33. 弔い
【惑星Dahlia 北東部の海岸】
ルークは、浜辺に流れついた流木に座り、波打ち際にしゃがむリラの後ろ姿を見つめていた。
静かなさざなみの音。
ピンク色の波は、呼吸するようにゆらめく。
その流れと共に、リラの手から遺灰が広がり、海に還った。
「……ゼノンは、幸せだったことがあるのかしら」
ゼノンをDahliaの海に葬ったリラは、ぼんやりとそうつぶやいた。
「軍のトップで、絶対的存在ではあったけど」
その絶対的ポジションは、脆くも崩れ落ちた。
「結局、きみといたときがいちばん幸せだったのかもな」
カルザ帝国軍最高軍司令官としてではなく、一人の男としていられた。
だから最後まで、〝ノヴァ〟を求めた。
「最期を、きみが見届けた。それでよかった」
ルークは立ち上がってリラのそばへ行き、彼女に手を差し出した。
「さ、もう行こう、風が冷たい」
「うん」
リラはルークの手につかまって立ち上がった。
どんよりと重たい雲。
チラチラと雪が舞い始めた。
「だいたい新婚旅行のしょっぱながゼノンの散骨だなんて、シブ過ぎだろ。次行こ、次」
ルークはいつもの軽口を取り戻す。
「これ、新婚旅行だったの?」
そう言って〝うふふ〟と笑うリラが愛おしい。
「晴れて、きみもオレも無職だ。時間はあるだろ? せっかくだからゆっくりしないと」
そう言いながら、もこもこしたダウンジャケットの肩を抱いた。
「クレアスから、この水晶が採掘される場所を聞いた」
ルークはネックレスをつまんだ。
「そこに行ってみたい。いい?」
「そこもだいぶシブいけど」
リラはそう答えてまた笑った。
「行きましょう」
母親の形見だったこの水晶のネックレス。
これはおそらく、父アルセリオンが母に託した物だ。
ルークは、自分のルーツを何も知らないまま、王としての力を覚醒させた。
まずは、ルーツをたどりたかった。
そして、どこからともなく感じる、アストラ族の生体エネルギー。
おそらく──
アストラ族は、絶滅していない。
Eliosの消滅を逃れた少数が、この惑星Dahliaのどこかで静かに潜んでいる。
それこそが、自分の道しるべとなる。
そう感じていた。
【水晶採石場】
「これは、影星晶だ……」
年配の採掘職人は、珍しそうにルークのネックレスを見た。
「ちょっと拡大鏡で見ていいかい」
「ああ、かまわない」
そして昔ながらの小さなルーペで、ルークの胸元の水晶を覗いてみる。
「こりゃかなりクオリティが高い」
ルーペを下ろすと、職人は改めてルークの顔を見て首を横に振った。
「いやぁ、信じられねぇ……この影星晶がアストラの王室に献上されたっていう昔話はあったけどよ。まさか本当だったなんてな……」
「あまり採掘されないんですか?」
「オレぁもう三十年ここでやってるがな、十年に一回あるかないか……出たら博物館行きだからよ。個人所有ってことはまずない」
やはりこれは、アストラ王族が持つ水晶だった。
「ありがとうございました。この水晶がなんなのか、今まで知らずに生きてきたので」
ルークの言葉に職人は感慨深げにうなずく。
「感無量だよ。この採掘場に、アストラ族の王がお妃さまを連れて現れるなんて」
〝お妃さま〟という言い方に、リラは少し恥ずかしそうにする。
ルークにしても、自分が〝王〟だなどとは思えない。
本当に自分は、この宇宙に調和をもたらす存在なのか。
そんなことなどできるのか。
自問自答はまだ、行きつく先を知らない。
そのとき、ルークのホロセルに着信があった。
[Cleas]
クレアスだ。
「ちょっと失礼します」
ルークは採掘職人の前から離れ、ホロセルに応答した。
『先生、お楽しみのところ悪いな。今ちょっといいかい』
〝先生〟
変わらずにそう呼ばれることにどこか安心する。
「ああ、大丈夫だ」
振り返ると、採掘職人が満面の笑みを浮かべてリラと握手している。
『親父が危篤なんだ』
クレアスの父親──
自分の父親に、仕えた人物だ。
ルークはロングコートの内ポケットの上から、王の短剣を押さえた。
