↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

母性教

作者: 玩具リオン
掲載日:2026/10/29

 1,社会自衛のための児童擁護思想


 母性は存在しない。存在するよう見せかけてるのは、社会が虐待を防ぐためである。

 人々が虐待を意識しだしたのは明治時代からだ。それ以前、江戸時代までは、親が子に対してもつ支配権が強かった。過剰な体罰も、しつけの一環として暗に容認されていた。

 なぜ子どもを大切に扱う風潮が定着したか。それは、すべての子どもが健全に育つ権利があり、虐待はよろしくない、痛ましいことであると人々が認識し始めたから。というのもあるが、なにより、犯罪や非行が青少年の精神状態──それを形作る教育環境に起因すると認識され始めたからである。健全な養護を受けられなかった子どもが成人し、犯罪を起こすと、社会全体の損益になる。虐待は個人や家庭内の問題だけでなく、社会治安にも関わるのだ。西洋の近代法や人権思想が導入されたこともあいまって、子どもの保護や、その自主性を尊重しようという考えが社会に広まっていった。

 このように、子どもを大切にする思想は、社会自衛の用途を含んでいるのである。





 2,幻想(フィクション)による温かい人格育成の効果


 ホモ・サピエンスの繁栄に貢献したのは火だけではない。言葉もある。それもただ「目の前にライオンがいる」という事実のみ伝える言葉ではなく、「ここに昨日ライオンが来た」「明日雨が降るかもしれない」といった過去や将来の出来事、つまり「いま目に見えない情報」をやり取りできるようになったことが人類発展の大きな一歩だった。

 人は目に見えないものを信じることができる。その最たるものが、宗教である。宗教によって幅広い民族や土地を統一できた。貨幣経済も、いうなれば宗教である。価値という実在しない概念を硬貨や紙幣といった物質に具現化することで、遠い地域でも、まったく見知らぬ人とでも、協力してものを作ったり、商品を受け取ったりできるようになった。

 実在しないものとは、幻想にすぎない。人間は幻想を信じる力に長けている。ゾウの長い鼻、キリンの首と同じように、人間にとっては「幻想を信じる」能力こそが生存戦略なのである。

 人は幻想によって守られながら成長する。

 幼児につらい現実ばかり教え込むと精神的負荷がかかる。スレた子どもになる。スレた人間の増加は、社会の摩擦となる。個々人の人格育成には綺麗事も必要であり、思いやり、愛、絆といったフィクションを共通の概念として刷り込むことで、社会の摩擦が減り、犯罪が減り、ひいては警察など社会コスト削減につながる。メディアは家族愛をうたい、母性に訴えることで、育児放棄を防ぐ効果もあった。子ども番組では、未来、希望、夢、友情の賛歌が流れる。こういった心地よい概念の毛布に包まれて、子の心は優しく温かに育っていく。愛や希望をインストールされた人間が増えれば、犯罪が減る。治安がよくなる。そういうことである。

 目に見えない概念を信じるホモ・サピエンスの能力は、母性本能の信仰、幼児の心の健全な発達、社会の治安維持などに上手い具合に噛み合ったのである。





 3,経済循環と言語的利便性


 どんな映画に人は感動するのだろう。映画にはテーマというものがある。友情、旧価値観からの脱却、自由、神への反逆、身分を超えた恋愛、夢をもつ素晴らしさ……などなど。それらは人生の根底にあるテーマであり、あらゆる人が共感できるものでなくてはならない。母性もまた、その一つである。母性や愛といったテーマは古今東西のストーリーに用いられており、そのビジネスへの有用性、経済界への貢献度は計り知れない。

 映画のテーマが愛なのは、それが人々の共通理解でありわかりやすいからである。ぼんやりとした感情でもアイという二音を当てはめれば立派な求愛行動となる。好意を伝える手段が、誰にでも得られる。言い表しづらい感情を言語に落とし込めると快感である。便利である。なんかすごいものを言い表したいときは「神」といえばいいし、誰かと接してオキシトシンが放出されたら「愛」と呼べばいいし、わけもなく目から水がでたら「これが……涙?」といえばいいし、超人的な力を手に入れたら「これが……私?」と呟けばいい。

