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第六話

 お祭りの喧騒が耳に届く。

 この時期の夕方から行われる祭りは、地域のイベントとして大変人気があった。


 その裏で、男の子が狐娘に変わっているのだが、楽しんでいる住民からしたら関係ない。頭の片隅くらいで、ああいたなぁという面持ちなのだろう。

 だからこそ衣弦は声を大にして主張したい。「自分のおかげで今年も何ごともなく平和に過ごせるんだぞ」と。


「やっぱり青色が似合うね。私の思った通り!」


 着せ替え人形のように待合室で朱音に浴衣を着させられる。もう、そこには男の面影は何もなかった。

 全身鏡に映るのは金髪で浴衣姿の女の子。髪は丁寧に紫陽花のかんざしで、後ろにまとめられていた。


 耳は照れくさそさを現すように垂れている。


「いずる可愛くなったから、本当になんでも似合ってて羨ましい。……少し嫉妬してきたかも」

「やめてくれ……」

「八つ当たりに頬をつねらせて?」

「やめてくれ!」


 拒否も虚しく頬を引っ張られた。少し痛い。


「それじゃあ、はい!」


 巫女服姿の朱音が手を伸ばしてくる。

 何事かジッと見つめていると、ぷくぅと頬を風船のように膨らませた。


「女の子が手を差し出してるんだから、手をつなぐのが男の子ってものじゃない?」

「……都合のいい時だけ男の子扱いするなよ」


 大きくため息を吐いてから、彼女の手を握る。すると、満足そうに「えへへ」と微笑んだ。

 巫女服姿も相まってか、いつもと違った可愛さにドギマギしてしまう。感情を隠そうと視線をそらすが、衣弦の尻尾は勝手に左右に揺れる。



※※※※※※※※※※



「可愛いですの!」


 鼓胡乃が開口一番にそういう。

 彼女は軽く匂いを嗅ぐかのように鼻先を動かしていた。


 朱音と手を繋いで出ていった先で、嗅ぎつけた彼女が近寄ってきたのだ。

 黒い浴衣は黒い尻尾と黒い狐耳がよく似合う。彼女は藤の花のかんざしで髪をまとめていた。


「なんで鼓胡乃がいるのよ?」


 先ほどまでウキウキだった朱音が、今度は不機嫌ですと言わんばかりに唇を尖らせる。

 握っている手には、力が入れられる。衣弦の手が軽い鬱血を起こすんじゃないかってほどだ。


「衣弦さんが行くところは私が行くですの」

「いずるが男だったときは興味なかったくせに!」

「それは……!」


 喧嘩しそうになった二人の間に入りこむ。耳と尻尾を立てて、手で制止した。

 止められた二人はお互いに不服そうに言葉をしまう。


「せっかくの祭りなんだから楽しもう? な?」


 お互い大きくため息を吐いて、諦めたように肩を落とした。


「仕方ないわね。……確かに鼓胡乃もかわいいしね」

「朱音さんこそ、ニンゲンにしては巫女服が似合ってますの」


 まだ二人とも言い方にトゲが残っている感じだが、公衆の面前で喧嘩をするという醜態を晒すことはなくなった。

 これで安心して祭りを楽しめる。


──と思っていた。


「なんで、俺が真ん中なんだよ!」


 両端から二人に手をつながれて、顔を真っ赤にして怒鳴る。両手にやってくる体温違いのぬくもりに、ドキドキが加速してしまう。

 

「それは当然よ」

「当然ですの」


 こういうときだけ示し合わせたかのように、二人の息が合う。

 衣弦自身の拒否権はないのかと、耳と尻尾を垂らした。


 さらに衣弦の羞恥を加速させているのは、周りの人からの注目を集めているからだ。人間のみならず、狐娘たちも立ち止まってこちらを見ている。

 それはそうだろう。鼓胡乃は狐娘の中でもかなり可愛い。さらに朱音も人間の中では狐娘に並ぶほど容姿がいい。

 そんな二人が同じ人と手を繋いでいたら、いやでも注目を浴びてしまう。


 間に挟まれた衣弦はいたたまれなくなって、体が縮こまる。


「……やっぱり、いずるは狙われるか。お祭りデートは失敗だったかな?」


 朱音が何事か呟いているが聞こえない。彼女の手の力がさらに加わって、右手の温かさが増す。


「……こんな可愛い子群れに入れたくなるのは仕方ないですの。……でも、私が最初に目をつけたんですの」


 一方で鼓胡乃も何事か呟いている。やはりこっちも何を言ってるか聞こえない。

 左手を固く握られて、放すことができない。


「いずる、今日はうんと楽しもうね」

「衣弦さん、今日はうんと楽しむですの」


 二人の声が重なって、頷くことしかできなかった。


 引っ張られるようにして次々と屋台を回る。


 朱音が射的で景品をたくさん取って店主を泣かせたり、鼓胡乃が綿あめにかぶりついてほっぺにつけたり、朱音が取ろうとした金魚がポイを破いたり。

 いつの間にか衣弦も恥ずかしさを忘れて笑っていた。


 可愛い三人組って言われて、りんご飴をおまけしてもらったことは少し照れくさかったが、それも良い思い出の一つだろう。


「あ、そろそろ時間」


 一時間ほど経ったあと、朱音が名残惜しそうに衣弦の手を離した。


「祈祷準備をしなきゃ、また後でね」


 そう言って、手を振りながら駆けていく。その後ろ姿をぼーっと耳を揺らしながら見つめていた。


「衣弦さん、どうしたんですの?」


 残った鼓胡乃が見つめるように問いかけてくる。そんな彼女に目を合わせた。


「祈祷、見に行こっか?」


 そう言うと、諦めたように鼓胡乃は耳と尻尾を垂らした。そして、微かに微笑む。


「はいですの。失敗したら、茶々入れてやるんですの」


 その言葉が、鼓胡乃の精一杯の強がりだということは、鈍い衣弦にもわかった。

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