『最期に、会ってやってくれないか』
会わなければいけない。
そう直感した。
【Dahlia北東部 総合病院】
「末期がんでな……」
クレアスは病室の外で、抑えた声でルークにそう言った。
「最近は認知症もあって、アストラ王族に仕えていた話もまともに聞いてやってなかった」
薄暗い廊下には、マリアとトニー。ほかの子どもたちも廊下のベンチに座っている。
「奥さん、あんたも顔見せてやってくれないか」
クレアスに言われ、リラは隣でうなずいた。
「はい」
促されて病室のドアを開ける。
決して広くはない、無機質な、消毒液のにおいがする部屋。
その部屋の隅。
器具につながれた小さな老人が、ベッドに横たわっていた。
「親父、親父、わかるかい。あんたがいちばん会いたがってた男だ」
老人は弱々しい視線をルークに向けた。
そのとたん。
その目に力が宿る。
「……アルセリオンさま……」
か細く、震える声。
ルークが何も言わず老人の手を取ると、リラもルークの隣から顔を見せた。
「ああ……よかった……」
すべてを理解したような声だった。
一瞬、緩んだ表情は、すぐに変わる。
「……アストラ族は……滅亡して、おりません……」
──滅亡して、いない?
ルークは、自分の感じていたことの答えを聞いた気がした。
「どうか……お導きください……」
それだけ言うと、老人は力尽きたように目を閉じた。
「わかりました」
その声が、老人に聞こえたかどうかはわからない。
ルークは振り返った。
「クレアス、家族を」
クレアスはうなずき、廊下に出ていた家族を呼んだ。
【惑星Zeronia カルザ帝国軍 司令部】
司令部の地下深く。
光を抑えた作戦室に数名の将校が着席していた。
円形のテーブル中央には、3Dホログラムで投影された惑星Dahliaが、淡いピンク色の靄をまとって浮かんでいる。
アル=ラーグスの命により、最高司令官となったネリオスは、席に着くと、誰にともなく口を開いた。
「状況確認を行う」
この状況に、怒りもなければ焦りもない。
ただ、処理を行う過程の確認をするだけだ。
「アストラ族の王と、その妃は、惑星Dahliaを離脱済みなのだな?」
「はっ、王の船にて、重力圏外へ向けて移動中です」
若い副官が即答した。
司令官職も、環境から変えなければ。
古い考えに固執する頭でっかちも、体格自慢の単細胞大男も、不要だ。
淡々と指示どおりに処理をこなす、余計な考えのない若手こそ使える。
ネリオスは視線をホログラムのDahliaに戻した。
「ダリス族の動向は?」
「王を匿い、地下道を使用し脱出を支援。結果として、カルザ帝国統治への反意が明確になりました」
別の将校が言葉を選びながら口を開いた。
「反乱、ということ、でしょうか……」
「反乱ではない」
ネリオスは淡々と続ける。
「彼らは、我々の統治には不向きだっただけだ」
そもそも、やみくもに統治を広げるゼノンのやり方がまずかっただけだ。
「ゼノンの墓は、必要ない」
ネリオスの言葉に一人の将校が聞き返した。
「と、申しますと?」
「あの男が倒れた星は、処分しろ」
将校は返事をせず、ほかの誰も口を開かなかった。
「聞こえないのか?」
副官の一人が、口を挟みかけた。
「ですが、民間人が……」
ネリオスはその副官に目を向けた。
有無は言わせない。
「すぐに処理を開始しろ」
これは、新最高司令官による見せしめだ。
「……了解しました」
将校の答えに、作戦室の空気が変わる。
「惑星破壊ミサイル発射準備」
3Dホログラムで投影されたDahliaの周囲に、赤い照準円が重なる。
「発射軸、誤差ゼロ。ロックオン。着弾後、惑星核への侵入を確認次第、連鎖破壊を開始します」
「よろしい」
ネリオスは立ち上がり、最後に一度だけ惑星を見下ろした。
「人の代替えは、いくらでもある。星の代替えもそうだ」
数分後、惑星Zeroniaから、一本の光が宇宙へと放たれた。
淡いピンク色の靄をまとった星へと、死の光が伸びていった。




