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第一話

 狐月きづき衣弦いずるは、普通の男子高校生だった。

 だったというのは、本当にその通りであるからだ。


 少し盛り上がった胸に風でひらめくスカート。金色の絹のように柔らかい髪。青い瞳は、異質な雰囲気を纏っている。

 特に目立つのは、ピクリと動く頭から生えてる狐耳。歩く動きに合わせて揺れる大きくて柔らかそうな尻尾。


 彼──いや、彼女は先日、お狐様に今年の狐娘として選ばれたのだ。


 稲荷場いなりば町は、古くから大狐たいこを祀る。そのお狐様は色物で、若い男子を自分の妾として召し使うそうだ。その風習で、町の高校一年生は年に二人ほど狐娘に変わる。そして変わったものは、一生を捧げるしきたりがあった。

 外から見れば、完全に生贄風習と間違われるだろう。


 その性質上、町は他の地域とはほぼ断絶状態にある今では珍しいところだ。テレビ局でさえ、暗黙の了解で避けている。


「いーずる!」

「うひゃうっ!」


 後ろから尻尾にくすぐったい衝撃が走って、思わず背筋と耳をピンと立ててしまう。

 慌てて振り返ると、幼馴染の夜髄よずい朱音あかねが幸せそうな顔で衣弦の尻尾に顔を埋めている。


 彼女から尻尾を奪い返すように離れると、衣弦は耳を逆立てる。ついでに尻尾も怒ったと主張するようにぶわっと大きくなる。

 茶色いショートヘアを揺らす彼女は、名残惜しそうに手を伸ばしていた。


「なんで抱きついてくんだよ!」

「えーだって、狐娘の尻尾って柔らかくてあったかいじゃん?」

「だったらオレじゃなくて他の娘に抱きつけよ!」


 怒ってるついでに近くを話していた狐娘二人を指差した。すると彼女たちは尻尾と耳を警戒するように立ててから、そそくさと逃げていく。


「いやん、衣弦はエッチなことを考えますなぁ……?」


 ニヤニヤ笑いながら、朱音は口元に手を当てる。茶色い目が悪戯を考えた子どものように細めた。


「そもそも、狐娘ちゃんたちの尻尾を触るのは失礼だし?」

「だったらオレのも触るな!」

「衣弦は幼馴染だから良いの」


 ケラケラという笑いが、理不尽さを跳ね上げてる気がした。


「あーヤバい、耳もモフモフしてて可愛い……やば、涎が」


 自分の口を拭ってじゅるりと音を鳴らす朱音に、ヤバいものを見たという目をして衣弦は遠のいた。

 しかし、すぐに追っかけてきて頭を撫でくりまわしてくる。


 最初は抵抗していたが、段々と抵抗するのも馬鹿らしくなってやめた。



※※※※※※※※※※



 稲荷場長はその独特の因習から、狐娘という特殊な種族が内在している。

 それは先天性と後天性があり、衣弦はその後天性に入る。先天性は狐娘と人間の男が恋をして産まれた子どもだ。神域が関わっているからなのか、狐娘の子どもは必ず狐娘として生まれる。だからなのか、町の中には割りかし見かける種族となっていた。


 衣弦のクラスメイトにも先天性の狐娘は何人かいる。しかし、後天性は自分一人であり、少し肩身が狭かった。


 国語教師の授業を聞きながら、頬杖をつく。眠たそうに欠伸をしていると、後ろの席の男子に尻尾を触られている気配があった。


「おい、何すんだよ?」


 振り返って睨むと、彼は両手のひらをこちらに向けて笑う。


「悪い悪い。でも、このふわふわは触らずにはいられないんだよな〜」

「やめろよ、触られるとくすぐったいんだからな?」

「友達料金ってことで、な?」


 狐娘になってから一週間。周りはずっとこんな調子だ。

 普段なら触らせてもらえないが、元男なら大丈夫だと考えてる人間が多い。いや、衣弦自身も友達が変わったら我慢できるかと言われればできないと答えるけども。


 なんで彼女たちが触られるのを嫌がっていたのか、身をもって体験する。

 体験したくもなかったことだが。


 後ろの男子生徒の手を払うように尻尾を大きく振る。そんなとき、授業終わりのチャイムが鳴った。

 

 腰を伸ばすように大きく伸びをする。その動きに合わせて、耳がピクリと動く。

 気がつくと、数人の男子生徒がこちらを向いていた。


「なんだよ?」


 尋ねると、顔をそらされる。


「人を見せ物みたいに……狐娘なんて珍しくないだろ……」


 ぶつくさ言いながら、次は何の時間だっけと考えた。すると、体育の時間だと思い出して、立ち上がる。

 服に手をかけて、半分脱ぎかけたところで。


「いずるー!」


 朱音の声でピタリと動きを止める。

 そして、自分が何をしでかそうとしていたのか気づき、巻き上げた服を慌てて戻した。


 耳が垂らして顔を真っ赤にする。尻尾が所在なさげに小さく揺れる。

 鬼の形相の朱音が詰め寄ってきた。その周りを守るように、クラスメイトの狐娘たちが手を広げて男子から衣弦を隠す。


「もう、あれほど注意してって言ったのに!」


 罰とでも言うように、頭を乱暴に撫でくりまわされる。

 何も言い返せなくなって、衣弦はただ小さくなっていた。

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