離婚がもたらしたもの
繁華街の一角、行きつけの隠れ家的な居酒屋。
個室のテーブル席に並ぶように座ったのは、幼馴染の高梨誠と佐伯遼。
結婚式でスピーチをしてくれた男だ。
グラスに注がれたハイボールがカランと氷を鳴らし、焼き鳥の香ばしい煙が心地よく鼻をくすぐる。
「しかしさ、ほんとよく25回も結婚したよな、お前」
焼き鳥の皮を頬張りながら、佐伯がしみじみ言う。
「自分でもよく覚えてないときあるけどな」
「覚えてない時ある?ふざけんなよー。結婚式の度にスピーチさせられる身になってみろ」
「ははは。25回の結婚で式を挙げたのは9回だけだぞ。大目にみろ」
「結婚式を9回だけなんて言うやつはお前ぐらいだ。」
「そうだよな。でも今回は本当に最後だ。」
苦笑しながら誠が返す。だが、その顔はどこか穏やかで満たされたような表情を浮かべている。
「それにしても、美咲ちゃんは奇跡だろ。26歳であのルックス、あの性格。てか誠、あんな子どこで捕まえたんだよ。美人すぎて紹介されたとき緊張したもん」
「……たまたまだよ。ほんとに」
「“たまたま”って言えるの、お前くらいだわ。運使い果たしたんじゃねぇの?」
「そうかもな……本当に美咲は俺にはもったいないぐらい良い妻だ。」
誠は笑ってハイボールを一口。
その背中には、25回分の結婚と離婚の歴史が乗っている。けれど、その重さを感じさせない軽やかさが、今の誠にはあった。
「でもさ、昔の誠はほんとヤバかったよな」
「……どのへんが?」
「どのへん、って……全部だろ。真面目すぎて、僧侶みたいな生活してたじゃん。朝は6時に味噌汁。パンなんて“朝に食うもんじゃない”って断固拒否してたし」
「そうだったか?」
「だったよ。“トースターなんて邪道”とか“焼き加減が均一じゃない”とか文句言ってさ」
「……あれは謝ったじゃないか」
「でも結局それで1回目の離婚になっただろ」
誠は苦笑いを浮かべる。
焼き鳥のねぎまを口に運びながら、遠くを見るような目をした。
「まぁ……自分の中の“正しさ”みたいなのを押し付けてたんだよな。こだわりっていうか、変な信念みたいなのがあって。譲っちゃダメだって思ってた。家庭でも仕事でも。」
「そう。で、仕事はそれで上手くいったが、家庭の方は上手くいかなかったわけだ?」
「24回譲ってこなかったけど、24回反省もしたよ。少しずつ、俺の角が削れていったんだと思う。やすりで擦るみたいに」
「だろうな。今のお前は……昔と違って、ちょっと“余裕”がある感じするわ。社長っていうのもあるだろうけど、それだけじゃない」
「たぶん、美咲のおかげだな。あの子、何でも笑って流すんだよ。俺のクセとか理屈っぽさも“へ~、すごーい!”って。褒めてんのかバカにされてんのかわかんないけど」
「いや、あれは褒めてない」
2人で笑う。
「でもな、あいつのその“どうでもよさ”に救われた気がする。たとえば、俺が妻にビールを注いであげる時、泡が上手く注げないと前の嫁は“え、なにその注ぎ方?”って嫌味言ってきた。けど美咲は“わー!泡モコモコだー!”って喜ぶんだぜ?」
「……それ、もう惚気じゃん」
「惚気てるよ、悪いか?」
佐伯は鼻で笑って、グラスを持ち上げる。
「ま、今のお前なら、もう離婚しなさそうだな」
「する気ないよ。24回の離婚から学んだこともあるし、24回の失敗があるからこそ、美咲の本当の良さがわかるんだ。それにこれ以上離婚したら俺、もう慰謝料で死ぬ」
また2人で笑う。
その笑いの奥にあるのは、幾多の失敗と反省と、わずかに残った希望。
その希望を今、誠はしっかりと抱えている。
「なぁ、誠。俺さ、昔は正直お前に腹立ってたこともあったよ。なんでそんな頑固なんだって。でも今は……なんか、お前見てると希望が湧くんだよ」
「……なんで?」
「バツ24でも、幸せになれるんだなって」
「なるほどな」
「だからさ、俺も頑張るわ。まだ独身だけど」
「お前は一回も結婚してねぇからな。記念すべき“初婚”楽しみにしてるぜ。俺みたいな離婚歴の始まりにならないといいけどな。」
「やめろ、縁起でもない!」
ふたりのグラスが、カチンと軽くぶつかる音を立てた。
高梨誠――バツ24の男にしか出せない、柔らかな笑顔がそこにあった。




