか、円の中が一番血の量が多かった。
だが、女はただで殺されはしなかったのか、緩やかな街を見下ろす丘のあちらこちらに血痕が散り、草が踏みしだかれていた。
「おかしいな?」
相変わらず、しっかりと自分の髪を布で包み、遊女のように女物の擦り切れた着物を羽織り、ルキアは首をかしげた。
円形を描いた粉を手に取り、慎重に匂いを嗅ぎ、ついでぺろりと嘗めてみる。
「小麦か?って、おかしいだろう……」
「どうしました?」
護衛というわけでもないが、アールが一緒に来ていた。
本当はソーナッシュが来たがったが、ルキアが別の用事を言いつけてしまった。
「見てみろ」
ルキアが指差したのは粉で描かれた円だった。
「これが何か……」
言いかけて、アールも気づく。
「こりゃあ、変ですね」
「だろう?」
円が血だまりの上にある。
血だまりの上にかかる円の粉が血を吸って赤くなっているが、血を吸った大地があるにかかわらず、ところどころ丘に生える芝に似た草に邪魔されて白い粉が残っている。
「もし、常識で考えるなら、儀式ってもんは場所があって、そこで何かやるもんだろう?」
「ですね。少なくとも円をわざわざ描くなら、先に描いた上で女を殺すんなら分かりますが、どうして殺した上に円を描きますかね?」
目立たせる、あるいは見つけさせるためという意味はあるかもしれない。
おかげで殺害場所はすぐに分かった。
でも、巷で噂になっている儀式という意味ならば、おかしな話だ。
儀式とは、何かにささげるために行うものだから、わざわざ円を描き、「場」を作るなら、先に描かねばならない。
「しかも、だ。俺があった男は剣は持っていなかった。これは、剣痕だ」
すぐ近くの巨石で作られた古い社の柱に真新しい傷があった。
それをルキアがそっとなでる。
「素人じゃないな。でも、プロでもない。」
「そうですね。あっしなら、こんな無様なやり方はしませんね。血に酔ったか、面白がったか」
「面倒くさかったか?」
ようするに女一人やるには、追い立て過ぎで、現場が散らかっている。
殺すだけならもっとスマートなやり方があろうというものだ。
なのに石の柱を傷つける太刀筋はしっかりしている。
「残り二人がやられた場所ってわかるか」
「だいたいこのあたりですかね。というか、町から離れていて、夜この辺に人は寄り付かないそうですよ」
アールが簡単な地図を取り出し、印をつけたところを見せる。
今2人が立っている丘に3つの印が点在していた。
「ものの見事に法則がないな。行き当たりばったりに俺には見えるんだが」
「あっしもそうですかね。まあ、強いていえば、古い社の傍でそれらしいって、とこですか?」
「それらしい、ね?」
ルキアは片目をすがめ考え込む。
海からの風が気持ちがいいが、人が何にも殺されていると思うと和めない。
「ルキア、誰か来ますよ」
アールが注意を促す。
まだ、遠くに男が2人、こちらに向かってくるのが見えた。
「お前は役に立つな。アール」
褒めるルキアにアールは肩をすくめてみせた。
「そう思うんならお手当増やしてくださいよ。まあ、十分貰ってますがね」
「おい、お前らそこで何をしている!」
冗談を言っている暇なく、男たちが誰何の声を上げ、剣を抜き走り寄ってくる。
南の土地らしい薄い服に皮の胸当てやら小手など、カルマティア特有の防具をつけている。
動きやすさではぴか一だが防御力は弱い。軍ではこれに鉄の板が薄く張られているから、私警団といったところか。
顔は日焼けし、海風に焼かれて髪はゴワゴワと強い。しかし、剣の構え方などは堂に行っている。
胡散臭そうにルキアたちを見る。
しかし、
「女か!こんなところで何しているんだ。早く町に戻りな!」
「ここは、危ないぞ!男がついていてもなあ。おい、あんた!どういう連れか知らんがこんなところに連れてきて!」
口々に心配そうに声をかけてくる。基本的に人がいいなあとルキアはこっそりほほ笑んだ。
男たちには、ルキアは十分色街の少女に見えたらしい。
女に間違われるのは今に始まったことじゃないが、
「(髭も一応生えるんだがな……。)ありがとう兄さん方。」
愛嬌よく首を少しかしげ、ほほ笑んでみる。
