"終末医療"
「複製躰だと言うのに、飽きないものだな」
姿見の形をした透過鏡から、実験室を覗き込む
取り押さえられた襤褸を纏った少年が、涙と唾液でべたべたになりながら叫び狂う様は、『そういう趣味』の無い私の眼にすら官能的なものとして映った
今回の新薬の実験は、理性剤だ
本来、強過ぎる負荷が精神に圧力を与えた場合、脳が損傷し精神に異常が発生する
多くの精神的疾患は、こうした原因によって発生するとされて居る
いま実験している新薬は、精神が傷付けられた瞬間、それが脳に損傷を与えるのを防ぐという効果が有る
私の眼前、鏡の向こうに在る部屋では、少年が弟───無力な赤児の精巧な複製躰を、何度も暖炉の火で炙って殺害する実験が行われて居た
少年は両腕を研究員に拘束され、強制的に膝立ちの姿勢でそれを視る事を強要されて居る
普通に生きていれば生涯聞いた事も無いであろう、濁った赤児の声がこだまする部屋で、仏頂面の研究員が鶏肉でも炙る様に淡々と、その泣き声の発生源たる複製躰の子供の両脚を片手で掴み、火炙りにして居た
一見すれば非人道的な行為に思えるかも知れないが、実の所、当実験は法に抵触して居ない
少年自身を物理的に傷付ける行動は、厳重な規則により禁止されて居るし、焼かれて居る赤児は複製躰であり、法的には人間では無い
実験動物や、それらに類する存在だ
当然、こうした実験を『非人道的である』と断ずる世論は在る
しかし、だからこそ、我々は法が改定され総てが台無しになる前に、新薬の完成を急ぐ必要が有った
実験室の音声は筒抜けの状態だ
私の耳にも炙られる子供と泣き叫ぶ少年の声が、聴こえて居た
声変わりして居ないソプラノだ
昔ピアノをやっていた事もあり、聴こえた悲鳴の音階すら、リアルタイムで把握する事が出来た
ふと、少年の顔を視る
全身を濡らす汗で、長めの前髪が顔に張り付いて居る
眼はうつろで、唇もまた汗と唾液に塗れ、暖炉の明るさを、ゆらゆらと映して居た
少年を視る私の視線が熱いものだと知れてしまったのか、側近が近付くと耳打ちした
平素、私は仕事中は表情一つ変えない事で知られる
しかし報告が終わると、私は自分の口の端が、僅かに上がって居る事に気が付いた
透過鏡は扉にもなって居る
私は実験室に自ら出向くと、研究員達に実験の終わりを知らせた
「必要量のデータが得られた、実験は終了だ」
視線を少年に向ける
「こいつを脱がせろ」
少年が恐怖に眼を視開いて、こっちを視る
二人の研究員も少しは戸惑いが有ったようだったが、彼らも濡れそぼった少年の肌に思う所が有るらしく、一瞬顔を視合わせると、直ぐに二人掛かりで着ていた襤褸をびりびりに破り、剥ぎ捨てた
その際も少年は綺麗な声で鳴いた
私も研究員達も、すっかりこの悲鳴が奏でる歌に魅了されてしまった様だった
「恐らく、右脚の付け根だ」
「視せろ」
私が指図すると、二人の研究員は「もしや」という顔をしたが、速やかに少年の四肢を拘束した
具体的には一人が羽交い締めにし、もう一人が脚を掴んで開いた
脚の方は一人では大変だったらしく、側近が静かに近寄ると片足を掴む
やはり、少年の躰には、十二桁の数字と記号が記載されて居た
「こいつも人間では無い」
「要するに複製躰とかと同じ、人工の有機生命だ」
語る間でも無かったが、私はそれを口にした
そして、視線を部下達に向ける
「お前ら」
「こんな実験ばっかで疲れたろ」
「───最初は私からだぞ?」
少年が力無く、「やめて下さい」と呟いた