 一言で訳せない外国語がある。日本語のコモレビやドイツ語のクンマースペックがその例である。しかし、「愛」や「愛すること」に関しては、ほぼ世界中でその言葉や概念が存在する。同じ価値観があれば、会話もスムーズである。前提としてあなたも私もここまでは理解しているよね、という範囲がわかっていると話が早い。

 愛とは万人にわかりやすい、ウケやすい概念として世界中の辞書に登録されている。





 4,


 母性と呼ばれるものは実在しない。社会の利便性を重視した後付けの概念にすぎない──愛も同様である。しかし、そんなことはみんな知ってる。それでも生殖が長い人類史において連綿と行われてきたのは、なぜか。

 それは、互いに嘘を信じ合うという契約である。

 同じ宗派に入ろうという確認である。

 同じ神様を信じるのである。

 脳に放出されたオキシトシンやドーパミンといった化学物質に、二人で一緒に「愛」というラベルを一つずつ貼っていく崇高な作業。

 相手が自分を求めると、自分はまるで価値のある人間に思えてくる。自己肯定感だ。一種の麻薬である。ああ自分はこの世に存在してよいのだ、必要とされている、愛されている……逆も然り。逆の場合、もっと簡単だ。この人は自分にとって有益な個体だから、この人を大事に扱おう。

 結婚したり、子どもを産んだり、育てたり。

 財産、肉体、時間……これだけのコストを払った行為を「愛」と呼ばずしてなんと呼ぼう?

 すべて生物は、わざわざ自分にメリットをもたらさない対象とは付き合わない。献身の快楽、享受の快楽、善意、優越感、恐怖、血縁、なにかしらでつながっていて、感情や物質をやり取りする。集団生活によって過酷な自然界を生き残ってきたホモ・サピエンスはもともと他者とつながることに幸福感を覚えやすい。つながっていないと精神を悪くする。

 一方的な好意の場合は「愛着」ないし「執着」といって、双方向ではないが、それでもやはり個人にメリットがあるものだ。

 無論、ありのままで愛される人間などいない。それさえも、「あなたのありのままを愛する」という言葉でラッピングするのである。そのように互いに信じ込み、疑わず、約束するのだ。それが、自分にとって価値があると思った相手に対する礼儀である。

 愛とはつまり、相互契約。

 私はあなたを愛するから、あなたも私を愛してね。

 愛とは?

 投資。

 信仰。

 暗黙の了解。

 知性とロマンで覆いましょう。二人で、これが真実だということにしましょう。

 クリスマスの二人は何も疑わずに、ただ「愛」という名の毛布に包まって眠る。そんな世界があるらしい。知らんけど。


 母性っていうのがあるらしいんだ。この世には。どうしてか俺にはぜんぜんみえないんだけど。

 この世にはね。愛ってもんがあるらしいんだ。テレビでやってた。よくわからないね。俺ちょくちょくスーパーに行ってるけど売ってるのみたことないよ。

 でも、あるらしいんだ。

 え、どこ。

 前にもこんなことあったな。小2の町探検のとき、俺だけツバメの巣がどこあるかわからなかったんだよ。みんな上向いてさ、指さしてさ、「あっ! あそこ!」って。いやどこだよ。わかんねえよ。結局最後までみえなかった。

 なんでこんなしょうもないこと思い出してんだろ。

 なんで俺にはみえなかったんだろ。 

 なんでみえるやつがいるのだろう。

 愛にセイがつくと性愛だけど、母にセイがつくと聖母なんだなあ。どうでもいいね。

 母性ってなんだろう。わかった。これで合ってるだろ。オッパイだ。ちがう? いや間違いない。オッパイ揉みてえなあ。だれかオッパイくれねえかなあ。つうか道端に落っこちてねえかな。ワンチャンあり得る。あるくね? ない?

 ちょっとさわらせてよ。え? ダメ? なんで?

 オッパイちょうだいよちょうだいオッパイいっぱいちょうだいよぉ! なんでくれないの? おかしいよね? ねえ⁇ やだやだオッパイくれなきゃいやだやだヤダッ! ヤダッ! やだっ! オッパイhshsパイオツ! パイオツ! 浄土! ヌアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ! オッパイ! オッパイ! オッパイ! オッパイ!

 オッパイ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。