「ここで人が殺されたって聞いて身にきたの。カルマティアじゃ珍しいでしょう?」
これ幸いと間違われたまま。女言葉も鼻にかかる甘い声音もルキアには苦にならない。実は声変わりをしたことがないから。
「何だ、あんたらも観光客かよ。」
男の一人があきれたように言い、まだ抜き身のままの剣を土に差し、疲れたように寄りかかる。
もう一人もぼりぼりと首筋を掻く。
その呆れた様子。
どうも現場を見に来るのはルキアたちばかりではないらしい。
「他にも誰か見にきたの?」
「そりゃ、大勢きてるさ。珍しいだろう?」
「多いのはあんたらみたいな余所者かな?まあ、一番多いのは避冬地の金持ち連中だけどな」
男たちの話によると、最初は動物が一匹死んでいたか何かだったが、それが儀式だ生贄だと噂になり本来は冬に多く来る貴人や金持ちたちが物見遊山に来るようになったという。
漁以外の産業がこれといってないから、冬の間の来客は良い金になる。はじめのうちは喜んで、ハザンの町民も噂を吹聴したものだが、仲間の伴侶まで犠牲になっては笑ってもいられない。
自警団を形成し、漁に出ないものが手分けして巡回しているという。
目的は怪しいものを見つけるというより、犯人を探して、仲間の漁師に仇討を達成させるためというのが本当に笑えない。
「最初は正直、大漁を祈願して久しぶりに祠に魚をウルの爺さんが奉納したのが始まりなんだよな」
「そうそう。それを猫と鳥が取り合って、血まみれになってな」
「なのによ……」
日焼けで浅黒い顔が暗くなる。
「3人目だぜ?」
「そうだよな~」
いつの間のか4人で丘の座りやすいところに車座になって話をしていた。
ついでにアールが腰に下げていた革袋をみんなに回す。
中身は_____酒だ。
ぐびぐびと白い喉を鳴らしルキアが真っ先に飲む。
「うまい!」
「良い飲みっぷりだな、姉さんって、こりゃ火酒じゃねえか?!こんな強いのをよく呷れるな~~~」
「酒は命の水ってな!」
すでに女言葉はどこへやら。
胡坐をかいているので足もむき出しだ。
本人とアールはいつもの如く黒い布をはいているので気にしていないが、2人の若い男たちは気になって仕方ないようだった。
また、罪作りなと、アールがこっそり思っていたりするが、話はだんだん核心にむかっていく。
「最初に殺されたのは誰なんだ?」
アールが調べてきた結果は聞いているがルキアは聞いてみる。
「誰って?知らないやつさ!余所者だよ。もし、町の人間ならもう大騒ぎになっているさ。」
町の誰かなら、今のように町をあげて犯人を追っているはずだ。
「そうそう。確か海の向こうから来たようなやつだよな。カルマティア人でもないし」
「ああ、この辺で見ないような色の白いな。しかも太った男だぜ」
「コソ泥って話もあったな。避冬地の御屋敷街で見たってやつがいるしな」
男たちは酒とルキアの見えそうで見えない太ももに赤くなりながら、早口で話す。
内容としてはアールが調べてきたことと大差なかったが、ルキアはやや顔をしかめた。
気になることがあった。
「二人目は?」
「二人目?ああ、あれかな?二人目はちょっとよくわかんないだよな。」
一人が首をふりふり言いにくそうに言う。
「死んでたんだろう?」
はっきりしない言い方にルキアは先を促す。
「死んでいたって言っている奴がいるって、感じかな?確か?」
「なんだそりゃ?」
「いやあ、俺も聞いただけだけど、」
「俺もだな。爺が見たって言ったかな?」
「それこそ、ここの社に銀髪のすごい綺麗な男があおむけに倒れていたってな?」
「でも、あれは誰も他に見たやつがいないって~~。爺が幻でも見たんじゃないかって」
口々に男たちが話すが、ルキアの顔は能面のように固まった。
「銀髪?綺麗な?」
心当たりがありすぎだ。
ほどなく、革袋の酒がなくなるのを見計らって、ルキアは男たちに礼を言い、その場を離れた。
最後に一人の男がルキアの手を握り、熱く名前を聞いてきたが、アールがこの時ばかりはどすを効かせて追い払った。
「これじゃ、美人局みたいだぜ」
「いやいや、ソーナの旦那がいなくてよかったですよ」
笑うルキアにアールは真剣に首を振った。
それが3日前のことだった。
文章は後で書き直します。どうしようもない文章ですみません。