第六話
お祭りの喧騒が耳に届く。
この時期の夕方から行われる祭りは、地域のイベントとして大変人気があった。
その裏で、男の子が狐娘に変わっているのだが、楽しんでいる住民からしたら関係ない。頭の片隅くらいで、ああいたなぁという面持ちなのだろう。
だからこそ衣弦は声を大にして主張したい。「自分のおかげで今年も何ごともなく平和に過ごせるんだぞ」と。
「やっぱり青色が似合うね。私の思った通り!」
着せ替え人形のように待合室で朱音に浴衣を着させられる。もう、そこには男の面影は何もなかった。
全身鏡に映るのは金髪で浴衣姿の女の子。髪は丁寧に紫陽花のかんざしで、後ろにまとめられていた。
耳は照れくさそさを現すように垂れている。
「いずる可愛くなったから、本当になんでも似合ってて羨ましい。……少し嫉妬してきたかも」
「やめてくれ……」
「八つ当たりに頬をつねらせて?」
「やめてくれ!」
拒否も虚しく頬を引っ張られた。少し痛い。
「それじゃあ、はい!」
巫女服姿の朱音が手を伸ばしてくる。
何事かジッと見つめていると、ぷくぅと頬を風船のように膨らませた。
「女の子が手を差し出してるんだから、手をつなぐのが男の子ってものじゃない?」
「……都合のいい時だけ男の子扱いするなよ」
大きくため息を吐いてから、彼女の手を握る。すると、満足そうに「えへへ」と微笑んだ。
巫女服姿も相まってか、いつもと違った可愛さにドギマギしてしまう。感情を隠そうと視線をそらすが、衣弦の尻尾は勝手に左右に揺れる。
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「可愛いですの!」
鼓胡乃が開口一番にそういう。
彼女は軽く匂いを嗅ぐかのように鼻先を動かしていた。
朱音と手を繋いで出ていった先で、嗅ぎつけた彼女が近寄ってきたのだ。
黒い浴衣は黒い尻尾と黒い狐耳がよく似合う。彼女は藤の花のかんざしで髪をまとめていた。
「なんで鼓胡乃がいるのよ?」
先ほどまでウキウキだった朱音が、今度は不機嫌ですと言わんばかりに唇を尖らせる。
握っている手には、力が入れられる。衣弦の手が軽い鬱血を起こすんじゃないかってほどだ。
「衣弦さんが行くところは私が行くですの」
「いずるが男だったときは興味なかったくせに!」
「それは……!」
喧嘩しそうになった二人の間に入りこむ。耳と尻尾を立てて、手で制止した。
止められた二人はお互いに不服そうに言葉をしまう。
「せっかくの祭りなんだから楽しもう? な?」
お互い大きくため息を吐いて、諦めたように肩を落とした。
「仕方ないわね。……確かに鼓胡乃もかわいいしね」
「朱音さんこそ、ニンゲンにしては巫女服が似合ってますの」
まだ二人とも言い方にトゲが残っている感じだが、公衆の面前で喧嘩をするという醜態を晒すことはなくなった。
これで安心して祭りを楽しめる。
──と思っていた。
「なんで、俺が真ん中なんだよ!」
両端から二人に手をつながれて、顔を真っ赤にして怒鳴る。両手にやってくる体温違いのぬくもりに、ドキドキが加速してしまう。
「それは当然よ」
「当然ですの」
こういうときだけ示し合わせたかのように、二人の息が合う。
衣弦自身の拒否権はないのかと、耳と尻尾を垂らした。
さらに衣弦の羞恥を加速させているのは、周りの人からの注目を集めているからだ。人間のみならず、狐娘たちも立ち止まってこちらを見ている。
それはそうだろう。鼓胡乃は狐娘の中でもかなり可愛い。さらに朱音も人間の中では狐娘に並ぶほど容姿がいい。
そんな二人が同じ人と手を繋いでいたら、いやでも注目を浴びてしまう。
間に挟まれた衣弦はいたたまれなくなって、体が縮こまる。
「……やっぱり、いずるは狙われるか。お祭りデートは失敗だったかな?」
朱音が何事か呟いているが聞こえない。彼女の手の力がさらに加わって、右手の温かさが増す。
「……こんな可愛い子群れに入れたくなるのは仕方ないですの。……でも、私が最初に目をつけたんですの」
一方で鼓胡乃も何事か呟いている。やはりこっちも何を言ってるか聞こえない。
左手を固く握られて、放すことができない。
「いずる、今日はうんと楽しもうね」
「衣弦さん、今日はうんと楽しむですの」
二人の声が重なって、頷くことしかできなかった。
引っ張られるようにして次々と屋台を回る。
朱音が射的で景品をたくさん取って店主を泣かせたり、鼓胡乃が綿あめにかぶりついてほっぺにつけたり、朱音が取ろうとした金魚がポイを破いたり。
いつの間にか衣弦も恥ずかしさを忘れて笑っていた。
可愛い三人組って言われて、りんご飴をおまけしてもらったことは少し照れくさかったが、それも良い思い出の一つだろう。
「あ、そろそろ時間」
一時間ほど経ったあと、朱音が名残惜しそうに衣弦の手を離した。
「祈祷準備をしなきゃ、また後でね」
そう言って、手を振りながら駆けていく。その後ろ姿をぼーっと耳を揺らしながら見つめていた。
「衣弦さん、どうしたんですの?」
残った鼓胡乃が見つめるように問いかけてくる。そんな彼女に目を合わせた。
「祈祷、見に行こっか?」
そう言うと、諦めたように鼓胡乃は耳と尻尾を垂らした。そして、微かに微笑む。
「はいですの。失敗したら、茶々入れてやるんですの」
その言葉が、鼓胡乃の精一杯の強がりだということは、鈍い衣弦にもわかった。




